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2006年8月の15件の記事

夏の思い出

 今日、私たちの学校で写真展があった。夏休みの間に出かけたり、自宅で過ごしたりしている間のベストショットをそれぞれ持ち寄って、生徒会役員が審査員になり賞を与える。
 持ち寄った写真は投影機で写して、プロジェクターで大きなスクリーンに映す。それを生徒達がどんな場面か説明する。家族で遠くに出かけた生徒もいるし、自宅で家族や親戚と過ごした生徒もいる。そして、写真の中の生徒達はどの生徒もとても楽しそうな満足した顔をしている。
 最後に生徒会長から入賞作品の発表と、講評があった。みんなに賞を上げたい、どの写真もとてもよい作品だったというはなしがあった。この講評には会場から大きな拍手がわいた。
 それぞれの生徒がとてもいい夏休みを過ごした、そしてそのためには家族の人たちの穂と知れぬ苦労があった。本当に家族の方々には頭の下がる思いです。

いじられキャラ

 今日は学校行事の打ち合わせで女子大に行ってきた。打ち合わせが終わり、学校に戻ってくると、同僚から、「やえもんさん、女子大に行ってきたんですって、いいですね」と言われた。なぜ彼がそんなことを知っているのだろうと不思議に思い職員室に行ってみると、みんなで、「女子大よかったかい?」・・・・・・・・なんて答えればいいのだろう?教頭までが「やえもんさん、カメラ持って女子大歩いたら通報されるよって・・・・」あの、あくまでも私は打ち合わせに行ったのですから。それにいくらなんでも私はそんな人じゃないのですが・・・・・・・・・・・・・・。

 まぁ、みんな楽しそうに笑っていたし、それでよしとしましょう。いじられると言うことは、それだけみんなから受け入れられているということだし、職員室が笑いに包まれるってめったにないことだし。私は明るい職員室が大好きです。

新学期

 私たちの学校では今日から新学期。学校ににぎやかな声がもどって来ました。始業式が終わった後、それぞれの夏休みの思い出を発表しました。ディズニーランドやお台場に行ってきたことを楽しそうに話してくれた生徒、家で色々な料理に挑戦した生徒、難しい漢字を毎日書き取りしていた生徒、それぞれが充実した夏休みを過ごしたようです。夏休みの間にはっきりわかるくらい身長が伸びた生徒もいました。久しぶりの学校だったためか、疲れていた様子お見られました。
 2度とない中学1年生の2学期、これから季節も秋になり過ごしやすくなります。私も頑張ろう。心からそう思いました。

色・イロ・いろ その2

 ネットサーフィンをしたら、次のような心理テストをしました。皆さんもいかがでしょうか?

http://o-hiro.net/colorful/test/test_top.html

 次のような質問がありました。
  好きな色・・・・私は緑と答えました

  あなたは、穏やかな人です。 とても礼儀正しく、誠実で、人から好感を持たれます。他人につくすことに無上の喜びを感じるタイプで、 なによりも家庭を大切に考えています。また何ごとも中立を好む平和的な人です。 そのせいか、人に頼まれると、ノーと言えずに何でも引き受けてしうのが欠点でしょう。 自分がどう思われているのか、他人の目を気にしすぎる傾向もあります。向いている職業は、医者、科学者、教育者、詩人、旅行家、レジャー産業。

  嫌いな色・・・・私は赤と答えました
  
 目立つことや、派手なことが嫌いな人です。 また、そういう人を、ちょっと苦手だと思っています。 感情      的になるのも好みません。どちらかというと内向的でおとなしい部分があるでしょう。

  携帯を買うなら何色・・・・・私はモスグリーンと答えました。
  
  ラッピングにメッセージをこて・・・・オレンジ(誰をイメージしてかは秘密)

冥王星の運命は

 17日のブログで、もしかしたら惑星の数が増えるかもしれないと書いたばかりですが、その後一転して、冥王星を惑星から外す案も出されているそうです。
 ちょうど、今現在チェコのプラハで行われている国際天文学会で、冥王星の取り扱いについて決定されるそうだ。太陽からの距離47億km、直径2,300㎞、太陽系でもっとも遠く、最も小さい惑星がたくさんの人の注目が注がれている。

