2019年5月
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さようなら強さ、ようこそ優しさ

   外国の人が日本に来て驚くのは、日本のドライバーが「俺様病」にかかっていることだそうだ。横断歩道に歩行者がいても止まらない、市街地や住宅街の狭い道でもスピードを出すなど、歩行者の安全よりも自分の都合を優先することである。もちろん、すぐ後ろに別のクルマが迫っている時に横断歩道の手前で止まったら追突される恐れもあるだろうし、大事な用事を抱えて急ぐドライバー心理はわからないでもない。
それでも、ドライバーと歩行者を比較すれば、歩行者が圧倒的に不利な立場にあることは間違いない。

   歩行者は無防備な状態で歩いているのに、ドライバーはクルマという鉄板に囲まれた凶器になりうる機械の中に乗っている。スピードを出すなとは言わない、せめて、横断歩道に歩行者がいれば安全な状態であれば道を譲る、市街地や住宅街では速度を落とす程度の優しさは当然必要になるだろう。最近は「圧倒されるか、圧倒するか」という頭の悪いクルマのCMがあったが、クルマやドライバーに求められるのは強さではなく、優しさだと思う。

母の日に

   明日は母の日、私の母は2016年8月にこの世を去っているから、3度目の母のいない母の日になった。思えば母が生きている間は感謝の言葉を口にすることはあまりなかった。居て当たり前の存在だったし、感謝の気持ちは当然持っていたが、母にそれを伝えることは恥ずかしいというか照れくさいような気持ちがあった。今は感謝の言葉を伝えるすべがなくなってしまった。人間は思っている以上に儚いもの。自分の気持ちを言葉にして伝えることは本当に大切なことだと思う。そのチャンスは今日だけかもしれないし、次に会った時だけかもしれない。

どうする、JR北海道

 

   1987年に国鉄が分割民営化され、JR北海道が誕生した。翌年には青函トンネルが開業した。ちょうどこのころはバブル景気と言われた空前の好景気で、JR北海道はトマムや富良野、ニセコなどへの観光列車を運転したり、上野と札幌を結ぶ寝台特急「北斗星」を運転するなどの積極策に出た。しかし、当時中学生だった私が危惧していたとおり、ほころびはすぐに現れた。バブル景気の終焉、北海道の有力銀行だった北海道拓殖銀行の経営破綻などが続く中、北海道の景気は低迷、客単価の高い、札幌〜函館、札幌〜帯広・釧路を結ぶ特急列車に活路を見出そうとするも、釧路発札幌行きの特急「スーパーおおぞら」が石勝線のトンネル内で火災を起こす事故が発生した。2016年には北海道新幹線新青森〜新函館北斗間が開業したが、函館周辺だけでは需要が低く、札幌まで在来線の特急列車に乗り継ぐと時間がかかりすぎ航空機との競争力に欠けた状態である。
   元はと言えば、1987年の国鉄分割民営化の時に、私が危惧していた通り、北海道は広く、人口が少ない。人口密度で言えば、東京都は1㎢あたり6000人を超えているが、北海道は70人程度にすぎない。鉄道は人や貨物を大量に運べることが最大の強みだが、北海道のような人口密度の低い地域ではそれが足かせになる。その意味では、JR北海道の苦境は、単にJR北海道の経営陣や社員の怠慢だとは思っていない。国鉄の分割民営化自体の無理が現実になっただけだと考えている。

カエルの歌が

   モクレンもサクラも散ったと思ったらハナミズキやフジが咲き出した。田んぼに水が張られたと思ったら、それを待っていたかのようにカエルが鳴き出した。人間の世は何かと慌ただしいが、季節の移り変わりもなかなか慌ただしい。我が家は裏に田んぼがあって、カエルは我が家のアイドルよのうなものである。夜はアマガエルのゲロゲロという鳴き声を聞きながら眠る。リビングの1人がけのソファーに座ると、すぐ傍に小窓にカエルが張り付いていて、その姿を見ながら休日の午後はまどろむこともある。
   そんなカエルだが、カエルを含む両生類は世界的に減少傾向にあるそうだ。 原因はカビなどによる病気の流行や気候や環境の変化。およそ4億年前の古生代デボン紀に生まれた両生類、この危機を乗り切ってほしいと切に願う。

