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2006年11月の15件の記事

テスト

 今日は先日行ったテストを生徒に返した。生徒達は自分の成績が何点だったかとても気にしていた様子だった。
今回のテストは、地理が地形図やグラフ、統計資料の読み取り、東京都の各地域ごとの特色、歴史が、源平の合戦から鎌倉時代であった。最近の社会科教育では、従来の知識詰め込み型の教育への反省から、統計資料や地図、年表に始まり、図書やインターネット、新聞記事などの資料の活用や、集めた資料を読み取り、社会的事象について考察する力を育てることが重視されている。そのため、テストでも単に知識を問うにとどまらず、資料の活用の技術や、思考力・判断力を問う内容を盛り込まなければならないのでなかなか難しい。特に今回は、生徒が苦手意識を持っている統計資料の読み取りなので、果たしてどのくらいに力が身についているか不安な部分があった。そのため、採点をするときにはかなりドキドキしながら行った。

 結果は、考えているよりも生徒達はよく頑張っていた。テストは、生徒の力を問うものだけではなく、教師が日頃行っている授業を見直す機会でもある。私の場合は、平均得点が60~70点になるように問題を作っている。そのため、生徒の平均点数がこの点数を下回った場合は、授業の内容が生徒に十分定着していないことになる、つまり授業の進め方に問題があったということになる。今回は平均点数が70点を上回ったので、こちらが意図していた力はなんとか身についたようだ。生徒達も胸をなでおろしているが、私も胸をなでおろしている。

安さの功罪

 今日のNHK総合テレビの「クローズアップ現代」で、バスの出火事故のことが報道されていた。私自身最近バスの安全性について非常に懸念していたことがあるので、問題提起の意味を込めて書いてみたい。

 1980年代後半から、長距離バスが発達した。きっかけは、東京(品川・浜松町)~弘前・五所川原間を走る、京浜急行バスと弘南鉄道の運行する「ノクターン号」であった。夜行運行で、大幅にダイヤが乱れる心配が少なく、横3列シートで、ゆったりとした座席、トイレや飲み物のサービスなど充実した装備、ライバルの夜行寝台特急列車にくらべて安い料金などが魅力で、たちまちのうちに全国に広がった。夜行ばかりでもなく、昼行きの長距離バスも充実した。東京(東京駅八重洲南口)~大阪(大阪駅桜橋口)を走るJRバス関東・西日本JRバスの「東海道昼特急」は、2階建てのゆったりとしたバスで、大阪から東京まで9時間近くかかったが、乗り心地は快適そのものだった。
 
 ところが、ここ数年、高速バス事情に大きな変化が現れた・「ツアーバス」の登場である。それまでの高速バスを大幅に下回る料金で運行し、人気も上々のようである。旅行会社が会員を募って、定期便に似た形で貸切バス会社に運行を依頼知るものである。ただし、貸切バス会社が定期便を運行することができないから、正規のバス停を設置したり、バスターミナルを設置したりすることはできない。さらに、旅行会社から貸切バス会社に、相当無理な価格でバスを発注しているため、古いバスが使われていたり、整備に十分なお金と時間がかけられていない実態があるようだ。その、ツアーバスへの対抗上、高速バスも料金値下げに踏み切らざるを得ない状況になってきているようだ。

 ※東京~大阪間の高速バスの正規片道料金は8600円前後だったが、ツアーバスは3500~4000円程度  のところが多い。

 わたしはツアーバスそのものを否定するつもりはないが、人の命を預かる交通機関に、価格競争が馴染むのかは疑問である。山陽道で出火したバスは150万キロ以上走った相当古いバスである。価格競争のために、車両の保守点検や乗務員の勤務体制が犠牲になっているとしたら本末転倒だろう。

 

あってはならないこと

 東京都府中市にある府中刑務所の男性看守部長が、ブログに、受刑者の実名や処遇状況を書き込んでいたと発表した。同刑務所は同日付で、看守部長を停職6カ月の懲戒処分とするとともに、国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで東京地検に告発した。

 サラリーマンとして勤務しているなら、程度の差こそあれ、個人情報を取り扱っている。ブログは個人の日記帳ではないので、当然書いていいこと、よくないことがある。私もこのことだけは肝に銘じないと。

