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若気の至り

 若気の至りでついやってしまったこと、ある程度以上の年齢を重ねている方だったら、一つや二つはあるだろう。私もいくつもある。私は既に34歳、もう若くはないが、15年ぶりの若気の至りをやってみたくなった。

 1991年9月、大学受験を目指して仙台市で浪人生活を送っていた私は、わき目も振らず猛勉強中だった。勉強に疲れて、ふと気分転換に思いついたことをノートに書いていった。ノートに書いていったことをまとめているうちに、なんとなく1つの筋のある話になってきた。この筋を膨らましていくうちにだんだん小説の筋になってきた。これが私がこれまでの生涯唯一の形になった小説だった。ひとりでぼんやりしているときにいろいろなことを想像しながら小さな物語を作ることはよくあったが、その頃は生涯で唯一小説と言う形に纏め上げる力があった時期なのだろう。勉強を終え、床に着くまでの2,30分の間、深夜ラジオを聴きながら少しずつ小説を書き続けた。結局原稿用紙200枚ほどの小説が完成したのは、入試が終わって、梅雨の気配が濃くなっていた1992年6月だった。

 小説の主題として掲げたのは、「再生」であった。私と同じ年齢の女性を主人公にした。主人公は今の行き方に先の見えない不安を持っています。これは当時の私の姿を主人公に仮託したものです。通学のバスの中で、買い物をしているスーパーマーケットの中で、同じくらいの年齢の男、気になるアイツを見つけます。その気になるアイツとは、小学校の途中まで一緒に学校に通って、一緒に遊んでいた男の子の面影(小説上では、ひたいの傷跡の位置が決め手になったと言う設定でした)がありました。そのうちに、今日も会えるかなと期待するようになります。わざわざアイツに会えそうな時間のバスを選んで乗ったこともありました。そんなとき、主人公はその男の子が既にこの世にいないことを知ります。その日を境にアイツに会うこともなくなります。主人公は悩み、苦しみます。やがて、主人公の家の郵便受けにこの世にいないはずのかつての友人からの手紙が・・・・・・・それをよんだ主人公は再び立ち上がる。

 今考えると、青臭くて、こうやってブログに書くのも恥ずかしいような話です。それでも、生きることと一生懸命格闘していた19歳の私がなんだか少しだけまぶしく見えます。今日、東京から福島に戻る新幹線の中で、そんなことを懐かしく思い出しました。その小説は、その後何度か引越しをしているうちに行方不明になってしまいしました。貴重な若気の至りの遺産でした。もしかしたら、近い将来小説を書くかもしれません、主題は当時と同じく「再生」多分、私にとって永遠のテーマなのでしょう。もし、小説が形になって皆様に見せても恥ずかしくない作品になったら、このブログ上で発表することもあるかもしれません。

 

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コメント

私も大学生のころ、ちょっとした文章を書き綴っていたことがあります。ものの価値観や視点が、周りの影響を受けて考えさせられた時期だったのかもしれません。もちろん、いろんな経験をした濃縮した時期だったからこそ、かもしれません。
若気の至り。わたしも恥ずかしながらあるし、みんなの若気の至りも聞いてみたいですね。

やえもんさんも、まっきーさんも文章なんですね。
私は、中学生の時、マンガを描いてました。
それも、しっかりペンネームをつけて。
友達とコピーして冊子にしたりもしたな~。
今思うとかなり恥ずかしいような、
でも、我ながら純粋な時代で、可愛く思えるような・・・。

ぜひ載せてください!
楽しみにしています♪

うさ

>まっきーさん

 誰にでもあるのですよね、そんな時代。もう少し昔を懐かしめる年齢になったら、お互いの若気の至りをさらけ出しあうのもいいかもしれないですね。

>けーじゅさん

 けーじゅさんのマンガ、とても楽しみです。どんなペンネームで書いていたのでしょうか?

>うさぎさん

 首をなが~~くして待っていてください。期待にこたえられるように頑張ります。

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