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2009年12月の17件の記事

今年1年の感謝をこめて

 大晦日の夜、皆様はいかがお過ごしですか。家族と過ごしている方、一人で過ごしている方、旅先で過ごしている方、仕事中の方、海外にいる方、宇宙にいる方様々な場所で2009年の終わりを迎えようとしていると思います。私は、9時前に旅行から帰ってきて、風呂に入り、年越し蕎麦を食べ、洗濯をして、洗濯物を干しているうちにこの時間になってしまいました。今はひとりでパソコンに向かっています。皆様にとってこの1年はどんな都市だったでしょうか。世の中は政権交代や新型インフルエンザで騒がしい1年でしたが、私にとっては平穏な、晴れ時々曇りくらいの悪くはない1年でした。このブログもたくさんの方の読んでいただきました、本当にありがとうございました。皆様もどうぞ良い年をお迎えください。

もうで餅

もうで餅(訂正)
熊野本宮大社の参道にあるお店でいただきました。中に入っている餡がとても美味しく、上にかかっているこがし麦の風味が良いです。
私が和菓子の美味しさに目覚め始めたのはここ数年。これからも旅先でいろいろな和菓子に出会うのでしょう。

めはりずし

めはりずし
こんにちは。私は昨日と今日、和歌山県新宮市をベースに那智山、串本、熊野速玉神社、熊野本宮大社を見てきました。とてもいい経験をしてきました。
さて、この写真はこの辺りの名物であるめはりずしです。高菜で巣飯を巻いただけのシンプルなものですが、高菜の風味がいきている逸品です。世界遺産の熊野古道、中辺路を歩く途中で食べました。

新宮より

私は今和歌山県新宮市にいます。福島から新幹線を乗り継いで名古屋に行き、そこから紀勢本線の特急列車に乗りました。今日は1日移動でしたが、いい景色を見ることができました。

台湾紀行~東部編 9

【1月1日 旅の終わりに】

 2009年のスタートは台北のホテルのシングルルームで迎えた。窓の外には台北市街地を東西に結ぶ幹線道路が走っていて、車やバイクが朝早くからたくさん行き交っていた。テレビをつけると日本のNHK-BS、なんだか日本にいるみたいだが、ここはまぎれもなく台湾。新年最初の食事はホテルのレストランでバイキング。台湾の朝食ではおかゆが当たり前だ。日本では胃腸の調子が悪いときしかおかゆお食べないが、改めて元気なときに食べてみると、意外と美味しいことに気づく。
 部屋に戻ってしばらくゴロゴロしていると10時近く、足の具合も今ひとつだから、少し贅沢をしてタクシーで台北駅まで行く。ホテルの玄関先で待機していたタクシーは、トヨタ・ウイッシュ、日本ではミニバンのタクシーは非常に珍しいが、台湾ではそれもありなのである。台北駅のそばにあるバスターミナルで、桃園空港行きのバスに乗る。ここからならバスが頻発しているから、飛行機の時間が気になる人には便利だ。市街地をしばらく走ったバスは、国道1号線に入る。既に述べたように、台湾の国道は日本の高速道路に相当する道路である。この国道1号線は、基隆から、台北、桃園、新竹、台中、台南、高雄と台湾西岸の人口の多い地域を貫く重要な道路である。日本の高速道路との違いは、インターチェンジに料金所があるのではなく、本線上に料金所があることだ、基隆氏によると、全長380km程で、およそ10箇所の本線料金所があるのだそうだ。日本のようにETCもある。私の乗ったバスは、ETCで料金所を通過する。台北を離れると上り坂になるが、バスは非力なのか、目だってスピードが落ちる。

