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私たちに突きつけられたもの

 衝撃的な事件が起きた。難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)闘病中の女性が、2名の医師に依頼し、この医師によって致死量の鎮静剤が投与され、女性は死亡し、鎮静剤を投与した医師は嘱託殺人の容疑で逮捕された。ALSは神経変性疾患のひとつで、運動に関する神経が侵され、筋肉の萎縮や筋力の低下をもたらす疾患である。この女性の場合、口から食事の摂取ができなくなり、胃ろうで胃に直接食物を注入していた。また、身体の中で自力で動かすことができるのは眼だけだったようで、視線入力装置でパソコンを操作していた。呼吸は人工呼吸器の装着の必要はなかった。

 亡くなった女性は大学を卒業後、百貨店での勤務を経て、建築家を志しアメリカに留学、帰国後は設計事務所に勤務していた。40歳を過ぎてこれから仕事もプライベートも充実だという時にALSを発症したようだ。途切れてしまうキャリア、徐々に言うことを聞かなくなっていく身体。この方が味わった絶望感は如何程のものだろう。症状が進めば、食事、排せつ、更衣、日常生活全ての行為を他人の世話にならなければならなくなる。この方のツイートで「自分はもはや何の生産性もなく、税金を食い潰しているだけの人間だから死にたい」と訴えている。その感情が今回の事件の伏線になっているのだと思う。

 今回の事件は大きな衝撃を与えたが、元東京都知事の石原慎太郎氏は今回の医師の行為を切腹する武士の介錯(切腹する武士の苦痛を少なくするために首を切り落とす行為)に例えて賞賛しているが、私は違うと思う。医師らは女性のマンションに到着して鎮静剤を投与しておよそ10分後にはマンションを後にしている。こんな乱暴な方法があるわけがない。また、ネットでも色々な議論が巻き起こっているが、安易にこのようなことを認めると、人の手を煩わせる難病の患者や、重度の障害を持つ人などが自分の意思に反して死ぬことを強制されるようになることを強いられることを強く危惧する。

 まず、私たちや生命倫理や死生観、宗教について考えたり人と話すことから始めなければならない。これらのことから逃げてきた結果がこの事件だと思う。そこで、この条件ならという最低限の合意ができた時はじめて尊厳死についての議論ができるようになると思う。

異例な夏を

 2月に新型コロナウイルス感染症の患者が発生して以来、すっかり遠出しない生活になった。いつもならこの時期は8月上旬の旅に向けて期待に胸を膨らませているはずであったが、もしかしたら自分の自宅の半径30kmの範囲で夏が終わりそうな予感がある。

 相手が目に見えないウイルスだから文句を言ってもしょうがないし、間違っても職場で最初の感染者にはなりたくないし、私には基礎疾患があるからとにかく感染をしないというのが優先事項である。だからといって単なる我慢の夏にはしようとは思わない。今年の夏だからこそやってみたいことがある。どうせなら半径30km以内の範囲で3つの密にならないでできることをいろいろやってみたい。朝晩の涼しい時間にはクロスバイクに乗って自宅周辺やちょっと離れたところを走ってみようと思うし、昔読んでずっとほったらかしにしている本を読んでみたいし、家族などごく親しい人と一緒に過ごす時間を楽しみにしたい。いつもは「遠くに向いている意識をもっと足元に向けてみようと思う。いつみとだいぶ違う今年の夏、それでも楽しい夏にしようと思う。

