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日本史の故郷へ

 今回も過去の紀行文を掲載します。2004年9月に、奈良県の明日香・樫原を旅したときの記録です。

【 1 2004年からの旅立ち】

 2004年9月17日、クルマに旅の荷物を積んで出勤した。仕事を終えると、クルマをバスターミナルに預けて、近鉄の大阪行き高速バス「シーガル号」に乗る。運転手さんの関西弁を聞いたとたん、福島県にいながら別世界に入ったかのようだ。関西弁は人を楽しくさせる不思議な力を持っている。バスは、常磐道から一旦国道6号線に下り、磯原・高萩・日立でこまめに乗客を拾っていく。バスならではの小回りのよさではあるが少々まだるっこしい。常磐線の普通列車なら1時間10分ほどのいわき~日立間をおよそ2時間かけて走る。 再び常磐道に乗り東海PAで休憩をする。睡眠薬を飲むと仕事の疲れもありたちまち眠ってしまった。
 身体が左右に揺すられて目が覚めた。カメラマンがやるようにカーテンをかぶって外を見てみる。首都高速6号線の駒形あたりだろうか?このあたりは細かいカーブが続く。昼間は醜いと思っているビル街が深夜は明かりのついた窓が満天の星空のごとく見え美しい。両国、箱崎のJCTでもう一度大きく身体が揺すられて都心に入る。首都高速のすぐ向こうに見えるビルのオフィスでは、0時過ぎなのに、まだ灯りがこうこうと点っていて仕事をしている姿が見える。首都高速3号線に入るとまもなく六本木だ。真下の交差点にはたくさんに人が信号待ちをしている。私のような田舎育ちにはまぶしすぎる光景だ。用賀の料金所まで起きていようと思ったが、いつの間にか眠ってしまった。
目が覚めると滋賀県の名反道栗東付近を走っていた。高速バスでこんなに眠ったのは初めてだ。京都でおよそ3分の1の乗客を降ろすと再び名阪道に戻り、京都府と大阪府を分ける天王山をトンネルで越える。午前6時過ぎだが、交通量は多い。 梅田で乗客を降ろし、さらに身軽になった。一瞬だけ御堂筋のイチョウ並木が見える。寝起きの目にイチョウの葉の緑が優しい。
 
【 2 飛鳥時代へGO!】

まだ閑散とした午前8時前の近鉄の阿部野橋駅から、南大阪線の橿原神宮行きの電車に乗る。大阪市南部の住宅地を進む。大和川を渡ると少しずつ畑も見えてくる。古市を過ぎると山の中という雰囲気だ。しばらくして奈良盆地に入る。二上山が見えてくる、さほど高い山ではないが、存在感がある。いよいよ古代史のふるさとに入ることになる。
橿原神宮駅のコインロッカーに荷物を預けて身軽になって飛鳥路へ踏み出すことにする。吉野方面への近鉄の電車は30分くらいあいているので、その間に朝食をとる。
 吉野行きの各駅停車で3つ目の壺阪で下車して、奈良交通のバスに乗り換える。下半分が緑、上半分が白で、鹿の絵が描かれている可愛いデザインのバスである。バスは山道を登り、15分ほどで壺阪寺に着いた。
 寺に入ると、美しい三重塔がある。長年の風雪にさらされて、風格があってとても好ましい。本尊の千手観音は力強い姿である。このお寺は目のご利益があるようで、メガネを収める箱がある。私も近視、乱視、斜視と三拍子そろっているので、使い古したメガネを持ってくればよかったと思った。
 再び壺阪駅に戻った。近鉄の電車はまた30分くらいあいていたので、駅前のタクシー営業所に声をかけた。まもなく戻ってくるクルマがあるというので、少し待ってタクシーに乗った。普段はタクシーに乗ることがほとんどない私だが、結果的にはこれが大正解で、歴史好きの運転手で、高松塚古墳までの15分ほど、飛鳥時代の歴史談義でおおいに楽しかった。

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