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2007年7月の17件の記事

歯科通院

 私が30歳を過ぎた頃から悩まされているのが歯周病です。もともと雑な性格で磨き残しはあるだろうなと思っていましたが、30歳を過ぎて歯磨きで出血したり冷たいものを飲んだときに滲みたりした。歯石を取って一度はよくなったが、また症状がぶり返したため歯科通院することにした。歯周ポケットを測ってみたら以前よりも深くなっている部分があった。ブラッシングの改善が必要と言うことで、歯科衛生士さんから正しいブラッシング方法について伝授してもらった。
 30歳を過ぎた人にはかなりの確率であるという歯周病。どうせなら自分の歯で美味しくご飯をいただきたいものです。歯肉の状態をチェックしてもらってはいかがでしょうか。

選挙にGo!

 今日は参議院議員通常選挙です。有権者の皆様、棄権をせずあなたの意思を1票として示してください。さあ、これを読んだら投票所にgo!
 参議院議員選挙の投票の方法です。
 ①選挙区(定員73名)各都道府県に人口に応じて1~5名の定員が割り当てられます。私達は1名を選び候補者の氏名を記入します。
 ②比例代表区(定員48名)各政党の得票数の比率に応じて当選者の数が決まります。私達は各政党が提出した名簿を見て、政党名で投票するか候補者名で投票します。(両方書いた場合は無効になるおそれがあります)

 今回の選挙は、高齢化社会に向けて年金や社会福祉などの社会保障をどうするか、若者を中心に経済的な格差が広がっている現実をどうするか、国家財政をどのようにして立て直す加など、日本の国の行方と私たちの今後の生活を大きく占う大事な選挙です。意中の候補者や政党がなくても比較的近い考えの候補者や政党に投票しましょう。ちなみに、投票は午前7時から午後8時までです。例外もありますのでお住まいの自治体のホームページ等でご確認ください。(今回は市町村合併に伴い投票時間が早く終了する市町村があります)

12年目の北海道④

【4 最果ての町へ】

8月2日朝。北見は小雨が降っていた。2両編成の柿色のディーゼルカーは高校生で座席がほとんどふさがっていた。エンジンの唸りが高まり、ゆっくりと加速する。今ではすっかり懐かしい国鉄型ディーゼルカーの感触だ。2つ、3つと駅を過ぎるうち、住宅地が切れ、タマネギ畑が広がるころになると、高校生たちが降りていってすっかり静かになった。空港のある女満別を過ぎると、網走湖が広がってくる。静かな湖だ。湖に向かって釣り糸をたれている人がいる。どんな魚がつれるのだろうか?私もしばらく釣りをしていない。またやってみたくなった。

 網走川をはさんで少し遠くに網走刑務所が見えてくる。網走といえば刑務所、刑務所といえば網走というほど有名である。私が今乗っている石北本線の工事にも、網走刑務所の受刑者が動員されたそうだ、厳しい寒さ、過酷な労働、前近代的な労務管理、たくさんの命が失われたという。北海道というフロンティアの開発には、残酷物語がいくつも隠されていることを忘れてはいけない。網走では45分ほどの待ち時間になるので、網走の駅前を歩く。ご当地のポテトチップスなどもありなかなか面白い。

 網走から、釧網本線の1両のディーゼルカーに乗る。特急に使われていたリクライニングシートが並んでいる。すこしクッションがへたっているが、これまでの車両とは比べ物にならないくらい快適である。網走を発車するとすぐに海沿いに出る。まもなく市街地を出ると、オホーツク海の海岸沿いに出る。私はこれで、日本を囲む4つの海(太平洋、日本海、東シナ海、オホーツク海)全てを見たことになる。それにしても、何と寂しい海岸だろう。時々壊れかけた小屋が見えるだけでほとんど人の気配がない。ただ、赤いハマナスの花が所々に咲いているだけである。すっかり名所になった浜小清水の原生花園だけはにぎやかであったが、それを過ぎるとまた寂しい海岸に戻る。最近ユネスコの世界遺産に登録された知床斜里で半分近くのお客が降りる。列車は身軽になって、山を登っていく。エンジンを2台積んだ強力なディーゼルカーは、こともなげに山を越えていく。川湯温泉駅で私は降りた。