さようなら、クルマ中毒

   最近、高齢者による交通事故のニュースをほぼ毎日耳にするようになった。今月も、東京で高齢の男性が運転するクルマが暴走し、複数の人をはね、このうち自転車に乗った母娘が死亡するという痛ましい事故があった。また、同じ東京で、高齢の女性が運転するクルマが西武新宿線の線路に入り、あわや電車と衝突という事故もあった。
   これに対し、「高齢者から免許を取り上げろ」という声も多い。しかし、高齢者の身体機能や認知機能は非常に個人差が大きく、一律に年齢で区切るのはあまりに乱暴な話である。とはいえ、このまま無為無策では、ますます高齢者は増える一方なので、減少を続けている交通事故の夜死者数が増加に転じることさえあり得るだろう。
まずは、免許制度の改善が必要だろう。現在75歳以上のドライバーが免許更新をするときには認知機能検査を受ける必要があるが、これをもう少し引き下げて、70歳以上にしてもいいと思う。これに加えて、実技試験を加えてもいいと思う。高齢者が増える中、検査官の確保は大変そうだが。
   次に必要なのが、高齢者に優しいクルマにすること。近年ハイブリッド車に多く用いられている小型のチェンジレバーは誤操作を生む要因を持っている。小さくて操作しにくいし、Dレンジに入れてもそこで止まってくれず、中央に戻ってしまう、Dに入っているのか、Rに入っているのか知るには、メーターパネルの小さなランプを見るしかない、しかし、メーターパネルとチェンジレバーの位置は離れている。やはり「見てわかりやすい」ことは大切だと思う。ペダルについてもそうで、アクセルとブレーキという全く違う働きをするペダルが踏み込むという同じ動きで作動するというところに潜在的なリスクがあるが、それに加えて、近年は車内を広くするためにペダルが前寄りに設置されるクルマが多くなってきた、そうなると、ドライバーの右前方にはタイヤがあるから、それと干渉を避けるためにアクセルペダルがやや左寄りに付いているクルマが見られるようになった。これも誤操作を招く危険性がある。人間はミスをする生き物だ、アクセルとブレーキの踏み間違いは高齢者に限らず若い人にも起こりうる、ある程度以上の力でアクセルペダルを踏み続けた場合、異常な操作として無効にするシステムがあってもいいのかもしれない。ゼロヨンなどをやっている人からは文句が出そうだが。
   私たちが出来る対策もある。クルマは高齢者にとってこそ便利な道具だ、高齢になれば足腰にガタがくる、そういう人にとってクルマは歩かずに目的地に行ける魔法のじゅうたんのような存在である。地方に行けばわずか数百mのコンビニに行くのにさえクルマを使う人が多い。いわばクルマ中毒である。若くて元気なうちから、歩いたり、自転車に乗ったり、バスや電車を使ったりすることで必要以上にクルマに依存しない生活を送ることが必要だと思う。そうすれば認知機能や身体機能が落ちた時クルマの運転をやめる決断がいくらかでもしやすくなるだろう。

あの日の桜

331cd8e24dc24c0797816918735fbe55 207fb36301b249b58437e72fad5bd834     昨日、福島県三春町の滝桜を見に行った。滝桜は、樹齢1000年以上と言われる巨木で、福島県内はもとより、全国から人が集まる名所になっている。昨日は満開でたくさんの人が訪れていた。私達は寒さを我慢しながら夕方から夜にかけて暮れゆく空の下、ライトアップされて姿を変えていく滝桜の様子を楽しんだ。

   滝桜を見ながら、8年前の春を思い出した。2011年4月、東日本大震災と東京電力福島第1原発の事故が起きてから1月半が過ぎて、当時住んでいた郡山市でもようやくガソリンが手に入るようになった。私は土曜の夕方、ふと思い立って滝桜を見に行った、昨日と同じように満開だったが、ひとつ違うのは、滝桜を見ていたのは私1人だけで、他には人の気配がなかったことだ。寒々しい光景だった。あれから8年、滝桜を見るたびにあの日の光景を忘れてはいけないと思う。

空気を読む、いいことですか?

