2019年7月
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投票日の朝のこと

   今日は参議院通常選挙の投票日、私は投票所に一番乗りすべく、6時20分過ぎに自宅を出た。5分ほどで投票所になる小学校に着いた。さすがにこの時間なら一番乗りだと思ったら、小学校の体育館の前にはすでに男性が1人並んでいた。投票所に一番乗りすると、投票箱が空であるか確認ができる。それだけといえばそれだけのことだが、一度はやって見たいと思っていた。少々がっかりしながら体育館の入り口で投票開始の7時を待っていたが、先にいた男性と、すぐあとに来た男性、私と妻の4人で選挙談義やら色々な話をしていたので待ちくたびれることなく楽しく過ごした。7時近くになって先に来ていた男性と私が呼ばれて投票箱が空であるかの確認をした。今回の選挙では、地方区と比例代表区があり、投票箱が2つあるためか、幸運にも投票箱の確認ができた。もっとも、投票所の係員が投票箱を開いて見せて、私が頷いたらそれで終わりというあっけないものであったが、ずっとしたいと思っていたことができた満足感があった。

選挙に行きましょう

https://vote.mainichi.jp/25san/

7月21日は参議院通常選挙があります。まさかこの文章をお読みの方で、18歳以上なのに選挙に行かない(棄権をする)という方はいないと思いますが、念のためもう一度言いましょう。皆さん、選挙に行きましょう、いや、どうか皆さん、選挙に行ってください。もし、21日当日都合が悪い方は、期日前投票という方法があります。とにかく、投票率を上げること、言い換えればみんなが選挙に行くことが、より多くの目で政治を監視することにつながります。民主主義というのは、偉い人に政治をお任せすることではありません、国民が自分の意思で自分たちの未来を決めることです。投票率が下がればそれだけ、政治を監視する目が減り、一部の人たちを優遇するデタラメがまかり通ることになります。民主主義をうたっていながら、それが十分に機能していない国が沢山あります。この国が将来そうならないように、政治に目を向けて、選挙に多くの人が行くようにしたいものです。とはいえ、政治家や政党がどんな政策を掲げているのかよくわからないという方は、「毎日新聞ボートマッチ」を活用してみてください。選択肢を選ぶだけで、あなたの考えに近い政治家や政党がわかります。

参議院選挙に寄せて

    第25回参議院通常選挙は、7月21日(日)投票で、現在選挙戦真っ盛りである。しかし、どうも有権者の関心がさほど高まっているようには思えない。前回の参議院通常選挙(2016年先に7月10日)の投票率は54.70%に過ぎないし、最も低かった第17回参議院通常選挙(1995年7月23日)の投票率は44.52%であった。

    投票率が低い原因を考えてみると、最大の原因は政治への不信感だろう。政治家が権力争いに終始して国民の方を向いていない、そのことへの絶望が政治家不信、そして、政治不信に向いているのではないかと思う。ただ、私は有権者、つまり我々国民のの方にも問題があるのではないかと思う。政治について調べて、考えている有権者はいったいどれくらいいるのか問いたい。普段から政治について話題にしている人を煙たがる空気がこの国にはないだろうか。

    民主主義という制度は、人類が長い間かけてたどり着いた、国民の基本的人権を守り、権力者の暴走や腐敗を防ぐための最良の方法なのだと思う。人間というものは、権力を持つと、自分や自分の取り巻きに有利な制度を作りたがるし、世の中には地位に固執したがる者もいる。もちろんどこの国で起きていることとは言わないが。選挙で投票率が高くなれば、権力をチェックする機能が高くなるが、選挙で投票率が低くなれば低くなるほど国民が権力をチェックする機能が高くなるものである。例えば投票率が80%あれば、投票に行かなかった有権者を含めて40%程度の支持がないと権力を維持することができないが、投票率が40%に下がれば、20%程度の人の支持で権力を維持することが可能になってしまう。そうすれば、特定の組織の支持を維持するだで、権力の維持が可能になり、国民のための政治ではなく特定の組織の人たちのための政治が横行することになるだろう。

