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さらば鉄路のがんこ親父

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 JR東日本の磐越西線、郡山~会津若松~喜多方間から今月一杯でがんこ親父が姿を消す。彼の名は455系、高度成長期の1965年に生まれ、人生の前半は首都圏と東北地方を結ぶ急行列車として、特急の止まらない中規模の駅にもきめ細かに停車して東京の風を東北の町や村に送り届けた。彼の人生の初期の東北地方はまだまだ貧しかった。特急列車はまだまだ庶民にとっては高嶺の花だった。急行は気軽に利用できる優等列車として庶民に愛された。東京へ出稼ぎに行くお父さん、恋に破れ旅先に癒しを求める若者、喜怒哀楽、いろんな人生を乗せて走ってきた。やがて、東北も豊かになり、特急列車が増えると彼の役割は地味なものになった。それでも彼は律儀に走り続けた。やがて新幹線が走るようになると彼は急行列車の任を解かれ、普通列車として第二の人生を歩むようになった。学校に通う高校生、大学生、職場に通う社会人、地味な仕事であるが彼は黙々と働いた。やがて彼が生まれて30年が過ぎ、彼の仲間も数を減らし始めた。4人がけのボックスシートが並ぶ車内は、今の時代にあってはむしろ懐かしささえ覚えるようになった。かつてはローズピンクとクリーム色の彼のボディもいつの間にかおしゃれに塗り替えられていた。それでも彼は時代の変化をものともせず、がんこ親父のように黙々と律儀に地味な仕事をこなしてきた。しかし、そんな彼にもいよいよ終焉のときがやってきた。思えば40年以上の長期にわたってよく頑張ってきたと思う。
 私は今日、そんながんこ親父に別れを告げるために久しぶりに乗車した。40年間に一体どれだけの距離を走ったのだろうか、どれだけの人生を運んだのだろうか。本当にお疲れ様でした。ほんとうにありがとう、鉄路のがんこおやじ。

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