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2008年12月の17件の記事

さようなら

今年も残すところ90分ほど、皆様にとってどのような1年でしたか?
私にとっては、曇り一時小雨といったところでしょうか。一番よかったことは、そこそこ健康に過ごせたこと。悪いことは今夜のうちに忘れます。来年は少しだけ晴れ間も見えればいいなあと思います。
このブログを見てくださった皆様、本当にありがとうございました。皆様のご健康をお祈り申し上げます。そして、さようなら2008年!

日本人悪くはないね

今テレビニュースを見ていたら、職や家を失った人のために炊き出しのボランティアをしている人のことを取り上げていた。昨今の急激な景気悪化で寒空の下に放り出された人がたくさんいる。そのような人に炊き出しをして大晦日の夜を一緒に過ごそうとする人がいる。日本人にもまだまだ暖かい心を持った人がいることを頼もしく思います。

旅とは何ぞや

私たちは毎日自宅から同じ道を歩いて、同じ駅から電車に乗って、同じ道を車で走って、同じ職場に行って、同じ学校に行っている。時計の振り子のように同じところを行ったり来たりしている。そんな生活に大きな不満はないけれど、いつの間にか気持ちが煮詰まってくる。そんな時は旅に出る。振り子のような日常生活を破って、非日常の世界に飛び込んで行く。中学生のころは、休日自転車に乗って遠くに行った。今は行き先が遠くなり、内容も贅沢になったけれど、旅に出る理由は同じ気がする。

旅に出ます

 福島では雪がしんしんと降っています、この冬初めての本格的な雪です。きれいだなと思いながら外を見ていました。早いもので12月26日になりました。私もなんとか今年の仕事を終え、今年最後のお楽しみの旅行に出発できるようになりました。これから出発します。みなさまもどうぞ楽しい年末年始をお過ごしください。

 追伸
 8月の青森への旅行と、10~11月の新選組の足跡をたどる小旅行の写真を掲載しました。右側の「マイフォト」の下2つの写真、またはタイトルをクリックしてください。フォトアルバムを見ることができます。

会津・多摩・江戸~新選組の足跡をたどる ④

【江戸 11月3日】

 次に訪れるのは、近藤が師範を勤める剣術の道場「試衛館」である。試衛館は地下鉄大江戸線の牛込柳町駅の近くにある。万願寺駅からは高幡不動駅で京王線乗換えで、新宿経由が早いのだが、モノレールからの眺めがいいので、多摩センター駅までそのまま乗っていくことにする。高幡不動からは急な傾斜になる。中央大学・明星大学からは下りになり、目の前に広々とした視界が広がる。新宿からは地下鉄大江戸線に乗り、都庁前で両国方面行きに乗り換え、牛込柳町で下りる。今まで牛込柳町がどんなところかまったく想像がつかなかったが、ちょうどすり鉢の底のようなところに住宅と商店が密集しているところだった。
 試衛館の場所は地図であらかじめ場所のめぼしをつけておいた。牛込柳町駅から少し飯田橋方面に進み、病院のところを右に入ったところにあった。「試衛館跡」の標柱と簡単な説明があった。現在はアパートと駐車場になっている。私はすべての歴史遺産を保存しろなどとは言うつもりはない、試衛館跡が他の建物になってしまうのはしょうがないだろう。しかし、説明版の下がごみ集積所になっていることは許せない。そんなに歴史遺産を粗末に扱うのならいっそ標柱や説明版などを撤去してしまったほうがいい。
 頭にきたので、冷静になるためにルートを変更し、地下鉄新宿線の曙橋駅に向かう。牛込柳町から坂を上り、防衛庁の敷地を横目に見ると曙橋駅に着く。ここから地下鉄に乗り、神保町で三田線に乗り換える。
 新板橋駅に下りたときには、既に太陽は西に沈みかけていた。埼京線の踏切を越えると近藤勇の墓がある。流山で捕まった近藤は、ここ板橋宿で罪人として処刑された。無慈悲にも侍として栄誉のある切腹が認められなかった。後にかつての同士である永倉新八によってここに墓が作られた。私がいる間にも数人の人がやってきて手を合わせていった。新選組の隊士たちが活躍した時代から150年が経とうとしている。本当の武士よりも武士らしく、幕末の動乱の時代を駆け抜けた新選組の侍たち、彼らの活躍はこれから先も語り継がれるだろう。