    有権者の皆さん、選挙に行きましょう、投票に行きましょう。それも、自分が入っている組織、例えば会社や労働組合、宗教などが推している候補や政党、あるいは単純に地域の候補者という理由だけではなく、もちろん、友人や知人、親戚から頼まれた候補者や政党ではなく、自分で考えて、自分の意見に最も近い候補者や政党に投票してください。世の中で、テレビも見ない、新聞も読まない、ネットも見ないという人はあまりいないと思います。もちろん、候補者の個人演説会に行くのも大いに結構です。少し面倒でも、自分で考えて投票する。それが今のこの国を良くし、未来のこの国をさらに良くする数少ない方法だと思う。今回の参議院通常選挙、投票率がどうなるかも注目しています。

親友のこと

   高校1年のクラスにちょっと猫背で読書が好きで、15km以上の距離を自転車で通ってきている男がいた。仲良くなるにはちょっと時間がかかったが、なんとなく一緒にいるうちに「こいつはなかなか面白いヤツだぞ」と思うようになった。高校を卒業した後もたまたまだが同じ町で暮らすようになり、たくさん語ったし、彼から教えてもらうことも多かった。こうしているううちに、肌がツヤツヤ、ツルツルだった高校生はおっさんと呼ばれる年齢になった。ここ数年はなかなかタイミングが合わず会うこともなかったが、それでもずっと気にかけていた。昨日の夕方、久しぶりに彼と会ってそれぞれの仕事のこと、家庭のことを話しながら、焼肉を食べた。楽しい時間だった。面と向かって感謝の言葉を言うのは照れるが、「ありがとう、これからもよろしく」

自己責任の国

   最近「自己責任」という言葉をよく聞くようになった。非正規雇用になって将来に希望を持てないのも自己責任、病気になって働けなくなって食うに困るのも自己責任、ブラック企業に就職して心身の不調にあえいでも自己責任。挙げ句の果てに働けなくなって生活保護をもらったら甘えだ、小さな子供がいて、ベビーカーで電車に乗ろうとしたら迷惑だ、この国はいつからこんなに人に冷たく、弱者に厳しくなってしまったのだろう。そのうち、年金をもらうのは甘えだ、70歳になっても80歳になっても自分の食いぶちは自分で稼げ、病気になったら治療を受けたい、そんなの甘えだと言われるようになるぞ。落ち目の国は嫌だね、ホント。悪い事は言わない、10代、20代の若い人は外国で暮らすことも候補に入れてみることをお勧めします。

技術は正しく使うもの

 

   がん、とくに進行がんになると長期間の入院が必要になる場合が多いし、残念ながらがんのために命を落とす人も多い。私の両親、祖父母は既に全員死亡しているが、6人中4人ががんで死去している。そうであれば、私もがんで死ぬことは十分考えられる。がんの終末期は非常に苦痛がおおきいものだが、兵庫県の芦屋市の市立芦屋病院の緩和ケア病棟では、VRヘッドセットを患者に取り付け、患者が見たくても見ることができない自宅の内部や、庭の草花、愛車の車内や思い出の場所などを見ることができるようにした。何という素晴らしいアイディアだろう。私も3年近く前に母をがんで亡くした。母は口に出して言うことがなかったが、自宅に戻りたかっただろうし、庭には丹精を込めて育てた花があって、「あの花は咲いただろうか」と気になっていただろう。母が生まれた実家周辺、かつて住んだ東京の中目黒、旅行で訪れた土地、もちろん庭の花の写真などを見せたが、VRを使えばあたかもそこにいるかのような綺麗な映像で見せることができたと思う。技術は人を幸せにするために使う、これ以上の正しい技術の使い方はないと思う。

彼に何があったか

   信じがたい事件が起きた。川崎市でスクールバスを待っている児童の列を包丁を持った男が襲い、児童1名と保護者1名が死亡、十数名が怪我をし、襲った男もその場で自殺した。一瞬の出来事だったそうだ。犯人の男はそう遠くないところに住む男で、反抗の様子から相当の計画性と殺意が感じられる。亡くなられた方のご家族、ご友人の皆様には心よりお悔やみ申しあげたい。

