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2005年9月の16件の記事

大地の風味

 私の学校には、毎週木曜日の夕方、近くの知的障害者共同作業所の人がパンを売りに来る。その日に作ったパンで、作り手が一生懸命に作った気持ちのこもったパンで、応援の意味も込めて毎週パンを買っている。
 ここのパンはドイツ風が売りのようで、商品の中にライブレッドがある。小麦粉に加えてライ麦粉を使って作ったパンである。小麦粉だけのパンに比べて、しっかりとした酸味と香ばしい風味があり、栄養的にも食物繊維やビタミンB1が多く、身体にも優しいパンである。パンに付けるジャムは、パンの風味が強いので、これに負けない甘さ控えめで、フルーツの香りがしっかり残ったジャムを選びたい。私のお気に入りは、北海道産のハスカップジャムである。ハスカップの強い酸味がライブレッドの香ばしさを引き立ててなかなかうまい。最近、私の金曜日の朝は、ライブレッドから始まる。

秋刀魚

 今年も残暑が厳しいなと思っていたが、お彼岸を境に急に肌寒くなってきた。今日は仕事をしてふと窓の外を見ると午後6時には真っ暗になっていた。すっかり秋が深まっていた。仕事帰り、歩いて行くと、いったいどこの家だろう?秋刀魚を焼く匂いが漂ってきた。いいな~、やっぱり秋は秋刀魚だ。脂の乗った秋刀魚に熱いご飯と味噌汁、漬物少々。シンプルだけど幸せを感じるメニューだ。私も今日は秋刀魚にしよう。皆さんは秋を感じるメニュー、何かありますか?

「昭和という国家」司馬遼太郎

 司馬遼太郎は好きな作家の一人で、歴史小説をたくさん読んできた。この本は晩年に、NHKの番組の中で語ったものを口述筆記になっている。歴史を深く知るものとして、日本という国と日本人の行く末を案じていた司馬の遺言といってもいいかも知れない。

 この中で考えさせられた部分がたくさんあった。とくに、大正時代の末から敗戦までの20年の期間についての考察はなるほどと思われる部分がたくさんあった。司馬にとってこの時代は、素晴らしい歴史を持つこの国にとって汚点とも言えるものであった。『日本という国の森に、大正末年、昭和元年ぐらいから敗戦まで、魔法使いが杖をポンとたたいたのではないでしょうか』と語っている。

 歴史を知ることは未来を照らすことになる。私自身知らないことはたくさんある。先の見えにくい時代だからこそ歴史を学ぶ必要性があるのではないか。

「まあだだよ」黒澤明監督

 日本映画の巨匠、黒澤明監督最後の作品。

 昭和18年、東京。ひとりの初老の教授(松村達雄)が大学を去ろうとしていた。それでも教え子たちは師を慕って集まってくる。中年になった教え子が、小さな子どものように師のもとに集まってくる。一方でこの教授も、ちょっと世間離れしているところなど、教え子たちも放って置けないところがあるのだろう師の家が空襲で焼け出されれば、代わりの住居を教え子たちが探してくる。師の飼い猫がいなくなれば、教え子たちが探しに行く。人と人とのかかわりが希薄になっている現代では、ちょっと奇異に見える部分もあるかもしれない(そのためか、この作品については賛否が非常に分かれているようだ)。しかし、そんな時代だからこそこの映画が訴えかけるものがあるのかもしれない。それは、深いところでの人と人との心のつながり。私たちが置き去りにしてしまったものがここにはあると思う。

 この教授のモデルは、内田百閒(1889~1971)。岡山県出身、小説家、随筆家。この作品にもあるように、ユーモアにあふれた文章を書く人で、「阿房列車」は、後の紀行作家たちに強い影響を与えた。私自身、数年前に読んでで、その面白さにひきつけられたことを覚えている。この人の影響を強く受けた紀行作家が宮脇俊三(1926~2003)で、私は中学生以来愛読し続けている作家である。