川湯温泉駅は赤い三角屋根の山小屋風の造りだ。駅の中には喫茶店も入っていて、旅の途中に立ち寄ると楽しいだろう。この駅前から温泉行きのバスに乗る。乗客は私ひとり。がら空きのバスは駅を出ると牧場の中の1本道を走る。カーブを曲がるときの遠心力で私の荷物が倒れる。運転手は済まなそうに謝るが、荷物をしっかり持っていなかった私の責任であろう。
 川湯温泉のバスターミナル近くの旅館の風呂に入る。川湯温泉には硫黄泉、重曹泉、単純泉の3種類の温泉があるが、ここは硫黄泉である。湯に浸かると硫黄の香りが心地よい。少し熱めの湯であったので、入ったり出たりしながら20分以上堪能した。風呂から出るとロビーに牛乳の自動販売機が合った。普通の牛乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳があったので、フルーツ牛乳を選んで飲んでみる。私が飲むにはちょっと甘すぎたが、温泉で温まった身体に、心地よい冷たさだった。バスの時間まで少し間があるので、旅館の近くを散歩する。横綱大鵬(横綱在位1961~71年)の銅像がある。樺太(現在ロシアのサハリン州)敷香(現在のポロナイスク)に生まれた大鵬は、1951年から、角界入りする1956年までここに住んだという。相撲資料館もあったが、バスの時間が迫っているので、そちらは諦めることにした。

 今度の列車は川湯温泉始発だった。昔弟子屈といった摩周駅からお客が大勢乗ってきて席はほとんど埋まった。標茶を過ぎると釧路湿原に入る。先ほどの温泉でからだがあたたまったのと、列車の適度な揺れで眠くなってきたが、それをこらえて車窓に目を凝らす。驚くべき広大さである。天気が悪く、小雨が降っているが、それでも、見える範囲すべて湿原である。タイミングが悪いのか、花はあまり見えなかったが、この広大さ、この荒涼としたところが釧路湿原の真価であろう。 突然急ブレーキがかかった。線路上にエゾジカがいたのだ。大きな角を生やしていたから雄だろうか。悠々と走り去って行くその姿は大地の王者の貫禄があった。湿原から急に住宅地に入ると東釧路。根室本線と合流し、間もなく釧路に着く。急な車窓の変化に驚く。

 釧路駅でも待ち合わせの時間を利用してお土産を買った。それでも時間が余るので、キオスクのおばさんに荷物を預かってもらって、和商市場まで行ってみる。トキシラズ(シロザケのうち、秋ではなく夏に返ってくるもの)が大量に水揚げされたらしく、値段も安かった。筋子の赤い色が目にまぶしい。ホッケ、花咲ガニ、タラなどの北の海の幸が並んでいて見るだけでも楽しかった。釧路駅から根室行きの普通列車に乗る。買い物帰りなのだろうか、通勤客の帰宅には早い夕方の列車は、通路までいっぱいになった。釧路港外の駅で、次々とお客を降ろして行く。厚岸の手前で太平洋が見えるようになる。寒々しい海だ。私の住む福島なら、冬の海の光景だ。厚岸でたくさんのお客を降ろすと、空席が目立つようになる。この先、大きな町は浜中と根室だけである。いよいよ最果ての地だ。おだやかな厚岸湖を右に見ると、再び湿原になる。浜中でお客がさらに降りると、車内にひんやりとした空気が流れてきた。8月なのに、秋のようだ。ひたすら続く森の中を列車は進む。こんな最果ての地まで鉄道が通じたのは、北海道開拓にかける意気込みの現れであろう。先人の苦労には頭が下がる。いよいよ人の気配が薄くなる。牧草地でさえ少なくなり、駅の周囲に何軒かの家しかない。そんな駅にも止まる。それでも、降りる人がいろ。おじいさん、おばあさんが多い。生活の不便さは想像に難くない。夕闇が迫るころ、東根室の駅に着く。土を固めたホームが1本と、「日本最東端の駅」の碑があるだけの駅である。
 