 これを書いているうちに情報が入りました。国際天文学会で冥王星を惑星から外すことが決議されたそうです。数年後には教科書からも惑星が外れることになりそうです。奇しくも今年は、冥王星の発見者、クライド=トンボー(アメリカ)の生誕100周年です。

色・イロ・いろ

 今日は夏物最終処分で、Tシャツを買ってきた。2枚買ってきて、1枚はベージュ、もう一枚はグラスグリーン(ややかすんだ緑色)を選んでいた。私のたんすに入っている衣服を見ると、一番多いのが緑系統の衣類である。私自身、決しておしゃれなほうではないし、色に関して特別ポリシーを持っているわけではないが、ここ3~4年、無意識に緑を選ぶことが多くなった気がする。

 色には様々な心理的な効果があるそうだ。よく言われる寒色(青や藍色など)や暖色(赤、オレンジなど)や、それぞれの色の持つイメージなどがある。例えば、暴力事件が耐えなかった刑務所の壁をピンクに塗ったら、暴力事件がぱたりと無くなったという話を聞いたことがある。私が緑色を選ぶのも、無意識のうちに何かを求めているのだろうな、そんな気がします。皆さんはどんな色の衣服をたくさん持っていますか?そして、無意識のうちに選んでしまう色ないでしょうか?


水金地火木土天海冥

 「水金地火木土天海冥」ときけば、何のことでしょうか?

 正解は、太陽系の惑星の名前。内側から水星、金星、地球、火星、木製。土星、天王星、海王星、冥王星(1999年までは冥王星の軌道が海王星の軌道よりも内側にあった)の9つの惑星がある、と学校で教わったことを覚えている人も多いだろう。そんな常識がどうやら変わるようだ。国際天文学連合は16日、惑星の定義を「恒星を周回する自己重力で球形の天体」とする案を発表した。これによって「セレス」、「カロン」、「2003UB313」の3つの天体が新たに太陽系の惑星として認められるようになるかもしれない。セレスは、火星と木製の間にある小惑星の中で最大のもの直径がおよそ1000kmの岩石質の天体。カロンは、これまで冥王星の衛星とされていたが、冥王星との大きさの佐賀少ない事などもあり、今回惑星の候補になった。最後の2003UB313は、冥王星よりもさらに遠いところを回っている天体で、正式に確認されたのは2005年である。大きさは冥王星よりもやや大きいとされている。

 広い宇宙の中で、太陽系はほんの近所に過ぎない。だがその近所さえも私たち人類は十分解明できていないことがある。はるかなる宇宙に思いをはせながら星を眺める。これから涼しくなる時期にそんな夜の過ごし方もいいのではないかと思う。

鎮魂

 今日、8月15日は終戦記念日。1931年の満州事変(宣戦布告が行われなかったため、「事変」という言葉が使われているが、実体は戦争と変わりない)から延々と続いた戦争が1945年のこの日終わった。絶望的な戦いであった、沖縄での壮絶な地上戦、東京などの大都市は連合国の空襲で焼け野原になり、広島・長崎では原爆投下により人類史上初の悲惨な焦土と化した。この戦争で亡くなった人は、330万人以上(満州事変2万人、日中戦争20万人、太平洋戦争《兵員230万人・一般市民80万人》)である。実感のつきにくい数字だが、茨城県の人口がおよそ298万人である。15年間の戦争で茨城県のすべての人口が失われたと考えればその膨大な数がイメージできると思う。

 今、このブログを書いているこの瞬間にも地球上のどこかで戦争が続いている。チェチェン紛争、西サハラ紛争、ソマリア内戦、オセチア・イングーシ紛争、そして、今日とりあえずの戦闘停止がなされたようだが、イスラエルとヒズボラの紛争。戦争の犠牲になった人たちが、自分の命を犠牲にしてまで伝えたかったことは何だろうか。私は、戦争によって人命が失われないようにすること、これが一番の彼らの犠牲に対して報われることだと思う。

 最後に、日本国憲法前文のうち、平和主義に関する部分を抜粋してを掲載する。


 『日本国民は~(略)~政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。~(略)~
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 ~(略)~
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。