会津・多摩・江戸~新選組の足跡をたどる③

【11月3日 日野】

 日野は五街道の1つ甲州街道の宿場町である。甲州街道は江戸の日本橋から内藤新宿(現在の新宿)、高井戸、国領(調布市)、府中、日野、八王子を経て甲府、下諏訪まで達する街道である。ここ日野にも宿場町の施設として本陣や脇本陣が置かれた。日野駅からまっすぐ続く道がかつての甲州街道である。
 かつての宿場町は今ではアスファルトの道路になってしまったが、道は狭い。かつての宿場町の中心部であった高札場跡(法令などを掲示した立て札、町の中心部におかれた)は図書館になっており、記念碑が残っていた。その近くには小さな資料館が残っており、当時の宿場の様子について展示されていた。
 日野宿には本陣が残っている。ここの幕末の主が佐藤彦五郎である。彼は武芸に熱心で、屋敷内に道場を作ってしまったほどであり、近藤周助(近藤勇の義父)の門人となった。後に周助の代理として勇が江戸から出稽古にやってくるようになる。また彼は土方歳三の姉と結婚して、土方は自分の兄よりも彦五郎を慕っていて、しばしばここを訪れていた。ここもおじさんが説明についてくださった。嬉しいことに、ここは当時の建物がほぼ完全な形で残っている。さすがに本陣だけあって建物の作りも立派である。玄関から入ってすぐの部屋が、近藤が出稽古に来たときなど休んだ部屋だそうだ。もちろん畳は何度も取り替えられているだろうが
150年のときを越えて、目の前に近藤の姿が見えたような気がした。また、この家の建築には大石鍬次郎も関わっていたそうで、不思議な縁である。ここにも当時の生活を偲ばせる物が残っており、ざるそばの蒸篭があった。これを見ているうちにそばが食べたくなった。
 日野駅のそばに宝泉寺という寺があり、そこに幹部の一人である井上源三郎の墓がある。彼は新選ぶ組が屯所とした京都の八木家の人の証言によると、無口だが温厚で、人望が厚かったという。後年大きな組織になった新選組であるが、決して近藤や土方だけの力では回らなかったのであろう。
 日野から中央線で立川に戻り、モノレールに乗り換え2つ目の万願寺で降りる。ここは土方歳三の出身地である石田である。おそらく、近年まで農業地帯であったのだろう。割と新しい家が多い。土方家はここ石田の豪農であった。農業の収入の他に、石田散薬という薬の製造、販売で大きな利益を上げていた。そのためか、石田のあちこちに土方家があるが、そのほとんどが立派な屋敷である。土方の生家は数年前に改築されて、現在は真新しい現代的な住宅になっている。その後、石田寺に行き、墓の前で手を合わせた。石田寺の近くにはとうかんの森という小さな森があり、その真ん中に小さな稲荷神社がある。ここだけが土方が生きた時代の面影を残していた。

気力は授業した(BlogPet)

きのう、気力は授業した?

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

クリスマスソング!

 私の中学校時代の音楽の先生はとても授業のうまい人だった。私は歌えば音痴、楽器もだめと音楽教師泣かせの生徒であったが、音楽の授業自体は好きであった。ある音楽の時間、長調と短調の違いを説明するのに、「赤い靴はいてた女の子」を長調で弾いてみたり、「軍艦マーチ」を短調で引いてみたりした。そうするとあら不思議、「赤い靴はいてた女の子」は悲しい歌のはずなのに、なんだか底抜けに明るいと言うか、病的に明るく、ヤバい雰囲気の曲になる。一方「軍艦マーチ」は、ぜんぜん勇ましくない、むしろ沈没直前という感じで、悲壮感漂う曲に変わります。
 さて、下のリンクの動画は、クリスマスソングを短調で弾いたものです。クリスマス前に憂鬱な気持ちになるかもしれませんが、もしそれでもいいという方はどうぞ。

 http://jp.youtube.com/watch?v=J6H2Qs-LfmE

会津・多摩・江戸~新選組の足跡をたどる ②

【11月3日 調布】

 午前5時前の中央線電車は、眠そうな乗客がぱらぱらとまばらに座っている。私は福島から夜行バスで来たので、寝不足である。電車が新宿に着くとあっという間に席が埋まり、つり革につかまる乗客も増えた、そして車内がたちまちアルコールの匂いで充満した。
 午前6時前の三鷹駅、朝のさわやかな空気に包まれた。車返団地行きの始発バスまではまだ1時間近くある
そのうち30分を朝食時間、のこりを駅前をぶらぶら歩く時間にあてた。
 6時30分を過ぎるとバスの発着が増える。路線バスはどこに行っても同じように思えるけれど、以外と地域差がある。私が気づいたのは、来るバスがすべてノンステップバスであることであった。私が住む福島ではまだまだ高い2段のステップ付きのバスが多い。