   去年亡くなった映画監督の高畑勲さんの言葉。「空気を読む」と若者が言うでしょう。私はこの言葉を聞いて絶望的な気持ちになります。私たち日本人は昔と全然変わっていないんじゃないか、と。周りと協調することは良いことですが、この言葉は協調ではなくて同調を求めるものです。歩調を合わせることが絶対の価値になっている。

   最近の入社式の様子で話題になっているのが、みんな同じような服装、同じような髪型で金太郎飴のようになった新入社員たち。別に若い人だけじゃない、大人だってそうだろう。マニュアル通りに動き、周りの様子を伺い、人と違うことを恐れる。いわば減点主義の社会。そろそろマニュアル通り、みんなと同じがい ...もっと見る

足元の花

  昨日の夕方、自宅の近くの多分個人でやっている桜の名所に行った。道路から階段を上がると、さほど広い敷地ではないがソメイヨシノをはじめ何種類かの桜が咲いていた。見頃には若干早かったが、それでもきれいだし、高台になるから、夏井川や磐越東線の線路が見えて気持ちがいい。これはいい眺めだと楽しんでいたら妻が声をかけた。何事かと思ったら、足元にかわいらしいスミレの花が咲いていた。しかし、上には桜の花が咲いているから、踏まれてしまったスミレの花も多い。もちろん、その踏み跡のうちいくつかは私のものかもしれない。

  人は何かというと上を見がちだ。優れたもの、強いものが本能的に好きな生き物なのだと思う。しかし、美しいものとはそれだけではないだろう。私たちの足元にもそんなものがあって、しかしそのことに気づかないで通り過ぎていく、あるいは踏みつけて行っているだけなのかもしれない。そんなことに改めて気づいた。

あってもいいんじゃない

   最近、家族に関する問題が議論されている。現在は結婚するときに男性か女性いずれかの姓に揃えなければいけないが、夫婦が別の姓を名乗ることもできる選択制夫婦別姓も議論されている。また、同性愛者などの性的少数者のために同性のカップルにも男女の夫婦と同等の権利を認めてほしいという動きも見られる。
これらの動きに対して強い反発も見られる。「家族の一体感が崩れる」、「同性愛者にお墨付きを与えると同性愛者が増える」などの意見をよく見かける。本当にそうなのだろうか。家族の一体感は同じ姓ではないと絶対に保てないのだろうか。同性婚が認められたからといって同性愛者が本当に増えるのだろうか、私はそうは思わない。今後もどちらかの性に揃える夫婦が大多数だろうし、男女の夫婦がほとんどだろうと思う。しかし、それでは不都合な人がいる以上選択肢があるのは当然だと思う。例えば、階段があってほとんどの人は手すりなしで登れるが、それでは不都合な人に手すりがあっていいんじゃないかと思う。

クライストチャーチからの衝撃

最近は人や物やお金が国境を超えて動くのが当たり前になっている。日本にいても海外の人を見るのが当たり前になっているし、そうなれば、異なる人種や民族、宗教の人が住むのも私は当然のことと受け入れている。私が住むいわき市には2005年にモスク(イスラム教の礼拝所)ができた。全国的にも2000年ごろからモスクが増えてきている。
そのような状況の中、ニュージーランドのクライストチャーチでモスクが襲撃され、多くの方が亡くなったことは衝撃を受けたし、悲しむべきことだ。ニュージーランドでは、近年、インドネシアやマレーシア、バングラデシュの移民が増えて、それを快く思わない人がいる。犯行グループもそのようなメッセージを出しているようだが、それならば、ニュージーランドに住んでいいのは先住民のマオリ族のマオリ族の人だけになってしまう。そんなはずはないだろう。日本でも、特定の民族や宗教への嫌悪を口にしたり、ネットに書き込む人が増えてきた。同じようなことが起きないことを切に願う。

