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2008年2月の16件の記事

夜のドライブ

 このところのガソリンの高騰で、できるだけクルマには乗らないようにしてきたが、今夜はレンタルしていたDVDを返しに行くついでに、夜のドライブをしてきた。国道のバイパスを宇都宮方面に。金曜の夜のせいか、クルマが多かった。隣の市までバイパスを走って、山に向かう県道を走る。対向車はほとんどいなくなる。アクセルを少しだけ強く踏み込んで、ターボを利かせ、心地よい加速を味わう。もちろん事故を起こしたり、警察のご厄介にならない程度のスピードでだが。そんなドライブを1時間ほど楽しんで自宅近くまで戻ったが、まだ走り足りない気がして、今度は仙台方面に向かって少し走った。たまにはこんなドライブを楽しむのもいいだろう。

旅行(BlogPet)

きのうガーベラが、ゆずは旅行したかった。
それできのうガーベラが、足跡に改正したかったの♪
だけど、久しぶりを携帯したいなぁ。

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

サワッディー・カップ

 日曜の夕方、久しぶりにタイ式マッサージに行った。タイ出身の方のマッサージを受けながら、タイ語について少し教わってきた。台湾の次の海外旅行先にタイを考えているため、簡単な言葉は教わっておこうという魂胆である。
 まずは挨拶、これができないと人と会話するきっかけが得られない。こんにちははサワッディー・カップ(男性の場合)、サワッディー・カー(女性の場合)これは「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」いずれにも使える便利な言葉。サバーイディ・マイ、これは「お元気ですが」。サバーイディは「元気です」。「さようなら」はラー・コーン。なるほど、なるほど。問題は文字のほうで、タイの文字は私にとってあまりになじみが無いのでこれは難しそうだ。数字もタイの数字はアラビア数字とは異なるからこれは難問である。そんな調子なので、本当にタイの人と会話できるようになるのはいつのことやら。それにしても新しい言葉を覚えるのはなかなか難しいものです。

写真の追加のお知らせ

 「大阪・京都・神戸~私の三都物語」のフォトアルバムに写真を追加しました。2日目(京都)と3日目(神戸)の写真です。詳しくは。右側の「マイフォト」の一番下、「大阪・京都・神戸~私の三都物語」をご覧ください。

大阪・京都・神戸 私の三都物語 ⑥

【5 平清盛の夢の跡(下) 12月29日】

 1180年、皇族の以仁王が発した令旨が全国の源氏の一族に向けて発せられた。これに呼応して、伊豆で源頼朝が、木曾で源義仲が挙兵する。これをきっかけに全盛を誇っていた平氏政権は一気に滅亡へ向かうことになる。翌1181年、平清盛は「葬儀などは無用。頼朝の首を我が墓前に供えよ」と遺言を残しこの世を去った。その後、源義仲に都を追われた安徳天皇と兵士はここ須磨に陣を敷いて再び都を取り戻そうとした。一方、京都の統治に失敗した源義仲は源義経との戦いに敗れた。1184年、源義経は一の谷に構える平家を駆逐しようと戦いを挑もうとしていた。

 須磨浦公園駅に戻り、駅のすぐ西側にある敦盛塚(清盛の甥、敦盛の墓)にお参りし、一の谷の古戦場址に向かう。この駅の東側が一の谷の古戦場の址だと言われている。それにしてもここは天然の要塞である。南には大阪湾、しかも潮の早い明石海峡はすぐそこである。北には先ほど登った険しい山、東西に細長い平地である。海での戦いは平家の得意分野であるし、北側の山は乗り越えるのが困難な険しさ、東西の細長い平地を警戒すればいいのだから、守りやすい地形である。今はその細長い平地に、海側からJR山陽本線、国道2号線、山陽電鉄船が並走している。その間に松林があり、そこに一の谷の古戦場がある。ここから急な九十九折の石段を登り、一段高い住宅地に出ると安徳天皇の安在所跡がある。背後は山、海からは急な坂、完璧なはずの立地である。しかし、まさかが起こった。義経達は急な崖を駆け下りて平家を攻め、平家側は大混乱に陥り、海へ逃れた。それにしても幼くして天皇にされ、8歳で壇ノ浦に沈んだ安徳天皇は政争の第一の被害者であろう。せめてもの救いは、かつての安在所が地域の人たちの手できれいに整備されていることか。