 車返団地行きの始発バスは三鷹市南部の住宅地を走る。このバスの沿線は面白いものが多い、ひとつは富士重工の東京事業所、それから、国際基督教大学、ルーテル学院大学、東京神学大学とキリスト教関係の大学が並んで立地している。そのほかにも、野川公園と調布飛行場がある。
 住宅の密度がだんだん低くなった。東京のごく近郊の住宅地とは思えない。地図を見るとわかるが、ここはJR中央線と京王電鉄京王線との間が最も離れた地域で、東京近郊の割には交通の便に恵まれない地域である。そのため乱開発を免れたのではないかと思う。
 竜源寺前でバスを降りる。そのままバスの進行方向に少し歩くと近藤勇の生家跡がある。建物は戦時中に調布飛行場の工事のために壊されてしまい、わずかに井戸だけが残る。周囲には緑が多い。かつて多摩は武蔵野の森が広がっていたが、そのなごりをとどめることころはそんなに多くないだろう。近藤勇が葬られた竜源寺に行ってみる。山門前の大きなイチョウの木が少しだけ黄色くなりかけていた。近藤の墓の前で手を合わせる。会津の武士もそうだが、主への忠誠心と武士への誇りをかけて戦ったその姿は、現在の私たちにとってあまりにも鮮烈な印象を与える。とくに新選組隊士は、生まれつきの武士以上に武士らしくありたいと言う思いが強かったのだろう。だから今でも多くの人をひきつけるのであろう。

 まだ8時前で時間がある。調布飛行場まで歩いていって、伊豆諸島行きのドルニエ228という19人乗りのかわいらしい飛行機を見た。かつては陸軍の航空基地であり、近くに富士重工の工場があるのは、富士重工が元々は中島飛行機といい、戦闘機などを製造するメーカーであったなごりである。近くの公園には戦闘機などを格納したコンクリートのドーム状の建物も残っていた。再びバスに乗り、三鷹駅に戻った。三鷹駅から日野駅まで中央線の電車に乗った。立川を過ぎ、多摩川を渡ると景色が広々として気持ちが良かった。

変化(BlogPet)

きょうガーベラは不注意みたいな話♪
それでガーベラは変化したいです。
でも、ゆずと留守番された!
それでうたたんは半ぶりは検定したよ♪
でも、きょうは、新選組とか連想しないです。

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

今年の漢字は「変」

 漢字能力検定協会が選んだ今年の漢字は「変」であった。確かに今年は変化、大変なこと、天変地異が多かった。
 変化といえばアメリカのオバマ次期大統領、アメリカ史上初の黒人大統領。選挙期間中はさかんに「chenge」を訴えていた。「明るいナショナル」の松下電器産業が社名をパナソニックに変更した。
 大変なこと、アメリカのサブプライムローン問題を発端とする世界的な不況。リーマンブラザースの経営破たん、これからまだまだ大型倒産は続きそう。光が見えるのは一体いつになるのか。オリンピックを行い、経済大国として躍進しようとしている中国、しかし春先からのチベットでの暴動など、民族問題、人権問題など根深いことを改めて実感した、本気で対処しないともっと大変なるだろう。アフリカのジンバブエではムガベ大統領の経済政策の失敗もあり、歴史的なハーパーインフレが。8月に10桁を切り下げるデノミを行ったが、すでにブラックマーケットではデノミ前の水準までジンバブエドルが下落しているそうです。買い物はトランク一杯に札束を詰め込んで、「見ろ、札束がごみのようだ」というのは秋までの事態で、今では外貨を持っていないと物を売ってくれないという話も聞きました。
 天変地異は中国の四川省の大地震、学校の校舎の倒壊で多くの児童生徒が亡くなりました。地震以前から校舎内を走ることを禁じていたとか、沿岸部の経済成長で稼いだお金は一体どこに言ってしまったのでしょうか。
 来年はもっと明るい話題が多くなることを願っています。

デザイン変更しました

 およそ1年半ぶりにブログのデザインを変更しました。今まで使っていたデザインは富士重工(スバル)が提供していたデザインで、大自然を疾走する車のイメージのデザインでした。これはなかなか気に入っていて、それまで季節ごとにデザインを変えていましたが、1年半の異例の長期間使っていましたが、そろそろ気分を一新したくなりこのデザインに変えました。今度のデザインは雪山です。どうぞ引き続きよろしくお願いします。

留守番しなかった(BlogPet)

