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2006年9月の13件の記事

同窓会総会・成人を祝う会

 今日、1年半前まで勤務していた学校で「同窓会総会・卒業生を祝う会」があった。今年は、前の学校で最後に担任した生徒達が成人を迎える歳である。改築してピカピカの学校で行われた。およそ1年ぶりに会う卒業生達は皆元気そうだった。卒業してからそれぞれの場所で頑張ってきた自信が見て取れた。同窓会総会で、今後1年間の活動内容と予算が承認されると、成人を祝う会に移った。一人一人成人を迎えての感想を発表した。頑張っていること、苦労したこと、言葉には表しきれない思いがあっただろうと思う。それでも新しい世界で精一杯頑張っている生徒達、在学中よりずいぶんたくましくなったように感じる。
 あっというまの2時間が過ぎ、今回は校舎改築後初の同窓会ということで、新校舎の見学会も行われた。私たちが過ごした時期は、校舎改築の工事期間にあたり、狭い、うるさいの大変な時期だったことを思い出す。新しい校舎は、広く、使いやすく、本当によくっていた。
 来年の再会を約束をして解散した。みんな、つらいことがあっても挫けずに頑張ってほしい、そして、元気に来年もこの場所で会えることを心から祈っています。

帰ってきました

 盛岡への出張から帰ってきました。授業公開、分科会での討議、講演会など、盛りだくさんの内容をこなしてきました。授業公開では、生徒へのかかわりや、教材の使い方など、なるほどと思う内容がたくさんありました。分科会では、各校の取り組みについて話を聞くことができました。講演会では、運動障害を持つ生徒へのアプローチについて学ぶことができました。いずれも、自分の勉強不足を実感することが多かったです。今回の成果を普段の授業にどのように生かすか、大きな課題だと思います。
 とりあえず、今日は、今週頑張った自分にご褒美を挙げることにします。お疲れさまでした~!

ただいま出張中

今日から金曜日まで、研究会のため岩手県盛岡市に出張です。今日は授業を全て終わらせてから出発、新幹線で盛岡市へ。明日からの研究会に備えて早めに休むことにします。それでも、せっかく盛岡に来たので、冷麺を食べてきました。

世界のビールを飲む~HINANO タヒチ

Dsc04473

【種類】        ピルスナー 
【アルコール度数】 4.9パーセント
【原料】        麦芽 ホップ
【輸入業者】     三井食品

 南太平洋に浮かぶ常夏の楽園、タヒチから来たビール。女性が描かれたラベルの絵が美しいです。「HINANO」とは、美しい娘と言う意味だそうで、グラスに注ぐと美しいゴールデンの色合いです。全体的にあっさりとしたビールで、炭酸もまろやか、苦味もほどほどです。今回は寿司と合わせてみましたが、相性はなかなかよいようです。女性でも飲みやすいビールだと思います。

ふくしま湯めぐり~沼尻元湯

 福島県中部のシンボルは安達太良山、高さは1709メートルで、さほど高い山ではないが、山頂から伸びやかに延びる稜線が好ましい、私の好きな山である。県外の方も高村光太郎の「千恵子抄」を読んでこの山のことを知っている人も多いだろう。また、この山の周囲にはたくさんの温泉がある。今回は岳温泉と並んで安達太良山の周囲の温泉のひとつである沼尻温泉の源泉に行ってみた。

Photo_17

 私は、磐越道の磐梯熱海インターから母成グリーンラインに入った。コスモスが道の両側に並んでいて、気持ちのよいドライブだ。戊辰戦争の激戦地である母成峠を越え、少し下ると中ノ沢温泉、ここから細い道を少し登ると沼尻温泉、森に囲まれた雰囲気のいい温泉である。ここには東北有数の歴史のある沼尻スキー場がある。

 スキー場のリフトに沿って砂利道を登っていく。雪のない時期のスキー場はひっそいいとしている。それにしても、凹凸の多い道だ、ローダウンしているクルマに乗っている方は無理をしないほうがいいかもしれない。リフトのケーブルも、レストハウスも人待ち顔だ。砂利道は、カーブを繰り返しながらだんだん高度を上げていく。15分ほどかかっただろうか。リフトの頂上駅を過ぎると登山口の広い駐車場に着く。公共交通機関で来る方は、猪苗代駅からタクシー利用になる。所要時間はおよそ40~45分ほどだろうか。

Photo_18

 ここから右側の道が安達太良山への登山道、左側が沼尻元湯への道になる。私はあえて登山道を選び、少し遠回りして歩くことにする。登山口からすぐに少し急な階段状の道になる、それが10分少々続くと尾根の上に出る。時々眺望が開け、前に安達太良山、後ろに磐梯山、右には硫黄川が見れる。硫黄川は安達太良山の中腹から流れ、温泉成分をたくさん含んでいるために白い色をしている。出発から30分ほどして、安達太良山への道と沼尻元湯への道が分岐する。ここから真下に硫黄川が作るVj字状の深い谷が見える。谷は湯の花で真っ白になっていて、硫化水素のにおいがしてくる。私は硫黄泉のある町で育ったので、この匂いはDNAに刻み込まれた匂いになっている。嬉しくて走り出したい気持ちになった。