我が心の夜行列車

 子どもの頃、私は上野と仙台を結ぶ常磐線の線路からさほど離れていない場所に住んでいた。近いとは言っても家から直接見えるわけではない。夏は午前4時台には空が明るくなるのでこの時期だけの密かな楽しみがあった。それは家を抜け出して線路の脇にある公園に行って夜行列車の姿を見ることである。私が持っている1978年11月号の時刻表によると、常磐線上りで私が見たと思われる夜行列車は、平駅(現、いわき駅)3時57分発の寝台特急ゆうづる12号、4時13分発の急行十和田4号、平駅5時57分発の寝台特急ゆうづる14号であったようである。いずれも青森を前日の夜に出発し、朝に上野に到着する東北北部と首都圏、あるいは青函連絡船を介して北海道と首都圏を結ぶ長距離列車であった。寝台特急ゆうづる号は583系電車というアイボリーと青に塗り分けられたどっしりとした電車、急行十和田はEF 80というローズピンクの電気機関車がロイヤルブルーに白線が入った優美なデザインの客車を曳いていた。いずれも寝台車が中心の豪華編成で、鉄道少年だった私にとっては眩しすぎる存在だった。そんな列車を見ながら、大人になったら自分の給料でこんな列車に乗って旅をしてみたいと希望に胸を膨らませていた。残念ながら、寝台特急ゆうづるも急行十和田も私が自分の給料で旅ができるようになる前に廃止になってしまい、乗ることは叶わなかった。しかし今でも私の心の中では寝台特急ゆうづるの583系電車もも急行十和田のEF80とロイヤルブルーの客車も走り続けている。

駒吉機関車が走った時代

 以前、キワ90というローカル線の効率化を目指しながら失敗に終わった車両の紹介をしたが、今回は内燃機関という新しい技術に挑戦した福岡式石油発動機関車、通称駒吉機関車について取り上げます。

 内燃機関とは、シリンダーなどの機関内でガソリンなどの燃料を燃焼させてそれによって発生させた燃焼ガスをエネルギーを得る原動機である。エンジン内でピストンを往復運動させるレシプロエンジンの他、ローターを回転させるロータリーエンジンの他、ガスタービンエンジンやジェットエンジンなども含まれる。

 時は19世期末、機械を動かす動力源は蒸気機関から内燃機関に移り変わりつつあった。1885年、ドイツのゴットリープ・ダイムラーはガソリンエンジンを搭載したオートバイを発明した。また、同年同じくドイツのカール・ベンツはガソリンエンジンを搭載した3輪自動車を発明した。この両名は奇しくもドイツを代表する自動車会社の名前に今に至るまで名前を留めている。1889年には小型でも馬力を出せる2ストロークエンジンが、1891年は簡易な構造である焼玉エンジンが開発された。そして20世紀、内燃機関は人類を空に連れていくことになる。1903年には人類初の動力付きの飛行機、ライトフライヤー号がアメリカのライト兄弟によって初飛行に成功した。20世期は内燃機関の時代といっても間違いはないだろう。

 20世期に入り、内燃機関の活用が広がるとこれを鉄道の動力源とする試みを広がった。当時の日本の鉄道の動力源は石炭を燃料とする蒸気機関が一般的であったが、ローカル鉄道では馬に車両を引かせることや人が押す場合もあった人が押す鉄道車両というのは今では考えられないが、現在の京成金町線の源流になった帝釈人車軌道や小田原と熱海を結んだ豆相人車鉄道などもあった。しかし、19世紀末、日清戦争が起きると軍馬の需要は増え、餌の経費も上がり、馬力の使用はあまり経済的なものではなくなった。そこで馬に変わる経済的な動力源として内燃機関の使用を考えたのが大阪にあった機械メーカーの経営者であり技術者であった福岡駒吉氏であった。彼は蒸気機関車に似たボディーに出力5馬力の焼玉エンジンを搭載した福岡式石油発動機関車(駒吉機関車)を制作し、主に九州地方の軌道事業者に採用された。当時は各地に道路上に軌道を敷設し、物資や旅客の輸送に従事していた事業者が多数あった。5馬力とはあまりにも非力すぎる気がするが、当時は道路上を走る列車は、機関車の他、1両の客車か貨車しか牽引できないという規則があり、歩行者や荷車など他の交通と一緒に走る以上スピードは出せない状況ではわずか5馬力でもそこそこ使えたのだろう。しかしあまりに非力すぎたようで後に出力は7馬力に引き上げられた。