校外学習

 地元の駅前まで校外学習に行った。駅の中やデパートなどで、ピクトグラムやサイン類を活用して行動できることを目標として行った。生徒たちは、電車の発車時間を調べるために、みどりの窓口のサインを探して話を聞いたり、身障者トイレのピクトグラムを探して用を済ませたりと、自分で考えて行動することができたのでとてもよかった。何よりも喜んでいたのは、電車の発着の様子を見たり、家族へのお土産にお菓子を買っているときであった。
 感想、気づいたことを少々。駅やデパートのバリアフリー化は、遅々としたとした歩みであるが整備されている。エレベータも整備されて、ボタンが車いすでも押しやすい位置に設置されていて、以前には気になった細かい段差も、改装でダイブ気にならなくなった。しかし、難を言えば、大回りを余儀なくされることも多く、エレベータまで行くために階段を下りなければならないという矛盾もある。何より気になったことは人々の視線である。想像してほしい、あなたが街を歩くときに人からじろじろ見られたら。車椅子に乗っていると、歩いている人より視線が低い。人々の視線は一層威圧的だろう。かれらが助けを求めたときにはぜひ手伝ってほしいが、それ以外の時には「好意の無関心」でいてほしい。施設面でのバリアフリーが実現しつつある今、次の課題は心のバリアフリーだと思う。

日本人ならコレだね

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 3連休の中日の18日、宮城県の小原温泉(白石市)、滑津大滝(七が宿町)、さらに国道113号線で山形県に抜け、阿久津八幡、亀岡文殊(高畠町)に行ってきました。

 東北自動車道を行き先を決めずに北上しました。とりあえず白石インターで降り、温泉に行きたいので、小原温泉の看板を手がかりに進みました。小原温泉は白石川の渓谷の中にある小ぢんまりとした温泉。朝から温泉入浴になった。さっぱりしたあと遊歩道を歩いた。遊歩道の脇の岩の下からボコボコと温泉が湧き出している。地球のエネルギーを感じる。七が宿町には、あちこちにそば屋さんの看板が出てきたが、私は高速道路のサービスエリアでサンドイッチを買っているのでそばは次回の楽しみにする。滑津大滝はすぐそばまで歩道があり、人の目がなければ水遊びをしたかった。県境付近の眺めのいいところにクルマを止め、サンドイッチと缶コーヒーの昼食にした。お店の中で食べるのもいいが、太陽の下、景色をおかずに食べるのもなかなかだ。山形県にはいると、伊達家の信仰が厚かった阿久津神社で見事な三重塔を見、亀岡文殊では、せめて文殊様の爪の垢ほどでもいいから知識を授けてくださいと祈った。

 なんだか、温泉に滝に神社仏閣と昔の日本人のパターンみたいな1日になったがなかなか充実して楽しかった。ひとつ気がかりなのは、こんなに「ひとり上手」になってしまった私の将来だ。

中秋の名月

私は春・夏より、秋・冬が。朝・昼より夕・夜が、太陽より月が好きだ。こんなことを言ったら、よほど暗い人間なのだろうと思われるかもしれない。
 私たちは普段人工の明かりの中で暮らしているから、新月の夜の暗さや、満月の夜の明るさに気がつくことはほとんどないだろう。今日は中秋の名月。私の家から自転車で10分ほど走れば、人工的な光源のほとんどない環境になる。満月の明るいこと、きれいなこと、しばらく見とれていた。
 人が生まれたり、また死んだりするのは新月や満月の日が多いそうだ。動物の妊娠期間も新月から新月までの周期(およそ29.5日)の倍数であることが多い。交通事故は新月や満月の日に多いという。人間をはじめ、生き物の身体や精神に、月の満ち欠けは何かしらの影響を与えているようだ。そんなことを考えながら月を見ていると、ますます不思議な存在に思えてくる。

明日への一歩

 私の学校のA君、自分をアピールすることが大好き。「こんなことができたよ!」「この歌歌ってよ!」「苦手なものでも頑張って食べられたよ!」そんなときには、大きな声を出してみんなに呼びかけています。そして、みんなの注目が集まると、得意げにそれをやって見せます。自分の気持ちを表現することは、とても大切なこと。彼は限られた語彙と限られた動作で精一杯工夫して表現しています。
 ところが、ある日気づいたこと。ある女性の教師の隣に座ると、借りてきた猫のようにおとなしくなって、アピールをすることをやめて、ちょこんといすに座っています。わたしは「もしや・・」と思い、しばらく様子を観察していました。やっぱりそうです。彼は、その教師に振り向いてもらいたくて必死にアピールしていたのです。
 恋心というにはちょっと幼いようですが、男の子が年上の女性にあこがれる時期は間違いなくあります。彼なりにそんな時期にさしかかってきたのかもしれません。もし、そうだとすれば、これまでの段階から一歩先へ踏む出しつつあるのかもしれません、男の子から少年へ、そして男への階段を。私も同じ男として、彼の一歩を祝福してあげたいと思う。

