2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

おすすめBLOG

  • Time is up
    りっちさんのブロクです。心と体、音楽、ファッション・美容など、色々な内容の記事が書かれています。
  • 旅は道連れ 気まま日記
    養護学校の教師をしている橘みかんさんのブログです。学校での生活の様子や、旅行が好きということで、これからは旅行の情報も期待できそうです。
  • 黒瞳のうさぎ
    お酒、心理学、旅行、温泉を愛するうさぎさんのブログです。写真付きの楽しい生地が多いです。
  • いい酒・夢気分♪
    アメリカのお住まいのモリビルさんのブログです。大好きなビールのことを中心に、楽しい話題が満載のブログです。
  • ちゃつねの独り言と写真館
    多趣味なちゃつねさんのブログです。アウトドア、クルマをはじめ、話題の豊富なブログです。
  • おしゃれまっちのすてきせいかつ
     旅の大好きなまっちさんのブログです。膨大な旅行記は読み応えがあります。旅の途中で撮った写真を見るのもとても楽しいですよ。
  • UME Blog
     旅行が好きなUMEさんのブログです。毎回テーマのしっかりとした旅をされていてとても興味深い旅行記を書いています。
  • 日常彩彩
    エムエムさんのブログです。社会の出来事について、気になったことを鋭く、それでいて優しい視点で書いています。時々掲載する写真もとてもいいです。
  • five-half blog
    福島県いわき市で美容室「five-half」を経営している谷口さんのブログです。家族のこと、お客さんとのふれあいなど興味深い記事が満載です。
  • 岡本パンスタジオ
    仙台市で自宅および福祉施設等でパン、ケーキ作りの講師を行っている岡本さんのホームページ&ブログです。これを読むと今すぐパンを作りたくなること確実!

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月の17件の記事

夏の歌 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 夏の歌
「夏気分を満喫したいときに聞く歌は何ですか?」
私にとって夏を感じる歌・・・
  井上陽水の「少年時代」
  サザンオールスターズの「Hotel Pacific」「TSUNAMI」
  森山良子の「さとうきび畑」
あ、それから「栄冠は君に輝く」(夏の甲子園の開会式、閉会式で演奏される曲)と「夏の思い出」これも外せません。
 
あなたにとって夏を満喫したいときの曲はどんな曲ですか?
  
 

近代日本の青春時代へ②

2 自由民権運動の本場から(2007年8月7日)

 高知駅を出ると暑く湿った空気が私の体にまとわりつく。ああ、南国なのだなと実感する。今日は高知駅前のホテルを予約してある。さっそくチェックインして少し部屋で休もうと思う。6階の部屋に落ち着くと冷房を強く効かせてしばらくベッドに横になる。この暑さのせいもあるし、乗りっぱなしとはいえ長時間移動したせいだろう。1時間ほど休憩してだいぶすっきりした。窓から駅前広場が見える。色とりどりの路面電車が発着している。これからこの電車に乗って幕末から明治にかけてたくさんの人材を生んだ高知城下を歩いてきたい。

 古びてはいるがよく手入れされた電車に乗る。私のほかに女性が2人、左右に車体を揺らしながら走る、やっぱり路面電車はいい。播磨屋橋で少しお客を増やし、町の中心部からやや外れかかった枡形が終点になる。電車を降りて国道33号線の歩道を少し歩く。建物の間に石碑がぽつんとある。ここが幕末に一瞬だけ彗星のごとく表れ、明治維新を目の前にして消えた坂本龍馬の生家の跡である。龍馬は少年時代寝小便たれで、塾に行けば落ちこぼれるありさまであったという。その彼が薩摩藩と長州藩を結びつけ、西郷隆盛をして「龍馬の度量や到底測るべからず」と言わしめた。ここから高知城を経て播磨屋橋までは歩いていける距離である。お城の西側から入った。周りは落ち着いた住宅街になっている。天守閣は公開時間が過ぎていたが、高知町を見下ろして満足しておく。お城の中には、初代藩主の山内一豊、妻の千代の他、明治時代自由民権運動の旗手となった板垣退助の銅像があった。
 お城を後に高知市街へと向かう。明後日からよさこい祭りが始まるから、踊りの練習をしているグループがいる。これは狙ってのことだ。祭り当日は待ちも交通機関も混雑していらいらすることが多い、祭りの後は寂しい。それなら祭りの前なら祭りの雰囲気をいくらかは楽しむことができる。歩いているうちに小さな公園があった。ここはかつて立志社があった跡である。立志社は国会開設を求めて板垣退助らがおこした結社である。ここから自由民権運動のうねりが全国に広がっていくことにある。「土佐の高知の はりまや橋で 坊さんかんざし 買うを見た よさこい よさこい」のよさこい節で知られる播磨屋橋は小さな橋である。堀にかかっている小さな橋であるがこの歌のおかげで有名になった。もっとも、有名な橋だからきっと立派なものだと思っていくと期待を裏切られることになる。有名になったことがこの橋にとって幸福だったのか不幸だったのか私にはわからない。