 この機関車は日本初、世界でも相当早い時期に内燃機関を使用したものであった。世が世なら福岡駒吉氏とこの機関車は鉄道史に刻まれる存在になったのだろうが、福岡駒吉氏の死去により開発と改良がストップし、使用された事業者が零細な事業者が多かった。また、この機関車が登場して間もなく、道路上を走る列車の連結両数の規制が緩和された。こうなるとこの機関車は7馬力にパワーアップしたとはいえ、数十馬力は軽く出る小型蒸気機関車に太刀打ちできず、多くの事業者から姿を消すことになる。ただし、福岡県の南筑軌道という会社では1940年までこの機関車が使用された。「ポン、ポン」と排気音を立てながら八女茶の産地を走るこの機関車が牽引する列車、タイムマシンがあれば乗ってみたいものである。

かわいいお客さん

 いつの間にか我が家の玄関脇にある換気扇の排気口のフードにツバメが巣を作ったと思ったら、いつの間にかかわいらしいひなが生まれていた。ひなは大きな口を開けて餌をねだり、親はひっきりなしに餌を運んでくる。我が家は近くに田んぼがあり、ツバメの好物である昆虫は豊富にありそうだからツバメが巣を作るにはいい条件の場所なのだろう。 私は朝夕、家に出入りする度に巣を見上げて「早くひなが孵らないかな」、「ひなはかわいいな」、「親は大変だな」などと思っていた。昨夜は友人と会食をして遅い時間に帰ってきたら、巣にひなたちと親鳥のうち1羽が、すぐ脇にある別の換気扇の排気口のフードの上にもう1羽の親鳥が眠っていた。1家寄り添ってどんな夢を見ているのだろうか。ツバメのひなは生まれてから巣立ちまではおよそ3週間のようなのでもう少しで巣立ちの日を迎えるのだろう。その日を迎えるまでもう少し楽しめそうだ。

なつかしい人

 インターネット上で個人の日記や評論などを掲載するブログは2002年ごろから急速に広まり、2005年ごろには1500万人ぐらいの利用者がいると言われた。その後SNSの普及によって利用者は減少し、現在でも続いているブログはすっかり少なくなった。私は人生うまくいっている人のブログより、悩みを抱えていたり、困難な状況に立ち向かっている人のブログからエネルギーをもらったり、生きるヒントを見つけたりしていた。そのような状況の中で私はとても気になっているブログがあった。そのブログの主は東京に住むホームレスの男性、以前はサラリーマンをしていたが、訳があって辞め、ホームレスになった。ホームレスになっても彼は前向きだったし、愛される人柄だった。そんな彼のことをずっと応援していたし、共感していた。とはいえ、不安定な生活故か、更新は途切れ途切れになり、2015年を最後にぱったり更新は途絶えた。不安定で心身の負荷が大きい生活でどうしているか心配していたが、およそ半年ぶりにブログを見てみると、つい数日前になんと5年振りに彼のブログが更新されていた。早速無事を祝うコメントを書き込んだ。彼とは会ったことがないが、懐かしい友人に数年振りにあったような嬉しさがあった。

走れ!キワ90

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 「帯に短し、襷に長し」というか、アイディアは素晴らしいが出来栄えは残念というかそんな話。今は日本国中どこに行っても立派な道路があり、トラックがバンバン走っているが、1960年代までの日本の物流を支えていたのは貨物列車であった。今は貨物列車が走るのは幹線ばかりになったが、かつてはローカル線にも貨物列車が走っていた。貨物は貨車に積まれるが、貨車にはモーターやエンジンなどの動力装置が積んでいない、そのため、機関車に牽引されることになる。ローカル線はお客の数が少ないが、貨物の量も少ない、蒸気機関車やディーゼル機関車が2、3両の貨車を牽いてトコトコ走っている様子はそれは美しい光景だっただろう。しかし、当時たくさんのローカル線を抱える国鉄にとってはそんなのんきなことは言ってられなかった。ちょうどこの時期、ローカル線の旅客列車はディーゼルエンジンを床下に積んだディーゼルカーが普及していた、ディーゼルカーは蒸気機関車よりも速度が速く、少ない人数で走らせることができ、終点で機関車を付け替える必要が無かった。ディーゼルカーはローカル線の旅客輸送のサービス水準と効率の向上に貢献した。それなら貨物輸送も床下にディーゼルエンジンを積んだディーゼル貨車を開発したらローカル線の貨物輸送の効率化が図れるのではないかと当時の国鉄の人は考えた。

