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2006年6月の19件の記事

学習指導案

 こちらの業界で学習指導案と言えば、1時間の授業の計画を書く時案、1日の授業の計画を書く日案、1週間の授業を書く週案があります。このうち、私たちが普段書いているのは週案と言って、1週間の間に行う授業の内容、その授業を進めるにあたっての手立て(どのような配慮をするか、どのような工夫をすればわかりやすい授業になるかということを明記することです)、そして1週間の授業を振り返っての半生を書くことです。これは毎週書いているので、さすがにニブい私でも、書き方のコツをつかんで、かなりすらすら書けるようになって来ました。一方、時案の方は、何か研究会があるときくらいしか書いていないので、書きなれていない。また、書く内容自体が、生徒一人一人の細かい実態や、到達目標、そのための配慮事項と、相当細かいので、かなり書くテクニックを要する。私自身、頭の中で描いていることを文章に表すことがなかなかでずにイライラしている。がんばれやえもん!イライラするな!

ブルーマンデー

 月曜日の朝は、のんびりしてしまう。別に寝坊した訳でもないのに。
 いつものように、5時40分に携帯電話のアラームがなる。少しストレッチをして、6時からラジオの英語講座、それが終わったら、着替えをして、荷物を準備して、7時前に朝食。そうしたら、すぐにでも出勤できるはずなのに、それから、ソファーにごろりと横になって、漫画を読んだり、意味もなく耳かきを始めたり、コーヒーをいれはじめたり、要するに気分が乗らない。7時40分過ぎにようやく重い腰を上げる。8時20分出勤で、職場までは自転車で10分もかからない。ぼんやりとした寝起きのような頭で職場の人にあいさつをする。それでも、私に残るかすかなプロ根性で、生徒に会ったら、5秒後にはエンジン始動。生徒の前だけではシャキンとなる。そうしようと思っているわけではないのに、自然となるのだから不思議なものである。

古い写真

 今日は、外出しようと思っていたが、身体がだるいのと、気分が乗らないので、家でゆっくり身体を休めていました。ゴロゴロしたり、アメリカのテレビドラマのDVDを見たり、図書館から借りてきた本を読んだりしていました。それでも時間をもてあましたので、久しぶりに古いアルバムを出してみました。今回開いたのは、2000年以降の写真のアルバム。とはいえ、ここ数年私の周りでは慌しく時間が過ぎて言ったので、すっかり古い写真になってしまった。写真を見ていると、当時の思い出が鮮明によみがえってくる。当時から現在まで身近にいる人、なかなか会えない人、ずっと会っていない人、今ではどうしているかわからない人、それぞれの人と、大切な思い出があります。そして、その思い出に支えられていることを実感します。その人とたとえずっと会えなくても。

 思い出には、ほろ苦い思いでも、つらい思いでもある。しかし、何年もたつと、そんな思い出さえ、懐かしく思えるものもある。だから人は写真と言うものを発明したのだろうか、文字と言うものを作り出したのだろうか。そして、これまで長い間、たとえ一瞬だけの出会いであった人もいる。長い付き合いの人もいる。34年間に出会った一人一人の人に「ありがとう」そして、これから出会う人に「よろしく」と、心から言いたい。

へ(`_´ )ノ

 ここ1週間、夏風邪で体調が今ひとつすっきりしなかった。熱は微熱程度だったが、鼻と喉に来ていた。夏風邪は治りにくいというけれど、やっと直ったようだ。私の場合暑がりで、この時期は必要以上に薄着になってしまうことが多く、この風邪をひく直前にも、睡眠中寒さで目を覚ましたことがあったから、それが原因かもしれない。梅雨時は疲れが溜まりやすく、体調を崩しやすいです。皆様もどうぞお気をつけて。

デザイン変更

 ブログのデザインを一新しました。今回のデザインは、フランスのプロバンス地方の風景をイメージしたデザインです。もうすぐ夏、1年のうちで最大の旅行シーズンがやってきます。ちょっと旅心をくすぐるデザインです。左右のオレンジ色の夏らしい明るさと、真ん中の水彩画風のプロバンスの風景がさわやかさが、このブログを呼んだ人の気持ちを明るくしてくれれば幸いです。