スイートポテト

 今日、畑で栽培したサツマイモでスイートポテトを作った。いつものことだが、調理の学習の時には生徒達の目の輝きが違う。朝の時間も自分から進んで準備をして、朝の会もあっという間に終わらせる。

 皮引きでサツマイモの皮を引き、包丁で小さく切る。包丁使いに慣れていない生徒も一生懸命包丁を握る。これを電子レンジに入れて柔らかくする。電子レンジに顔を押し付けるようにして中をのぞいている。柔らかくなったサツマイモを潰し、玉子と砂糖、生クリーム、バターを入れる。これをアルミホイルのカップにいれ、卵黄を塗る(これをすると出来上がりのてりが違う)。それをオーブンに入れてしばし・・・・おいしいスイートポテトのできあがり。できあがったスイートポテトを食べている生徒達の顔ときたら・・・・・・・。こちらも嬉しくなりました。

南三陸諸行無常③

【 4 陸前高田へ】

吉浜海岸を離れ、大船渡を目指す。途中、三陸自動車道の無料開放区間を走る。信号がなく、カーブも適度で走りやすい。大船渡市内の盛駅前から岩手開発鉄道の線路に沿って走り、長安寺に行く、ここの寺の山門は、高さが20メートルあり、東北一の高さである、境内や参道には大きなイチョウの木があり、黄葉は今が見ごろであった。
  大船渡の市街地を過ぎ、碁石海岸に行く。この海岸は、大船渡市の南部にある半島の先端部で、アカマツの林と、奇妙な形をした岩が美しい。ちょうど海の向こうの陸前高田市方面に太陽が沈もうとしていた。太平洋側で海から夕日が見ることができるところは少ないのではないか、しばらく夕日の美しさに見とれていた。
 その日は、陸前高田ユースホステルに宿泊した。80人くらい泊まれそうなユースホステルであったが、宿泊者は私ひとりであった。ペアレントのお兄さんと野球の全日本代表の壮行試合を見ながら、ユースホステル情報を交換する。なかなかぜいたくなユースホステル泊であった。

【 終章 さらば南三陸】
11月2日(日)気持ちのいい快晴である。陸前高田は、高田松原といわれる美しい砂浜海岸である。リアス式海岸と言われる三陸では珍しい。町も、大船渡や気仙沼と違って、平地が広がっていて、広々としている。
  街中にちいさな博物館があったので、行ってみる。郷土の歴史や自然に関する展示のほかに、特設展として、学校の歴史についての展示があった。昔の教科書、学校の様子などについての展示だった、仕事柄興味があるのでついつい長居をしてしまった。道の駅で産業祭りが行われていた、その中で牡蠣とホタテをその場で焼いて販売していた、おいしそうな匂いがしてついつい引き寄せられた、実際食べてみるとおいしい。
 陸前高田から45号線をさらに南下する。宮城県に入り、気仙沼市をバイパスで通過する、気仙沼は以前に訪れているので、今回は省略するが、市の南部の岩井崎だけは立ち寄ってみる。岩井崎は、平坦な崖の上にある岬で、眺めが良い、潮吹き岩というのがあり、時折クジラの潮のように海に潮を吹いていた。
 さらに南下し、志津川町で昼食にする。昨日の釜石、今朝の陸前高田で美味しかったので、またまた刺身定食を食べてみる。牡蠣は普段は生で食べることはあまりないが、思い切って生で食べてみたらうまかった。町を一回りする、小さな町なので1時間もすれば街の中心部はほとんど見終わってしまう。今回の旅は、ずっと三陸海岸と付き合ってきたが、この志津川が最後で内陸に入ってしまう。
 志津川から峠を越え、北上川沿いに石巻に向かう。石巻市に入る手前に、JR石巻線の曽波神(そばのかみ)という駅がある。妙な名前の駅なので気になっていた。45号線から離れて、駅を見に行くと、東屋風の待合室と1面のプラットホームがあるだけの小さな駅である、近くに愛宕山という山がある、高さは96メートルほどだが、まわりが平坦な田園地帯なので、立派な山に見える、登ってみたくなり、山を回りこんで反対側に登山口があったので登ってみる。思いのほか急な坂で、頂上に登ったときには大汗をかいていた。
 石巻からは三陸道~仙台東道路~6号線を走って、午後7時すぎに自宅に帰った。

