戦国時代、山口氏は大内氏の城下町として、「西の京」といわれるほど繁栄した。その様子は、日本にキリスト教を伝えた、フランシスコ=ザビエルも記している。しかし、大内氏はあっけなく滅んだ。今では数々の文化遺産が往事の反映の名残を留めている。小さいけれど見所の多い町である。
本当に小さな建物です。しかも、この塾が存在似たのはごく短い期間。しかし、後世に残した影響は大きいです。吉田松陰の魅力でしょうか?歴史はしばしば非情なものです。しかし、この小さな塾の中で、日本の未来を担うことになる若者たちが集まっていることを想像するのは本当に楽しいものです。
萩は本当に小さな町である。この町から、幕末から明治時代にかけて、綺羅星のごとくたくさんに人材が輩出した。日本の歴史の上で、奇跡と言ってもいいことであろう。西の端の指月城から、東の端の松下村塾まで、町並みを楽しみながらゆっくり歩くのもいいだろう。
26歳で自ら命を絶った天才詩人、金子みすずはこの町で生まれた。現在でも当時をほうふつとさせる町並みが見られる。みすず通りにと名づけられた通りには、家々の玄関先にみすずの詩が掲げられている。いまでもみすずは仙崎の人たちに愛されているのだ。
長府城下町にある功山寺。幕末、高杉晋作はここで兵を挙げた。これが、明治維新への大きな原動力になった。また、戦国時代中国地方に大きな勢力を誇った、大内氏の最後の当主、大内義長が自害したのもこの寺である。歴史の明暗がここにある。