 元日の桃園空港は空いていた。行列もなくあっという間にチェックインを済ませると、空港の3階のレストランで烏龍茶を飲んで過ごす。それでも時間を持て余したので、早めに出国手続きを済ませた。サテライトで行き交う飛行機を眺めながら2時間ほど過ごし、成田行きの全日空機に乗り込む。空港は空いていたが、飛行機はほぼ満席だった。帰りの飛行機は追い風に乗ってスピードを上げる。九州上空まで来ると1100km/hという行きの倍以上の速度になった。高知県沖だと思っているうちにたちまち静岡県沖に達した。東へ向かっているから時間の進みが速い、すでに空の色は夕方の気配が漂ってきた。旅の終わりの夕暮れは不思議と普段よりも私の気持ちを感傷的にする。今回の旅は足の不調に振り回されたが、台湾の人との出会い、素晴らしい景色との出会い、色々なことが頭をよぎる。いい旅だった。とくに、高齢でありながら異邦人である私を心から歓迎してくれた仁愛先生、私のために長い距離の運転をしてくれた基隆氏、2人の顔が浮かんだ。
 飛行機は千葉県沖に差し掛かり高度を下げ始めた。左に旋回すると房総半島の町並みが見えてきた。日本だ。旅が終わり、また日常が始まる。私の中での2009年が今、動き出そうとしていた。

12月場所結果報告

 ダイエット12月場所が終わりました。その結果を報告したいと思います。
 14日(月)がわずかに増えて負け●、これで1勝3敗。17日(木)が久しぶりの体重減少で勝ち、○、勝ち越しに希望をつないで2勝3敗。21日(月)もわずかに減少して勝ち○、なんと3勝3敗の五分に持ち込みました。24日(木)の7番計測では勝ち越しも期待されましたが、逆に増えてしまい●、結果3勝4敗で負け越しという不本意な結果に終わってしまいました。
 今回は忘年会などがある年末と言う時期でしたが、より節制をしなければいけないという結果を突きつけられた場所でした。1月はさらに頑張ります。
 1月場所は4日(木)から始まります。少し日にちが開きますが、この期間体重を少しでも減らすようにして、1番計測を勝利○で迎えたいと思います。なお、1月場所の番付は、同じ勝敗数で直近の番付の力士の動向を参考にして決めます。今回は11月場所で東序の口29枚目であった広瀬さんが4勝3敗で1月場所では東序の口15枚目になるので、これを参考に、私の1月場所での番付を東序の口17枚目とします。負け越しましたが、序の口の場合、新たにデビューする力士に押されて番付が上がることがあります。

クリスマスカード

 台湾の仁愛先生からクリスマスカードが届きました。90歳近い仁愛先生は今年は初夏に入院をしましたが、今では通常の生活に戻られたようです。こうしてクリスマスカードを贈ってくださったことは、本当に嬉しいです。

 Dsc07117

 梅の花は台湾の国花。冬の寒さに耐え真っ先に花を咲かせます。私の人生も冬のような時期があるけれど、いずれ花を咲かせたいものです。

台湾紀行~東部編 8

【12月31日 台北の1日】

 今日は午前中故宮博物院を見て、午後は台北周辺を回ろうと思っている。
 ホテル近くの駅から捷運に乗り、士林駅で降りる。士林駅からバスに乗り換えると10分ほどで故宮博物院に着く。周辺は高級住宅地で、ゆったりとして敷地の家ときれいなマンションが並んでいる。開館直後なので、まだすいている時間なので、ゆっくり見て回ることができる。私はとくに陶磁器が好きで、その中でもとりわけ宋(960~1279)の時代の磁器が好きである。とくに汝窯の青磁の青は、単なる青ではない、なんとも不思議で奥深く、いつまでも眺めていても飽きない、文字通りの逸品だと思う。汝窯は、河南省にあった工房で、ここで磁器が制作された期間が短く、現在残っている作品は70点ほど、そのうち台北の故宮博物院は21点を保有している。歴代の皇帝に愛され、長く北京の紫禁城に眠っていた文化財が、清代末の混乱期から辛亥革命、日中戦争、国共内戦を乗り越え、今は台北で故宮博物院に納められている。数奇な運命を乗り越えた運のよい文化財たちである。今目の前にある水仙盆はその貴重な周囲のお客には迷惑だが、そこにとどまってしばらく眺め続けた。
 午前中いっぱい博物院にいた。その後、隣接する至善園という中華庭園がある。そこをしばらく散歩する。故宮博物院は人が多かったが、こちらは人がほとんどいなかった。水をたたえた池に中国風のあずまや、そんなところを歩いているうちに「蘇州夜曲」を口ずさんでいた。ただしこの歌は、台湾はともかく、大陸(中国)では歌わない方が良い。元をたどればこの曲は日中戦争の時の国策映画の中で歌われた歌だから中国の人の中には良く思わない人もいるだろう。