12年目の北海道 番外編4

「DSC00964.JPG」をダウンロード

網走で面白いものを見つけました。パッケージに大きく「脱獄」と書いてありましたが、その名のとおり、網走刑務所で作られたジャガイモを使用しているそうです。合法的に刑務所を脱獄してきたジャガイモたちです。味は、油が軽くてなかなかのものでした。

「グリコ」

市内の公園に散歩に行った。小高い山にあり、長い階段を上ると景色のよい展望台になっている。雨上がりの公園は気持ちがよく、足元が滑るのを気にしながら階段を上っていった。階段の途中で、30歳くらいのお母さんと5歳くらいの女の子が「グリコ」をしていた。
 「グリコ」といっても、バンザイして走っているお兄さんの製菓会社のことではなく、じゃんけんをして、「グー」で勝ったら「グリコ」で階段を3段上がり、「チョキ」で勝ったら「チョコレイト」で階段を6段上がり、「パー」で勝ったら「パイナツプル」で階段を6段上がり、最初に階段の一番上についた人の勝ちになるゲームだ。たわいもないゲームであるが、一度はじめれば自分が勝つまでやめられなくなるゲームである。年齢差のある子どもたちで遊ぶときにも、年齢差がハンデにならない便利なゲームである。
 親子の様子を見ていて、私は、すごくいいなぁと思った。きっとこの親子はいつまでも仲良しでいるのだろうと思うし、そうであってほしいと思う。ちょっといい気持ちになった日曜の午後だった。

友達ってありがたいなぁ

このところストレスの塊になっている私は、大学時代からの友人Aに、久しぶりのメールを送った。珍しく最近の状況を愚痴ってみた。しばらくして友人Aから励ましのメールが帰ってきた。これは嬉しかった。同じ仕事をしている仲間として、お互い分かり合える仲間がいることがすごく嬉しかった。しばらくすると、友人Bから電話がかかってきた。電話を聞いてびっくりした。いきなり「おまえ大丈夫?」というふうに聞かれた。何がなんだかわからないまま事情を聞いてみると、友人Aから、やえもんが大変らしいと聞いて、心配になったそうだ。昔からBは面倒見がいい奴だった。これは涙が出るほど嬉しかった。それから、お互いの仕事のこと、それぞれの近況など、電話代を気にせず長話になった。本当に私はいい友人に恵まれたものだと思う。

 どちらかというと人と付き合うのが余り上手ではない私は、高校時代まではあまり友人が多いほうではなかった(もっとも、数少ない友人の中には、高校時代からずっと親友である友人もいるか)。大学に入ってから、たくさんの人と知り合い、自分の世界が広がった。遠く離れて暮らしているが、時々会えばあっという間に学生時代の私たちに戻ることができる。こうして、何かあれば心配して私を支えてくれる。こんな関係をいつまでも続けていきたいと思っている。

刺青とピーターラビット

今日は仕事が早く片付いたので、山の中の温泉に行った。この温泉は、奥羽山脈の中の1軒宿で、建物こそ古びているが、抜群の泉質と、きれいな風景、なにより、いつ行っても程よく空いているのが嬉しい。300円の料金を払って温泉を堪能して、さっぱりとした気持ちで浴室を出ようとすると、腕や背中に刺青をした20歳過ぎのお兄さんが何人か入ってきた。刺青に反して、優しい顔をしており、少し安心する。脱衣所に戻り、服を着ようとすると、私の隣の籠には、乱雑に脱ぎ捨てられた衣服とピーターラビットのバスタオル。浴室にも脱衣所にも他には人がいないので、さっきの刺青のお兄さんたちの一人のものであろう。刺青とピーターラビットのギャップに思わず笑ってしまった。なんだか、このギャップが妙にかわいい。

おばあちゃんとデート

 私は晴れた日は自転車で、雨の日は歩いて通勤している。今日は朝から雨だったので、歩いて通勤した。その帰り、おばあちゃんがよたよたと歩いていた。暗くなりかけているし、雨は強くなってくるし、大丈夫かなぁと心配しているうちに、おばあちゃんが話しかけてきた。「ここ、もうすぐ工事になるのでしょう、バスに乗るのに○○まで行かなければならなくなるから不便だねえ」、と。たしかに、このあたりはもうすぐ下水道工事が入る。不便になることは私も感じていた。向かっている先も同じようだし、暗くなっているときなので、心配でもあり、また私も人恋しくなる時間なので、一緒に帰ることにした。昔のこのあたりのことについて聞いたり、昔の水害(これは私も経験ありました)について話をしたりしました。
 15分ほどでおばあさんの家の前まで来たので、ミニデートはおしまい。私も、ここ数年は引越しばかりで根無し草のような存在でしたが、この街にはしばらく腰を落ち着けるつもりなので、地域とのつながりを大事にしていくのもいいかもしれないと思った。