   事件から数日経ち、この犯人に関する情報が少しずつ出てきた。彼は小学生の時に両親が離婚し、祖母の家に預けられた。そのの家には叔父夫婦と従兄弟がいた。従兄弟は今回被害にあった児童のいる小学校に通っていたなど、彼と被害者の間にわずかながら接点があることも分かった。そして、彼は小学校、中学校時代は友達と過ごすこともほとんどなく、トラブルメーカー的な存在だったこと、中学校卒業後の進路は誰もわからないこと、数年前に叔父夫婦の家に戻ってくる(祖母はすでに死亡した模様)までどこで何をしていたのかも不明、ここ数年は引きこもりがちで早朝にコンビニの袋を持って帰宅する姿が近所の人に目撃される程度である。携帯電話やスマートフォン、パソコンなどもなく、同居する叔父夫婦ともほぼ同じ屋根の下で関わりは非常に希薄だったと思われる。つまり彼は私たちが当然持っている家族や友人、職場、学校、地域社会などの人と人の繋がりをほぼ持っていなかったことが想像される。凶悪犯であり、同情の余地がない人物であるが、その一点に関してのみ同情というよりは哀れみを感じる。彼が大事に思う人が1人でもいれば今回の犯行はなかったのかもしれない。

井の中の日本人

   最近巷に増えたのは、外国の人に「日本はとてもすごいです」、「日本の人大好きです」などと言わせるテレビ番組や「日本の技術はこんなにすごい」、「日本人はこんなに尊敬されている」などの自画自賛をしている本やネット動画である。だからと言って誤解してほしくないのは、別に私が日本や日本の人が嫌いではないということ、私は戸籍を辿ると江戸時代末に日本に生まれた方に行きつく生粋の日本人だろうし、日本という国の自然や歴史、人が嫌いだというわけではない。しかし、日本人はいつから奥ゆかしさを失い自画自賛が大好きな井の中の蛙になってしまったのだろうか。


   私が思うに、このようなテレビ番組や本、ネット動画が増えたのは21世紀に入った頃ではないかと思う。(あ、ネット動画は昔はなかったですね)バブル崩壊、長引く不景気を経て、日本に住む人の多くが変化を恐れ、将来に希望を持てなくなった時期に合致すると思う。それ以前はむしろ日本人は奥ゆかしかったと思うし、健全は批判もされてきたと思う。落ち目の人が、耳ざわりのいいおべんちゃらに飛びつくのと同じようなものだろう。考えても見ればわかるが、私たちが外国に行ってマイクを向けられれば多少の嘘が混じってもその国の良いところだけを言う人がほとんどだろう。それを真に受け喜んでいたとしたら、日本もずいぶん落ち目になったと思う。

さようなら強さ、ようこそ優しさ

   外国の人が日本に来て驚くのは、日本のドライバーが「俺様病」にかかっていることだそうだ。横断歩道に歩行者がいても止まらない、市街地や住宅街の狭い道でもスピードを出すなど、歩行者の安全よりも自分の都合を優先することである。もちろん、すぐ後ろに別のクルマが迫っている時に横断歩道の手前で止まったら追突される恐れもあるだろうし、大事な用事を抱えて急ぐドライバー心理はわからないでもない。
それでも、ドライバーと歩行者を比較すれば、歩行者が圧倒的に不利な立場にあることは間違いない。

   歩行者は無防備な状態で歩いているのに、ドライバーはクルマという鉄板に囲まれた凶器になりうる機械の中に乗っている。スピードを出すなとは言わない、せめて、横断歩道に歩行者がいれば安全な状態であれば道を譲る、市街地や住宅街では速度を落とす程度の優しさは当然必要になるだろう。最近は「圧倒されるか、圧倒するか」という頭の悪いクルマのCMがあったが、クルマやドライバーに求められるのは強さではなく、優しさだと思う。

母の日に

   明日は母の日、私の母は2016年8月にこの世を去っているから、3度目の母のいない母の日になった。思えば母が生きている間は感謝の言葉を口にすることはあまりなかった。居て当たり前の存在だったし、感謝の気持ちは当然持っていたが、母にそれを伝えることは恥ずかしいというか照れくさいような気持ちがあった。今は感謝の言葉を伝えるすべがなくなってしまった。人間は思っている以上に儚いもの。自分の気持ちを言葉にして伝えることは本当に大切なことだと思う。そのチャンスは今日だけかもしれないし、次に会った時だけかもしれない。

どうする、JR北海道

 

