2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

おすすめBLOG

  • Time is up
    りっちさんのブロクです。心と体、音楽、ファッション・美容など、色々な内容の記事が書かれています。
  • 旅は道連れ 気まま日記
    養護学校の教師をしている橘みかんさんのブログです。学校での生活の様子や、旅行が好きということで、これからは旅行の情報も期待できそうです。
  • 黒瞳のうさぎ
    お酒、心理学、旅行、温泉を愛するうさぎさんのブログです。写真付きの楽しい生地が多いです。
  • いい酒・夢気分♪
    アメリカのお住まいのモリビルさんのブログです。大好きなビールのことを中心に、楽しい話題が満載のブログです。
  • ちゃつねの独り言と写真館
    多趣味なちゃつねさんのブログです。アウトドア、クルマをはじめ、話題の豊富なブログです。
  • おしゃれまっちのすてきせいかつ
     旅の大好きなまっちさんのブログです。膨大な旅行記は読み応えがあります。旅の途中で撮った写真を見るのもとても楽しいですよ。
  • UME Blog
     旅行が好きなUMEさんのブログです。毎回テーマのしっかりとした旅をされていてとても興味深い旅行記を書いています。
  • 日常彩彩
    エムエムさんのブログです。社会の出来事について、気になったことを鋭く、それでいて優しい視点で書いています。時々掲載する写真もとてもいいです。
  • five-half blog
    福島県いわき市で美容室「five-half」を経営している谷口さんのブログです。家族のこと、お客さんとのふれあいなど興味深い記事が満載です。
  • 岡本パンスタジオ
    仙台市で自宅および福祉施設等でパン、ケーキ作りの講師を行っている岡本さんのホームページ&ブログです。これを読むと今すぐパンを作りたくなること確実!

« 2005年3月 | トップページ | 2005年5月 »

2005年4月の10件の記事

深浦より

今日は私は青森県の深浦町にいます。昨夜クルマで福島を出発し、友人と交代で夜通し運転して、今朝早く桜が満開の弘前に着いた。岩木山神社で旅の無事を祈願して、白神山地に入った。ブナの新緑にはまだ早かったが、根元が丸く雪が溶けて地面がかおを覗かせていた。そこには紫色の小さな花が咲いていて、春が近いことを予感させた。山を下りてからは、温泉と海の幸を味わった。山の生命を感じ、そのエネルギーをもらうことができた。

衝撃!

兵庫県のJR福知山線での脱線事故私にとっても大きな衝撃でした。科学的な原因究明が行われると共に、亡くなった方のご冥福と、負傷された方の一日も早い回復をお祈りしています。

レトロ列車に乗る

  昨日、磐越東線を走ったレトロ列車「あぶくま新緑号」に乗ってきました。いわき駅近くの公園でのんびりしていると、ディーゼル機関車を先頭にチョコレート色の旧型客車4両が連結されていました。さっそく駅に行って、じっくりとレトロ列車を観察しました。車両の連結麺には製造年が書いてあります、昭和28年、昭和13年・・・・いずれも相当の年代もの、牽引している機関車がいちばん新しいですが、これも昭和48年、私が昭和47戦製造なので同世代です。

 それにしても懐かしい。私が少年時代をすごした常磐線では昭和59年まで旧型客車が活躍していた。上野まで乗り入れている列車もあって、これに乗って東京まで行ったこともあった。リベット打ちの外板、木製のステップ、私の子供の頃は青色の塗装であったが、それを除けば本当に昔懐かしい鈍行列車だ(もともとの塗装はチョコレート色だそうです)ドアのロックが解除されて、車内に入ると、さらに懐かし思い出がよみがえった。青色のモケッとに、ベージュ色に厚くペンキを塗られた座席、木製の窓枠、天井の小さなドーナツ型の蛍光灯、最近よくある「レトロ調」ではない、本当に古いのだ。子供の頃の鉄道初体験の頃の思い出がよみがえってくる。

 ガタリ、思ったより小さな衝撃で発車した。昔の鈍行列車はもっと大きな衝撃があった。ドーンと大きな衝撃があって発車するから「どーん行」、つまり鈍行列車だと、小学生の頃の私は本気で思っていたこともあった。機関士の腕がいいのか、編成が短いからなのか、思ったよりもなめらかな発車であった。

 レトロ列車、というより、鈍行列車といった方がいいだろう。ゆっくりと走る、もちろん、もっと速く走ることもできるのであろうが、新緑の車窓を楽しんでもらおうという趣旨の列車なのでのんびりとした旅路だ。小さな駅に止まって、ハイキングのおじさん、おばさんたちを乗せていく。「懐かしいね」という声があちこちから聞こえてくる。しかし、自動ドアではなく、走行中でも手で開けることのできるドアは、自動ドアに慣れた人が多い現代では厄介者のようで、ドアごとにJRの社員が立って監視をしている。昔は暑い時期はドアが開きっぱなしで走るのが普通だった。