「煌きの瞬間 戦後の昭和にみる日本の原風景」三橋松太郎著

 この本は、1949年から57年の横浜に住む人々の生活の姿を映した写真集である。終戦時に焼け野原になった横浜市は、戦後、不死鳥のようによみがえった。しかし、現在と比べると、人々の生活は貧しく、本牧や山手は、広々とした米軍原人の住宅が建ち、広い芝生にテーブルを置き、家族で団欒を楽しんでいる写真がある。一方日本人は貧しかった。家のつくりは貧しげで、バラックといってもいい、崩れ落ちそうな家が密集している。傷痍軍人だろうか、両足が膝の下からなく、義足も装具もしていない人が、松葉杖をついて歩いている。それでも、人々の表情は暗くはない。戦争が終わり、徐々に日本が復興していき、高度成長へのきっかけをつかむ時代である。子どもたちも、大人も、老人も、希望にあふれていた時代なのだろう。なんだか、少しだけ楽しくなるような写真集であった。

星と音楽のひととき

 私の住む街のプラネタリウムで、毎週金曜日の夜「星と音楽のひととき」が行われる。行こうと思っていてもなかなか行く機会に恵まれず、やっと先日行くことができた。
 今月のテーマは「カーペンターズ特集」。私は20歳代前半、カーペンターズの曲が大好きだった。カレンの歌声は何物にも変えがたいくらい好きだった。その後すっかりご無沙汰して、当時集めたCDも、今では年に数度聞く程度になっていた。
 はじめの曲は「Calling occupants」カーペンターズの中では異色の曲だ。地球外生命との遭遇というテーマの曲なので、プラネタリウムにふさわしい選曲ともいえる。星空を見ながら聞くと、なんだか不思議な世界に迷い込んだような気がする。
 次の曲は「We are only just begun」これは懐かしい。今でこそ枯れススキのような私だが、20歳代前半の私は、大きな恋愛を2度した。不思議と2人ともカーペンターズの曲が好きで、そのうちのひとりが好きなのがこの曲だ。もちろん私にとっても好きな曲だ。初めて私のクルマに彼女を乗せデートに行ったときもこの極を聞いたことを思い出す。切ないような、懐かしいような、胸が熱くなった。
 その後も「Top of the world」や「Yesterday once more」などのヒット曲が続いた。50分という時間があっという間に終わった。なんだか、懐かしい人にあったような、幸せな時間だった。10月になるとまた別のアーティストが特集される。そうしたらまた行ってみたい。

「さとうきび畑の唄」TBSテレビ

2003年にTBSテレビで放送されたドラマです。どういう事情があったのかは忘れてしまいましたが、放送されたとき見ることができず、その後ずっと見たいと思っていて、レンタルビデオで借りてきました。主演、明石家さんま、出演、黒木瞳、上戸彩、仲間由紀恵、オダギリジョー他。

 昭和16年12月、平山幸一(明石家さんま)たち沖縄のある一家の平凡な毎日から始まる。同じころ、日本は太平洋戦争に突入し、家族は、兵役に、従軍看護婦にと、家族は離れ離れになっていく。その行く先には、次々と家族に長男、次男・・・家族は次々と命を落としていく。そして、最後には幸一も。傷ついたアメリカ兵の目の前にして、上官から射殺するように命令される。そこで幸一は「私はこんなことをするために生まれてきたんじゃない、私には人を殺すことができない」と叫ぶ。上官の銃は幸一に・・・・。

 戦争は悲惨である。言葉ではよくわかっている。私は社会科の教師である。人類の歴史は、しばしば目を背けたくなるような戦争の血塗られた歴史がある。とくに、産業革命期以降、兵器の進歩に伴って、戦争の悲惨さも加速度的に増している。私がこのブログを書き、あなたがこのブログを読んでいるこの瞬間にも、地球上のどこかで人間と人間が殺し合い、大地に血が流されている。人種の違い、宗教の違い、思想信条の違い、経済的な格差、なんてつまらない理由で人間は殺しあうのであろう。

 私は、久しぶりにテレビを見ながら涙を流した。そして、いつの日か、地上に戦争の惨禍によって無意味に血が流されるようなことがなくなるように。

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