列車が根室駅に滑り込むころには、すっかり夕方の気配が濃くなっていた。広い駅前広場に人が散って行き、すぐに静かになった。今日の旅館までは歩いて10分ほどである。半袖では肌寒い最果ての町の夕暮れであった。
 旅館での夕食は豪華だった。花咲ガニが半身も出たのには驚いた。そのほかに、北の海の魚たち。私は1時間以上かけて食べた。まだ9時前なのに、根室の町は物音さえしない。

夏がやってきた

 今年は当初猛暑の予想だったが、蓋を開けてみれば今年の7月は今のところやや低温傾向だそうだ。梅雨明けもやや遅れていて、じめじめとした日が続いている。学校の中庭のキュウリも実をつけたのに低温と雨天で実がなかなか大きくならないで足踏み状態になっている。しかし、どうやら本物の夏はもうすぐやってきそうだ。昨日から夏の日差しとからっとした高温がやってきた。
 私は暑さに弱いが、それでもじめじめとした日が続くよりは夏らしいからっとした暑さのほうがいい。皆様暑中お見舞い申し上げます。そしてどうぞ夏を満喫してください。海に行くのもよし、山に行くのもよし、花火を見るのもよし、ビールを読むのもよし、皆様の夏の報告お待ちしています。

サンドイッチ (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ サンドイッチ
「あなたはどんなサンドイッチが好きですか?」
 私の好きなサンドイッチは卵のサンドイッチ。ゆで卵たっぷり、マヨネーズたっぷり、カロリーが気になりそうなサンドイッチですが、山に持っていって青空の下食べるサンドイッチは格別のものです。もちろん自分の手作りで。

12年目の北海道③

【3 ボクとチハルとラワンブキ 8月1日】

8月1日、札幌は暑い雲に覆われていた。8時20分過ぎ、札幌駅に行く。平日の札幌駅は、多くの人が行きかい、あわただしかった。この駅には、動力を持たない客車を改造して、ディーゼルカーに改造した車両や、電車とディーゼルカーを併結した列車など変り種の列車も楽しめる。8時50分ごろ、ラベンダー色に塗られた流線型の先頭部が特徴的なディーゼルカーが手稲方向から入ってきた。自由席は半分強の席があっという間に埋まる。9時5分に軽やかなエンジン音とともに発車する。札幌の市街地を過ぎ、南千歳から石勝線に入ると、牧場の中を走る。追分駅からはひたすら山の中である。どこまで行っても人の姿の見えない秘境である。そんななかに、突然異変のように高層建築のホテルが建っているトマムリゾートがある。バブルの崩壊後は元気のない状態で、降りる人もほとんどいない。新得から農村地帯に戻り、突然人家が増えだすとまもなく帯広に着く。帯広で半分以上の人が降りる。高架橋で、ビルもちらほら見え、大都会に来たようだ。帯広過ぎると次は池田である。

 池田から「ふるさと銀河線」に乗る。国鉄の赤字ローカル線であった池北線第三セクターで存続したものであるが、人口が少ないうえ、距離が長く、経営は厳しかった。路線を廃止することが最近決まったばかりである。ふるさと銀河線の列車は、池田駅の長いホームの端に、わずか1両だけ、ちょこんと停まっていた。列車は、懐かしいアニメ「銀河鉄道999」のキャクターが描かれていた。若いお母さんが、運転手さんに何か頼んでいた。聞き耳を立ててみると、子ども4人だけで、本別まで乗るので、本別に着いたら、降ろしてほしいということだった。都会の電車では考えられないことである。本別までは35分ほどかかる。ちいさい4人の旅人にとっては、大冒険だろう。
 列車は、ジャガイモや麦、トウモロコシ畑の中を進む。ちょうど北海道では麦の取り入れの時期のようだ。冷房のない列車なので、窓を大きく開けて、道東の空気を思いっきり吸ってみる。本別駅には、初老の夫婦が待っていた。4人の小さい旅人は降りていった。彼らが大きくなるころは、公共交通機関が利用可能な状態で残っているのだろうか?本別から2つ先の足寄で下車する。立派な駅舎と跨線橋があるが、列車を降りた乗客は、みんな線路を歩いて行く。私もそれに続く。
 