勝負服

 今日、デパートに新しいスーツを受け取りに行った。やたら肩幅が広く(上半身に無駄が肉がついているとも言う、決して筋肉質のマッチョな逆三角形の体型ではない)既製品ながらあちこち手直しをしてもらって、結局オーダー品に近い感じでだいぶ手直しをしてもらった。私が持っているスーツは、学生時代から社会人1年生の時期に作ったもので、いずれも10年選手である。さすがに最近は古さも目立ってきたし、心機一転、新しい勝負服としてスーツを伸張することになった。
 家に持って帰ると早速着てみた。う~んl、かっこいい。これで足があと5センチ長ければ文句がないのだが。鏡の前でニヤニヤする。私を知っている方ならばそんな柄にもないことをと思うかもしれない。しかし、人間自尊心を失ったら生きてはいけない。たまにはこんな風に自尊心の補強をするのもいいかもしれない。

南三陸諸行無常②

【 3 釜石・吉浜、時は流れ命は移ろい】

釜石は鉄の町である。今は高炉の火は消えたけど、今でも新日鉄の工場があり、鉄鋼製品の加工を行っているそうだ。 釜石駅前にクルマを止めて、町を散歩する。そんなに大きな町ではないが、随所に製鉄所の景気のよかった頃が偲ばれる。面白い建物を見つけた。平屋の長屋みたいな建物であるが、ハーモニカのように細かく区切られ、そのひとつひとつがスナックや小料理屋になっているのだ。どの店も客が10人も入ればいっぱいになりそうな小さな店だが、それぞれ思い思いに看板をあげ、店内を飾っている。見ていて飽きないつくりだ。
 釜石駅前に戻り、元橋上市場のビルに入る。新鮮な海の幸がところせましと並べられ、なかなか面白かった。鮭が一匹まるごとでも思ったより安く、つい手が出そうになる。その中の店で刺身定食を食べる。イカが透き通っていて、甘みがありうまかった。
 釜石の市街地を離れ、45号線を南に向かう。リアス式海岸の複雑な地形のためか、海岸沿いではなく山の中を走っている。時々入り江のそばを走る、すると漁港と小さな集落があるそして山という感じである。景色がよく楽しく走ることができた。
 鉄の博物館に行った。駐車場に「ひょっこりひょうたん島」の歌碑がある。なぜだろうと受付で聞いてみると、釜石市は井上ひさしゆかりの地であるそうだ。そういえば、「吉里吉里人」の吉里吉里は釜石の少し北にある。博物館内の展示には、高炉の仕組み、製鉄の歴史などがあってなかなか面白かった。
 再び45号線を大船渡に向かって南下する。途中の吉浜(大船渡市)で一休みする。コンビにもスーパーマーケットもないような漁村なので、駅の駐車場にクルマを止める。周辺地図があって、見てみると近くに石川啄木の歌碑があるらしい、さっそく駅でおしゃべりしていたおばさんに道を聞いて行ってみることにする。歌碑は、少しわかりにくい場所にあった。中学校の修学旅行で立ち寄ったそうである。とうぜん彼の時代の修学旅行はひたすら歩いた。盛岡市近くの渋民生まれの彼は、この修学旅行ではじめて海を見たらしい。海を見て啄木は何を思っただろうか。  
歌碑のすぐ近くに海岸があるので行ってみた。小さな川があり、海に注いでいた。三陸海岸は山と海が迫っているせいか、流れは速い。よくみるとたくさんの魚が川をさかのぼっている。よく見ると鮭だ、この川で生まれた鮭が、産卵のために川をさかのぼっているのだ。流れに負け押し戻される鮭も、あきらめずに川をさかのぼろうとしている、鮭たちの体を見ると、たくさんの傷がついている。なかには、産卵を終えたのだろうか、力なく川の中を漂っている鮭もいる・・・生きているのだろうか、見てみるとひれと口を時々思い出したように動かしている、明日の朝には生きているのだろうか。近くには力尽き、河原に打ち上げられている鮭もいる。数千キロの旅を続けて、最後に故郷に帰ってきて、待ち受けている運命が死か、彼らはそんな運命を知っているのだろうか?もし運命を知っているなら、それでも力をふりしぼって、傷つきながら川をさかのぼることができるのか?河原に座っていろいろなことを考えた。