 播磨屋橋の近くの店でドロメとカツオのたたきを肴に飲んだ。ドロメとは、カタクチイワシの稚魚で、普通は塩茹でして干したものをシラス干と呼んでいる。こちらでは生のものを酢醤油で食べる、コクと甘みがありうまかった。

しあわせ感受力

 最近老人力とか鈍感力とか○○力という言葉が使われることがある。私は生きる上であれば役に立つ力を「しあわせ感受力」と名付けてみた。人生思い通りに行かないことが大半だろう。楽しいこと、嬉しいことよりも辛いこと、嫌なことが多いのが人生。だからこそ小さなことで幸せを感じることができる「しあわせ感受力」が大切になることがあるだろう。「今日は虹が見えたから」「今日はいつも挨拶をしてくれない△△君が珍しく挨拶をしてくれたから」「朝食の跡に飲んだお茶に茶柱が建ったから」なんでもいいから、ささいなことでもいいから幸せを感じられる力、これがあれば少しだけ人生が幸せなものになるかもしれない。今日、私が見つけた幸せは、久しぶりにデパートの地下にある食品売り場に行ったら輸入ビールの品揃えがよくなっていたこと。早速何本か買ってきました。今日は飲みません。楽しみは取っておきます。そんな夏の終わりの夕暮れ。

近代日本の青春時代へ①

1 のぞみは南風に乗って(2007年8月7日)

 東京駅東海道新幹線ホーム、午前9時半、白いボディに青いラインを引いた新幹線車両がひっきりなしに発着している。スラントノーズの300系、カモノハシのくちばしのような先頭部を持つ700系、長い間丸いボンネットの0系一色だった東海道・山陽新幹線車両はここ20年ほどで急速な進歩を遂げた。最高速度も時速210キロメートルから300キロメートルに向上した。
 そんな東京駅にスターが舞い降りてきた。戦闘機のような尖った先頭部、飛行機のような円筒形の車体、一目見ただけで高性能を実感できるデザインである。1997年から東海道・山陽新幹線のスターとして「のぞみ号」に運用されてきた500系である。私にとって秋田新幹線「こまち号」のE3系と並びとても好きな車両である。
 発車10分前、品川方面から車両が回送されてくると子供だけでなく大人の視線も釘付けになる。 今回はすこし贅沢をしてグリーン車を予約した。ゴールドがかかったベージュのシートはシックでリッチな雰囲気でとてもよい。実際に座ってみるとクッションの柔らかさも適度で快適に過ごせそうだ。

 9時50分、「のぞみ17号」は静かに東京駅を出発した。品川、新横浜を過ぎるとスピードが上がる。女性の乗務員がおしぼりを持ってくる。さすがグリーン車である。三島を過ぎ、富士山が見えてくるはずだが、中腹より上は雲がかかっている。それにしてもグリーン車の車内は静かだ。唯一にぎやかなのは私の通路向かいに座っている海外から来たビジネスマンのグループだけである。静岡、掛川をあっという間に過ぎてしばらくうとうとしているうちに11時33分名古屋に着いた。
 名古屋を過ぎて織田信長が尾張国統一の時期まで過ごした清洲城が見えた。しばらく進むと田も広がるようになる。それにしても山が遠い、日本でこれだけ広い平野はあとは関東平野ぐらいだろうか。織田信長が天下統一をめざせたのは単に彼の頭脳だけではないと思う、この豊かな濃尾平野があったからこそできたのだろうと思う。大阪、新神戸を過ぎ、姫路を過ぎるといよいよ時速300キロメートル走行になる。夢のような新幹線の旅が終わり、13時13分岡山駅に着いた。