足寄駅は、道の駅も兼ねていて、立派な建物である。1回には、物産の販売店が、2階にはこの地出身の歌手である、松山千春の資料館がある。とくにファンというわけではないが、ひととおり資料を見てみる。展望台があり、名前が「千春ありが塔」という脱力しそうな名前であった。階段をひたすら上ると、足寄の町が見渡せた。盆地状の地形に、思ったよりも広い範囲に集落が散らばっている。北海道の集落は、中心部といえども密度が低く、広々している。町を歩くと、そば屋さんを見つけたので、天ざるそばの昼食にする。特に期待しないで入った店だが、思いのほかしっかりとしたそばと、さくさくしたてんぷらでおいしかった。次の列車までまだ2時間近くあるので、町を歩いてみる。思いがけない発見をした。オート三輪を発見した。高度成長期の初期の働き者であるオート三輪は、私の記憶にすらほとんどない。それが、ぴかぴかで自走できそうな状態である。ものすごく活きのいいシーラカンスを発見したようなものだ。 
 町を見下ろす公園を歩いてみる。野球場やテニスコートなど、町の規模の割にはスポーツ施設が充実している。通りかかった足寄町役場の職員と思われるお兄さんも、3人組の中学生も、私を見ると挨拶してくれる。気持ちがいい。芝生の上に寝転んで、空を見てみる。昨日の札幌に比べればかくだんにさわやかな風、きれいな青空、きれいな空気、有名観光地にいるよりも心地よい。有名観光地などクソクラエという心境になる。足世路駅に戻り、売店でラワンブキのソフトクリームを食べる。最近は何でもかんでもジェラートやソフトクリームにするが、フキを使うのは珍しい。かすかにフキの香りのするソフトクリームであった。

 足寄から再びふるさと銀河線に乗る。それほど高いわけではないが、北見と十勝を分ける峠にかかる。線路のすぐそばまで湿原が広がっている。訓子府を過ぎると再び畑が広がる。今度は、タマネギ畑が広がっていろ。車内にも少しタマネギの香りが広がった。今日の夕食は、カレーライスと、オニオンサラダとオニオンスープにでもしようかと思う。北見駅近くのホテルに泊まり、北見の町を歩いてみる。人口が10万少々の割には立派な町であった