   1987年に国鉄が分割民営化され、JR北海道が誕生した。翌年には青函トンネルが開業した。ちょうどこのころはバブル景気と言われた空前の好景気で、JR北海道はトマムや富良野、ニセコなどへの観光列車を運転したり、上野と札幌を結ぶ寝台特急「北斗星」を運転するなどの積極策に出た。しかし、当時中学生だった私が危惧していたとおり、ほころびはすぐに現れた。バブル景気の終焉、北海道の有力銀行だった北海道拓殖銀行の経営破綻などが続く中、北海道の景気は低迷、客単価の高い、札幌〜函館、札幌〜帯広・釧路を結ぶ特急列車に活路を見出そうとするも、釧路発札幌行きの特急「スーパーおおぞら」が石勝線のトンネル内で火災を起こす事故が発生した。2016年には北海道新幹線新青森〜新函館北斗間が開業したが、函館周辺だけでは需要が低く、札幌まで在来線の特急列車に乗り継ぐと時間がかかりすぎ航空機との競争力に欠けた状態である。
   元はと言えば、1987年の国鉄分割民営化の時に、私が危惧していた通り、北海道は広く、人口が少ない。人口密度で言えば、東京都は1㎢あたり6000人を超えているが、北海道は70人程度にすぎない。鉄道は人や貨物を大量に運べることが最大の強みだが、北海道のような人口密度の低い地域ではそれが足かせになる。その意味では、JR北海道の苦境は、単にJR北海道の経営陣や社員の怠慢だとは思っていない。国鉄の分割民営化自体の無理が現実になっただけだと考えている。

カエルの歌が

   モクレンもサクラも散ったと思ったらハナミズキやフジが咲き出した。田んぼに水が張られたと思ったら、それを待っていたかのようにカエルが鳴き出した。人間の世は何かと慌ただしいが、季節の移り変わりもなかなか慌ただしい。我が家は裏に田んぼがあって、カエルは我が家のアイドルよのうなものである。夜はアマガエルのゲロゲロという鳴き声を聞きながら眠る。リビングの1人がけのソファーに座ると、すぐ傍に小窓にカエルが張り付いていて、その姿を見ながら休日の午後はまどろむこともある。
   そんなカエルだが、カエルを含む両生類は世界的に減少傾向にあるそうだ。 原因はカビなどによる病気の流行や気候や環境の変化。およそ4億年前の古生代デボン紀に生まれた両生類、この危機を乗り切ってほしいと切に願う。

さようなら、クルマ中毒

   最近、高齢者による交通事故のニュースをほぼ毎日耳にするようになった。今月も、東京で高齢の男性が運転するクルマが暴走し、複数の人をはね、このうち自転車に乗った母娘が死亡するという痛ましい事故があった。また、同じ東京で、高齢の女性が運転するクルマが西武新宿線の線路に入り、あわや電車と衝突という事故もあった。
   これに対し、「高齢者から免許を取り上げろ」という声も多い。しかし、高齢者の身体機能や認知機能は非常に個人差が大きく、一律に年齢で区切るのはあまりに乱暴な話である。とはいえ、このまま無為無策では、ますます高齢者は増える一方なので、減少を続けている交通事故の夜死者数が増加に転じることさえあり得るだろう。
まずは、免許制度の改善が必要だろう。現在75歳以上のドライバーが免許更新をするときには認知機能検査を受ける必要があるが、これをもう少し引き下げて、70歳以上にしてもいいと思う。これに加えて、実技試験を加えてもいいと思う。高齢者が増える中、検査官の確保は大変そうだが。
   次に必要なのが、高齢者に優しいクルマにすること。近年ハイブリッド車に多く用いられている小型のチェンジレバーは誤操作を生む要因を持っている。小さくて操作しにくいし、Dレンジに入れてもそこで止まってくれず、中央に戻ってしまう、Dに入っているのか、Rに入っているのか知るには、メーターパネルの小さなランプを見るしかない、しかし、メーターパネルとチェンジレバーの位置は離れている。やはり「見てわかりやすい」ことは大切だと思う。ペダルについてもそうで、アクセルとブレーキという全く違う働きをするペダルが踏み込むという同じ動きで作動するというところに潜在的なリスクがあるが、それに加えて、近年は車内を広くするためにペダルが前寄りに設置されるクルマが多くなってきた、そうなると、ドライバーの右前方にはタイヤがあるから、それと干渉を避けるためにアクセルペダルがやや左寄りに付いているクルマが見られるようになった。これも誤操作を招く危険性がある。人間はミスをする生き物だ、アクセルとブレーキの踏み間違いは高齢者に限らず若い人にも起こりうる、ある程度以上の力でアクセルペダルを踏み続けた場合、異常な操作として無効にするシステムがあってもいいのかもしれない。ゼロヨンなどをやっている人からは文句が出そうだが。
   私たちが出来る対策もある。クルマは高齢者にとってこそ便利な道具だ、高齢になれば足腰にガタがくる、そういう人にとってクルマは歩かずに目的地に行ける魔法のじゅうたんのような存在である。地方に行けばわずか数百mのコンビニに行くのにさえクルマを使う人が多い。いわばクルマ中毒である。若くて元気なうちから、歩いたり、自転車に乗ったり、バスや電車を使ったりすることで必要以上にクルマに依存しない生活を送ることが必要だと思う。そうすれば認知機能や身体機能が落ちた時クルマの運転をやめる決断がいくらかでもしやすくなるだろう。