 岡山駅は猛烈な暑さだった。瀬戸大橋線のダイヤが乱れているようで、高松行きの快速列車がしばらく遅れるとの放送が入った。私は売店で昼食用の駅弁を買うと日陰に入って待つことにする。やがて快速列車より先に、私が乗る高知行きの特急「南風13号」が入ってきた。この車両は振り子式といい、カーブを曲がるとき車両を内側に傾けることでより高速に、乗り心地を悪化させずに通過できるようにした車両である。
 岡山を発車すると岡山の市街地を高架線で走る。私の隣にはおじさんが座っている。弁当を開けるのに黙って開けるのもはばかられたので一声かけてから弁当を開けた。それをきっかけとして色々話すようになった。これから高知に向かうそうで、沿線のことを色々教えてもらった。本州最後の児島駅を過ぎるとまもなく瀬戸大橋、上段をクルマが、下段を列車が走るため、桁があり、目がちかちかするがそれでもすごい眺めだ。午後の光を浴びて瀬戸内海はキラキラと光っている、そして行き交う船、瀬戸内海は海と言うより太い運河と言った風景だ。まもなく坂出の埋立地に入ると四国最初の停車駅である宇多津駅に着く。多度津から土讃線に入る。琴平では金毘羅宮のある山の上で稲妻が光った。琴平から山を越えると右側の車窓に小さな町が見えてくる。かつて「やまびこ打線」で高校野球界を席巻した池田高校のある三好市の池田である。池田からは四国三郎の別名を持つ吉野川が作る深い谷をさかのぼっていく。深い谷の上のほうまで人家や畑がある。生活するのに本当に大変そうなところである。おじさんに「本当に耕して天に至るですね」と話しかけると、おじさんも頷いていた。それにしても深い谷だ。列車は川が曲がるままにカーブを繰り返している。雨がだんだん激しくなってきた。高知県に入ると急勾配で山を下る。おじさんは私に桂浜の闘犬センターと土佐清水の竜串・見残しを見るといいよと教えてくれると後免で降りていった。ここからは高知平野を走る。台湾の花蓮周辺を思わせる明るいのどかな風景が続く。16時42分高知に着く。
 

ゆず(BlogPet)

きょうは、ゆずで見舞された!

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

みょうが

 母方の祖父の家の裏庭にはミョウガがたくさん生えていた。夏になるとよく泊まりに行ったいたので、ミョウガのきのこでもない、草でもない不思議な姿を見てなんだろうと不思議に思っていた。少し大きくなると、味噌汁の具にしたり、冷奴の上に載せたり、そうめんの薬味にするミョウガのことだとわかったが、子供の頃はミョウガの香りが苦手で、ミョウガだけをより分けて食べていた。
 やがて大人になるとミョウガの香りがだんだん好きになり、冷奴にもそうめんにもミョウガが欠かせないものになっていった。もっともここ数年は自炊をサボリ気味になり、再びミョウガが縁遠いものになっていた。お盆に地元に帰った際に、義妹が茄子とミョウガの味噌汁を作ってくれて、久しぶりにミョウガの香りを楽しんだ。自分でも作ってみようと主って、茄子とミョウガの味噌汁を作ってみた。ミョウガの独特の香りは、30年近く前の母方の祖父の家の裏庭で遊んでいた子供時代の記憶を呼び覚ましてくれた。

星と音楽の夕べ「沖縄の風~美ら海の歌」

 今日は私の住む市のプラネタリウムで午後7時から行われる「星と音楽の夕べ」に行った。8.9月の特集は「沖縄の風~美ら海の歌」でした。沖縄に行ったことはありませんが、kiroro、BEGINなど、私のすきなアーティストの出身地ですし、曲でいえば「さとうきび畑」「島唄」などの曲が沖縄をイメージさせます。
 今回は「涙そうそう」(夏川りみ)、「島人ぬ宝」(BIGIN)、「安里屋ユンタ」(より子)、「島唄」(TheBoom)などの曲が沖縄の星空と美しい風景の映像と共に流れた。波照間島では春には南十字星が見えるんだ。南半球まで行かなくても南天の代表的な星座が見えるんだ。今すぐ波照間島まで飛んでいきたくなった。
 より子については、この記事を書くためにプロフィールを調べて、はじめて知った名前です。