英語病

 私の中学、高校時代の苦手教科は英語だった。中学1年生の頃はまだよかったが、2年生頃から苦しくなり始め、高校に進学してからは、赤点ぎりぎりの低空飛行状態だった。私は文系の大学を受験したが、最後までネックは英語であった。それでも、詰め込めるだけ詰め込んで、なんとか入試はパスしたが、その後も英語への苦手意識は続いていた。

 そんな私が少しだけ代わったのが、ここ2年ほど。英会話のCDを買って、車の中で聞いたり、朝早起きして、NHKラジオの「基礎英語」を聞き始めたりと。突然英語に目覚め始めた。とはいえ、まだまだ難しいことを話したり、聞いたりすることは難しいし、英字新聞を読んでも、うっすらとしか記事の中身がわからない。それでも、外国の方に、切符の買い方(しかも台湾の駅で・・・私を台湾の人だと思ったらしい)を聞かれて、なんとか説明できたり、タクシードライバーと英語のみで意思疎通ができたり(これも台湾で)すると、やっぱり嬉しい。私はどちらかと言うと根が単純にできているほうだから、すっかりその気になって、さらに頑張ってしまう。そのうちに、イングリッシュネームを持つようになってしまった」。その名も「Thomas(トーマス)」。顔のついた蒸気機関車(しかも、しばしば事故を起こす)や、アメリカの発明王と同じ名前である。・・・・・私の名前は、たとえローマ字表記したとしても、外国の人に正しく読んでもらうのは絶望的な名前なのです。

 いつの日か、英語圏の国に言ってもコミュニケーションに困らない。そんな日を夢見ています。なにより、新しいことを学ぶことの楽しさ、これに取り付かれています。私の英語病はもうしばらく続くかもしれません。

Help!

 今日は梅雨の晴れ間。少し湿度が高いものの、久しぶりに青空を見た。今日は、先日植えたヒャクニチソウにアブラムシがたかっていたので、手でつまんでは捨てた。生徒に身近なところで栽培しているので、できれば薬は使いたくない、とはいえ、手で取るのは大変だ。何かいい方法はないのでしょうか?よい知恵を持っている方、教えていただければ幸いです。

最後のワールドカップ

 サッカーのワールドカップは、今夜(日本時間で)日本-クロアチア戦が行われる。それでは、クロアチアと言う国はどこにあるかと聞かれると、すぐに答えられる人は多くないと思う。現在30歳以上の人なら、中学、高校の地理の授業で、クロアチアと言う名前を聞かなかっただろうと思う。ユーゴスラビアなら、聞いたことがある人も多いだろう。ユーゴスラビアは、「南スラブ人の土地」という意味で、1818年に成立した、「セルボ・クロアート・スロヴェーヌ王国」が、1929年にユーゴスラビア王国と改称したものである。元々あったセルビア王国、を母体に、旧トルコで第1次世界大戦当時セルビア領であったマケドニア、独立国であったがセルビアに占領されたモンテネグロ、オーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあった、スロベニア、クロアチア、ボスニア=ヘルツェゴビナが合併してできたものである。「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国」と言われるほど複雑な国家であったが、1945年から80年までユーゴスラビアを代表する立場にあったカリスマ的な政治家、チトーのもと、ひとつの国として機能してきたが、チトーの死後は経済的な格差、各民族の民族意識の高まりなどが表面化し、1991年にスロベニアとクロアチアが独立、ユーゴスラビア全土を巻き込む紛争に発展した。1992年にマケドニアが独立した後も、ボスニア=ヘルツェゴビナとコソボ自治州(セルビア)では長く戦火が続いた。最終的には、セルビアとモンテネグロのみがユーゴスラビアに残ったが、2003年に国名をセルビア=モンテネグロと改称した。そして、今年5月26日、モンテネグロの国民投票で、独立が決まり、6月3日にモンテネグロが正式に独立した。今回のワールドカップには、「セルビア=モンテネグロ」として参加したが、この名前で次のワールドカップに参加することはないだろう。ユーゴスラビアは、サッカーの強国として知られた。そのユーゴスラビアの歴史の幕を下ろすのが、この「セルビア=モンテネグロ」チームである。

