2021年7月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

« 戦後60年 | トップページ | 明日から旅に出ます »

日本の一番長い日 運命の八月十五日 ~半藤一利著

 先日のブログにも書いたとおり、戦後史をテーマにいろいろな本を読んでいきたいと思います。

 1931年の満州事変に始まる、日本の長い戦争の時代は、戦火がとどまるところを知らず広がり、1941年12月は米アメリカ、イギリスなどを相手とする太平洋戦争に突入した。もとより、圧倒的な経済力の違いがある国を相手に、どれだけの勝機があったのだろうか?山本五十六連合艦隊司令官は、昭和天皇から、戦争の勝敗の見込みについて質問されて「1年は太平洋を暴れまわってみせましょう」と答えたそうだ。軍の第一線の人物でも、長期の戦いになれば勝てる見込みは薄いと思っていた人もいたようだ。

 ミッドウエィ海戦での敗北を機に、日本は後退を始め、戦況は悪化の一途をたどり、国民生活は悪化の一途をたどる。194年以降、サイパン島、レイテ湾(フィリッピン)などの戦略拠点を次々に失い、1945年6月には、沖縄も陥落した。その少し前の1945年4月には、首相が小磯国昭から鈴木貫太郎に代わった。このころから、外務省などにより、ひそかに終戦に向けての動きが始まっていた。

 ここからが、この本の内容になる
 1945年8月14日正午からの24時間、日本の歴史にとって、きわめて大切な24時間に、昭和天皇、鈴木首相、東郷外相、阿南陸相(陸軍大臣)、米内海相(海軍大臣)をはじめ、各大臣、近衛師団(主に、天皇の警護を目的とした陸軍の部隊)のひとびとの動きが描かれている。この動きに、絶対的な命令者はいない。それぞれ思想の違いはあっても、日本人的な忠誠心に動かされていた。連合国との講和を早期に進め、国体の護持(簡単に言えば、天皇の地位の保全を中心とした、日本の国のあり方)の保障を取り付けようと奔走した、鈴木首相、東郷外相、米内海相。降伏しては国体の護持はおぼつかなく、日本の歴史の危機だと考え、本土決戦を企てる陸軍将校たち、そして、両者のの間に立ち、講和の必要性を感じながら、終戦の意義を将兵に伝える困難さを感じ、苦悩の中で切腹という日本的な方法で責任を取ろうとした阿南陸相。近衛師団の一部により、皇居の占拠や、鈴木首相の官邸の焼き討ちもあった。それでも、終戦の詔書のレコード(いわゆる玉音放送)は無事守られ、戦争は終わった。そりて、大日本帝国は歴史の中に消えていった。

« 戦後60年 | トップページ | 明日から旅に出ます »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本の一番長い日 運命の八月十五日 ~半藤一利著:

« 戦後60年 | トップページ | 明日から旅に出ます »

フォト
無料ブログはココログ

ウェブページ