 40分間の沖縄の星空のたびが終わったら、駅前の居酒屋で一人酒。イカ刺しと目光(ヒメ科の深海魚、標準和名はアオメエソ。白身の魚で唐揚げやてんぷらなどで新鮮なものは刺身や寿司にしても抜群に美味しい)の唐揚げで一杯やりました。

6200万人

 今日は62回目の終戦の日。1945年8月15日に昭和天皇がいわゆる玉音放送を通じて戦争の終結を国民に知らせた日である。(ただし、ソビエト連邦との戦闘は翌月まで続いた。この日を持って第二次世界大戦の大部分の戦闘が終結した。この戦争でかつてないほど多くの方が犠牲になった。統計によって差があるが、各国の軍人、市民の犠牲者は以下のとおりである。

 ソビエト連邦(軍人1300万・市民 700万)、中国(軍人350万・市民1000万)、ドイツ(軍人350万・市民 380万)、 ポーランド (軍人12万・市民 530万)、日本(軍人170万・市民 38万)、フランス(軍人25万・市民36万)、イギリス(軍人 45万・市民 6万)、アメリカ(軍人40万・市民6万)、イタリア(軍人33万・市民8万)
各国とも植民地等を含む イギリスにはカナダ、オーストラリア、ニュージーランド等の自治領を含む。

  全世界では 軍人2500万人、市民3700万人、合計6200万人が犠牲になったと言われている。あたなはこの数字を見て一体何を思いますか?

 

観光した(BlogPet)

ガーベラは編成♪
だけど、観光した。

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

旅の終わりに

旅の終わりに
四国の旅もいよいよ終わりがやってきました。私は今松山から東京に向かう寝台特急「サンライズ瀬戸」に乗っています。狭いながらも快適な個室でくつろいでいます。車窓を眺めるもよし、本を読むもよし、誰にも束縛されない自由な時間です。汗の朝7時過ぎに東京駅に着くまでのんびり過ごしたいと思います。どうぞ皆様も素敵な休暇をお過ごし下さい。

愛媛県の噂

皆様、残暑見舞申し上げます。体調を崩している方はいないでしょうか?
私は今日は中村〜窪川〜宇和島〜松山と列車を乗り継いで移動しました。四万十川の清らかな流れ、瀬戸内海の穏やかな海、いずれも心が洗われる景色です。
さて皆様、愛媛県の噂を聞いたことがありますか?愛媛県には水の出る蛇口、お湯の出る蛇口の他にポンジュースの出る蛇口があるとか?真偽を確かめにこれから松山の町に行ってきます。

今日の相棒はコルト

今日も全国的に暑い1日のようですね。高知もとても蒸し暑い1日でした。
今日はレンタカーで四万十川、竜串・見残し海岸、足摺岬を回ってきました。四万十川のエメラルドグリーンのゆったりとした流れ、竜串・見残し海岸の複雑な岩の造形と海中のサンゴ礁と熱帯魚、足摺岬の亜熱帯植物。今日は美しいものをたくさん見ました。そして今日の相棒はレンタカーの三菱コルト、初めて出会う道に初めて出会うクルマ、楽しいドライブでした。

龍馬と私とアイスクリン

今日は午前中は高知市内の観光をして午後は同じ高知県の四万十市に移動しました。桂浜では坂本龍馬の銅像が太平洋を見下ろすように立っています。私も龍馬の真似をして太平洋を見下ろしてみました。太平洋のかなたに龍馬は日本の近代かへの希望が見えたのでしょうか?私はあまりの暑さにアイスクリン屋さんのパラソルが見えてしまいました。さっぱりてしたアイスクリン、おいしかったです。そんな脳天気なことを言っていたら龍馬にあきれられそうですが。

ついています

私は今四国高知にいます。東北新幹線、東海道・山陽新幹線、土讃本線を乗り継いでおよそ9時間かかりました。土讃本線の特急では隣りに座ったおじさんと話をしていろいろな話をきけました。これはついています。これから高知の市街地を歩いて、祝杯をあげて来ます。

旅立ちの前に

私は明日旅にでます。今は荷物の最終確認をしたり、チケットを眺めたりしています。こんな時間が何よりも楽しいです。旅で出会う人、風景、味覚に付いてあれこれ想像をめぐらしていると、自然と旅への期待が高まってきます。それでは行ってきます。