12年目の北海道②

【2 北の大地、再び 7月31日】

午前4時20分過ぎ目が覚める。寝台車のカーテンを開けて、外を眺めてみる。広々とした田んぼが広がっている。通路に出て車窓を見てみると、通過する駅の駅名票が「中沢」と読めた。定時ならとっくに北海道に入っている時間だが、まだ青森を過ぎたばかりだ。もう一度寝台車で一眠りし、6時20分ごろ、人の話し声で目が覚める。遅れはどのくらいか車掌に尋ねているようだ。既に遅れは1時間半ちかい、やっと函館の手前のようだ。できれば12年前と同じように北海道上陸の瞬間の喜びを味わってみたかったが、やもうえない。
 着替えと洗面を済ませ、ロビーカーに行く。函館を過ぎると、まもなく大沼公園になる。大沼・小沼、ふたつの湖の間を列車は進む。静かな湖畔で、12年前の旅では、ユースホステルで知り合った大阪の大学生と一緒に自転車で一周したことを思い出した。
 霧が出てきた。その中を、列車は進んでいく。長万部から洞爺にかけての海岸線は、時に高い断崖が海岸線まで突き出していて、豪快な風景である。食堂車で朝食を食べる。パンにスクランブルエッグ、ハム、ソーセージ、サラダ、フルーツ、最後にはコーヒーもついている。列車の中で、豪快な景色を楽しみながらの朝食は贅沢な気分になる。
 列車の遅れはさらに広がって、1時間40分になる。苫小牧は久々に大きな町だ。製紙工場もあれば大きなショッピングセンターも見える。しかし、それを過ぎると、野鳥の生息地として有名なウトナイ湖の近くを走る。その後は、左手に千歳空港がちらりと見える。また牧場とトウモロコシ畑になるとまもなく札幌である。1時間40分遅れの11時25分ごろの到着だ。
札幌駅は12年前と同じように活気があった。10番線まであるホームにはひっきりなしに長距離の特急列車から札幌近郊の普通列車までたくさんの列車が発着していた。 私は、駅の中の店で冷やしラーメンの昼食を終えると、岩見沢行きの普通列車に乗って、次の駅、苗穂(なえぼ)で下車した。ここから、歩いて15分ほどで、サッポロビール博物館にたどり着けるはずである。
 苗穂駅は古びていて、小さかった。駅前に、周辺の地図でもないかと探したが、そんなものはなかった。タクシーはいるが、初日から贅沢はしたくない。詳細な地図を用意しておけばよかったが、今回はそこまでの準備はしていなかった。やむを得ずこちらだと思われる方向に歩き出す。 線路をくぐると、大きな工場が見えてきた、JR苗穂工場である。北海道の車両のメンテナンスや改造を行ってきた工場だ。珍しい車両ばかりなのでカメラを向けると、工場のおじさんが近づいてきて、あと30分も待つと「スーパー宗谷がやってくるよ」と教えてくれる。それはそれで魅力的な被写体なのだが、そんなにのんびりしていられないので礼を言って先を急ぐことにする。このことで、だいぶ遠回りをしていたことが判明した。バスでもないかと探したが、バスはついさっき出たばかりで、あと20分も待たねばならない。今日の札幌は強烈な日差しが照りつけ、かなり蒸し暑い。近くに休めるような店も見当たらない。待つのも地獄、歩くのも地獄となれば、少しでも進んだほうが気分的にはいい。結局40分ほど歩いて、やっとサッポロビール博物館にたどり着いた。
 私は飲兵衛である。とくにビールが好きだ。それだけの理由でここを選んだのではない。北海道の発展において、食品工業の果たす役割は大きかったと思う。その中で代表的な存在としてサッポロビールを選んだ。レンガ造りのビール博物館に入る。エレベータで3階に上り、ビール製造の歴史について見る。黒田清隆をはじめ、開拓史にとって、ビール製造は重要な事業だった。北海道の風土に適し、北海道で野性のホップが発見されたことも追い風であった。実際にビールの醸造に使うホップや二条大麦も見ることができる。途中には試飲のできるコーナーもあり、明治9年、創業当時のビールを再現したものも飲むことができる。無ろ過のビールは、やわらかい口当たりのビールだった。真昼にもむビールは、グラス1杯でほどよく酔いが回った。
 バスに乗り、大通公園をあるく。ここは、札幌に来るたびに歩いたところで、広々とした公園は本州ではなかなかまねのできないところだろう。前回は行くことのできなかった北大植物園に行く。広い園内は、残念ながら花に軸ではなかったが、「少年よ大志を抱け」の北大の古い校舎が園内保存されていた。暑さでだいぶ参っていたので、ゆっくり見て回ることができなかったのが残念だった。まだ午後4時だが、いったんホテルに戻ることにする。贅沢だが、ホテルまではタクシーに乗る。
 ホテルの部屋で一眠りして、午後6時、再び札幌駅に行く。駅の窓口で「ドニチカきっぷ」という切符を購入する。この切符は、土曜日・日曜日・祝日のみ札幌市営地下鉄全線が乗り放題になる。この切符を使って、札幌市営地下鉄のミニ散歩をした。まずは東豊線で、南の端の福住へ。ここは、札幌ドームが近い。大きなバスターミナルが隣接していて、ひっきりなしにバスが発着していた。ここから大通りに戻り、東西線の西の端宮の沢に行った。ここは、先ほどの福住に比べればやや古い住宅地といった雰囲気である。これで札幌市営地下鉄は全線に乗ったことになる。感心したことは、電車の内装の壁面に、時計台や道庁、ライラックの花やすずらんなど、札幌の名物が描かれていた。電車の内装は無機質なものとほぼ決まりきっている中で珍しい。
 大通り駅で降り、公園を歩く。昼間の暑いのがウソのようにさわやかな風、さすが北海道だ。狸小路に行き、しばらく店を物色しながら歩く。楽しいものだ。ここで飲んで、ラーメンを食べ、地下鉄で戻る。札幌ドームでコンサートがあったらしく、電車の中は「SMAP」のグッズを持った女性でいっぱいだった。ファンの年齢層は70代から10代とかなり広いようだ。

東急世田谷線でGo!