 須磨浦公園駅からの電車は、6両編成に乗客は私のみ。駅ごとに乗客を乗せていく。板宿駅で地下鉄山手・西神線に乗り換え、西神中央を往復してから、新長田でさらに地下鉄海岸線に乗り換え和田岬で降りる。すぐ近くにはJR和田岬駅があるが、日中は列車の発着が無く廃駅のようだ。工業高校の脇を通ると運河を橋で渡る。このあたりがかつて清盛が海洋国家を目指して作った大輪田の泊の址である。現在でも港湾地帯になっており、倉庫などの建物が多い。その一角に清盛塚がある。ここは、清盛を祭って作られたもので、小高く土盛りされたところに石でできた供養等と清盛の像がある。晩年の象なのだろうか、優しそうで福福しい僧侶の姿をした清盛である。この場所こそ、清盛にとっては、海外貿易を活発化させる夢を託した場所である。今はこうして神戸の町と港の行く末を見守っている。
 その後、三宮に出て、ポートライナーに乗り未来的な町並みのポートアイランドを走り神戸空港に出た。ポートライナーは東京のゆりかもめや大阪のニューとラムと同じように軌道をゴムタイヤで走行する鉄道の一種である。騒音が少なく、勾配に強いメリットがある私にとって空港は楽しいところである。まだまだ飛行機に乗ることが特別なイベントだからであろう。真新しいターミナルビルを歩き、飛行機を見ながらコーヒーをゆっくりと飲んだ。再びポートライナーに乗って三宮に戻り、現在の神戸港を見に行く。みなと元町で地下鉄を降りる。既に陽は西に傾いている。港には客船や貨物船などがたくさん並んでいた。だんだん暗くなっていく。海は刻々と色を変え、やがて漆黒の闇の海となった。それに代わって船や街の明かりが美しい。周りはカップルや夫婦ばかりだが、私は気にしない。暮れゆく港を見ながら空想上の平清盛に話しかけていた。私「清盛さん、どうですか今の神戸は。あなたが託した海への夢は、今のこの町でしっかりと花開いていますよ。現在の日本は世界中の国々と貿易をしています。しかもこの町は戦争で焼け野原になっても、大地震でたくさんの人が犠牲になっても、また立ち上がりまた立ち上がろうとしていますよ。人間って本当にたくましいですね。夢を持ち、懸命に働く人たちがいる限りこの町はきっと栄え続けますよね、きっとそうですよね、清盛さん」
 空想上の平清盛が微笑んだような気がする。気がつけば周りには誰もいない。身体がすっかり冷えてしまった。ここから南京町は近い。紹興酒でも飲んで身体を温め、美味しい料理でも食べようと思う。まだ午後6時、夜はこれから長い。

海外旅行 (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 海外旅行
「海外(国外)に行った事がありますか?どこの国へどんな目的でどのぐらいの期間行きましたか?」
 私が行ったことがあるのは、台湾(中華民国)のみです。過去2回行ったことがあり、いずれも観光が目的でした。1回目は8日間、2回目は6日間でした。ちなみに、1996年の元旦は、台湾の台北市のホテルで迎え、2007年の元旦も台北市のホテルで迎えました。これまで訪れたのは、台北、基隆、大魯閣(タロコ)渓谷、高雄、台南、台中、鹿港などです。観光地めぐりも楽しいですし、夜市でリーズナブルに美味しいものも食べるのもいいです、鉄道好きには台湾の鉄道に乗るのも楽しいです。
  今後は、韓国、中国、タイ、ベトナム、インドなど行ってみたい国がたくさんあります。

世界のビールを飲む~Edelweiss(オーストリア)(BlogPet)

やえもんの「世界のビールを飲む~Edelweiss(オーストリア)」のまねしてかいてみるね

【原料】ヴァイス【種類】5パーセント【アルコール度数】...