あの日の桜

331cd8e24dc24c0797816918735fbe55 207fb36301b249b58437e72fad5bd834     昨日、福島県三春町の滝桜を見に行った。滝桜は、樹齢1000年以上と言われる巨木で、福島県内はもとより、全国から人が集まる名所になっている。昨日は満開でたくさんの人が訪れていた。私達は寒さを我慢しながら夕方から夜にかけて暮れゆく空の下、ライトアップされて姿を変えていく滝桜の様子を楽しんだ。

   滝桜を見ながら、8年前の春を思い出した。2011年4月、東日本大震災と東京電力福島第1原発の事故が起きてから1月半が過ぎて、当時住んでいた郡山市でもようやくガソリンが手に入るようになった。私は土曜の夕方、ふと思い立って滝桜を見に行った、昨日と同じように満開だったが、ひとつ違うのは、滝桜を見ていたのは私1人だけで、他には人の気配がなかったことだ。寒々しい光景だった。あれから8年、滝桜を見るたびにあの日の光景を忘れてはいけないと思う。

空気を読む、いいことですか?

   去年亡くなった映画監督の高畑勲さんの言葉。「空気を読む」と若者が言うでしょう。私はこの言葉を聞いて絶望的な気持ちになります。私たち日本人は昔と全然変わっていないんじゃないか、と。周りと協調することは良いことですが、この言葉は協調ではなくて同調を求めるものです。歩調を合わせることが絶対の価値になっている。

   最近の入社式の様子で話題になっているのが、みんな同じような服装、同じような髪型で金太郎飴のようになった新入社員たち。別に若い人だけじゃない、大人だってそうだろう。マニュアル通りに動き、周りの様子を伺い、人と違うことを恐れる。いわば減点主義の社会。そろそろマニュアル通り、みんなと同じがい ...もっと見る

足元の花

  昨日の夕方、自宅の近くの多分個人でやっている桜の名所に行った。道路から階段を上がると、さほど広い敷地ではないがソメイヨシノをはじめ何種類かの桜が咲いていた。見頃には若干早かったが、それでもきれいだし、高台になるから、夏井川や磐越東線の線路が見えて気持ちがいい。これはいい眺めだと楽しんでいたら妻が声をかけた。何事かと思ったら、足元にかわいらしいスミレの花が咲いていた。しかし、上には桜の花が咲いているから、踏まれてしまったスミレの花も多い。もちろん、その踏み跡のうちいくつかは私のものかもしれない。

  人は何かというと上を見がちだ。優れたもの、強いものが本能的に好きな生き物なのだと思う。しかし、美しいものとはそれだけではないだろう。私たちの足元にもそんなものがあって、しかしそのことに気づかないで通り過ぎていく、あるいは踏みつけて行っているだけなのかもしれない。そんなことに改めて気づいた。

あってもいいんじゃない

   最近、家族に関する問題が議論されている。現在は結婚するときに男性か女性いずれかの姓に揃えなければいけないが、夫婦が別の姓を名乗ることもできる選択制夫婦別姓も議論されている。また、同性愛者などの性的少数者のために同性のカップルにも男女の夫婦と同等の権利を認めてほしいという動きも見られる。
これらの動きに対して強い反発も見られる。「家族の一体感が崩れる」、「同性愛者にお墨付きを与えると同性愛者が増える」などの意見をよく見かける。本当にそうなのだろうか。家族の一体感は同じ姓ではないと絶対に保てないのだろうか。同性婚が認められたからといって同性愛者が本当に増えるのだろうか、私はそうは思わない。今後もどちらかの性に揃える夫婦が大多数だろうし、男女の夫婦がほとんどだろうと思う。しかし、それでは不都合な人がいる以上選択肢があるのは当然だと思う。例えば、階段があってほとんどの人は手すりなしで登れるが、それでは不都合な人に手すりがあっていいんじゃないかと思う。