「ALWAYS 3丁目の夕日」

 私は昭和47年生まれである。したがって昭和30年代のことは知らない。それでも、胃マージとして持っているのは、昭和21年、焼け野原の中からよみがえった日本がようやく立ち上がり、希望にあふれた少年時代、それが昭和30年代だと。平成の今、日本は大きな曲がり角に立ち、希望を失い始めているように見える。そんな時代だからこそ、みんなが希望を持ち、明日を信じていたこの時代がまぶしく見えるのだろうか。

 この映画は、西岸良平原作の漫画「三丁目の夕日」(15年ほど前の原題は「夕焼けの唄」)を映画化をしたものである。時は昭和33年、所得倍増のかけ声のもと、日本は高度経済成長に向かってまっすぐに進んでいた頃である。東京タワーからほど近いの夕日町3丁目が舞台である。自動車整備工場の鈴木さん一家と、作家志望の駄菓子屋店主、茶川さんを通じて昭和30年代の風景をよく描いている。この町に新しい住人が増えた。集団就職で鈴木さんの自動車整備工場にやってきた星野六子と、茶川さんのところに、母親に捨てられた少年淳之介がやってきた・・・・・・・・

 30年代の町の風景が丁寧に描かれています。オート三輪、路面電車(都電)、テレビや冷蔵庫が憧れの的だということは、今では考えられませんが、当時の生活は荘だったようです。夕方になると七輪で魚を焼く煙が上がり、家族そろってちゃぶ台を囲んでの夕食。現在の私たちの生活と比べると、あまりに質素で貧しい生活、それでも私たちにとって懐かしい何かがある。そして、みんな見果てぬ夢を持って生きている。私は、作家志望の駄菓子屋店主、茶川さんとだぶるところがあって、苦笑いしたり、うなずいたりしながら見ていた。最後に、淳之介をしっかり抱きしめるところでは目頭が熱くなった。どちらかというと、投げやりで、自分勝手で、情けない茶川さんが変わった瞬間であった。「男はつらいよ」で長年満男(寅さんの甥)を演じてきた吉岡秀隆にとっては、満男と似たキャラで、はまり役だったのでしょうか。

 原作  西岸良平「三丁目の夕日」
 出演  吉岡秀隆 堤真一 薬師丸ひろ子 もたいまさこ ほか 
 

 

ちょっとだけ旅気分

 この夏は、広島への旅行を予定していた。期間は8月17日から21日、お盆が終わって、少し遅めの夏休みをとり、原爆ドームや平和記念公園などの原爆関係の施設、宮島の厳島神社や音戸の瀬戸など平清盛関係の史跡、竹原の町並み、そして、広島地区の鉄道に乗りまくる、もちろん広島のお好み焼きや瀬戸内海の魚も堪能するつもりでいた。1ヶ月前には往復の寝台特急やホテルの予約も済ませてあとは行くだけだと思っていたら、家族の病気があり、旅行には行けなくなってしまった。寝台特急とホテルの方はキャンセルできたが、現地での移動に普通列車を使うつもりで「青春18きっぷ」を購入していたが、こちらは、先日東京に行ったときに使用してしまったため、(5日分で1枚のきっぷのため、1日分でも使ってしまうと払い戻しができなくなる)あと4日分普通列車乗り放題の権利を持て余すことになった。

 今日はたまたま、クルマで2時間ほどかかる町まで用事があった。片道2時間なら、さほど苦になる距離でもないが、せっかく「青春18きっぷ」があるので、鉄道で行ってみることにした。自宅の最寄の駅まで自転車で行って、電車に乗った。お盆所時期のせいか、いつもより混んでいた。ディーゼルカーに乗り換えて、阿武隈山地を横断する。普段クルマに乗っているときには周りの景色をじっくり眺めることはしないが、今日はゆっくり眺めることができる。今年は雨が多かったせいか、葉タバコの生長がよくないとか、小さな温泉宿を見つけて今度温泉に入りに行こうと思ったりとか、何度も乗ったことのある路線ながら飽きることがなかった。そして、ディーゼルカーに乗っている人たちの人間模様を見ているのも楽しかった。帰省中の大学生のカップルだろうか、数日間会えなくなる名残なのであろうか、電車の中で恥ずかしそうに肩を寄せ合っていた。渓谷の散策に行くおばさんのグループはとにかくにぎやかだった。