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

世界のビールを飲む~Edelweiss(オーストリア)

Dsc05942

【種類】        ヴァイス
【アルコール度数】  5パーセント
【原料】        麦芽 ホップ 
【輸入業者】     Jena

 中学校の音楽の時間に、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を見た。なんて美しい国だろうと思った。その中でトラップ一家が歌った歌が「エーデルワイス」。エーデルワイスとは、ドイツ語(オーストリアもドイツ語圏)で「高貴な白」という意味らしい。このビールはとにかく香りが言い。そして適度な炭酸の刺激が心地よい。

どうせなら踊ってみましょう

 今日は聖バレンタインデー。日本では、女性から男性に愛、あるいは義理、場合によってはお情けを込めてチョコレートを贈る日となっていますが、意外とその起源は知られていないですよね。
 ローマ帝国の時代、2月14日は家庭と結婚の女神ユノの祝日でした。そして、同じローマ帝国の時代、兵士の婚姻を禁止した。愛する人を残しては戦場で命を惜しんで志気が下がると考えたからだろうか。しかし、キリスト教司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は秘密に兵士を結婚させた。彼が処刑されてのガ同じ2月14日。
 ちなみに、ヨーロッパでは贈り物をするのは女性からとは限らず、贈るものもチョコレートだけではなく、花やカード、ケーキを贈る場合があるそうです。
 ちなみにヨーロッパには3月14日のホワイトデーの習慣がありません。韓国にはホワイトデーがありますが、更に4月14日に、バレンタインデーでもホワイトデーでも何ももらえない男女が集まってジャジャ麺を食べるブラックデーというものもあるそうです。
 日本のバレンタインデーはお菓子屋さんの陰謀などとも言われますが、せっかくなので、年中行事として楽しんでみるのも言いかと思います。今年の私は義理が2つ、これでは本等のぎりぎりセーフだ。