 私達は歴史に生きている。ユーゴスラビアの完全な終焉、これも、東ヨーロッパの歴史の大きな節目になるかもしれない。

リフレッシュ

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 今日の福島は朝から蒸し暑かった。私はかなりの暑がりで、25度を越えると「あつい あつい」と言うほどなので、これからに時期は私にとっては嬉しくない時期である。少しでも涼しいところにいこうと思って、弁当と飲み物と本を持って、近くの山にある渓谷に行った。私のクルマには外気温計がついている。町の気温は午前10時過ぎですでに28度を指していた。山を登るにつれて気温はぐんぐん下がり、目指す渓谷では気温は22度まで下がった。これならエアコンの世話にならなくても十分快適な温度だ。

 まず、渓谷の散策。昨日まで雨が降っていたから、渓谷の水量は多く、見ごたえは十分。その上、木々の緑が雨に洗われて宝石のように美しい。道が少しぬかるむものの、それを気にせずどんどん進んでいく。小さな橋の上に来ると、谷を川の水と一緒に吹き下りてくる風が、涼しいを通り越してひんやりとする。エアコンの風ではない自然の冷気だ。
 
 40分ほど散策して、クルマに戻り、のんびりと読書。山の中で海のことに書かれた本を読む。もっとも、海の恵は山が健康でなければ十分に得られないそうだから、まったく無関係ではない。いつの間にか、クルマの窓を全快にしたまま眠ってしまった。

 弁当を食べて、山を下りる。少し寄り道をして、温泉に入り、町へ。町は気温が30度を指していた。涼しかった渓谷がウソみたいな蒸し暑さである。

世界のビールを飲む~MORETTI(イタリア)

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【種類】        ピルスナー 
【アルコール度数】 4.6パーセント
【原料】        麦芽 ホップ
【輸入業者】     モンテ物産

 イタリアにビールと言うといまひとつピンと来ないかもしれません。それでも、調べてみると、日本で購入できる者だけでも数社あるようです。このビールは味、香りともすっきり系、これから熱くなる時期、仲間と楽しく飲むときにいかがですか?

寄宿舎

 昨日は寄宿舎の泊まり勤務(舎監)だった。5時過ぎに、学校での勤務を切り上げ、寄宿舎に向かう。既に寄宿舎では生徒達が指導員と一緒に夕食の配膳をしている。5時半過ぎから夕食、私は一人暮らしで、食事もひとりと言うことが多いから、みんなでにぎやかに食べる食事はやっぱり美味しい。夕食が終わると、終業式の日の舎祭の話し合い、仮装を行うそうで、指導員がマッチョマンに変装してくると寄宿舎はドッと笑いに包まれた。学校でもそうだが、生徒の障害の状態が重度化してきて、行事の実施が年々難しくなっている。それでも、それぞれの生徒にしっかりと支援している様子は、私も見習うことが多い。
 7時から学習時間。その間、私は4畳半の舎監室にこもって、仕事をする。来月経験者研修の研究授業があるから、その学習指導案を作る。その合間に、寄宿舎の見回りを行う。
 8時からは自由時間。私は、この時間にできるだけたくさんの生徒に声をかけるようにしている。それぞれ、テレビを見たり、カードゲームをしたり、音楽を聴いたりとゆったり過ごしている。学校で見るのとは違う姿が見られるし、学校では聞けない本音を聞くことができる。
 9時半には生徒達が就寝して、私達は最終の見回り、打ち合わせをする。
 10時、私も舎監室に戻り、布団の上に寝転がり本を読む。ここからは私もゆったりできる時間だ。