南三陸諸行無常①

 この紀行文は、私が2003年の秋、岩手県・宮城県の三陸海岸を旅したときの記録です。これまで掲載していた「@nifty forum」の「旅に出ようよ!」が来年3月で廃止されることに伴い、こちらで新たに掲載することにしました。

【 1 夕刻の旅立ち】

2003年10月31日(金)から11月2日(日)まで、岩手県・宮城県にまたがる三陸海岸に行ってきた。金曜日は、クルマに布団や着替えなどを積み込んで出勤した。仕事をいつもより少し早めに抜け出し、18時過ぎに勤務地を出発した。常磐道~磐越道~東北道と走り、安達太良SAで夕食・休憩とする。走りまわろうとする小さな子供と、いらいらする両親を見ながら、夕食を済ませる。小さな子供づれの旅行は本当に大変です。世の中のお父さん、お母さん、本当に頭が下がる思いです。
 安達太良SAを出ると、快調に東北道を北へと進む。仙台付近は急なカーブと勾配で見通しが悪く注意が必要だ。三本木PAを過ぎると、広々とした仙台平野が広がっているはずであるが、あいにく夜なので見えない。単調な走行が続き、眠くなってきた。できれば岩手県に入り前沢SAまで行きたかったが、安全策をとり宮城県の長者原Sで休むことにする。 時間は21時過ぎ。そばを食べ、リアシートを前に倒して布団を敷いて眠ることにする。私の車は、リアシートを前に倒すと、なんとか布団が敷ける程度の広さが確保でき、極端に暑い時期や寒い時期でない限りまぁまぁ快適に過ごすことができる。車内灯をつけてしばらく本でも読もうと思っていたが、いつのまにか眠ってしまった、あぶない、あぶない、バッテリーがあがってしまうところだった。

【 2 イーハトーブの朝】

11月1日、まだ暗い5時過ぎに目が覚める。こんな時間でも東北自動車道はクルマの流れが多い。顔を洗ってさっぱりしたところで、とりあえず次のサービスエリアである前沢SAを目指す。前沢SAは、小さな公園のようになっていて、朝露にぬれた草を踏んで散歩をする。SA内のフードコートのメニューに冷麺があったので、朝から贅沢だが冷麺を食べる。 
 北上江釣子ICで東北道を降り、北上市内を経て、国道107号線にはいる。北上川のそばの公園で小休止をする。イチョウの黄葉がきれいだ。北上市から、北上山脈に分け入る。思ったよりも立派な道で、快適なドライブになる。宮守村から国道283号線に入り、遠野市の道の駅に入る。遠野の町を見下ろすテラスでコーヒーを飲む、なかなか気持ちがいい。遠野は3年前の夏に訪れたので、今回は省略するが、なかなか面白いところだった。
 さらに国道283号線を進む。仙人峠の手前のJR釜石線足ヶ瀬駅で、風景と列車の写真を撮影する。紅葉の山に囲まれた、のどかな駅だった。仙人峠のトンネルを越えて釜石に向かう。ここでの紅葉を期待していたが、少し見ごろを過ぎていたようで、葉が茶色になっていた。坂を下ったところに、JR陸中大橋駅がある。このあたりは、JR釜石線で、一番の景勝地である。足ヶ瀬、上有住と走ってきた列車は、陸中大橋の手前から、ヘアピンカーブ状に急な坂を下っていく。今回はクルマでの旅だが、列車で景色を楽しむのもよいだろう。陸中大橋から平地になると、釜石まではわずかである。