記憶すること、伝承すること

人間は忘れる生き物だと言われる。実際、40年以上生きれば忘れることの有難さを実感することはある。もし、人間が忘れない生き物なら、辛いこと、悲しいことがどんどん心の中に溜まっていずれは心が壊れてしまうだろうと思う。だけど、忘れてはならないこと、記憶を次の世代に伝承していかなければならないことはある。例えば、戦争の記憶などがそうだろうし、災害に記憶もある。

明日、3月11日で、東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故から8年になる。あれだけ大きな揺れを感じ。あれだけ恐怖を感じ、東京電力福島第1原子力発電所で爆発が起きた時には人生の終わりだと思ったのに、私自身、記憶が薄くなっていることを感じる。しかし、この震災と原発事故の教訓は伝承していくべきものだと思っている。どうか、この震災と事故を体験した皆さん、自分の言葉でこれらの記憶を、震災と原発事故を体験していない人々に伝えてください。話し言葉でもいいし、文章でもいい、写真や動画でもいい。それが次の災害の被害を軽減したり、原発事故を防ぐ大きな力になると思う。

走れ! 三陸鉄道リアス線

https://www.sanrikutetsudou.com/(三陸鉄道)

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、青森県から千葉県にかけての沿岸部に大きな被害をもたらしたが、現在でも4つの鉄道路線が完全復旧に至っていない。北からいうと、岩手県のJR山田線宮古〜釜石、宮城県と岩手県にまたがるJR大船渡線の気仙沼〜盛(大船渡市)、宮城県のJR気仙沼線の柳津〜気仙沼線、福島県のJR常磐線の富岡〜浪江間である。
このうち、大船渡線と気仙沼線はBRT(バス高速輸送システム)として、線路の一部区間がバス専用道路として整備され、鉄道運賃で利用できる(つまり路線バスよりはすっと安い)ようになった。常磐線は津波の被害よりも原発事故の影響が大きいが、富岡〜浪江〜原ノ町間でバス代行輸送がされている。一応ここも2020年の運転再開を目指して工事が進められている。そして、3月23日に、JR山田線の宮古〜釜石間が、三陸鉄道に譲渡され、運転を再開することになった。三陸鉄道は既に久慈〜宮古間の北リアス線と、釜石〜盛(大船渡市)間の南リアス線を運行しているが、ここに宮古〜釜石間のリアス線が加わったことで、久慈から盛まで、岩手県の沿岸部を縦断する鉄道になった。
とはいえ、課題は多い。岩手県の沿岸部は東日本大震災の津波で大きな被害を受け、元から過疎傾向だったのが、人口減に拍車がかかった。観光客の利用もあるが、三陸の観光シーズンは夏に集中している。また、かつては仙台から三陸鉄道に直通する列車も走ったが、気仙沼線と大船渡線がBRT化されたので、それも不可能になった。とはいえ、復興の象徴として、三陸鉄道には大いに頑張ってほしい。私も是非乗ってみたいと思う。

電車でgo! バスでgo!

クルマ(自家用車)とはとても便利なものである。時刻表がなく、いつでもどこにでも生きたい時間に行きたい場所に行くことができる。しかも自宅から目的地の駐車場まで、乗り換えもなく歩く必要もなく移動することができる。しかも、クルマの中は自分達だけの空間で、誰にも邪魔されることなく、電車やバスならいびきがうるさい人や大声で話す人に不快な思いをすることがない。それ故に、地方の人はクルマ中毒と言っていいほどどこに行くにもクルマしか使わない。私はそれは人生少々損をしているぞと言いたい。