 東急世田谷線は三軒茶屋と下高井戸の間、5.0kmを結ぶ路線です。路面電車型の小型のかわいらしい電車が走っています。

 渋谷から東急新玉川・田園都市線に乗り三軒茶屋駅で降り、地下道を歩き、キャロットタワーと言うビルの陰に世田谷線の三軒茶屋駅がある。待つほどなくスカイブルーのかわいい電車がやってきた。

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 まだ土曜の午前7時過ぎだが、座席が埋まって立っている人もいる。しばらくして都内有数の大動脈である環状7号線と交差する踏切がある。ここでは、電車がクルマを待つこともある。私の乗った電車もしばらく待ってからそろり、そろりと環状7号線をわたる。しばらくすると松蔭神社前駅に着く、ここかで途中下車してみる。雨が強く振っているが、ここから松蔭神社は商店街を歩いてすぐである。松蔭神社は長州藩(山口県)の思想家・教育家で、木戸孝允、高杉晋作らに強い影響を与えたが、安政の大獄に連座して処刑された。その後門弟達がここに改装したのがこの松蔭神社である。雨に煙る境内には人っ子ひとりいない、私も横から吹き付ける雨に閉口して早々と参拝を済ませると松蔭神社を後にした。もし天気がよければ境内に松下村塾を模した建物があるので、そちtらも見るとよいだろう。

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 再び世田谷線の列車に乗り、3つ先の宮の坂駅に着く。この駅の近くに豪徳寺がある。ここは室町時代に世田谷城が置かれ、招き猫発祥の地であるとされる。門前の並木が雨に打たれて緑が一層鮮やかだ。広い境内だがここにも人影はなかった。松蔭神社を参拝したときよりも幾分雨が弱くなって空が明るくなってきた。庭園をしばらく歩いた。宮の坂駅に戻り、電車に乗ると間もなく山下駅、頭上を小田急線が走っていてすぐ近くに小田急の豪徳寺駅がある。その2つ先が下高井戸、京王線乗換駅である。下高井戸駅の片隅に肩をすぼめるようにして止まると小さな旅は終わる。

たまには都会の風に吹かれて

 私は昨日東京に行ってきた。正確に言うと一昨日の深夜バスで福島を出発し、昨日の早朝東京に着き、昨日の深夜東京を出発し今日の早朝福島に戻ったと言うのが正しい。つまり0泊3日東京の旅である。かなり慌しく、ハードスケジュールだったけど楽しかった。東京では久しぶりに東急世田谷線(三軒茶屋~下高井戸)のかわいい電車に乗り、沿線のお寺や神社を参拝した。その後渋谷のミニシアターで福島では見れない映画を見て、神保町に行って古本街で掘り出し物を探し、最後に御徒町の居酒屋さんで焼き鳥をつまみに一杯飲んで、東京駅八重洲口のバスターミナルで全国各地に向けて出発する夜行バスを見送り23時59分発の福島行きのバスに乗った。
 「田舎の勉強より都会の昼寝」という言葉があるが、東京に来るととても多くの刺激を受ける。午前5時半の渋谷駅、酔いつぶれて駅のホームや階段で眠り込んでいる人が増えていた、ひょっとしたら戦後最長の景気拡大の効果なのか、それとも、格差社会で浮かび上がれない故の自棄酒か。東京は来るたびに多国籍化が進んでいる。世界有数の経済都市はアメーバのように絶えず姿を変えている。一方では、神社やお寺の杜はどこも美しく整備されていた。そんな昔と変わらない面もある。日本の「今」を知るには経済学や社会病理学の本を読むよりも東京を1日歩いたほうがより実感できるのかもしれない。