 クルマは目的地に直行できて便利だし、熱い駅の待合室で待たされることもなく快適である。しかし、電車やバスに乗れば、クルマでは見ることのない景色や人間模様が見れる。とくに地方では、どこに行くにもクルマという人がほとんどだろう。それでもたまには電車やバスで出かけてみるといいと思う。少しだけ不便かもしれないが、きっと楽しいと思う。

「史記の風景」 宮城谷昌光著 新潮社

 中国は文字の国である。古くから出来事や歴史を本にまとめてきた。例えば、日本について最古の記述は「漢書」(1~2世紀の後漢の時代に書かれた)である。「楽浪(楽浪郡・・当時朝鮮半島にあった漢の出先機関、現在の北朝鮮のピョンヤンだとされる)海中に倭人(日本のこと)あり、 分かれて百余国をなし、 歳時をもって来たり(朝貢していたということ)て献見すと云う。その後の「魏志」には、邪馬台国とその女王卑弥呼について書かれていろ。

 外国の歴史についてでなく、国内の歴史もたびたび記述されている。古代の中国史について書かれた書物で最高峰といえば、司馬遷の「史記」だろう。伝説上の三皇五帝から前漢の武帝の時代(紀元前1世紀)まで描かれている。司馬遷が「史記」を書くきっかけになったのは、当時の皇帝、武帝の怒りを買い宮刑(男性性器を切り取る刑罰、当時は死刑に次ぐ刑罰であった)という屈辱的な刑罰を受けたことがきっかけだという説がある。「史記」は、後世の歴史書に大きな影響を与え、江戸時代、徳川光圀(いわゆる水戸黄門です)らの「大日本史」も、「史記」の影響があったとされる。なお、現在の元号「平成」は、「書経」と「史記」の中からとったものだとされている。

 歴史に興味のある私は、いつか「史記」を読みたいと思っていたが、注釈無しには翻訳文といえども私の知識では理解できない、そう思っていたところにこの本に出会った。「史記」に描かれているエピソードを短いエッセイにまとめたものである。今、私たちが使っている言葉の中に、「史記」の中に起源がある言葉がたくさんあることがわかった。例えば、「鳴かず飛ばす」は、春秋時代の楚(現在の華中地方にあった国)の王を諌めるために伍挙という賢臣がいった言葉であった。「逆鱗に触れる」の逆鱗とは、竜の下あごの鱗だそうだ。その他にも、孔子と弟子達とのエピソード、項羽と劉邦の描き方など、面白くてたちまち読み進んでしまった。

台湾物産館

 昨日と今日、所用で東京に行ってきた。少し時間が空いたので、渋谷区の笹塚に先月オープンした「台湾物産館」に行ってきた。新宿から京王線に乗りおよそ5分、笹塚で下車。甲州街道(国道20号線)を渡ると、小さなビルの1階に「台湾物産館」がある。

 コンパクトな店内には、台湾産の野菜、果物、花などの生鮮品のほか、ビールや紹興酒、菓子、乾麺、ビーフン、ピータン(アヒルの卵を石灰や塩などに漬けたもの)、台湾茶、瓶詰めなどの加工食品が販売されている。私はパイナップルケーキとピータン、ビールを購入した。台湾に行ったことのある方も、まだ言ったこのない方も、ちょっとのぞいてみてはいかがでしょうか?

 台湾物産館に関する情報です。
東京都渋谷区笹塚2丁目14-15 ヴェルト笹塚ツインビル1F
TEL・FAX 03-5304-7801
営業時間 : 10:00~20:00  年中無休


この時期になると

 毎年この時期になると思い出すニュースがある。私が中学校1年生の夏休み(1985年、8月12日)とても暑い日だった。家族そろって夕食を食べながらNHKのテレビニュースを見ていた。テロップに「東京発大阪行きの日本航空機が消息を絶つ」というテロップが入った。これは大事になるぞと思っていたら、その後入ってくるニュースは、絶望的なものだった。

 消息を絶った飛行機は、日本航空(現在、日本航空インターナショナル)123便、羽田を18時に出発して、大阪(伊丹)に19時に到着する予定の便だった。使われる機材は、アメリカ・ボーイング社製のB747SR型、お盆の時期で、夕方の乗客の多い時間帯であったため、乗客はほぼ満員の509名、さらに、パイロット、客室乗務員合わせて15人、計524人が乗り込んでいた。羽田を少し遅れて18時12分に離陸、それから12分後の18時24分、相模湾上空で大きな衝撃音がして、垂直尾翼が破壊された。これに伴って、油圧パイプが破れ、油圧が聞かなくなったことにより、123便は舵が効かなくなり、操縦不能状態に陥った。パイロットの必死の操作にもかかわらず、123便は瞑想を続け、18時56分群馬県上野村の御巣鷹山の尾根に墜落した。

