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ラジコンパトカーと2000円札

 人に運のいい人がいれば運の悪い人がいるように、物にも運のいい物と悪い物があるような気がする。そんなことを思ったのは20年以上前、私が中学生のときであった。
 その当時、下の弟は小学校の高学年であった。何の拍子であったかは忘れたが、彼がラジコンが欲しいと行ったことがある。私は男ばかりの3人兄弟であったが、長男の私は親に物をねだることはほとんどなかったが、2人の弟はよくあった。それからしばらくして、父がなにやら大きな包みを抱えて仕事から帰ってきた。弟は大喜び、夕食の前にその包みを開けてみることにした。包み紙をがさがさと開けたとたん、弟の表情は喜びと期待の表情から失望と怒りの表情に、そして私は心の中で「やっちまった」と叫んだ。弟がどんなラジコンを欲しがっていたのかは覚えていないが、少なくとも家族の目の前にあるちゃちなパトカーのラジコンでないことだけは明らかだった。幸せ家族の風景は一転、弟と父の修羅場になった。それを見ていた私は、妙なことを考えていた。せっかくの好意がこんな結果になった父がかわいそうだと思ったが、このラジコンがたまらなく哀れに思えてきた。ラジコンは人を喜ばすために生まれてきたもので、コミュニケーション能力の低い家庭にやってきたばかりにつらい目にあったのはお前のせいじゃないよと言いたくなった。そのラジコンのその後の運命は知らない。少なくとも、弟は一度もそのラジコンを触ることがなかったことは確かである。

 それから十数年して、ミレニアムなんて言葉が流行語になる頃、もうひとつ運の悪い物がこの世に生を受けた。2000円札である。2000年7月に、九州・沖縄サミットを記念して2000円札は発行された。発行当初から不遇であった。2000円札の生みの親である小渕元総理はその2ヶ月前に故人となっていた。また、自動販売機やATMへの対応にお金がかかることもあって、発行されたもののあまり流通することはなかった。テレビ番組で市民や有識者などにインタビューをすると、その評価は散々で、2000円札はきっと真っ暗な銀行の金庫の奥で「生まれてきてごめんなさい」と涙を流しているように私には思えた。お金は人から人へと渡って、手垢がついてこそ本望だろう。しかし、私がこれまで見た2000円札は、ほぼ新札同然であった。少しでも使われて汚してやりたい、そう思って、毎年夏に2万円分を2000円札で銀行から払い戻すことにしている。そのほうが運の悪い2000円札が文字通り日の目を浴びることにつながるからと考えた。そして今年も、今日銀行に行って2万円分の2000円札をおろしてきた。家に帰って愕然とした。10枚の2000円札のうち、8枚が連番になっているのだ、ひょっとしたら、2000年に発行されて以来、9年間も眠り続けていた2000円札だったのかもしれない。

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コメント

初めまして。
当方も2000円札普及に努力している者です。
毎夏といわずに、いつも財布の中は2000円札だけ
ということにすればいかがでしょうか。
マスターをはじめ多くの2000円札愛好家は
そうしています。
それが「暗闇に眠っている」2000円札に
文字通り「日の目をみる」方法だと思います。
それでは、拙ブログにもお立ち寄りください。

 2000円マスターさんのブログも拝見したいと思います。
 ATMへ対応していないことがネックですね。仕事の都合上なかなか平日の15時までに銀行の窓口に行くことが難しいので…。デザインはとてもすきなのですが。

人って…なんだろう…?

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