回転寿司占い

http://moura.jp/uranai/sushi/


恋愛観・・・好きになるまでに時間がかかる人。相手のことをよく知ってからでないとつきあうことができません。その分、つきあい出すと長続きします。

金銭感覚・・・ちょっと変わった一点ものに心が惹かれる人。人から見たらどうしてあんなものに、というものにお金を注ぎ込みます。

出世願望・・・大きな野心、夢をいつも持ち、超一流のものへの憧れが強い人。理想を実現するために一生懸命になります。人の言いなりになることはまずありません。

家庭観・・・家族みんなで楽しく暮らしたい、にぎやかな家庭が欲しいという気持ちの強い人。幼少期に育った自分の家庭のイメージを大切にします。

理想とする人間像・・・海外への憧れが強い人です。今までと違った分野の研究や勉強をしてみたいという気持ちが強い。まずは語学の勉強から始めましょう。

 恋愛観と金銭感覚はまさにそのとうりです。出世願望は弱いほうだと思っていましたが。家庭観と理想とする人間像はいいセンいっているようです。皆様もためしてみてはいかがでしょうか?

癒しの時代

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 最近、コンビニの陳列棚で目立つのは、機能性を謳った食品である。例えば写真にあるように、酸素入りの水とか、100g中280mgギャバ(脳内にある神経伝達物質、自律神経障害にみられる精神症状やイライラを緩和する効果がある)が含まれているチョコレートなどがある。なかには、鼻にチューブを付けて、酸素を吹き込むスプレーもある。そちらは人工呼吸器を連想させるので手が出なかったが、現代人って疲れているのだなと実感した。そういう私もそんな商品を選ぶ事が多い。私はのんき者で物事を深く考えない人間だと思っていたが、そんな私もやっぱり現代人なのである。

小原庄助さん

 福島県の有名な民謡に「会津磐梯山」」がある。♪エンヤー会津磐梯山は 宝の山よ 笹に黄金が エーマタなり下がる~略~♪ という歌詞である。福島県外にお住まいの方も日本酒のテレビCMなどで使われていたので、一度は聞いたことがある人も多いとおもいます。この唄にこんなはやし言葉があることをご存知でしょうか?

 「小原庄助さん 何で身上潰した 朝寝朝酒朝湯が大好きで それで身上潰した ハーモットモダーモットモダ」

 身上とは財産のことで、身上を潰すとは財産を失うことを表します。ここで出てくる小原庄助さんは、福島県民にとっては非常に身近な存在ですが、どういった人物だったかはよくわかっていません。江戸の材木商説、幕末の会津藩士説、漆器職人説があります。いずれにせよ酒を愛し、財産を失ってもなお明るくしていたと言われる小原庄助は福島県民から愛されている人物です。

 私自身は朝酒はやらないですし、朝寝もめったにしないほうですが、最近はまっているのが休みの日の朝湯です。バスタブにたっぷりお湯を張って、お気に入りの入浴剤を入れて、好きな曲を聴きながら、のんびりとお湯に浸かる。気がつけば1時間近くお湯に浸かっている時もあります。ストレスの多い平日から、ゆったり過ごす休日へ、こんなのんびりとした休日のスタートなかなかいいものです。

世界のビールを飲む~PilsnerUrquell(チェコ)

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【種類】        ピルスナー
【アルコール度数】 4.4パーセント
【原料】        麦芽 ホップ 
【輸入業者】     キリンビール

 現在世界で最も多く飲まれているビールのタイプは、ピルスナータイプのビール。とくに日本では大手メーカー製造のビールの銘柄は多数ありますが、ほとんどがピルスナータイプのビールです。ウルケルとは元祖と言う意味、文字どおりピルスナータイプのビールの中でも元祖的存在のビールです。チェコのピルゼンの町で1842年に生まれました。味のほうは、きわめてバランスのとれた味わいです。適度な苦味、ホップの心地よい香り、そして軽すぎず、ほどよいのど越し、さすがピルスナータイプの元祖です。バランスの良いビールで、どんな料理にも合いそうです。