 早速ディーゼル貨車は試作されて、宮崎県の妻線で運用された。しかし運用された結果は芳しいものではなかった。まず、エンジンのパワーが不足していた。180馬力のエンジン1基搭載では、比較的軽い旅客ならまだしも、重い貨物の輸送には力不足であった。さらに、妻線だけで完結する輸送ならともかく、幹線である日豊本線を経て福岡、北九州、大阪方面への輸送では他の貨車に積み替える必要があった。これでは効率化もへったくれもない。結局、キワ90は短期間使われただけで持て余される存在だった。

 私がこの哀れな存在の車両を知ったのは、子供の頃読んだ鉄道図鑑だった。当時はキワ90の写真の下に「現在は使用されていません」という表記がされているのが気になった程度であるが、今は妙にこの哀れな存在の車両が気になるようになった。それに、他の車両の半分以下の8mのボディに飾り気の全くないデザイン。これはこれで好ましく思えるようになった。もし、キワ90が登場した60年前の宮崎に行くことができれば、昼にはこいつが走っている姿をじっくり眺め、夜には芋焼酎で美味い地鶏料理を味わいたいものである。

楽しみは身近にある

 ゴールデンウィークには毎年どこかしらに遠出していた。例えば去年は、福島県いわき市の自宅から、クルマで秋田県・山形県に2泊3日で出かけた。横手焼きそばは美味かったし、増田の古い町並みも良かった、菜の花畑の向こうにそびえる鳥海山は美しかったし、旅館の部屋から見る日本海に沈む夕日は最高だった。遠くにいかなければ、見たり味わったりできないものはたくさんあると思う。

 しかし、今年は一変して新型コロナウイルスの蔓延で外出の自粛が続いている。私も自宅とその周辺で過ごしている。つまらない連休かと思う人もいるかもしれないが、意外とそうでもない。毎日1度か2度は徒歩や自転車で自宅周辺の散歩に行っている。そうすると色々いいものが見えてくる。フジの花は見頃になっているし、ツツジの花も萌えるようだ。自宅からさほど離れていないとこに麦畑があることは知らなかったし、田んぼに水が張られるようになると賑やかなカエルの合唱が聴こえるようになってきた。時間があるから普段よりもずいぶん時間をかけてクルマをピカピカにすることができたし、テイクアウトで自宅で美味しいものを食べることができた。自宅やその周辺で過ごすゴールデンウィーク、それはそれで案外悪くないと思う。

ご無事で

 新型コロナウイルスの感染は拡大を続け、世界での感染者は206万人、死者は14万人、日本での死者は1万人を超え、死者は150人を超えた。最初の感染が確認されたのが中国湖北省の武漢市で公式に確認れた感染者が12月8日、それから4ヶ月ほどで200万人を軽々と超えてしまったわけである。こうなると、2009年の新型インフルエンザ(世界で死者1万4000人以上)や2002年のSARSコロナウイルス(世界で感染者8000人以上、死者700人以上)を軽々と超え、1968年の香港かぜ(世界で死者75万人)や1957年のアジアかぜ(世界で死者100万人)クラスの大規模な感染になるかもしれないし、悪くすれば11918年から1920年にかけて世界で5000万人から1億人が亡くなったと言われるスペインかぜに匹敵する事態だってあり得なくはないだろう。

 考えたくないことだが、私の周囲の人や大切な人の中にも新型コロナウイルスに感染する人もいるかもしれないし、ひょっとすると亡くなる人がいるかもしれない。このまま感染が拡大すれば、医療体制が機能しなくなり、たとえ新型コロナウイルスに感染しなくても他の病気や怪我で十分な治療が受けられなくなるかもしれないし、世界的な物流が滞り生活に必要な食料品や日用品が行き渡らなくなるかもしれない、場合によっては行政や警察の機能が低下し治安の確保もままならなくなるかもしれない。経済へのダメージも相当で、既に就職活動をしている学生には影響が出ていると聞いているし、飲食業、宿泊業、航空、バス、音楽などの業界は深刻な影響が出ている。