牧場へ

 今日は朝から雲が低く垂れ込めていた。晴れ間は午前中しか持ちそうにないので、早起きして掃除と洗濯を手早く済ませると、クルマで20分ほどのところにある牧場に行った。お目当ては動物を見ること。私は、動物園が大好きだ。ヘビやトカゲなどの爬虫類は苦手だが、それ以外ならたいていの動物が好きだ。ここには、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、ウマ、ロバなどの動物が展示されていた。私は4月2日生まれなので、星占いでいうと牡羊座である。ヒツジたちは、美味しそうに草を食べている。羊達の顔を見ているうちに、よく、キリスト教で「迷える子羊たち」と言うが、なんとなくわかる気がする。そういう私も迷える子羊たちに過ぎないのだが。次いでウマ、ウマのお尻のセクシーなこと。足の筋肉が発達しているからだろう。張りのある見事なお尻である。しばらくの間ほれぼれとしてお尻を眺めていた。よく見てみると、ウマは身体は大きいが、目は優しい。気は優しくて力持ちなのかもしれない。(「ドカベン」みたいだ、と思った方は、きっと30歳以上だと思います)眺めているうちに、私に向かって顔を突き出してきたので、鼻をなでてみる。目を細めたウマと言うのをはじめて見た。なかなかかわいいものだ。そのうちに、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。今日は早めに引き上げよう。

迷い

 私は今年の4月に34歳になった。まだまだ若いつもりであったが、世間でいう「おじさん」の域に足を突っ込みつつある。20歳の頃は考えていなかったけれど、もしも平均寿命程度生きるとして、そろそろ人生の折り返し地点が見え始める年齢になってきた。10代の私は何も考えていなかった。20代の私は将来のことを楽観的に考えていた。私にとって大きな転機になったのは、29歳のとき、離婚を経験してからだった。それまでの人生があまりにも順調にいきすぎていた。人生をナメていた部分があったのかもしれない。

 29歳の冬、寒く、真っ暗な部屋に呆然と座り込んだとき、私は、これから先どう生きるべきか、はじめて真剣に考えるようになった。それから、苦しい時期が続いた。それでも周囲の人たちはありがたいものだ。そんな私を励ましてくれた。みんなの支えがあったからどうにか歩いてこれたのかもしれない。それから4年半が過ぎ、私はどう生きるべきかまだ迷っている。それでも、今は真っ暗闇じゃない、明るい太陽の下にいる。そのことがとても嬉しい。

経験者研修Ⅱ

 一昨日、昨日、今日と、採用から10年を経過した教職員を対象とした研修(経験者研修)があった。研修の内容は、学校組織のマネージメントに関すること、授業の様子を撮ったビデオを持ち寄って、授業のよかった点、悪かった点について協議すること、これまでの実践の中から、改善していきたい点、みんなから意見を聞きたい点について話し合うこと、最後に知的障害者小規模作業所の所長さんから、福祉の世界から教育に望むことという題で講義があった。

 とくに、話し合いでは活発な意見交換があり、私自身気づかなかったことがたくさんあった。採用から10年、決して自信過剰になってはいないつもりだが、採用当初に比べると、自分の実践をゆっくり振り返ることは少なくなってきたのかもしれない。また、小規模作業所の所長さんからは、養護学校の教育に厳しい注文がつけられた。たしかに、卒業後のアフターケアについては課題が多い。卒業して就職させれば安心ということはない。

 何より嬉しかったのが、動機に採用された人たちが、それぞれの職場で悩みを抱えながらも、中堅としてしっかり頑張っていることだ。私も明日からまた新たな気持ちで頑張ろう。

シンドラーのリフト

リンク: @nifty:NEWS@nifty:エレベーター制御で誤信号か、全国でトラブル三十数件(読売新聞).

