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今、彼女の脳裏によぎるものは?

 連合赤軍事件の主犯格で、1993年に死刑が確定している永田洋子が危篤になった。永田は1971年から1972年にかけての連合赤軍事件で、千葉県印旛沼での同士2名の殺害事件、群馬県榛名山、迦葉山、妙義山の山岳ベースでの同士12名の殺害事件の主犯格とされている。(永田らは、それ以前にも交番襲撃事件や、栃木県の猟銃店の襲撃事件を起こしている)
 彼らの事件でとくに凄惨なのは山岳ベースの事件である。永田洋子、坂口弘らの革命左派と森恒夫、坂東国男らの赤軍派が警察の摘発により追い詰められて連合赤軍を結成したのが1971年の12月、それから間もなく、強い革命戦士を作り上げるという名目で「総括」が始まった。本来総括とは、自己批判とメンバーの相互批判をすることによりこれまでの活動の反省をして、各自の意識を高める為のものであったが、連合赤軍では、暴力を用いるようになった。この暴力はエスカレートし、過去少しでもミスのあったもの、例えば、逮捕された時に警察官の取調べに応じたとか、任務の途中で銭湯に行ったとか、クルマを運転中に脱輪をしたとか、そんな理由で激しい暴力を受け、群馬県の真冬の山中に縛られ、放置されたり、アイスピックで胸を刺されたりした。1山岳ベースで殺害された12名のうち、女性は4名。この4名についてはとくに凄惨であった。ある女性兵士には、自分の顔を自分で殴るように強制し、血だらけになり、腫れ上がった顔を鏡で見せたこともあった。妊娠8ヶ月の兵士にも些細な理由で総括の対象にして、寒い屋外に放置し、死に至らしめた。そういう意味では、胎内の胎児を含め山岳ベースでの犠牲者は13名といっていいのかもしれない。
 1972年2月17日、森と永田は逮捕。残りの9名のうち4名は国鉄軽井沢駅で逮捕、さらに残る5名があさま山荘事件を起こした。
 永田は逮捕されて間もなく体調を崩す。長い間原因は不明だったが、後に脳腫瘍だとわかった。後に手術を受けるが、その後も症状が再発して、近年は寝たきりで、記憶障害も併発しているようだ。死を前にした今、彼女の脳裏によりるものは一体何であろうか。もちろん、反省したからといって決して許されるものではない罪を犯したのだが。

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