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北海道の歴史を歩く 4

【8月7日 夕張まで】

 今朝は4時過ぎに目が覚めた。昨日は疲れていて、ホテルのレストランで夕食を済ませると9時過ぎには気絶するように寝入ってしまった。しばらくテレビを見て過ごす。
 6時半過ぎにはホテルを出て札幌駅に向かう。おにぎりと豚汁の朝食を通勤途中のサラリーマンに混じって済ませる。私は乗るのが8時2分発の帯広行き特急なので時間がある。その間通勤客を満載した普通列車や函館、旭川、網走など道内各地に向かう特急列車を眺める。札幌駅は仙台駅や博多駅などと比べるとディーゼルカーの割合が高く独特の雰囲気がある。

 札幌8時4分の特急「スーパーとかち1号」は、札幌駅を発車して鋭い加速で札幌市街を駆け抜ける。まだ真新しい車両は、清潔感が合って気持ちがいいシートのかけ心地も上場である。南千歳駅を過ぎて左にカーブを切ると早くも無人の原野になる。南千歳から次の追分までは1981年に札幌と帯広、釧路方面を短時間で結ぶ目的で作られた新しい路線であるが、追分からは1892年に開通してかつては夕張線と呼ばれた路線である。ややカーブが増え、列車の速度が鈍る。8時58分夕張着。1時間もたたないうちに降りるのがもったいないくらいの列車だが、ここで降りないと夕張にはいけない。地下道をくぐって古びたディーゼルカーに乗り換える。
 9時3分発の夕張行きの列車は、「スーパーとかち」とは比べ物にもならない鈍足である。かつて三菱南夕張炭鉱への鉄道があった清水沢で若干の乗客の乗り降りがあった。かつて広かったであろう駅の敷地は、今は大部分が草むらと化している。駅前の商店もシャッターが下りたままのところが多い。鹿ノ谷を過ぎると上り坂がきつくなり、非力なディーゼルカーは9時29分終点の夕張に力尽きたように静かに停車した。

 夕張市は会社でいう倒産にあたる財政再建団体に指定された。テレビなどで過去の市長の観光施設などへの無謀な投資が原因と報じられたことは皆様もご存知のことだと思う。しかしこれまでの経緯を見ると、どうしても私は夕張市をには同乗したくなる部分もあるのだ。
 夕張の歴史は炭鉱とともにあった。いや、近代北海道の歴史も炭鉱とともにあったというべきであろう。北海道で最小の鉄道は手宮(小樽市)から札幌を経て幌内(三笠市)を結ぶものであった。目的は幌内炭鉱から算出される石炭を小樽港まで運ぶためであった。開国して国際社会にデビューしたばかりの明治政府にとって、富国強兵は国是であった。いや、そうしなければ欧米列強にずたずたに引きかかれるという強迫観念だといってもいい。富国強兵を果たすためには、蒸気機関の動力源である石炭が必要だ。その石炭の力で機関車を走らせ、汽船を進め、電力を起こす必要に迫られた。このため、夕張を含む石狩炭田、福島県から茨城県にかけての常磐炭田、福岡県の筑豊炭田などの開発が進められた。夕張市の人口もふくれあがり、1960年ごろには人口は12万人近くになった。
 そのころ、ゆっくりと夕張にもたそがれが訪れた。石炭がエネルギーの主力を勤めたのは1960年代までで、それ以降は石炭から石油へのエネルギー革命が進められた。中小の炭鉱の閉山が相次ぎ、徐々に夕張は元気をなくしていった。そんな夕張に決定的な打撃を与えたのが、1981年におきた北炭夕張新鉱のガス突出事故である。夕張新鉱は、最新の設備を備え、良質の石炭を産出し、衰えが見られた炭鉱都市夕張の復興の期待を背負っていた。しかし、坑内から出たメタンガスから発火し、救助隊も巻き込まれる大惨事になり、93人が亡くなった。鎮火に手間取った末に、行方不明者が残っている坑内に水を注入するいたましいシーンは、当時8歳の私が覚えている最も古いニュースの1つであった。
 その後、炭鉱を諦めた夕張市は観光に活路を求めた。しかしそれがはかばかしくないという話は前々から聞いていた。私は夕張市と同じ旧産炭地である福島県いわき市の出身である。いわき市は炭鉱以外の産業基盤が合った。東北としては温暖な気候で、農業もいける。黒潮と親潮の潮目にあたり、漁業も盛んである。そして、東京までJRの特急列車で2時間、常磐自動車道でも3時間程度の交通の便を生かして工場の誘致にも成功して東北有数の工業都市にもなった。決して景気がいいというわけではないが、夕張のように自治体としての存続を問われるような事態にはなっていない。しかし、同じ旧産炭地の生まれの人間として、夕張の現状を知り、少しでもエールを贈りたい。そんな気持ちで夕張駅に降り立った。

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