授業参観週間

 私の学校では授業参観は特定の日の特定の曜日に保護者に来てもらう形ではなく、特定の週であればどの曜日のどの時間でも保護者の都合のよい時間に授業参観ができるようになっている。今週がその授業参観週間であった。とくに私の学級は遠方から来ている生徒が多いため、自宅に帰る今日保護者が集中した。寄宿舎や学校隣接の施設から通学している生徒は5日ぶりの保護者との再会、本当に嬉しそうに授業に臨んでいました。なんだかこんな日は授業をしていてもとても楽しい。なんだか私まで幸せになるそんな1日でした。

ガーベラが胃みたいなblogしたいなぁ(BlogPet)

ガーベラが胃みたいなblogしたいなぁ。


*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

七夕(今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 七夕
「今日は七夕です。願い事を書いてください。」
とても平凡ではあるけれど、私の友人、家族、生徒、同僚、このブログを読んで下さっている皆様そして私、来年の七夕をこの人たちと一緒に心身ともに健康で迎えることが私の願いです。

旅はご近所にもあり

 今日、町中に買い物と図書館に本を借りに行った。ショッピングセンターの駐車場にクルマを止めて歩いて回ることにした。私が町中の出かける場合、すべてクルマで移動するのではなく、適度に徒歩も入れるようにしている。こうすることで普段見えないものが見えるのがとても楽しい。今日は、お寺と神社を巡ってきた。
 私が住んでいる町は、奥州街道(江戸日本橋~宇都宮~白河間の五街道の部分ではなく、白河~仙台~盛岡~三厩間の脇街道の部分)の宿場町として発達した町である。今では町中に宿場町の面影はないが、細い路地に入ると面白いものがたくさんある。立派なお寺と神社、私はお寺や神社を見るのが好きなのでしばらく見入った。お寺や神社の周辺は閑静な住宅地になって、大きなお屋敷もある。車で移動していては絶対に見ることのできない風景である(道幅も狭いし、よそ見していたらクルマが傷だらけになりそうな路地である)最後は、神社からかつての街道までの表参道を歩く。日本酒の種類のずいぶん豊富な居酒屋さんを見つける、これはぜひ行ってみたい。
 旅は日常性からの舵手つと考えると、案外近所にも非日常の部分が残っているのではないか。旅には出たいけどなかなか時間がないという方、あなたのご近所の通ったことのない道をあることいいと思います。きっとそこから小さな小さな旅が始まるかもしれません。

「クール・ランニング」1993年アメリカ

 中米のカリブ海に浮かぶ常夏の島国ジャマイカの特産物はココナツやバナナ、高級コーヒーとして知られるブルーマウンテンコーヒーであり、一方、氷上のF1とよばれ冬季オリンピックの種目であるボブスレーとは結びつきにくい。ところが、1988年のカルガリー(カナダ)冬季オリンピックにジャマイカのボブスレーチームが出場し、世界を驚かせた。この実話を基に作られたのがこの映画である。
 短距離走でソウルオリンピックを目指していた男達だが転倒でオリンピック出場を逃してしまった。何とかしてオリンピックに出ようと思い、出会ったのがボブスレー、道具がない、それ以前に雪も降らなければ氷もないジャマイカ、車輪つきのそりを使って坂を下りる練習をしたり、アイスクリーム売りのトラックの冷凍室に入って寒さに耐える練習をしたり、彼らは工夫してオリンピックを目指す。練習の風景はとても面白いです。冷凍庫から髪の毛を真っ白に凍らせて出てきたり、そりでパトカーに突っ込んだり、それでも彼らは明るく乗り切った。かつての日本のスポコンものにあったような暗さがない。ジャマイカの風土がさせるのか、この映画を作ったアメリカ人の気質なのかわからないが、とにかく明るい。オリンピック会場のカルガリーに入っても試練が続く。コーチの過去のスキャンダルを理由に失格になりそうになったり、選手の一人が父親に連れ戻されそうになったり。第一氷の上を走るのもはじめて、スタートダッシュが大事なボブスレーにとって致命的な事態である。それでも彼らは氷の上での走り方をマスターし、ボブスレーのそりを現地調達し見事出場する。無事予選を突破したころには私の涙腺は決壊をしはじめていた。そして決勝、ジャマイカのナショナルカラーに身を包んだ選手達、過去最高の滑りで自分の名誉のため、祖国の栄光のために滑った彼らだが・・・ここで私の涙腺は完全に故障していた。私は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら彼らを応援していた。仲間って本当にい、団結するってなんて強いのだろう。元気になりたい人におすすめの映画です。