 東京都港区のマンションのエレベーターで高校生がエレベータと天井の間に挟まれて死亡した事故、報道が進めば進むほど、お粗末な実態が明らかになってきた。このマンションのエレベーターは、突然停止したり、中の人が閉じ込められたりなど、たびたびトラブルを起こしていた。一応点検はされていたが、それでもトラブルは収まっていなかった。

 現代の私たちの生活にエレベーターは欠かせないものである。とくに身体の不自由な人や高層マンションに住む人にとっては、これ無しには生活が成り立たない。今回のエレベーターの製造者(シンドラー社 スイス)とマンションの管理者の責任は非常に重い。とくに、シンドラー社のエレベーターは全国でトラブルが相次いでいるそうだ。徹底的な点検をして、安全にエレベーターを利用できるようにしてほしい。

群馬花のツアー

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友人の結婚式の前日の土曜日、少し早めに現地に行ってかねてから行ってみたかった群馬県内の花にまつわる名所を見てまわった。
 仙台から来る友人2名と新幹線の車内で待ち合わせた。大宮で乗り換え、昼前には高崎駅に着いた。外で食べようと、高崎駅名物のダルマ弁当を買った。以前は、赤い色のだるま型の容器だけであったが、いつの間にか陶器製の復刻版の容器と、ハローキティの容器の2種類が増えていた。ちょうど3人で行動しているので、1つずつ買った。あとで開けてみたら、それぞれ中身が違っていた。このほかにも「とりめし」もおいしい。高崎駅の駅弁はなかなか水準が高いと思う。同じ県内の横川駅に「峠の釜飯」という有名な駅弁ががあるためだろうか。

 高崎駅前からレンタカーに乗り、国道17号線を北に。前橋駅前のケヤキ並木を見て、上毛電鉄沿いの県道を東に進む。今回は、初めてカーナビゲーション付きの車に乗る。これまで地図を頼りに行くことが多かったが、カーナビゲーションは本当に便利だ。もう少し安ければ絶対に買うのだが。

 カーナビゲーションの誘導を頼りに、山の中に入っていく。だんだん道が狭くなり、すれ違いが困難になる。本当に目的地に向かっているのか不安になるが、何とか山を越え、桐生と足尾を結ぶ国道122号線に出る。国道に乗って間もなく道の駅で小休止を取る。小規模作業所の職員さんだろうか、おじさんがパンとラスクを熱心に売っていた。ラスクを2袋買い、私は養護学校関係者であると告げると、おじさんは果たしの手を固く握手した。わたしはなんとなくむずがゆいような気持ちになる。福祉の現場の大変さは私もよくわかっている。どうか頑張ってほしいと思う。

 再び国道を北上する。やがて草木湖(ダム湖)が見えてきた。ダムサイトで少し景色を眺め、「だるま弁当」を開ける。まもなく、星野富弘美術館に着く。

 星野富弘(1946~)。群馬県東村に生まれる。1970年に群馬県の中学校の体育科の教諭として採用されるが、同年クラブ活動の指導中の事故で頚椎を損傷、首から下の運動機能を失う。少年時代からっ身体を動かすことが大好きな星野さんにとって大きな失意だったと思う。その中、ペンや筆を口にくわえて文字や絵を描くことを習得する。その後描き続けた主に花をテーマとする詩画は、多くの人々から絶賛されている。私も詩画のカレンダーを毎年購入するようになって、まもなく10年になる。周りの人々の支えも大きかったし、何より星野さんの繊細で優しい視線と、人生に対する前向きな気持ちが大きかったのだろう。私は「ペンペン草」という作品がとくに好きだ。「・・・もう一度神様がこの手を動かしてくれるのなら、母の肩をたたきたい・・・・・」という作品だ。

 美術館で星野さんの作品を堪能し、外に出ると、草木湖の眺めが美しい。しばらく庭園を散歩しながら、お互いに写真を撮りあう。学生時代からの友人で、気心の知れた相手だから、すぐに昔に戻ってバカなことができる。