Photo_19


 急な勾配を慎重に一歩一歩降りていく。勾配が急な上に小石が多く、足元は不安定だ。だんだん硫化水素のにおいが強くなる。硫黄川では、岩陰などで入浴している人がいる。57度の源泉と川の水が混じりあってちょうどいい温度になるようだ。私も岩陰を探し、服を脱ぐのももどかしく川に入る。少しぬるめだが、10分、20分と入っているうちに身体がぽかぽかしている。脱衣所はない、屋根も照明もない、ただ青空があるだけの温泉である。女性で入っている人もいる。バスタオルを持っていくなどしてそれぞれうまく工夫して入っている。川の底にも源泉があるのだろう。急に暑くなっているところがある。少しづつ場所を移動しながらちょうどいい温度の場所を見つけるといいと思う。

 30分ほど温泉を堪能して、今度は近道になっている道を歩く。今度はさしたる勾配もなく30分ほどで登山口の駐車場についた。

 ※元湯周辺は硫化水素が強いです。立ち入り禁止の区域もありますので、表示を守ってください。。
 ※サンダルで歩いていたり、スカート姿で歩いている人も見かけましたが、本格的な登山ではないものの、避けたほうがよいと思います。

10,000HIT達成!!

今日、このブログのアクセス数が10,000を突破しました。このブログを書き始めたのが2005年1月2日、アクセス数のカウントを始めたのが2005年12月27日、それから9ヶ月弱で10,000HIT達成となりました。アクセス地域も、私が確認した分だけでも、日本国内の全ての都道府県に加えて、イギリス、香港、台湾、オーストラリア、アメリカの方からアクセスしていただきました。
 これまでこのブログを見てくださった方々に本当に感謝します。私自身、お世辞にも文章が上手とはいえないうえに、話題が豊富なほうでもないので、せっかく時間を割いて見に来てくださった方に楽しんでいただけたか自信がありません。それでも、少しでも努力して多くの方に来ていただけるブログ作りに努めていきたいと思います。

ダイエット大作戦

 最近ちょっと太ってきた。真夏から祖母の病院の付き添いなどで運動不足だったことに加え、最近本業のほうが忙しくなって、運動不足に拍車がかかってきた。さらに、忙しい→ストレスが溜まる→過食 という悪循環で、最近、ベルトを締めるときつくなってきた。これはまずいと思い、生涯何回目かわからないがダイエット大作戦を実行に移すことにした。

 今回の主な内容は、①とにかく、身体を動かす、半径2キロ以内のクルマの利用禁止!②間食の禁止、間食はオチャやコーヒーなど飲み物のみ!③休日は家でのんびりはやめてプールに行って泳いだり、山登りをしたりする。

 さて、これまで何度も挫折してきたダイエット、今度こそは成功させたい。モットーは「私、脱いでもすごいのです」。今後も地中経過をお知らせします。

プチひきこもり

 今日は家で仕事をした。などと書くと、ずいぶん一生懸命に仕事をしたように思われるかもしれないが、実際は職場でやれば半分の時間でできるだろうなと思う。つまり、だらだら仕事をしてしまうのであった。朝食を食べて家を掃除して9時過ぎからはじめて、昼食まで仕事、しばらく昼寝をしてまた仕事・・・のつもりが今ひとつ気分が乗らないので結局だらだらと過ごしてしまう。結局仕事が終わったのは夕方の5時過ぎ、あ、3連休ももう終わりだ・・・。今日はまだ家から出ていません。

おひさしぶりです

 10日の午前3時20分(父方の)祖母が死去しました。享年89歳。祖母はここ2~3年ほど認知症の症状が出てきました、それでも去年の冬までは元気でした。7月に転倒のため骨折して入院しました。その後、全身にがんが回っていることがわかり、高齢でもあり、積極的な治療は選択しませんでした。間もなく口から食事をとることができなくなり、点滴で命をつないでいる状態でした。8月半ばからは、本人の生命力で持っているという状態でしたが、ついに生命力も尽きました。当時、病室には父が詰めていましたが、安らかな大往生であったそうです。

 入院以来、家族が交代で病室に詰めていました。私もお盆の時期には何回か夜間も病室に詰め、その後も、土日ごとに祖母の枕元にいました。そのときに感じたことが、人と人とのつながりのありがたさでした。親戚の方、地域の方、何度もお見舞いに来てくれたり、実家の家事を手伝ってくださったり、本当に家族としてこれほど嬉しいことはありません。普段からしっかりと関係を作っていくことの大切さなのだと思います。

 祖母は大正6年1月生まれ。少女時代の東北地方は「娘売ります」の先の見えない不況続きの苦しい時代、やがて、満州事変、日中戦争、太平洋戦争の長く苦しい15年戦争、この世代の女性は夫を戦争でなくした人も多かったと思います。幸いにも祖母は身売りされることも、夫を戦争で失うこともなかった。それでも苦しい時代だったと思います。働きづめの生涯だっただのでしょう。。私は祖母の生涯のうち晩年しか知りませんが、旅行好きの祖父との旅行を楽しんだり、詩吟のサークルに入って、たくさんの友達を作ったりと、それまでの苦労が報われた幸せな晩年だったと思います。

