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台湾紀行~東部編 3

【12月27日 宜蘭県を行く】

 基隆氏の運転するフォードは国道5号線(日本風にいうと台北宜蘭自動車道か)を90km/hくらいの速度で走る。台湾は自動車が右側通行で日本とは反対になる。助手席に座っている私は、車の右前の席に座っているのにステアリングがない不思議な感覚を味わっている。高速道路の両側は宜蘭県の細長い平野、水田に住宅や商店、工場も混じる。運転をしている基隆氏が「3年前に高速道路が開通してこのあたりもずいぶん便利になりましたよ」という。よく見てみると真新しい建物も混じる。宜蘭県は台北に隣接していながら険しい地形に阻まれ、台北との行き来には海沿いに遠回りするか険しい山を越えなければならなかった。高速道路ができて便利になり経済活動が活性化しているのであろう。クルマは宜蘭県の行政の中心地である宜蘭(イーラン)市、商業都市である羅東(ルオトン)鎮(鎮は日本でいう町に当たる)を過ぎる。前方に重量感のある山脈が迫っている。台湾の中央山脈である。この山脈には3952mの雪山(日本統治時代は新高山、真珠湾攻撃の「ニイタカヤマノボレ」である)をはじめ3000m.級の山が並んでいる。この山脈が台湾にとても美しい景色と豊かな自然をもたらしているが、その半面、交通の発達を妨げ、宜蘭県、花蓮県、台東県の台湾東部の発達を妨げていたのも事実である。

 やがて平野が尽きると高速道路は終わりになる。一般道に下りると間もなく蘇墺(スーアオ)の町に入る。この町は台湾東部の港町として、また炭酸泉の町として知られる。蘇墺の炭酸泉は22℃と低温であるが、天然の炭酸水が地下から湧くそうだ。大きな浴場もあるそうで、今回はすぐそばを通過しただけだが、今度来たときには入ってみたい。蘇墺の市街地を過ぎると蘇芳港に入る。クルマは港湾事務所の前で止まった。何だろうと思うと、仁愛先生がどうぞという。ここで休憩をするそうだ。事務所の会議室に招かれた。会議室には仁愛先生のかつての部下である方の(蘇墺氏と呼ぶことにします)ご夫妻が待っていた。自己紹介をしながらバナナや蓮霧をいただく。台湾バナナは皆さんもご存知だと思いますが、蓮霧も美味しい果物で、りんごのような外観に、りんごよりも少しみずみずしくてシャキシャキとした歯ざわりを味わえる果物です。

 一休みをして、再び出発。基隆氏のクルマの後に蘇墺氏のクルマが続く。坂道を登り蘇墺港を見下ろす公園に行く。公演の石畳の道を歩くとき、仁愛先生のお孫さんは、高齢の仁愛先生の手をとって歩く。それを感心しながら見ている私が後に続く、商港の奥には海軍の基地があるのだろう。2艘の軍艦が休んでいた。軍艦が入らないようにシャッターを押した。その後は仁愛先生のお孫さんとカメラ談義をしながら記念撮影をした。
 クルマは狭い道を進み、漁港のある町を過ぎ、学校の前で停車した。ここは凄い絶景だった。学校の前は太平洋、学校の裏は中央山脈に続く山並み、大げさな表現でなく、75度くらいの角度で山が生みに落ち込んでいた。さらに南の花蓮市に続く道路は崖のはるか上に頼りなげにある。基隆氏によるといまでもかなり険しい道だという。私はしばらく息を飲んで絶景に見とれていた。
 再び漁港のある町に戻り、お寺を見学した後海鮮料理の店に入る。カジキの刺身、イカのフライ、その他たくさんの料理が出た。とくに美味しかったのが鴨の水かき、コリコリしてコラーゲンがたっぷり入っているので美肌になりそう。それに絡めてあるソースが美味しかった。仁愛先生と基隆氏は「やえもんさん、これもいかがですか」と次々に勧めてくれる。私も胃袋の総力を結集してそれに応じる。にぎやかで楽しい昼食になった。

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