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この時期になると

 毎年この時期になると思い出すニュースがある。私が中学校1年生の夏休み(1985年、8月12日)とても暑い日だった。家族そろって夕食を食べながらNHKのテレビニュースを見ていた。テロップに「東京発大阪行きの日本航空機が消息を絶つ」というテロップが入った。これは大事になるぞと思っていたら、その後入ってくるニュースは、絶望的なものだった。

 消息を絶った飛行機は、日本航空(現在、日本航空インターナショナル)123便、羽田を18時に出発して、大阪(伊丹)に19時に到着する予定の便だった。使われる機材は、アメリカ・ボーイング社製のB747SR型、お盆の時期で、夕方の乗客の多い時間帯であったため、乗客はほぼ満員の509名、さらに、パイロット、客室乗務員合わせて15人、計524人が乗り込んでいた。羽田を少し遅れて18時12分に離陸、それから12分後の18時24分、相模湾上空で大きな衝撃音がして、垂直尾翼が破壊された。これに伴って、油圧パイプが破れ、油圧が聞かなくなったことにより、123便は舵が効かなくなり、操縦不能状態に陥った。パイロットの必死の操作にもかかわらず、123便は瞑想を続け、18時56分群馬県上野村の御巣鷹山の尾根に墜落した。

 テレビの報道では、墜落地点の特定に時間がかかり、自衛隊や警察が現場で救助をはじめたのは、墜落から15時間が経過した、8月13日午前10時ごろだった。全員絶望と見られていたが、生存者が4人いたのは、悲惨な事故ではあるが幸いだった。しかし、残り520名は死亡した。
 遺体の身元特定は困難を極めた。多くの遺体が墜落時の衝撃でばらばらになったり、火災で焼けていた。そのうえ、夏の暑い時期ということもあり、時間との戦いであった。検死に当たった医師や歯科医の手記を読んだことがあるが、あまりに悲惨なものだった。それでも、最後まで異体を家族し返したいという一念で検死に当たった。腐敗してうじが湧いた遺体、前の人の腹部に後ろの人の頭部がめり込んだ遺体、妊婦の遺体から事故の衝撃で飛び出した胎児の遺体、想像を絶するものだったようだ。

 後に、コクピット内の、パイロット達のやり取りが公開された(現在もネット上で聞くことができる)。操縦不能に陥りながらも、3人のパイロット達が、励ましあいながらなんとか羽田空港に帰ろうと、エンジンの出力を調整したり、ギアを降ろして空気抵抗で高度を下げようとしたりと、524の命を背負って、反応しない操縦桿と必死に格闘している様子がわかった、そして、機長の「これはだめかもわからんね」という言葉を聞いたときには、私は、やり場のない悲しさと、悔しさで泣いた。泣いたってどうにもならないことはよくわかっているのだが、私にできることはこれだけしかなかった。

 今年も、墜落事故がおきた8月12日が迫ってきた。末永い空の安全と、520人の犠牲者のご冥福を祈っています。このような悲惨な事故が2度と起きませんように。

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コメント

あの事件は、私も鮮明に覚えています。
会社員だった頃 ちょうど夏休みでした。

働いていた系列の会社の人も東京に旅行に行きお亡くなりになりました。

とても悲しかったです。
唯一の生存した、女の子は、私が、会社員やめて、専門学校にいっていたときに先生から

同じ大阪に同じ仕事を目指してがんばってはりますよ。あなたたちもがんばってと先生からいわれたのは、励みになりました。

今では、お子様も生まれの幸せな生活をしていると聞いてほつとしました。

ご冥福をお祈りします。

 4人の生存者のうち、中学生だった女性は、私と同じ学年です。救助される模様をテレビでリアルタイムで未定ました。

 その後、元気になり、寄与予算と同じ職業に就いたと聞いてとても嬉しかったです。

当時小学生だった私は、飛行機という乗り物が、身近な乗り物ではなく、何か特別な乗り物のように感じていました。
だから、事故も、別世界の出来事のように感じていました。
大人になり、飛行機が、日常の移動手段として存在していることに、少なからずショックを受けました。
カルチャーショックというのもありますが、あの事故が、誰しもの日常の隣に潜んでいたわけですから。
事故は、亡くなった人の人生を奪ってしまうだけでなく、家族の人生も変えてしまいます。
乗客の家族は勿論ですが、最後まで、機体を墜落させまいと努力した機長の家族も、身内を亡くした悲しみは同じなのに、機長の家族であるがゆえに、苦しい立ち場で過ごすことがあったと聞きました。
誰が悪い、と言うのではなく、もう2度と起こらないで欲しい。戦争や、原爆、公害病などの話も聞くたび、心からそう思いますし、風化していく事実や悲しみを、私達が伝えていかなければならないなと思いました。

俺も小学6年生でした。
飛行機が墜落したと言う衝撃がかなり辛くうなされて寝れないということもありました。
だから自分は弱いので、伝えなければいけないと言うことも大事だけれど風化されて忘れると言うことも尊重したい。
忘れられない人が伝えていくことは否定しないけれどできれば辛いことは思い出したくない。

>けーじゅさん、かかあ天下さん。

 難しいところですね、この事故の原因を徹底的に究明し、今後の事故を防ぐためには、この事故の記憶を風化させ手はいけないですし、一方、事故の生存者や、遺族の方にとっては忘れてしまいたいつらい記憶でしょう。

 

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