クライストチャーチからの衝撃

最近は人や物やお金が国境を超えて動くのが当たり前になっている。日本にいても海外の人を見るのが当たり前になっているし、そうなれば、異なる人種や民族、宗教の人が住むのも私は当然のことと受け入れている。私が住むいわき市には2005年にモスク(イスラム教の礼拝所)ができた。全国的にも2000年ごろからモスクが増えてきている。
そのような状況の中、ニュージーランドのクライストチャーチでモスクが襲撃され、多くの方が亡くなったことは衝撃を受けたし、悲しむべきことだ。ニュージーランドでは、近年、インドネシアやマレーシア、バングラデシュの移民が増えて、それを快く思わない人がいる。犯行グループもそのようなメッセージを出しているようだが、それならば、ニュージーランドに住んでいいのは先住民のマオリ族のマオリ族の人だけになってしまう。そんなはずはないだろう。日本でも、特定の民族や宗教への嫌悪を口にしたり、ネットに書き込む人が増えてきた。同じようなことが起きないことを切に願う。

記憶すること、伝承すること

人間は忘れる生き物だと言われる。実際、40年以上生きれば忘れることの有難さを実感することはある。もし、人間が忘れない生き物なら、辛いこと、悲しいことがどんどん心の中に溜まっていずれは心が壊れてしまうだろうと思う。だけど、忘れてはならないこと、記憶を次の世代に伝承していかなければならないことはある。例えば、戦争の記憶などがそうだろうし、災害に記憶もある。

明日、3月11日で、東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故から8年になる。あれだけ大きな揺れを感じ。あれだけ恐怖を感じ、東京電力福島第1原子力発電所で爆発が起きた時には人生の終わりだと思ったのに、私自身、記憶が薄くなっていることを感じる。しかし、この震災と原発事故の教訓は伝承していくべきものだと思っている。どうか、この震災と事故を体験した皆さん、自分の言葉でこれらの記憶を、震災と原発事故を体験していない人々に伝えてください。話し言葉でもいいし、文章でもいい、写真や動画でもいい。それが次の災害の被害を軽減したり、原発事故を防ぐ大きな力になると思う。

走れ! 三陸鉄道リアス線

https://www.sanrikutetsudou.com/(三陸鉄道)

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、青森県から千葉県にかけての沿岸部に大きな被害をもたらしたが、現在でも4つの鉄道路線が完全復旧に至っていない。北からいうと、岩手県のJR山田線宮古〜釜石、宮城県と岩手県にまたがるJR大船渡線の気仙沼〜盛(大船渡市)、宮城県のJR気仙沼線の柳津〜気仙沼線、福島県のJR常磐線の富岡〜浪江間である。
このうち、大船渡線と気仙沼線はBRT(バス高速輸送システム)として、線路の一部区間がバス専用道路として整備され、鉄道運賃で利用できる(つまり路線バスよりはすっと安い)ようになった。常磐線は津波の被害よりも原発事故の影響が大きいが、富岡〜浪江〜原ノ町間でバス代行輸送がされている。一応ここも2020年の運転再開を目指して工事が進められている。そして、3月23日に、JR山田線の宮古〜釜石間が、三陸鉄道に譲渡され、運転を再開することになった。三陸鉄道は既に久慈〜宮古間の北リアス線と、釜石〜盛(大船渡市)間の南リアス線を運行しているが、ここに宮古〜釜石間のリアス線が加わったことで、久慈から盛まで、岩手県の沿岸部を縦断する鉄道になった。
とはいえ、課題は多い。岩手県の沿岸部は東日本大震災の津波で大きな被害を受け、元から過疎傾向だったのが、人口減に拍車がかかった。観光客の利用もあるが、三陸の観光シーズンは夏に集中している。また、かつては仙台から三陸鉄道に直通する列車も走ったが、気仙沼線と大船渡線がBRT化されたので、それも不可能になった。とはいえ、復興の象徴として、三陸鉄道には大いに頑張ってほしい。私も是非乗ってみたいと思う。

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