 とにかく今できることは、新型コロナウイルスに感染しないこと、感染者が増えればそれだけ医療体制に負荷がかかり、助かる人が助からなくなる。そして、周囲の人や大切な人とのつながりを大事にして、心身の健康を守るようにすることだろうと思う。感染が収束するまで外出は控えるし、人に会うことも出来る限り減らすが、感染が収束したあかつきには、ぜひお会いして無事だった喜びを分かち合いましょう。とにかくそれまではご無事で。

こんな時だからこそ

 C96e5de703cd45988b12c06abcc37bfa 新型コロナウイルス感染者の増加で人混みや至近距離での会話などを避けることが求められています。逆に言えばこれらを避ければ屋外に出ることも決して悪いことでないのかなと思います。
 屋外に出れば、私の住む地域ならまだ場所によってはまだ桜が咲いているし、菜の花もチューリップも芝桜も綺麗です。竹林には竹の子も顔を出しています。花を見て気持ちが落ち込む人はいないし、季節の変化は不確実なことの多い人の世で数少ない確かなものだと思います。皆さんも近くの花や季節の変化を探しに行きませんか?

8時だヨ!な少年時代と今思うこと

  1970年代末から1980年代半ばに小学生時代を過ごした私にとって、週末の大きな楽しみは、土曜の夜8時のあの番組だった。午前中半ドンの授業を終え、昼食をとると、友達とゴムボールで野球をするか、ファミコンをするか、1人で自転車に乗って駅前や田んぼの中の道を走り回るか、家で本を読むのが良くある土曜日の過ごし方だった。家族がそろって夕食をとりながら「巨泉のクイズダービー」をみて、その次が土曜日の最大のお楽しみのあの番組になる。そう、「8時だヨ!全員集合」である。最初のメインコント、学校コントだったり、会社コントだったり、コンバットコントだったり週替わりで飽きることがなく笑いっぱなしだった。志村けんや加藤茶の繰り出すギャグは当時の男子小学生の週明けの話題の中心だった。仲本工事は身体能力の高さを生かした見せ場を作ったし、高木ブーは存在自体が面白かった。いかりや長介はリーダー的存在ながら身体を張ったギャグが面白かった。「チャー、チャチャチャ、チャッチャチャッチャラチャッチラチャッチャチャッチャ」で始まるいわゆる「盆回り」の曲が流れるとメインコントは終わり、ゲストの歌手の歌を挟んで、後半のコントも面白かった、志村けんが「東村山音頭」を歌った合唱隊のコーナー、志村けんと加藤茶のひげダンス、楽しい時間はあっという間に過ぎた。エンディングで加藤茶が「お風呂入れよ」や「頭洗ったか」という声を聞くともうそろそろ寝る時間だった。
 志村けんは「8時だヨ!全員集合」が終わった後も「ドリフの大爆笑」や「バカ殿」などで楽しんだし、高倉健主演の「鉄道員」では映画俳優という新しい姿を見ることができた。まだまだやりたいことがあり、本人は無念だし、私たちドリフ世代にとっては残念だが、この世を去ってしまった。先日の追悼番組に加藤茶、仲本工事、高木ブーが主演してそれぞれの思いをかたったが、仲間として長年やってきた愛情が感じられた。本当に愛された存在なのだなとかんじた。本当にありがとうございます。そして忘れません。

今できること、してほしいこと

私たちが出来ること

・手洗いやうがいをすること。
・外出から帰ったら着替えをして顔を洗うこと。
・外出後できるだけ早く入浴やシャワーを浴びること。
・疲労を溜めないこと。
・睡眠をしっかりとること。
・人混みは避けること。特に屋内の換気の悪い場所。
・マスクをつけ、他の人にくしゃみなどの飛沫がかからないようにすること。マスクがなければ自分の手や衣類でも良い。その場合、すぐに手を洗う。
・今する必要のない外出は感染拡大が収まってから。
・食料品や日用品などの買い占めはしない。
・家族や身近な人が何より大切、このような時、不安を抱えて孤独になるのは精神衛生を保てなくなる。直接会わなくてもいい、何らかの方法で人とつながってください。