 私には懐かしく、子供たちには新鮮な旅であった。ゆっくり走る列車から新緑や桜を堪能し、夕方の郡山駅に滑り込んだ。短いながらも楽しいミニとリップだった。

東アジアの子供たちへ

 中国・韓国での反日デモは、少しだけ収束へ向かいつつあるようだ、このデモの背景には、過去の不幸な歴史があり、その歴史認識において大きなずれがあることが原因であると言われている。もちろん、話はそんな単純なことではなく、とくに中国においは、高度経済成長に伴って、政治的、社会的な矛盾が表面化してきたことがあるといえよう。しかし、歴史認識の差は、私たち社会科教師にとって見過ごすことのできない問題であると思う。

 私には小さな夢がある。日本・中国・台湾・韓国の歴史の教師達が集まって、始めて歴史を学ぶ子供たちのために、東アジアの諸国の関係を中心に扱った歴史の本を作る。もちろん、各国の負の歴史から目をそらすことは無いが、それ以上に、東アジア地区の各国が、それぞれに刺激しあいながら、文明を発達させてきた歴史について取り上げていきたい。東アジア地区は、大乗仏教と儒教という共通する精神文化の基盤を持ち、漢字という優れた表意文字を持ち、共通点の多い生活を営んできた歴史がある。21世紀は国際化の時代だというが、そのための第一条件は、自分の国の歴史を正しく知ること、そして、他国の歴史を受け入れることだと思う。子供たちの国際化のための教育に、東アジア史は、またとない教材になることであろう。

 この本を編集するための会議は、ぜひとも各国のうまい食べ物を持ち寄って、それを食べながら行いたい。食生活は、その国の歴史と文化の結晶のようなものだから、そして、食生活を理解することからその国の文化を理解することにつながるから。なにより、うまいものを食べながら、相手をなじろうとする人間がどこに居るだろうか。

ふうっ・・・・

  今日の福島は雨の一日だった。私はこのところ、天気の影響を強く受けるようになった。とくに雨の日はつらい、「南の島のハメハメハ大王」ではないが、雨が降ったらお休みしたい気分になる。今日は、午後、生徒が帰る頃には、すっかり疲れきっていた。そんなところにきて、ちょっとムッとすることもあって、気分は最悪の状態になった。

 今日は早々と仕事を切り上げて家に。こんな日はソファーの上に転がって不貞寝するしかないか。

やさしいふるさと

 土日の休みを使って、3月末の引越し以来始めてふるさとの海沿いの町に帰った。そんなことを書くと、なんだか大げさなことのようだが、国道で山を越え、およそ2時間の短い旅である。

 はじめに実家に行って、母親と祖母の顔を久しぶりに見てきた。90歳近くになって、少々ボケてきた祖母は、離すことは要領を得ていないが、元気そうで血色もよく何よりだった。反日デモのまっただなかに中国旅行に行ってきた母親は反日デモの意味がわからず、現地では中国の人の足をうっかり踏んでしまって、やっと現地の空気を知ったという暢気さであった。その後、クルマの窓からふるさとのコバルトブルーの海を眺め、地球の丸さを実感しながらまどろんだ。しばらく海を見ていなかった。この町に住んでいた時には、何か考えることがあると海を見ながらぼんやりとしていた。私にとって海はふるさとそのものであり、心のよりどころみたいなところがあった。

 夕方、友人の美容室に行き、久しぶりに髪の毛をさっぱりしてきた。歴史好きの友人と源義経の話題などで盛り上がりながらであった。その後別の友人と会い、GWの相談をしながら夕食を食べに行く。その友人が開口一番「ホリエモンみたい」と、ホリエモンはメガネはかけていないが、顔の作りは少し似ているかもしれない。友人とパエリアを食べた。その店のおばさんが面白い人で、海外旅行の経験が豊富な人で、今度はキューバに行くという。そのおばさんから海外旅行についての話を聞く。

 あっという間のふるさとであったが、ふるさとの人や景色に会って本当に懐かしく、楽しかった。明日からの毎日のためのエネルギーをもらったような気がする。

サクラが咲いた!

