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近代日本の青春時代へ③

3 龍馬の見た海(2007年8月8日)

 朝食を済ませ、ホテルのフロントに荷物を預け、高知駅に行く。今日は桂浜~五大山と高知市内観光をして四万十市の中村に向かうことにしている。南国土佐の太陽は朝8時前にもかかわらず強烈だ。路面電車に乗って桟橋通五丁目行きの電車に乗る。OLさんや学生さんで座席はほぼ埋まっていたが、終点に向けて徐々に空いていき、桟橋通五丁目の駅で降り立ったのは私1人だった。この駅はすぐ目の前に船が見えるが高い防波堤に阻まれ海は見えない。桂浜への幹線道路がすぐそばを走っていて、そこで桂浜行きのバスを待つ。バスはすぐにやってきた。トンネルをくぐると浦戸湾沿いの住宅地を走る。高知の代表的な観光地である桂浜行きのバスだが、私のほかは数人のどう見ても観光客には見えないおばあさんだけ、高知の観光業界の先行きを案ずる。
 「まもなく終点、長浜営業所です」のアナウンスを聞いて心臓が止まりそうになる。しまった、桂浜と長浜を間違えてしまった。平静を装ってバスを降り人目につかないところでガイドブックの地図を見る。幸い長浜は桂浜に行く途中である、次のバスを待つか、たいした距離ではなさそうだからタクシーを拾ってもいい。待つほどなく桂浜行きのバスが来る、こちらは観光客で通路までぎっしりだった。案ずるのは高知の観光業界ではなく私のそそっかしさだった。間もなく、歓声が上がる。何事かと振り向いてみるとコバルトブルーの太平洋が広がっている。
 バスはヘアピンカーブの急な坂を登って降りると桂浜に着く。バスを降りるとまずは坂本龍馬象を見る。太平洋を見つめる龍馬、一体何が見えたのだろうか。明日の日本への希望か、それとも欧米列強に翻弄される立ち遅れた日本の姿か。彼にとって海とは運命的なつながりがある。土佐から剣術就業のため江戸に出た1953年、アメリカのペリーが浦賀に来航した。その後幕府の海軍操練所で航海術を学ぶ、その後に亀山社中、海援隊を結成し私設海軍、貿易会社として大活躍した。かれの活躍は近世から近代へと時代の変革の原動力になった1人であろう。私も海を見た、龍馬ほどの構想力も野心もない私だから、龍馬の生き様は本当に光り輝いてまぶしく見える。
 それにしても暑い。アイスクリンを食べ、土佐闘犬センターに行く。土佐犬の子犬のかわいいこと、まるでぬいぐるみである。それに比べると成犬の貫禄のあること、道端でばったり会うことは絶対に避けたい犬である。横綱としばらくの間柵越しの対面をして闘犬センターを後にする。さっきの山を登り、坂本龍馬博物館で坂本龍馬関係の資料を見る。最も感心したのが、龍馬の歩いた足跡を日本地図上に電光掲示で表したもので、土佐、江戸、京都、大阪、長州、長崎、薩摩・・・・交通機関が発達していない時代とは思えないほどの足跡を残している。

 桂浜からバスに乗り浦戸大橋を渡る。ずいぶん高い橋で眺めが素晴らしい。渡り終えると温室が並ぶ農業地帯になる。しばらく走ると五台山の細い道を登る。私は五台山の展望台から高知市外と浦戸湾の眺めを楽しみ、四国88箇所の31番札所の竹林寺を参拝した。白衣に傘をかぶったお遍路さんがたくさんいた。私と同じ位の年齢の女性のお遍路さんもいた。

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