 

政府や地方自治体にお願いすること

・PCR検査を迅速に行う体制を整えること。(日本のPCR検査数は少なすぎる。おそらく把握されていない感染者はいる)

・情報を隠蔽せず公開すること。

・オリンピック、パラリンピック開催にこだわらないこと(感染拡大を収束させることが大前提)

・生活に困窮している人に早急に支援をすること。

・宿泊、航空、バス、テーマパーク、飲食を始め需要が急減している業界の倒産や解雇を防ぐための支援をすること。

Google mapで世界旅行 アフガニスタン・バクトラ

 高校の世界史の教科書では、中国や西欧、近代以降のアメリカやアジア各国の歴史には触れるが、それ以外は割とあっさりとした記述になることが多い。授業時間数が限られているから取り扱える内容には限りがあるのはやむを得ないが少々不満もあった。私はそれ以外の地域の歴史について高校生の頃図書館に通って本を読み漁ったが、最も難解だったのは中央アジアの歴史だった。多くの民族や文化、宗教が入り乱れ、面白いけれど全体像を把握しにくかった。現在のアフガニスタン北部を中心とするバクトリアにかつてギリシャ系の国家があったと聞くと驚く人も多いと思う。グレコ・バクトリア王国というのがそれである。その首都がバクトラで、その後、大月氏国、クシャーナ朝でも繁栄した。クシャーナ朝の領域に現在のパキスタン北部のガンダーラがあり、カシニカ王のもと仏教美術が繁栄した。ガンダーラの仏教美術は後に日本にも影響を与えた。
 世界史の上で重要な役割を果たしたバクトリアだが、現在でもアフガニスタンの情勢は不安定でなかなか簡単に行くというわけにはいかない。今朝はGoogle mapで空からバクトラの遺跡を眺めた。長年の雨風でかつての城壁は崩れているが、それでもかつての繁栄を想像することは十分に可能だ。バクトラの遺跡の南側にはバルフという町があり、町の真ん中には青いモザイク状のタイルが美しいモスクがある。町の周囲は砂漠が多いアフガニスタンには珍しく緑が多く、ここに人が集まる条件はあるのだと納得する。想像力さえあればこんな形で自宅で世界旅行を楽しむ、それもまたいいものだと思う。

異常な日常

 ずいぶん昔のことだが、永井荷風の「断腸亭日乗」や宮脇俊三の「時刻表昭和史」を読むと、「〇〇市が空襲を受けた」という新聞記事に接したり、食料の買い出しに苦労したり、それまでなかった異常な事態もしばらくするとそれが当たり前のような感覚になってくるというような記述があった。当時は今ひとつ実感が持てなかったけれど、東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故、そして今回の新型コロナウイルスによる新型肺炎の流行に接するとなるほど、こういうことかと実感できるようになってきた。

 今回の新型コロナウイルスの流行では、ドラッグストアやホームセンター、スーパーマーケットの店内からマスクが消えた。私は花粉症があるので、毎年1月にはマスクを購入するようにしているが、自分がマスクを購入した3日後にはあれだけあったマスクがきれいさっぱり消滅していた。幸い、それまでの買い置きもあり、マスクに困る心配は当面いらないが、あっという間に当たり前に買えたものが当たり前に買えなくなることの恐ろしさを感じた。続いてアルコール消毒液が消え、今度はトイレットペーパーやテッシュペーパーが消えた。マスクの場合、新型コロナウイルスが最初に蔓延した中国からの輸入に多くを頼っているからやむを得ないが、トイレットペーパーやテッシュペーパーは国内産が多いからデマから混乱になったのだろうと思う。そうしているうちに、プロ野球のオープン戦は無観客試合になり、小学校から高等学校までの学校は休校になり、コンサートは中止になり、美術館は閉館になった。そして、この異常な状態はこれから1週間や2週間で解消するとは思えない、これが当分の間当たり前になっていくのだろうか。