 私は徒歩で通勤している。住宅地の細い街路を歩き、学校までおよそ15分。運動不足の私には適度な散歩代わりになる。小さな公園があり、サクラの木が植えられている。

 昨日の朝の出勤の時、サクラの木を見上げてみると、少しだけ花が咲いていた。ここ数日つぼみが膨らんでいたので、今日か、いや明日か、と楽しみにしていた。サクラの花は、女性にたとえれば完璧すぎるほど整った美人という感じで、毎日会うよりも、少し離れた所から眺めるのが好きですが(毎日一緒に過ごすなら菜の花のような女性が好きです、ちょっと野暮ったい感じの女性ですね)それはともかく、やっぱりサクラが咲くと、本格的な春の到来を感じ嬉しいものです。さっそく、生徒達と一緒に学校を出て公園に行きました。春のさわやかな風を受けながら、生徒達と1時間くらい公園でのんびり過ごしました。たまにはこんなゆっくりとした時間を過ごすのもとてもいいものです。

それから・これまで③

4月7日    インフルエンザ

 前日に新学期が始まり、新しい生徒達と出会い、私自身も張り切ってスタートを切ろうとした矢先、ありえないくらいの身体のだるさと関節の痛み、そして悪寒に襲われた。病院に行って体温を測ったら39℃、こんな発熱は5歳以降でははじめてです。鼻の奥の方まで綿棒みたいなものを入れられて、それをシャレーみたいなものに鼻汁をこすり付けて待つこと17分、しっかりインフルエンザA型の反応がありました。

 それから6日間寝込みました。ひさしぶりのインフルエンザ、ほんとうにきつかったです。しかし、これは私へのいい警告だったのかなと思っています。新しい街に来て、新しい職場に来て、適応しようと必死に頑張っていた。パニック障害発症前よりも新しい環境への許容量が少なくなっていた私は必死にもがいていた。自分でも無理をしているのは明らかだった。この6日間は、いい心の休息になった。後半、身体が楽になったら、家にある本や雑誌をたくさん読んだ。買ってから手付かずだったDVDも見た。

 職場の方や生徒たちには新年度早々に迷惑をかけてしまったが、多分これが無かったらGW手前当たりで、出勤拒否にでもなっていたかもしれない。私は神様は普段あまり信じていないが、これはひょっとしたら天の配剤なのでは、そんなことも思ってしまった。

それから・これまで②

4月2日   「友の結婚」

 仙台に住む友人が今日結婚披露宴をした。私も招待されて友を祝福することになった。
友は、1年と少し前にがんを宣告された。抗がん剤と放射線治療で3ヶ月ほど入院した。幸い、治療の甲斐があって、退院することができ、今日の結婚披露宴にこぎつけることができた。

 がんを宣告された時の、不安な気持ち、そして抗がん剤や放射線の副作用の苦しみ、想像を絶するものであっただろう。私は離れた距離に居たため1回しか見舞いに行くことができなかったが、そのときにも、精一杯、見舞いに行った私たちに気を遣ってくれた。昔からそんなヤツだった。自分が苦しくても、笑顔を絶やさない、周りの人を思いやれる。少なくとも私には真似のできないことだ。

 今日の友の幸せそうな友の笑顔を見て、私も本当に嬉しかった。どうか、この幸せがいつまでも続きますように。友のために祈りたい。

それから・これまで①

3月30日  「引越しをして」

 今日は6年間住んだ海沿いの町から、盆地の街への引越しをした。前日までに荷造りは終わっていたので、ダンボールに囲まれた部屋の中で、引越し業者が来るまでの間、ソファーに座って音楽を聴きながら目を閉じて、色々なことを思い出した。
  
 このアパートに住み始めて3年、ここに住んだきっかけは離婚だった。ここを私の再出発の場所と決めた。学生時代以来、数年ぶりにボランティアを始めて、色々な人との出会いがあった。ネットを本格的に始めて、ネット上に自分のサークルを持つことができた。スノーボードを始めて、嬉しくて、畳の上でブーツを履いてみたり、ウエアを着てみたこともあった。どこか旅に行こうか、深夜まで時刻表と日本地図をめくりながら計画を練ったこともあった。

 思い出せば、悲しいこと、つらいことも多かった3年間だった。パニック障害とうつ病になり、思うように仕事ができないつらさも味わった。布団から出る気力も無く、ただただ時が過ぎることを祈る時もあった。学校の生徒が亡くなり、涙をこらえ切れなかったときもあった。友の病気を知り、何もできないもどかしさに胸が張り裂けそうになった時もあった。

 古い、地区20年以上のアパート、不本意ながら住んだ場所であったが、私にとってはかけがえの無い時間であった。いつか、私が本当に再出発できたら、海沿いのこの町に戻ってこよう。

« 2005年3月 | トップページ | 2005年5月 »

フォト
無料ブログはココログ

BlogParts

  • 投票お願いします!
  • Forester Network
  • クリック募金
  • BlogPet

-占い-

ウェブページ