昨日、私たちは自宅近くのバス停から路線バスでいわき駅前に出た。いわき駅前から高速バスで福島駅前に向かった。普段は私がクルマのハンドルを握ることが多いから、さほどよそ見をする訳にはいかない、バスの乗客になればよそ見をし放題になる。普段見れない景色が見放題というのはなんと素晴らしいことだろう。福島駅前に着いたら、駅近くの餃子屋さんに直行した。餃子といえば宇都宮や浜松が有名だが、福島も餃子の町なのだ。円盤餃子といって、小ぶりの餃子がフライパンの形そのままに並べてある餃子をつまみに真昼のビール、これは贅沢な気分だね。クルマでの旅なら、私か妻か、どちらかはビールを我慢しなければならなかったが、今回は2人でビールを飲める。腹が満ちたところで、飯坂線の電車に乗って飯坂温泉に行って温泉街の情緒を堪能して、再び飯坂線の電車で福島駅に戻った。少し疲れたので、駅ビルのカフェでコーヒーでも飲もうと思ったら、メニューには生ビールの文字が。結局、福島の町並みと行き交う電車を見ながら生ビールを堪能しました。その後、駅前のデパートで買い物を楽しみ、高速バスと路線バスを乗り継ぎ自宅へ戻りました。普段、クルマでの移動がほとんんどだった妻にとっては新鮮な経験だったようで、何度も楽しいと行っていました。

クルマの便利さや快適さを否定するつもりはさらさらありません。しかし、それが楽しさの幅を狭めているのだとしたら、もったいないことだと思います。地方の人こそ、たまには電車やバスに乗って、クルマでは行きにくい町の中心部や観光地に行ってみると楽しいと思います。美味しい料理にはお酒が合うし、お酒を飲んでも、電車やバスなら何の心配もいりません。そして、駅前にはその地域に根付いた店がたくさんある。たまには電車やバスでいつもと違う楽しみを!

未来のために踏ん張る時だろう。

日韓関係がギクシャクしている。慰安婦問題、徴用工問題、そしてレーザー照射問題。インターネット上の世論、例えばyahooニュースのコメント蘭などには、「韓国と断交(国交を断ち切ること)」やら、「韓国人を入国禁止にしろなどの意見も見られる。しかし、断交や人の交流を立つことがいかに無益か数字で反論したい。

1 日本人の旅行先
日本政府観光局の統計によると、2016年の日本人の海外旅行先ランキングは、1位はアメリカ(ハワイやグアムなどを含む)、2位は中国、3位は韓国でその数は230万人であった。その後に、台湾、タイ、シンガポール、ベトナム、香港、インドネシア、ドイツと続く。

2 日本への来日外国人
同じくこちらも日本政府観光局の統計。こちらは2017年のランキング。1位は中国、2位は韓国で714万人、以下は、台湾、香港、アメリカ、 タイ、オーストラリア、マレーシア、フィリピンと続き、10位がシンガポール。

3 日本の貿易
日本貿易会の統計による2017年の日本からの輸出先ランキングの第1位はアメリカ、次いで中国、3位に韓国で、その金額はおよそ6兆円にのぼる。その後に、台湾、香港、タイ、シンガポール、ドイツ、オーストラリア、第10位がベトナムになる。
一方輸入は、中国がトップで、アメリカ、オーストラリアと続き、第4位に韓国が入る、その金額はおよそ3兆円である。その後にサウジアラビア、台湾、ドイツと続き、タイ、アラブ首長国連邦、インドネシアが第10位 になる。

人、金、物のつがなりがここまで深い国との断交がいかに非現実なものかがお分かりいただけたと思う。日本と韓国の間には国境を超えた友人もいれば親類もいる、日本人と韓国人のカップルも多くいるだろう。韓国を相手に取引をしている会社も多い、彼らを困らせてなんの利益があるというのか。もちろん、日本と韓国の間には課題も多いが、人の交流が途切れずあればお互いに理解しあい、良い知恵も浮かんでくるだろう。問題なのは日本と韓国、双方に問題を大きくしようと騒ぎ立てる輩がいることであろう。