12年目の北海道⑤

【5 さようなら、北の大地、北の大空 8月3日】

 8月3日、根室の町は濃い霧に覆われていた。朝食を済ませ、根室駅前のバスターミナルへ向かう。バスターミナルは規模が大きく、お土産店などを併設していた。納沙布岬行きのバスの時間を確認しようとしていたら、花咲岬、納沙布岬、金毘羅神社をまわる観光バスのほうが路線バスで往復するよりも安いことに気づく。
 根室駅に発車したバスは、霧の中を花咲岬へ向かう。天気さえよければ眺めはよさそうであるが、今は窓の外は真っ白だ。花咲岬は車石という昭和14年に国指定の天然記念物となった世界的にも珍しい奇岩がある。車輪を想わせるような形をした玄武岩で溶岩が水中を流れた時に この様な形になったといわれ 、直径が6mにもなる。海と車石を対比させた写真が撮れたら面白いだろうなと思う。
 バスに乗り込み、日本最東端の東根室駅をチラッと見て、根室半島を東へ進む。景色が荒涼としてきた。日本最東端の小学校、はたして何人の児童がいるのやら。納沙布岬からの展望は、今回の旅のハイライトとして、わざと最終日にもってきた。双眼鏡もここで使うために持ってきた。しかし、目の前10メートルが何とか見えるだけだ。本来なら、現在ロシアが実効支配している貝殻島や総称島が見えるはずなのだが・・・。展望はあきらめて、北方領土の資料館を見る。開拓の歴史や、千島列島の自然についての展示があった。はたして、解決はいつのことになるのだろうか?
 バスは、根室市内に戻る。根室金毘羅神社に着く。やっと霧が晴れてきた。参拝を済ませ、高田屋嘉兵衛(1769~1827)の像を見る。淡路島で生まれ、一水夫から大商人に上り詰めた嘉兵衛は、いちはやく北海道や千島列島の豊かな物産に目をつけた。北海道の歴史を開いた功労者のひとりとして、もっと知られていい人物である。現在、嘉兵衛は根室の町を見下ろしている。まるで、この町を守っているかのように。私も根室の町を見下ろしてみる。しばらく荒涼とした景色を見てきたので、ひときわ大きな町に思える。

根室発釧路行きの列車は、昨日の列車と同じくディーゼルカー1両のみだった。半分強の席が埋まり発車する。昨日見た景色を逆回しで見る。釧路から特急に乗り換える。すでに自由席のドアの前には長い行列がきていた。あっという間に自由席は満席になった、根室にいたころとは別世界に来たようだ。何とか空席を探す。走りっぷりも今までとは違う。1時間ほどで池田に着く。ここからふるさと銀河線に乗ったのはわずか2日前なのだが、10日も20日も前のことのように思える。
 しばらく眠っていた。いつのまにか新得を過ぎ、石勝線に入っていた。あと1時間強で南千歳、寝台特急「北斗星2号」に乗り換えれば、いよいよ北海道ともお別れだ。今度北海道に来られるのは何年後だろうかそれでも、また来ます。北海道の空、北海道の大地、北海道の人々、その日までさようなら。(終)

ちょっと気分転換

 今日の福島もとても暑かったです。仕事を少し早く抜け出して避暑に行きました。職場周辺の気温は32度、ここから標高950メートルの山の中腹に向けてクルマを走らせた。山をぐんぐんと登ると気温がどんどん下がっていく。30度を切り、目的地の山の中腹では26度になった。クルマを降りて沢沿いに遊歩道を歩くと気持ちのよい涼しさである。既に夕方の気配が漂っており太陽は頂上の向こうに隠れている。30分ほど歩き、程よく体をうごかして疲れたのでシートを倒して眠る。目が覚めると夕陽が山の稜線を茜色に染めていた。そのまま暗くなるまで景色を眺めていた。眼科の町明かりがひとつ、またひとつつく。銀河旅行をしているような不思議な光景だ。
 短い持間ではあったが、いい景色を見ることができた。こんな小さな気分転換はなかなかいいものだ。

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

フォト
無料ブログはココログ

BlogParts

  • 投票お願いします!
  • Forester Network
  • クリック募金
  • BlogPet

-占い-

ウェブページ