大阪・京都・神戸 私の三都物語 ⑤

【5 平清盛の夢の跡(上) 12月29日】

 今日は平清盛と平家の人々の足跡をたどりながら神戸を歩いてみたいと思う。阪神電鉄梅田駅から普通列車で西へと進む。阪神電車に乗ったらぜひ普通列車に乗って欲しい。駅と駅の間が短い阪神電車では、普通列車の加減速性能を高めることが肝心である。軽やかな加速は特筆できるものである。武庫川駅で列車を降りる。この駅はその名の通り武庫川に架かっている橋の上にプラットフォームがある。その川向こうの土手の下に婿が和戦の乗り場がある。2両編成の電車に乗り込むと小さな駅を2つ過ぎると終点の武庫川団地前駅に着く。わずか1.7キロメートルのミニトリップであるが、これで阪神本線、似審査河川を含めて阪神電鉄線は全て乗ったことになる。大手私鉄では、関東地方の京浜急行、相模鉄道に次いで3社目になる。
 武庫川団地前駅付近は高層アパートなどもある住宅地で、駅前にあるスーパーマーケットは既に開いて買い物客がいた。駅前を少し歩いて折り返しの電車に乗る。再び武庫川駅に戻り、更に西に進む。阪神沿線は工業地帯と住宅街、商業地域が混在していて、おおむね庶民的な雰囲気の地域が多いが、香枦園駅周辺や芦屋駅周辺は落ち着いた高級住宅地になっている。神戸の市街地に入ると地下に入り、神戸の商業の中心三ノ宮駅、南京町が近い元町駅を過ぎると、会社名が神戸高速鉄道に変わる。市街中心部西端近い新開地駅で降り、有馬温泉行き電車に乗り換えて湊川駅で降りる。
 湊川駅を出ると、広い公園がある。この公園を湊川公園という。このあたりが、平清盛が1180年に造営しようとした福原京の跡地である。清盛は、宋(当時の中国の国号)との貿易拡大、そのための海洋国家作りを目指していた。それだけ貿易による利益が大きかったのだろう。そのため、貿易の拠点として大輪田の泊を整備し、政治の中心を大輪田の泊を見下ろす福原に移転しようとした。しかし、1180年6月に安徳天皇が福原に入り、同年11月には安徳天皇が平安京に戻っているから、わずか半年ばかりの都だし、あまりにも長い時間がたってしまった。当時を偲ばせるものは何一つ残っていなかった。僅かに地名だけが福原町といったが、そこは繁華街になっていて、朝から風俗店の客引きがいた。「お兄さん、いい娘がいますよ」などといわれても、こちらは清盛を偲びながら歩いていたのだから気分がぶち壊しだ。その後、湊川神社まで歩く。ここは清盛の時代から150年後、南北朝時代の初期、北朝(室町幕府)側の足利尊氏と南朝(後醍醐天皇)側の楠木正成の間で湊川の戦が行われた。楠木正成は戦死したが、後に彼を祀る神社として、湊川神社が建てられた。この神社の一角に水戸黄門こと徳川光圀の像がある。彼が編集した「大日本記」の中で、楠木正成を中心の代表として取り上げた縁だろう。
 高速神戸駅から須磨浦公園行きの電車に乗る。西代から山陽電鉄線になる。地上に出ると神戸郊外の住宅地になり、やがて北に山、南に海が迫ると須磨浦公園駅に着く。ここは古くから知られた景勝地で、源平の戦いの一の谷の古戦場がある。まず、上から眺めてみたいと思い、駅から出ているロープウエィに乗る。ぐんぐん上に上がるにつれて、海岸や遠く神戸市街地まで見えてきてなかなかの絶景であったが、ロープウエィを降りて、古めかしいレストハウスでジュークボックスなどをいじっているうちに霧が出てきた。眺望は望めそうも無いが、せっかく一番奥までの往復切符を買ったので、乗り物を楽しむことにする。次の乗り物はカーレーターといい、公園にあるローラー式の滑り台の上を果物や野菜を入れる籠に椅子を取り付けたような物に乗って山を登っていく。上下にがたがたと揺れて乗り心地は良くないが、私はこのような乗り物に乗るのは初めてなのでとても楽しい。その次は、谷の向こう側にある遊園地までのリフトである。今日はすこぶる客が少ないらしく、ロールウエィは私の他には男性2人組、カーレーターに乗ったのは私だけで、そのため、私を乗せる為に全ての籠を動かした。リフトも、私のためだけにモータを入れた。古めかしいリフトは、今やスキー場でも珍しいシングルリフト(1人乗り)である。たいていのスキー場では、ペアリフト(2人乗り)やクワッドリフト(4人乗り)である。私はスノーボードをやるから、リフトには乗りなれているが、リフトで山を下りた経験は無い。前につんのめって落下しそうで怖い、リフトの棒をもつ手に力が入る。中央部を過ぎるとリフトは上昇をして、遊園地に付く。サイクルモノレールや、ミニカーなどが人待ち顔で佇んでいる。これは懐かしい。私が小学生の頃行った、昭和時代の遊園地である。最近このような施設はディズニーランドやユニバーサルスタジオなどのテーマパークに押されて全国的に苦戦しているというが、ここではどっこい生きていた。

改正(BlogPet)

きのうやえもんと、改正すればよかった?

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

携帯電話騒動

 昨日、両親が携帯電話を購入したいというので、携帯電話のお店まで付き添って行った。父は以前携帯電話を保有していたことがあったが、ほとんど活用することは無く解約、母は生まれて始めての携帯電話保有である。2006年3月現在の携帯電話普及率(世帯別・総理府調査)では86.8%だから、ずいぶん遅い。そういう私も携帯電話購入は1999年7月、この時点での普及率は70パーセント近くだからやっぱり遅い部類に入ることになる。母はともかく、父は料金プランなどについて店員の説明が良く理解できなかった様子。それでも、初老に差し掛かった両親が嬉々として機種を選んで、なんと同じ機種の色違いで購入しようとしているのには驚いた。(結局在庫が無く違う機種になったが)
 家に帰ると、電話帳に良く使う番号を登録し、携帯電話操作法講座を開く。まずは電源の入れ方からの講習になる。今日は電源の入れ方、切り方。電話帳からのかけ方、電話帳に無い人へのかけ方、電話の受け方、マナーモードの設定・解除の仕方を教えた。その後であるは、私の両親は夜まで電話機を弄り回し、バッテリー切れで使用不能になってしまったそうだ。そう言えば充電の仕方を教えてなかった。