胸が潰れるような

あまりに痛ましく、悲しい事件が起きた。千葉県野田市で小学校4年生の女児が両親からの虐待の末死亡した。望まれてこの世に生まれてきて、それからわずか10年で本人が最も望まない形でこの世を去ることになったこの事件は多くの人に衝撃と悲しみを与えた。
ただ、この事件を単なる悲劇で終わらせてはいけないことだと思う。ここからどう教訓を得て、同じような事件の再発を防ぐか、それが大切だと思う。私は学生時代の知人が児童相談所でアルバイトをしていたので、その様子の一端は聞いたことがある。もう20年以上前のことだが、既にさまざまな困難を抱えた子どもたちがいて、現場は大変であることは理解できた。それから20年以上、野田市を管轄するのは柏児童相談所、この地域は人口がまだ増えているし、一時保護定員ギリギリだという報道も聞いた。家庭に関する問題が複雑化する現在、一時保護の設備も人員ももっと充実する必要があると思う。また、子どもを虐待する親に子どもを返すのは絶対にやめてもらいたい。このような虐待をする親がそう簡単に直るとは思えない。子どもを守るための法整備も合わせて大切だろう。
今や少なくなってしまった子ども、子どもは親のものでもあるけれど、同時に社会みんなで育てていくもの、どうかこの国から虐待で命を落とす子どもがいなくなることを切に願う。

海に誓う言葉

福島県いわき市豊間。海沿いのこの地区は2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震と、それによって起きた地震などの災害(東日本大震災)とそれに続いて起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故による被害を受けた。今は新しい堤防もできて、黒松の苗も植えられている。これからの課題は防災のための経験の伝承。それは私たち被災地の大人の責任、既に災害を知らない子供たちが小学生になっている。444e19671c874c12b9b6f806b6347d5d


2019年、今思うこと

皆さま、どうぞ今年もよろしくお願いします。ち1月も半ばを過ぎたこの時期に言っても説得力がありませんが、それでもどうぞよろしくお願いします。

このブログもここ数年、めっきり更新が減ってしまいました。正直なところ、このままブログを止めようと思ったこともありますが、やはり続けることにしました。このブログに限らず、SNSに移行し気息奄々、あるいは心肺停止状態のブログも多い中、ブログに何を求めるかは難しいところではありますが、日々の雑感をSNSに、社会批評をブログに、言い換えれば、知人、友人、親類向けの記事をSNSに、不特定多数向けの記事をブログにしていきたいと思います。

色々な意味でこの国が曲がり角にあるこの時代、ひとりの中年男の叫びにたまに目を通していただければ幸いです。

日本と近隣諸国と私たち

最近、韓国や中国などの近隣関係に悪い感情を持っている人が増えた。それについて、日本の国民、韓国や中国の国民はちょっと思い違いをしているのだはないかと危惧している。
私たちは政府というか政権と国民を混同してはいけないと思う。どこの政権も自分たちの都合が悪くなると近隣の国に悪いことを押し付けて自分を正当化したり、自分たちの政策を押し通したり、国民の不満を逸らそうとしたりする。だからといって国民が全てそうではない。台湾を親日国ととらえる人は多いけれど、国民みんながみんが日本が好きなわけではないし、韓国は反日だという人が多いが、そうではない人がいる。私が学生時代卒論の資料を集めに東京に行った際、ユースホステルのベッドの上で豊臣秀吉に関する本を読んでいた(豊臣秀吉は韓国では李氏朝鮮を侵略した人物ととらえる人が多い)にもかかわらず、同室ななった韓国人のペ君は非常に友好的に接してくれて、楽しく話をすることができた。
私たちは政権そのものではないし、政権の利害を代表しているわけじゃない。ひとりの国民でしかない。そういった態度で関わればもっといい関係になれると思う。もっと人が行き来してもっとお互いが理解し合う、そうなったらも戦争も減るだろうし、お互いの誤解も減ると思う。