 私自身、祖母にはずいぶんかわいがってもらった。本当に寂しいことですが、本当に感謝しています。ありがとう。

 

うれしい夕方

  夕方職場から帰ってきて、駐車場にクルマを止めようとすると、隣の家の窓からの視線が私に向いていることの気がついた。一体なんだろうといぶかしながらクルマを降りると、おばさんが家の中から出てきた、私は、何か怒らせるようなことでもしたのかと思ったが、そういうことではなかった。
  私は、アパートのベランダで、少しばかり花を育てていたが、おばさんはそのことを知っていたようだ。「花の好きな旦那さんですか?」と話しかけてきた。独り者なので旦那さんではないが、花が好きなことには変わりないので、「はい」と答えると、「それじゃ、ちょっと待ていて」とおばさんは奥に行った。少しして戻ってくると「これは『3時のあなた』」と言いながら、花の苗を持ってきた。夕方近くなると花が咲き出すからそのような名前がついたらしい。ピンクの小さな花がいくつかついている、これからまだまだ咲きそうだ。他に、ふうせんかずらの種ももらった、これは春になったら種をまこうと思う。
  こんなきっかけで人と人とのつながりが増えていくことは本当に嬉しい。ちょっと幸せな気持ちになった嬉しい夕方だった。

影響じわり

 原油高騰の影響が色々な形で現れ始めた。直接的には、ガソリン・経由の価格と言う形で既に現れていたが、それが流通価格や、各種化学原料価格と言う形で間接的な形で私たちの生活に身近なところで現れ始めた。今日はタクシー料金の値上げを聞いた。その他にも、最近外食料金がじわりじわり上昇してきているとか。このほかにも、薬品やプラスチック製品など石油を原料とするものは多い、まだ値上げしていなくても、原油高騰が長引けばどうなるかわからない。さらに、物流が、トラック、貨物列車、船舶、いずれにせよ石油がなければ動かない、これらも物価を上げる要因になる。私たちサラリーマンにとっては頭の痛い話だ。はたしてこの原油高、どこまで続くのやら。

きれいさっぱり

 今日の福島は夏が戻ってきたかのような暑い日でした。こんな日は外の出ても結局熱いので、朝は仕事、その後は、家とクルマの掃除をしました。家は普段の掃除に加えて、ソファーのカバー、タオルケット、シーツ、枕カバーなど洗濯できるものは全て洗濯をしました。クルマのほうも、洗車だけでなく、フロアマットを水洗いし、ワックスをかけ、フロントガラスに撥水コートをぢました。それでもまだ時間があったので、ベランダで育てているヒャクニチソウの枯れた花や茎を全部除去してきれいにしました。これで、家の中も外もきれいになりました、これは本当にいい気持ちです。なぜ普段掃除をサボっているのだろうとこれまでの自分を反省してしまいました。
 夜、近所を散歩しました。昼間の暑さがウソのように少し肌寒いくらいの風ですがこれがなんとも言えず心地よい。虫の声も一層美しく聞こえる。もうすっかり秋なんだなぁ。

23歳の原点

 今日は日中、家族の入院している病院に付き添いで行って、夜になって帰ってきた。交通事故があったのか、普段なら国道でも2時間少々でいけるのだが、渋滞を迂回しているうちにずいぶん時間がたってしまった。ハンドルを握りながら、ふと、あそこに行ってみようと思った。

 私はおよそ10年半前、今住んでいる市の別の学校で、社会人としての第1歩を歩み始めた。その学校には3年間勤務して、現在の学校は3校目になる。初めての社会人としての生活、わからないことばかりの私はたくさん失敗をし、たくさん悩み、たくさんのことを生徒達から教えられた。私には持ち前の楽天さと打たれ強さがあった、だから10年半何とかやってこれたのだろう。そんな初心を思い出したい、そしてあの頃の自分に少しだけ帰りたい、そう思った。

 幸い、当時住んでいたアパートは、帰り道から少しだけ寄り道をすれば行ける。私の住んでいる市は小さな盆地になっている。坂を下りると、市街地の夜景が遠くに見える、10年前より夜景は少しだけ華やかになったようだ。

 私の住んでいたアパートの周りは、10年前と比べると畑が減って、新しいアパートが建ち並んでいた。それでも、当時を思い出させてくれるものがたくさん残っていた、広い河原、夕方時間のあるときにはよく散歩したものだ、よく買い物に行ったコンビニも、そのまま残っていた。砂利道だった路地はいつの間にか舗装されていたが、クルマ1台がやっとの広さは当時と変わらない。人にとっての10年は長い年月なのかもしれないが、町にとっては10年はあっという間なのかもしれない。

 同じ町に住んでいながら東の端と西の端、すっかりご無沙汰していたが、懐かしい風景に出会えて本当によかった。また来週頑張ろう、そんな勇気が湧いてきた。
  

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