虹の向こうには

 昨日は天気の変化が激しい1日だった。朝のうちは晴れ、昼近くに曇りになって、昼過ぎからは激しい雨が降った。雨は短時間でやんだ。雨がやんだ頃、廊下がやけに騒がしいので、何だろうと様子を見に行くと、虹が出たと言う。そこで、十行を中断し、みんなで虹を見に行った。その虹はそれはそれは見事な虹だった。虹の七色がはっきり見え、北の空にはっきりとした大きなアーチがかかっていた。その上にはもう1つかすかに2つ目に虹がかかっていた。大人もこどもも、しばらくの間その美しさに見とれていた。

 こんなにきれいな虹は久しぶりである。きっと何かいいことがあるぞ、そんな気がしてきた。

若気の至り

 若気の至りでついやってしまったこと、ある程度以上の年齢を重ねている方だったら、一つや二つはあるだろう。私もいくつもある。私は既に34歳、もう若くはないが、15年ぶりの若気の至りをやってみたくなった。

 1991年9月、大学受験を目指して仙台市で浪人生活を送っていた私は、わき目も振らず猛勉強中だった。勉強に疲れて、ふと気分転換に思いついたことをノートに書いていった。ノートに書いていったことをまとめているうちに、なんとなく1つの筋のある話になってきた。この筋を膨らましていくうちにだんだん小説の筋になってきた。これが私がこれまでの生涯唯一の形になった小説だった。ひとりでぼんやりしているときにいろいろなことを想像しながら小さな物語を作ることはよくあったが、その頃は生涯で唯一小説と言う形に纏め上げる力があった時期なのだろう。勉強を終え、床に着くまでの2,30分の間、深夜ラジオを聴きながら少しずつ小説を書き続けた。結局原稿用紙200枚ほどの小説が完成したのは、入試が終わって、梅雨の気配が濃くなっていた1992年6月だった。

 小説の主題として掲げたのは、「再生」であった。私と同じ年齢の女性を主人公にした。主人公は今の行き方に先の見えない不安を持っています。これは当時の私の姿を主人公に仮託したものです。通学のバスの中で、買い物をしているスーパーマーケットの中で、同じくらいの年齢の男、気になるアイツを見つけます。その気になるアイツとは、小学校の途中まで一緒に学校に通って、一緒に遊んでいた男の子の面影(小説上では、ひたいの傷跡の位置が決め手になったと言う設定でした)がありました。そのうちに、今日も会えるかなと期待するようになります。わざわざアイツに会えそうな時間のバスを選んで乗ったこともありました。そんなとき、主人公はその男の子が既にこの世にいないことを知ります。その日を境にアイツに会うこともなくなります。主人公は悩み、苦しみます。やがて、主人公の家の郵便受けにこの世にいないはずのかつての友人からの手紙が・・・・・・・それをよんだ主人公は再び立ち上がる。

 今考えると、青臭くて、こうやってブログに書くのも恥ずかしいような話です。それでも、生きることと一生懸命格闘していた19歳の私がなんだか少しだけまぶしく見えます。今日、東京から福島に戻る新幹線の中で、そんなことを懐かしく思い出しました。その小説は、その後何度か引越しをしているうちに行方不明になってしまいしました。貴重な若気の至りの遺産でした。もしかしたら、近い将来小説を書くかもしれません、主題は当時と同じく「再生」多分、私にとって永遠のテーマなのでしょう。もし、小説が形になって皆様に見せても恥ずかしくない作品になったら、このブログ上で発表することもあるかもしれません。

 

創立記念日

 今日は本校の創立記念日、生徒達は自宅でゆっくり過ごしたり、屋外で秋を満喫していることと思います。私たち職員は出勤して、溜まっている仕事をこなすまたとないチャンスでした。授業をしている時間丸まる仕事ができるのですから、懸案となっていた仕事はだいぶ片付きました。それでも、生徒のいない学校はなんとなくがらんとして、後者の無機質さばかりが感じられ、なんとなく寂しいものでした。
 
 仕事が早く片付いたので、帰宅も速めにすることができました。家に速く帰っても結局人恋しくなって、市内のショッピングセンターまでたいした用はないのにふらふらと出かけてしまいました。とくに買うつもりがないのに本屋さんをうろうろしたり、やっぱり、たとえ忙しくとも学校は生徒がいたほうがはるかにいいです。

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