気になったこと

 Twitterを見ていると、テレビなどには現れない新型コロナウイルスに関する情報が見えてくる。ただし最初にことわっておくが、Twitterは匿名で投稿できるし、意図的にデマを発信する者もいるだろう。それでも「そういうこともあるかもしれない」と人しておく意義はあるかもしれない。

・発熱し、肺炎の症状が現れても、新型コロナウイルスの検査をしてもらえないという投稿が複数あった。検査の拒否の理由は「中国(武漢)から来た人からの接触が確認できない」であった。

・大阪の医療関係者のツイート、新型コロナウイルスが疑われる入院患者がいるのに、病院側は病院の閉鎖を恐れて意図的に検査をしない。

あなたと大切な人のため

 今日は青梅マラソンが行われます、サッカーのルブァンカップも行われます、テーマパークやショッピングモールもたくさんの人でにぎわうでしょう。映画や演劇を楽しむ人も多いと思います。電車やバスに乗る人もたくさんいます。冠婚葬祭で集まる人もいれば、宴会などで多くの人に会う人もいます。

 ここ数日で新型コロナウイルスの感染状況が変わりました。これまでは特定の国から来た(帰ってきた)人の感染が多かったですが、最近は国内で普通に生活していて感染する人が現れてきました。もっとも好ましいのは人混みを避けることですが、そうもいかない場合には手洗いやアルコール消毒を行なってください。あなたが感染を防ぐことがあなたの家族や大切な人の感染を防ぐことにつながります。

新型コロナウイルスの流行に関して

 中国湖北省の武漢市で発生した新型コロナウイルスは、中国国内では1万人近い感染者が発生し、死亡者も200人を超えた。世界各国でも感染が広がりつつあり、タイや日本では国内で人から人への感染も発生している。こんな状況下で発生したのが、中国では武漢市や湖北省などの新型コロナウイルス感染者が多い地域出身者やこれらの地域から来た人の嫌がらせや差別待遇である。日本などでも中国国籍の人の入店を排除する店も現れ始めた。悲しいかな新しい感染症が起こるたびにこのようなことが発生する。空港や港で検疫を強化して感染者を国内に入れない対策は必要だし、各自が手洗いやマスクの着用、アルコールでの消毒を行う必要はあるが、必要以上に嫌悪感や差別意識をむき出しにすることは私は賛成できない。

終わりなき戦い

  人類の歴史は感染症との戦いとの歴史であったともいえる。ペストや天然痘は歴史上数々の国の運命を変えてきた。日本の場合、仏教伝来とほぼ同時期の6世紀に初めての流行がみられ、藩神(外国の神、つまりは仏教)を崇拝したたたりだと考える人もいた。その後、奈良時代には有力貴族が多数天然痘にかかり朝廷が大混乱になったこともある。この天然痘の流行が奈良の東大寺にある大仏建立のきっかけになったという説もある。ヨーロッパではペストが度々流行し、特に14世紀には大きな流行が起き、中世末期のヨーロッパに大きな打撃を与えた。大航海時代以降は感染症が大陸を超えて広がるようになり、コロンブスの探検隊が15世紀末にカリブ海諸島に到達し、現地の女性と性交渉を行った結果梅毒に感染し、それからわずかな期間で世界中に広まったと言われている。

 交通機関の発達は感染症の流行をさらにたやすいものとしている。1918〜1919年に世界中で流行したスペインかぜは世界中で5億人の人が感染したと言われている。近年でも2003年に中国をはじめ多くの国で広がったSARS(重症急性呼吸器症候群)や2009年にメキシコから流行が始まった豚インフルエンザ由来の新型インフルエンザがあった。他にも鳥インフルエンザの流行があった。