散歩(今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 散歩
「あなたの散歩コースを教えてください」
私のお気に入りの散歩コースは、自宅を出て、線路沿いにしばらく歩き、田んぼの中の小道をしばらく歩きます。排気ガスも騒音もなく気持ちがいいです。夏から秋にかけては虫たちの合唱が聞けます。それから最近作られた住宅地へ、最近の住宅の傾向をリサーチできます。ここから夕方なら奥羽山脈に沈む夕陽がきれいです。そして、コンビニで買い物をして自宅に戻ります。これで45〜60分コースです。

12年目の北海道①

 今回も私の過去の旅行記です。2005年の夏、北海道に行ってきましたその時の旅行記です。どうぞお楽しみください。

【1 12年目の旅立ち】

 2005年7月30日(土)、私の住む街は夕方から激しい雷雨に見舞われた。私は、予定より1本早いバスに乗った。バスに乗って、窓の外を眺めているうちに、大切なことに気がついた。私にとって、初めての一人旅は、ちょうど12年前の今頃であることを。
 日通のアルバイトでためたお金と、たくさんの期待感をポケットに、仙台から普通列車を乗り継いではじめての一人旅に出た。一ノ関、盛岡、青森と乗り継いで、青函トンネルをくぐり、初めての北海道を目にしたときの興奮した気持ちを今でも昨日のように覚えている。その後、函館、大沼公園、小樽、札幌と回った。ユースホステルに泊まり、同宿の人と楽しいふれあいもあった。初めての北海道では、私にとってとても優しかった。
 一人旅を始めて12年、21歳だった私は33歳になった。普通列車でどこまでも行っていた私が、飛行機や新幹線、寝台特急を使える身分になった、しかし、そんな表面的なことを抜きにすれば、12年前とあまり変わらない自分がいると思う。12年、ちょうど節目の年に意識せず、同じ北海道を行き先に選んだことは、決して偶然ではないだろう。

駅に行ってみたら、案の定、栃木県内の大雨のため東北本線の列車が運転を見合わせていますということであった。早めにホームに入り、ベンチに座って列車を待つことにする。20時過ぎの駅はまだ帰宅を急ぐ人で混み合っていた。
 いつの間にか雨もやんで涼しい風が吹き始めた。そうしているうちに、寝台特急「北斗星81号」は、およそ1時間20分遅れで、21時25分ごろ赤い電気機関車を先頭に郡山駅のホームにはいってきた。B寝台上段に荷物を置くと、さっそく食堂車へ。サッポロクラシックと北海道ソーセージの盛り合わせを注文する。二本松、福島・・・見慣れた町の風景が今日は特別に見える。
  食堂車の隣には、ロビーカーがあり、ソファーが並んでおり、車窓を眺めながらゆっくりとくつろぐことができる。私の寝台車が上段で、ほとんど外が見えないし、はしごの上り下りでほかの乗客に迷惑をかけるといけないので、就寝までここで過ごすことにする。岩沼、名取、だんだん仙台が近づいてきた。仙台は19歳から23歳までの時期を過ごした町で、いまでも特別な思い入れがある。23時過ぎの仙台駅は人影もまばらだった。仙台発車を機に寝台車に戻ることにする。

やえもんが(BlogPet)

やえもんが
夕方、クルマを走らせていると近所のおじさん・おばさん達が台湾に向かってデジタル.
とか考えてたよ。

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

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