青い流れ星よ、永遠に

 JRグループは3月15日(土)にダイヤ改正を行う。ダイヤ改正といえば、新しい列車が登場したり、スピードアップをしたりと華やかな話題が多いが、今回もブルートレインの削減の嵐はやまない。今回廃止になる列車は、寝台特急「あかつき」京都・大阪~博多・長崎、寝台特急「なは」京都・大阪~博多・熊本、寝台急行「銀河」東京・横浜~京都・大阪、寝台特急「日本海」2大阪・京都~秋田・青森(2往復のうち1往復)、寝台特急「北斗星」上野・仙台~函館・札幌(2往復のうち1往復)。以上の列車が廃止となる。
 私にとってブルートレイン初体験は、1998年、札幌から乗った「北斗星」であった。揺れは少々気になったものの、津軽海峡線の車窓から見た函館の町明かりは、旅の終わりを象徴するようで胸が締め付けられるような切ない気持ちになった。次が2002年8月の寝台特急「さくら」(既に廃止)ロビーカーで天草に帰るというお母さんとビールを飲みながら深夜まで話し込んだ。広島を過ぎて、宮島が見えたときには、ずいぶん遠くまで来たのだなと思った。長崎着は昼過ぎ、ずいぶん遅い列車だが、「はるばる来たぜ」という気持ちになった。その次が2003年3月の寝台急行「銀河」夜の東海道線は物流の大動脈、次々に行き交う貨物列車を見ながら、旅への興奮で眠れない夜を過ごしていた。次が2004年12月の寝台特急「あさかぜ」(既に廃止)、個室寝台の照明を消して、車窓を流れる町明かりを見ていると、なんだか銀河鉄道の旅をしているような不思議な気分になった。
 ブルートレインは、新幹線、航空機、高速バスなどのライバルとなる交通機関が増え、かつての地方距離移動の主役から転落した。私がブルートレインに乗るようになった時代には、既に利用率の悪い列車を廃止する縮小均衡と、食堂車などのサービスをカットする時代になっていた。それでも、ブルートレインで迎える夜と朝の素晴らしさを味わうために、ブルートレインを選ぶ旅人も多かった。しかし、ブルートレインの車両の老朽化も進み、速度の遅い列車が入ることで、他の列車の足も引っ張ることになってしまった。おそらく、ブルートレインの退潮傾向は当分泊まることは無いだろう。それでも、今後も走り続けるブルートレインを愛していきたい。

集合した(BlogPet)

やえもんと、集合した。

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

大阪・京都・神戸 私の三都物語 ④

【4 雨の洛北 12月28日】

 出町柳から、鞍馬や比叡山方面に行く叡山電鉄は、少し小ぶりの電車を走らせている。狭い出町柳駅の構内は、色とりどりのかわいらしい電車が発着していた。相変わらず雨は一向にやむ気配がない。しかし、この時期の福島ならたとえ雨だとしても詰めたい氷のような雨が降るのだが、京都の雨はコート要らずの温かい雨だ。今度の鞍馬行き電車は、車体の上部を朱色、下部をアイボリーに塗り分けた電車で、窓も大きい上に、他の電車なら網棚になっている部分に小さな窓があり、斜め上の景色も見ることができるようになっている。出町柳駅を発車するとしばらくの間は住宅と京都大学、京都繊維工芸大学などがある学園地帯になっている。木野を過ぎると本格的な登りにかかる。鞍馬線のイメージは観光路線であったが、以外にも地元の人の利用が多い。二軒茶屋を過ぎると本格的な山岳路線の雰囲気になってきた。美しい杉林と清流の間を電車は走る。終点の鞍馬駅の駅前には大きな天狗のオブジェがあった。鞍馬山には鞍馬天狗がいたという伝承が残っている。
 雨のせいか、それとも年末のせいか、駅前の土産物屋にはほとんど人がいなかった。蔵まで蘭山門を入ると間もなく右側に建物があって、ここがケーブルカー乗り場になっている。もちろん歩いて上がっても良いが、今日は雨だし、ケーブルカーの力を借りて登ることにする。鞍馬寺は平治の乱で敗れた源義朝の子、義経が少年時代に預けられていた寺である。鞍馬寺は今日から近いが、当時は宗教勢力が強く、鞍馬寺にはたくさんの僧兵がいたということで、さしもの平清盛も手が出せなかったのであろう。
 100円を払って小さなケーブルカーに乗り込む。乗務員は作務衣を着たお坊さんだ。小さいながらも急な坂をぐんぐん上っていく。終点に着くと、ベビーカーを押したお母さんの手伝いをしたりとなかなか忙しい。多宝塔を見て、いよいよ本殿へ向かう。こちら側の参道は傾斜もゆるく歩きやすい。立派な本殿を参拝する。この奥には木の根道とよばれる山道があり、奥の院や貴船神社へと行くことができるが、相変わらずの雨で、断念する。今日は断念ばかりだが、ひとまずここまで来れただけで満足する。義経はこの寺にいる間に武芸と学問を磨き、その後の源平の合戦へ向けて飛躍のときを待つことになる。
 帰りはケーブルカーを使わないで、九十九折の石段を降りることにする。12月なのに、石段の両側の杉の木の緑が美しい。山門近くまで降りると小さな滝があり、そこに立て看板があった。そこにはこう書かれていた「この滝で滝行をしないでください」。

