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村上の城下町と笹川流れ(中)

 瀬波温泉を過ぎ、JR羽越本線を高架橋を過ぎると間もなく村上の市街地に入る。村上は江戸時代に藩がおかれ、初めは村上市、その後何回か大名の配置換えが会って最終的には内藤氏が藩主となって明治維新を迎えた。村上はお茶の栽培の北限地帯で、跨線橋からも茶畑が見えた。また、村上市内を流れる三面川は鮭の遡上する川として知られている。市街地に入って間もなくイヨボヤ会館がある。イヨボヤとはこの地域の方言で鮭のことである。早速中に入って展示を見てみることにしてみる。このなかでとくに私の目を引いたのが、今では北海道・東北・北陸の各地で当たり前のように行われている鮭の人工増殖が江戸時代の村上藩で始まったということである。私は、山が切り開かれ、川の汚染が進み、鮭が減った近年担って始まったものだと思っていた。
 
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市街地中心部に向けてクルマを走らせる。目の前に小高い山が見えてくる。この山を臥牛山と言い、かつて村上城があったところである。村上の町はかつては武家地区と町人地区にはっきりと分かれていた。お城に近い東側が武家地区である。上の写真は若林家住宅、150石取りの中級の武士の屋敷である。家の中は質素なつくりである。軒先に塩引き鮭が吊るされていた。この屋敷はL字型の間取りであったが、村上ではこの間取りは珍しいそうだ。次いですぐ近くのまいづる公演に行く、近年整備された公園で、広い敷地の中に3件の武家屋敷が移築されて建っている。武家屋敷は石高(つまり、格式ですな)によって間取りや使われる材料などが規定されているそうで、250石取りの今で言う課長クラスと100石取りの武士の屋敷を比べるとはっきりする。上士の屋敷は間取りもゆったりしているし、客を迎えるための玄関、家族の男子が使う玄関、家族の女子と使用人が使う勝手口と都合3箇所の出入り口と、客の従者の控え室である控えの間が用意されている。立派な床の間のある座敷もあり、天井には漆が塗られている(ここのガイドをしてくれたおじさんによると、漆は明治時代に塗られた可能性もあるそうです)一方100石取りの武士の屋敷は客と家族の場所が明確に分かれていないし、作りも一層質素になっている。
 町人の住んでいた地区に行く途中、道路で市をしていた。地元のおじいちゃん、おばあちゃんがシートを広げて野菜や魚、菓子などを売っていた、商業の原点を見るようなささやかで懐かしいような市だった。

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 町人の屋敷はあまり残っていないようだった。面白かったのは、黒い塀を連ねた細い路地があった。路地の奥にお寺があったりした。日本の都市は城下町から発展したところが多いが、明治時代以降の都市開発や戦災によって消失してしまったところが多い、村上は奇跡的に21世紀まで城下町の雰囲気を残している町である。歴史遺産を大切にしながら町の発展を図ってほしい、そう願いながらクルマを北へと走らせた。(つづく)

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コメント

こんばんは。
やえもん様のように、車の運転が得意だと旅行の範囲も広がりますね。気楽にサッと出かけることもできますし。私は、あまり運転が好きではないので、専ら公共交通機関・利用派です。それにしても村上城下町…、この辺りはまだ行ったことがないので、いつか行きたいなと思っています。

みかん様

 日本の都市は城下町から発展したところが多いのですが、城下町の雰囲気を残しているところは少ないですね。村上は小さな町ですがいい雰囲気を残していました。みかん様もぜひ行ってみてください。みかん様は通勤時間が長いそうですが、そのくらいの距離でも景色のいいところ、おいしいもの、まだまだ未発見のものがあると思います。

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