 コロナウイルスは風邪の原因のウイルスのひとつであるが、近年、SARSだけでなく、MARS(中東呼吸器症候群)などの毒性の強いウイルスも出現している。昨年の年末から中国の武漢市で原因不明の肺炎の報告があり、 新型のコロナウイルスであることがわかった。感染者は中国国内にはとどまらず、タイ、香港、オーストラリア、台湾、日本などに拡散している。1月23日から武漢市とその周辺で人の移動を制限し、27日からは中国国民が団体で海外旅行に出ることを禁止して感染の拡大を止めようとしているが、現在のところ感染は広がっているようだ。まずは中国政府が情報を隠さず発信することが必要だと思う。私たちはできるだけ人混みを避け、マスクや手洗い、休息や適切な運動や栄養の摂取に努め、ウイルスに感染しない、抵抗力を高めることが必要だろう。

今何が起きているのか

 今年の冬はおかしい、そんな話をよく聞く、雪が少ない、寒くならない、それにともなって、クマや蛇が冬眠していないといった現象も起きている。海外に目を転じれば、オーストラリアで去年の秋に発生した森林火災は、既に日本の関東地方と東北地方を合わせたくらいの面積を焼失し、まだ鎮火の目処が立っていない。この火災ではおよそ1万km離れた南米のチリでも火災による煙が観測され、既に地球規模の災害になっている。火災の原因は高温と乾燥、そして脂分の多いユーカリの木と言われる。

 環境省の資料によると、21世紀末の気温は20世紀末と比べて、1.1℃〜6.4℃上がると予想されている。また、海の海水面は同じ期間で0.18m〜0.59m上昇し、海水の酸性化も進むと考えられている。降水量は高緯度地域では増え、低緯度地域では減ることが予想されている。日本においては異常な高温日数が増加している。既に現在は1970年代と比べて、最高気温35℃以上になる日は3倍に増えている。また、近年は1日に200mmを超える大雨の日数が100年前と比べて1.5倍に増加している。今以上に夏の暑さは厳しくなることが予想され、台風はより強く、海面の上昇に伴って浸水被害がより増加することが予想される。

 私たちは現実から目をそらしてはいけないだろう。今地球で何が起こっているか、そして私たちに何ができるか、いろいろな人の声に耳を貸すべきだろうと思う。

グリーンでスローに未来はある

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 いわき市小名浜地区で、環境省、いわき市、いわきタクシー、ソフトバンクなどが実施している「グリーンスローモビリティを活用した次世代交通システム実証」を体験した。10人乗りの小型電気バスを使用して、平日は小名浜地区の公共施設やイオンモール、ヨークベニマルなどを事前予約した人が乗れるオンデマンド運行、休日はアクアマリンパークを起終点にイオンモール、小名浜市街地、ララみゅうなどをめぐる路線バス的な運行を行う。私は平日に小名浜支所からアクアマリンパークまでのオンデマンド運行を利用した。

 黄色と黒の小型電気バスは全幅1900mm、全長4405mm、全幅はやや大きいが、全長が5ナンバー企画に入り、非常にコンパクト。今日は私1人と乗務員のみだが、定員の9人が乗ってもさほど狭くはなさそうだ。最高速度は19km/hだから、幹線道路ではややきついがのんびり大きな窓から街並みを眺めるのは気持ちがいい。小名浜支所からアクアマリンパークまで10分少々の旅であった。

 このグリーンでスローな小型電気バスは、小さいから病院の正面玄関やスーパーマーケットの玄関先まで乗り入れできるだろうし、駅前の細い道や住宅街の細かいところまで乗り入れができるだろう。また、速度が遅いから、歩行者とも共存できるだろうし、排ガスを出さないから自然公園や史跡でも使えそうだ。小さいし速度が遅いから幹線や長距離の路線には使えないが、駅やバスターミナルを起点に公共施設や医療機関、商業施設を巡回するバスや、既存のバスが入れない住宅地や集落を巡回するバスとして使えそうだ。そうなると、高齢で運転免許証を返納した人や、観光客、障害があって運転ができない人、外国から日本に働きにきている人など色々な人の頼れる足になる可能性があると思う。あとは、自動運転の機能が付くことだろう。

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