 駅付近の土産物屋さんはあまりに人がいなく、うっかり入ったら何か買わなければ出られなくなりそうだったので、敬遠して、ふたたび叡山電鉄に乗り出町柳駅に戻ることにする。向かい側のシートに座ったおばあさんの3人組はとてもにぎやかだった。それでも、それまでが余りに静かすぎたから、なんだか楽しげで良い。
 出町柳駅前は、ちょうど賀茂川と高野川がY字状に合流するところである。その合流地点すぐにあるのが下鴨神社である。ここまでなら雨が降っていてもさほど苦労せずに行くことができる。高野川に沿ってしばらく歩き、橋を渡るも間もなく糺の森とよばれる森がある。神社の周囲の樹木といえば、針葉樹を思い浮かべる方が多いと思われるが、ここは広葉樹が主体である。ひょっとしたら、平安京ができる以前の京都の森林が残っているの
かも知れない。僅かに効用が残っている木もある。広い森を抜けて参拝を済ませる。初詣の準備なのだろう、布で覆われていて本殿の様子は良く見えなかった。
 出町柳駅から京阪本線の特急列車で大阪に帰る。京阪電鉄はサービス精神旺盛な会社で、特急列車にテレビ月の車両を走らせたり、2階建ての車両に特別料金無しで乗れたりする。テレビは、今では携帯電話でも見られるが、京阪電鉄にテレビカーが登場したのは1954年(昭和29年)だから、テレビがある家庭が珍しかった頃である。私はテレビを見ているより車窓を見ているほうが楽しいから、2階建て車に乗る。東福寺でJR奈良線の電車と併走した。淀、樟葉付近までは良く覚えていたが、枚方市、寝屋川市付近は夢の中であった。気がついたら、もう天満橋駅の手前だった。ここで特急を降りて、地下鉄で梅田に出た。夜は曽根崎を歩き回った。店を物色しながら歩くのはとても楽しかった。

ある日の教室

 今週の私は1週間を通じて風邪気味で体調が今ひとつだった。そんな私を見て心優しい生徒達は、私の額に手を当てて「少し熱があるようだよ」と教えてくれたり、体温計を用意してくれたり、他に教室に用事があるときに代わりに行ってきてくれたり、なんだか私はとても嬉しいやら、情けないやら妙な気持ちです。普段は私のとてもじゃないけど面白いとはいえない冗談に冷たい言葉を浴びせるのに、いざとなったら、こんなに優しくなれるものだなと改めて感心しました。それにしても、風邪が流行ると学級内で真っ先に風邪をひいてしまうのは何とかzしなければ。世の中の流行には無頓着なほうですが、風邪の流行だけは最先端を突っ走っている私でした。皆様もどうぞ風邪にはお気をつけください。

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