きょうは、留守番しなかった。

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

日記

 私がブログを書いているという話を他人にすると、たいていの人は「面倒じゃないの」という。しかし、私はブログを更新するのを面倒だと思ったことはほとんどない。むしろ楽しいのである。私のような凡夫にもそれなりの重いがあるし、色々はなしたいことがある。それを日本の各地の人がこのブログを読んでくれる、そして時にはコメントをしてくれる。私はますます張り切ってブログを書く。
 私は決してうまい文章が書けるわけではないが、文章を書くことは大好きだった。小学校の国語の時間、子ども立ちにとって作文の時間ほど嫌なものはないだろう。ところが私は作文の時間が大好きだった。先生からの評価は決して高くはなかったが、私は嬉々として作文を書いていた。19歳からは日記を書き始めた。自分の思い、学業の悩み、将来の不安、恋愛のこと、町で見かけたこと、読んだ本の書評、たいした内容ではなかったが、とにかくほぼ毎日、たった数行であったが、寝る前の十分ほど日記帳に向かう時間は私にとってとても楽しい時間であった。この日記は26に結婚する直前まで続いた。結婚するときに処分をして、その後日記を書くことはなくなった。もし今でも持っていたら赤面するような恥ずかしいこともたくさん書いてあるだろう。私は手先も不器用であるが、それ以上に人付き合いや物事の進め方においても不器用なほうだから、他の人なら多分こんなことで悩まないだろうなと言うことでも悩んでいた。私の日記の3割が悩んだ話、残れ3割が恋愛の話だった気がする。
 2002年に離婚し、その後SNSやブログなどネットを使ったコミュニケーションが盛んになった。文章を書くことに抵抗を少なかった私は、ブログが普及してくるとためらうことなく飛びついた。2005年1月2日は、このブログがスタートした記念すべき日になった。このブログをはじめるにあたっては、りっちさんのブログを大いに参考した。りっちさんは健康問題などがあり、残念ながら私がブログを始めて間もなく更新が滞るようになってしまったが、このブログをはじめるにあたって色々なことを教えていただいて感謝しています。
 私はこれから先も悩みながら生きていくだろう。そしてこれから先もこのブログを続けていくだろう。このブログを通じて知り合った人も何人かいる。この出会いを大切にしたい。どうぞこれから先もどうぞよろしくお願いします。できるだけ読む人が楽しめるブログになるように頑張ります。

手紙

 今年色々な曲を聴いたけれど、1度聞いただけで「ああ、いいな」と思った曲はそうはない。その数少ない「ああ、いいな」のひとつが、アンジェラ・アキの「手紙~拝啓十五の君へ~」である。私の十五の頃こうだったな、そして今の自分にも通じるところがある、そんな私の気持ちにフィットした歌詞である。
 最近の私はそうでもないが、かつての私はかなり筆まめだった。高校生から25歳くらいまでは、手紙を書くことが私の大きな楽しみだった。相手はその当時好きな女性、たいした内容の手紙ではなく、自分の近況を伝え相手の近況を尋ねる内容であった。幸い相手の人も手紙を書くことが嫌いではなかったようで、関係がうまくいっている間は月に2~3回は手紙のやり取りをしていた。私を知っている人なら、私をおしゃべりで冗談好きな人間のように思うかもしれないが、私自身は話すことはあまり得意ではないほうだし、冗談を言うのも、実は緊張している自分をほぐすためだったりする。本当にリラックスしているところではまず冗談を言うことがないのである。ところが手紙なら、自分の気持ちを素直に書くことができた。手紙でのやり取りだから、当然日数もかかる、返事が来るまでの数日間、どきどきしながら過ごすのも悪くないものであった。返事が来たらわくわくしながら封を開け、ていねいに書かれた文字を読む、その一瞬と言ったら天にも昇る気持ちであった。
 最近はパソコンや携帯電話が普及し、手紙でお互いの気持ちを伝えあう人は少なくなってしまったかもしれません。電話のようにすぐに帰ってくるわけでもない。メールのように写真や動画を添付できるわけでもない。時間はかかるし、手書きで書くのは面倒かもしれない。それでもきっと手紙でしか伝えられない気持ちはあると思います。これから恋愛をたくさん経験する若い方には、一度手紙と言う方法をおすすめします。
 そして私も、ずっとドキドキしながらポストに手紙を入れることは絶えて久しいですが、またそんな気持ちになれたらいいなと思っています

私の年末年始

 今年も残すところ4週間、だいぶ残り少なくなってまいりました。今年は曜日の配列がいいため、年末年始ゆっくり休めそうです。私は年末に旅に出ます。今からチケットを見ながらニヤニヤしています。皆さんはどんな年末を過ごす予定ですか。

ひかりよ、永遠に(BlogPet)

やえもんの「ひかりよ、永遠に」のまねしてかいてみるね

あなたは新幹線車両といえばどんなものを連想しますか?たぶん30代以上の人なら、...

*このエントリは、ブログペットの「ガーベラ」が書きました。

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