鉄道記念日に寄せて

明日10月14 日は1872 年に、東京の新橋から横浜までの日本最初の鉄道の開業を記念した鉄道記念日です。明治から昭和の半ば、1960 年代は日本の道路は非常に貧弱で、鉄道が貨物輸送でも旅客輸送でもまさに主役であった。1970 年代からは地方の過疎化と道路網の整備によるモータリゼーションが進んでローカル線を中心に廃線も進んだが、依然として東京や大阪、名古屋のほか、札幌、仙台、広島、福岡などの都市圏の通勤通学輸送や、300km〜600km程度の都市間輸送(例えば東京〜仙台や東京〜大阪)では主役と言っていい地位を確保している。現在でも旅番組や旅行雑誌で鉄道を取り上げると人気があるという。鉄道は利用しない人にとっても憧れや郷愁を誘う存在になっていると言っていいだろう。
そんな鉄道も大きな曲がり角に来ている。地方の一層の過疎化の進展で大きのローカル線が近い将来廃線か存続かの選択を迫られる事態になるだろう。私が住む福島県で言えば、将来の存続の心配がないのは東北新幹線と東北本線、常磐線のいわき以南くらいだろう。磐越東線のいわき〜小野新町間、磐越西線の喜多方〜五泉間、水郡線の常陸大子〜磐城棚倉間、只見線の西若松〜小出間などは存続の不安を抱えるし、会津鉄道も観光客の推移次第ではどうなるかわからない。全国で見れば北海道や九州などに存続が危ぶまれる路線が多い。また、労働力人口の減少に伴い、人手を必要とする鉄道はサービスを縮小する傾向にある。いわき駅のびゅうプラザが廃止されたり、湯本駅のみどりの窓口が17 時30分で閉まるようになったのは(これは非常に不便!)そのあらわれだろう。
課題は多いが、これからも鉄道はたくさんの人の人生と夢と物資を乗せて走り続けるだろう。私はできれば全国の全ての鉄道に完乗しようと思っている。そこでどんな人に出会えるか、どんな景色に出会えるか、どんな列車に出会えるか、どんな駅に出会えるか、今からワクワクしている。

いつか来る道。

福島県いわき市内の片側1車線の国道の歩道を歩いていた時のこと。車道の端をおじいさんの運転するセニアカーが走っていた、そのすぐ脇をクルマがゆっくりと安全な距離を取って追い抜いていたと言いたいところであるが、結構な速度で追い抜いていくクルマもあった。その国道は片側1車線、交通量はそこそこ多く、歩道は狭く車道との間には段差がある。このおじいさんはできれば歩道を走りたかったのであろうが、全幅最大70cm近くあるセニアカーが走るには歩道の幅はギリギリすぎるし、段差を超えるのは怖いのでやむなく車道の端を走ったのだろう。

クルマを運転する人から見れば、セニアカーは結構邪魔である。スピードは遅い(法律上の最大速度は6km/hである。全長も120cm、全幅も70cm近くあり結構大きい。片側1車線の道路だと対向車線にはみ出さなければ追い越せない場合がほとんどであろう。それならそんな邪魔なもの道路を走るなと思うかもしれないが、彼らだって必要性があるから乗っている。高齢になって足腰が弱った、それでも買い物や通院、友人や親類宅の訪問などで外出する用事はある。正直なところ車道を走るのは正直嫌だろうし、速いクルマに抜かれるのは語りの恐怖だろうと思う。

解決策は歩道を広げたり段差を無くしたりしてセニアカーに乗った人も歩道を安心んして走れるようにすることだろう。しかし全国のどうろがそうなるのは何十年も先にことになるかもしれない。現状ではクルマとセニアカーが共存することを前提にクルマを運転する人が速度を落として安全な距離を取り、セニアカーに乗る人に恐怖感を与えない運転をするしかないだろう。住宅地や市街地の制限速度を引き下げることも考えてもいいだろう。人は誰でも歳をとる。これをお読みのあなたも、私もいずれセニアカーに乗る時が来るかもしれない。

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