 テレビの報道では、墜落地点の特定に時間がかかり、自衛隊や警察が現場で救助をはじめたのは、墜落から15時間が経過した、8月13日午前10時ごろだった。全員絶望と見られていたが、生存者が4人いたのは、悲惨な事故ではあるが幸いだった。しかし、残り520名は死亡した。
 遺体の身元特定は困難を極めた。多くの遺体が墜落時の衝撃でばらばらになったり、火災で焼けていた。そのうえ、夏の暑い時期ということもあり、時間との戦いであった。検死に当たった医師や歯科医の手記を読んだことがあるが、あまりに悲惨なものだった。それでも、最後まで異体を家族し返したいという一念で検死に当たった。腐敗してうじが湧いた遺体、前の人の腹部に後ろの人の頭部がめり込んだ遺体、妊婦の遺体から事故の衝撃で飛び出した胎児の遺体、想像を絶するものだったようだ。

 後に、コクピット内の、パイロット達のやり取りが公開された(現在もネット上で聞くことができる)。操縦不能に陥りながらも、3人のパイロット達が、励ましあいながらなんとか羽田空港に帰ろうと、エンジンの出力を調整したり、ギアを降ろして空気抵抗で高度を下げようとしたりと、524の命を背負って、反応しない操縦桿と必死に格闘している様子がわかった、そして、機長の「これはだめかもわからんね」という言葉を聞いたときには、私は、やり場のない悲しさと、悔しさで泣いた。泣いたってどうにもならないことはよくわかっているのだが、私にできることはこれだけしかなかった。

 今年も、墜落事故がおきた8月12日が迫ってきた。末永い空の安全と、520人の犠牲者のご冥福を祈っています。このような悲惨な事故が2度と起きませんように。

星と音楽の夕べ ~銀河鉄道の夜

 私の市のプラネタリウムで、金曜夜に行われる「星と音楽の夕べ」今月のテーマは「銀河鉄道の夜」でした。宮沢賢治作の小説をモデルに、デジタルファインアーティストのKAGAYAが、コンピューターグラフィックと音楽をつけました。
 「銀河鉄道の夜」は、宮沢賢治の小説の中で、私が特に好きな小説です。ジョバンにとカンパネルらが銀河鉄道に乗って旅をしながら、人にとって「ほんとうのさいわい」とは何かを問いかける作品です。重い主題ですが、賢治が想像する宇宙の景色が描かれていて、幻想的な中に物語が進んでいきます。
 今回コンピューターググラフィック化したKAGAYA氏は、物語に忠実に描くことに最大の努力を払ったそうです。私が見ても、美しく、物語の雰囲気がよく描かれていました、小学5年生のとき、始めてこの小説に触れた私は、ただただ銀河鉄道に乗ってみたかったことを思い出しました。そんな子供時代の私のことを思い出させてくれました。

幸せ印のメール

 このところ、天気が悪いせいか、それとも職場でのストレスが悪いせいか、気分が落ち込んでいた。土日も、どこか行こうと思っているうちに時間が過ぎてしまった。ちょっとけだるい日々・・・。そんなところに、かなり嬉しいメールが届いた。土曜日に友人の結婚式があった。大学時代からの長い付き合いの友人で、私の学生証を彼女に拾ってもらったのがはじめてだ。そんな彼女も、素敵な男性を見つけて結婚することになった。私も、別の友人と一緒に祝電を送って、お祝いすることにした。そして、結婚式に参加した友人から、メールに添付して結婚式の写真が送られてきた。この写真を見ているうちに、私も少しだけ幸せをもらった。写真に写っている友人と旦那さま、本当にこれ以上ないくらい幸せそうな笑顔です。(写真を掲載できないのが残念ですが)、ふたりの末長い幸せをお祈りします。そして、写真を送ってくれた友人にも感謝です!どんよりとした曇り空のすき間から、明るい太陽が顔を出したような気分になりました。

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