維新の風に吹かれて~山口紀行①
ここでは、私が以前作成した旅行記を掲載します。2004年12月の山口旅行の記録を掲載します。
【1 小野田まで】
2004年12月23日、「のぞみ87号」は、東京駅をがらがらで出発した、これは快適な旅になりそうだと思ったが、品川、新横浜で多くの人が乗ってきて、ほぼ満席になった。それでも、京都、新大阪でだいぶ降りて、山陽新幹線に入ると車内の空気も穏やかになってくる。東京で買った駅弁をあける「21世紀出陣弁当」といい、昔ながらの味を詰め合わせたものであるそうだ。旅立ちにぴったりではないかと思った。
新山口着、14時32分。私にとっては小郡といった方がなじみ深い駅名である。昔からの鉄道の要衝で、今でも駅の構内にはたくさんの車両が休んでいる。津和野行きの「SLやまぐち号」もここからでている。
新山口駅14時47分の山陽本線普通列車で小野田に向かう。ベンチシートの通勤電車であるが、車内で弁当を食べている人がいる、こういう光景は珍しい。
今日の大きな目的は小野田線に乗ることである。小野田線の次の列車まで1時間弱あるので、駅の周りを散歩する。とくに入りたくなるような店は見当たらず、庭木として植えられているみかんをおいしそうだなと眺めていた。福島が寒かったのが嘘になるような暖かい午後であった。
【2 小野田線】
小野田発15時12分の宇部新川行き普通列車に乗る。わずか1両の電車である。小野田を出るとすぐに右に急カーブをする。次の目出(めで)は変わった駅名なので、どんなところかと目を凝らしていると、川の堤防の上に、短いプラットホームがあるだけの吹きさらしの駅であった。南小野田、小野田港と、市街地と工業地帯を走る。セメントの大きな工場がまるで巨大軍艦のように見える。そのような中を、のんびりと走る。他のローカル線とは違った味わいがある。
雀田で長門本山行きに乗り換える。こちらも小野田線である。途中の浜河内で2人の女性が降りると、残った乗客は私を含めて3名になった。その3名の乗客は、長門本山で降りると、いずれも電車や駅の写真を撮り始めた。つまり、まともな乗客は誰一人としていないのだ。
折り返しの発車まで30分ほどある。海岸まですぐ近くなので、しばらく防波堤によじ登って、海を眺めていた。このあたりは、「きららビーチ」といって、夕陽がきれいな海岸であるそうだが、今日はあいにく曇っている。それでも、もう17時近く、日没の遅い山口県でも夕闇は間近に迫っていた。
長門本山17時03分。帰りは、近所の高校生と思われる女の子が1人乗ってきた。
【3 宇部】
宇部駅裏にあるホテルに荷物を預けると、さっそく町を歩いてみる。宇部市は、どの観光ガイドブックにも無視されている町だ。これといった見所がないからであろう。工業都市で観光には余り力を入れてないからかもしれない。それでも、未知の町を探検する楽しさには変わらない。宇部に泊まったのは、小野田線に乗るためというのもあるが、観光ガイドブックに載っていない町を歩いてみたいという意図もあったからだ。
しばらく町をぶらついて、色々な店を検討して入った店が当たりで、イカ刺しも、フグのから揚げもうまかった。
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