 再びクルマに乗り、ぐんまフラワーパークに向かう。広い園内は大きな花壇、日本庭園、温室、イングリッシュガーデンと別れている。スタンプラリーのカードがあったので、スタンプを集めながら一回りすることにした。私も、友人2人も花はかなり好きなようだ。ここの温室はかなり大きく、とくにサボテンの見事なこと。見上げるほど背の高いサボテンを見たのは初めてだ。迷路があったので3人で競争する。私ははじめのうち好スタートをきったが、いつの間にか抜かれていた。子供じみているかもしれないが、とても楽しかった。

 フラワーパークを出て、高崎に戻る。高崎市内に入るとだんだん道路が混んで来た。友人2人は疲れてきたようだった。日が長い6月にも夕方が迫っていた。半日だけだが、楽しいミニトリップだった。
 

祝 結婚

 今日、学生時代の友人の結婚式があった。新郎、新婦とも私と同じ大学の同じゼミで学んだ仲間である。学生時代は、よく遊び、よく飲み、そしてそれなりに学んだ。卒業後も2年に一度同窓会を開いて、みんなで顔をあわせた。ふたりが付き合っていると知ったのは、去年の同窓会の時だった。少し驚いたが、私にとっても嬉しいニュースだった。

 今日の主役達は、世界一輝いていた。二人を祝福するために集まった、職場の方々、親戚の方々、そしてわたしたち友人、みんなの暖かい気持ちが伝わって、感動的な一日になった。披露宴の最後に、新郎がお礼の言葉を述べた。聞いている私まで胸が熱くなった。
 新郎、新婦、ふたりに共通するところは、なによりもひたむきなこと。これからの生活の中で、何が起ころうとも、きっと乗り越えていくことができる。私はそう信じています。本当におめでとう!そして末永くお幸せに!

こんな仕事いいなぁ

 今日の放課後、会議が一段落した後、学校の畑を耕した。私たちの学校には、校舎と校舎の隙間に少しだけ畑がある。そこに、学年ごとに畑が配当される。ほんのネコの額ほどの畑だし、南側に校舎が建っているから日当たりも悪く、畑としての条件は相当悪い。それでも、去年はサツマイモとトマト、きゅうりを栽培して、みんなで調理して食べた。サツマイモはやや不作だったが、きゅうりはヘチマと見まごうほどの大きなものがとれた。

 今年も、いよいよ畑を使っての野菜作りが始まるので、学年の教師5人で畑を耕した。鍬を持って畑の土を天地返しし、畝を作った。耕しているうちに、いtのまにかみんな子供に帰ったように大はしゃぎになった。なんだか、みんなでクラブ活動をしているようないい雰囲気になった。会議や研修や書類作成、会計処理など、気が重くなるような仕事に追い立てられていた私たちにとって、畑仕事はいい気分転換になったようだ。

 「よし、ことしもたくさん野菜を作って、みんなで収穫祭だ!」今から楽しみになってきました。

少子化進む

 少子化を促進させている独身者の私がこんなことを言うのもなんだが、昨年の合計特殊出生率1.25、ずいぶん下がったものである。一般的に、人口を維持するために必要な出生率は2.08だそうである。そういえば、最近子供の姿、少なくなってきました。

 人口減少→勤労者減少→税収減少→社会保守制度が維持困難になる
 人口減少→国内の総需要減少→市場としての日本のみ魅力が減少→経済的な衰退

 という、悪循環が懸念されている。しかし、実際のところ、少なくともあと数十年は人口減少が続くのは確実だ(というか、少子化は実は合計特殊出生率が2.08を切った1974年には既に始まっていたとみるべきであろう)
少子化を解消することは困難だと思われるし、これから先人口減少が続く日本社会、困難な問題に直面するだろう。それでも、日本に住む人たちが幸せに暮らすためにはどうすればいいか、みんなで考えていかなければならない大きな課題だ。

 少子化は日本だけの問題ではないらしいです。社会科の資料集を眺めてみたら、合計特殊出生率が2.08を下回っている国が多いです。人類共通の問題としてクルーズアップされる日も近いかもしれません。

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