 その後地下鉄に乗り、南の終点の新店に行く。ここは新店渓という川が渓谷を作っている。それを眺めたが、ますます足の具合が悪く、早々とホテルに戻って休むことにする。ベットに横になりテレビをつけると、「いきなり黄金伝説」をやっていた。普段はテレビをあまり見ない私だが、今はそれ以外にすることがない。ため息をしながらテレビを見る。旅に出てこのようなことになるのは面白いことではないが、今はどうしようもない。
 夕食はホテルのそばの吉野家で牛丼を食べる。本当は台湾らしいものを食べたかったが、長い距離を歩く気にはなれなかった。紅白歌合戦を見ているうちに時間はどんどん進み、日本から1時間送れて年が改まり2009年になった。

新しいリンクです

 このブログの左側のサイドバーの「おすすめBLOG」に新しいブログへのリンクを貼りました。仙台市の岡本さんのホームページとブログです。岡本さんは仙台市で自宅および福祉施設などでパン作りの講師をしています。パン作りのことをはじめ、楽しい話題がたくさんあるページです。

台湾紀行~東部編 7

【12月30日 東部幹線の旅】

 今日は台湾南東部の知本温泉から列車を乗り継ぎ台湾北西部の台北まで台湾をおよそ半周する列車の旅をする。
 知本温泉を去る前に、最後の朝風呂を済ませる。ここのお湯は炭酸水素ナトリウム泉と言う泉質で、湯上りには肌がつるりとする感じがする。男だから肌なんて気にするべきではないのかもしれないが、35歳を過ぎて肌の衰えが見え始めたので嬉しい効果だ。
 荷物も増えたので、ホテルのフロントにタクシーを呼んでもらうように依頼する。タクシーの窓から温泉街を見る。台北や高雄ならまた来ることもあると思うが、台北からかなり遠いここまでまた来るかと言うと、それは難しい気がする。たった2泊しただけだが、なんだかこの風景が妙にいとおしく感じる。

 知本駅では、少々時間があったので、駅舎の写真を撮ったり、少し散歩したりした。少し早めにプラットフォームに入ると、ディーゼル機関車が牽く復興号(座席指定の快速列車)が入ってきた。座席は半分しか埋まっていない。乗客の身なりも普段着である。その後すぐにディーゼルカーの自強号(特急列車)が入ってきた。こちらの乗客は服装もよそ行きである。ただしほぼ満員であった。私は一昨日チケットを購入していたから難なく座れたが、当日だったら座れなかったかもしれない。間もなく台東駅に着く。ここで降りる乗客が多く車内は少しすいた。さっき先に発車した復興号に追いついたが、ここで追い抜くことはなく、復興号が先に発車していった。しばらくうとうとしているうちに、復興号を抜いた。列車は中央山脈と海岸沿いに連なる海岸山脈の間の細長い平野を走る。人家もあるが、圧倒的に水田が多い。ここからこの先の池上にかけては、台湾の中でも米どころとして知られ、とくに池上の米は有名で、その米を使った弁当が名物になっている。
 池上を過ぎると登りになる。私が乗っているディーゼル自強号はやや非力で、加速も、登り勾配もゆっくりだが、それがのどかな風景によく合う。玉里駅には、このあたりの普通列車に使われる古い日本製ディーゼルカーが日向ぼっこをしていた。玉里を過ぎると徐々に下り坂になり、列車は速度を上げる。花蓮に近づくと家が増え、海側の山脈の山々が低くなる。私の乗った列車が花蓮駅の大理石製のプラットフォームに滑り込むと間もなく台東方面行の自強号が発車した。ちょうどタイミングよく発車の瞬間をカメラに収めることができた。
 花蓮は、花蓮県の中心的な都市であるとともに、大魯閣峡(タロコ)渓谷をはじめとする観光の拠点になる駅である。ここから台北方面は電気機関車や電車も走ることができる。最近日本製の高性能な電車が投入され、台北まで2時間少々で行くことができるようになった。しかし、私が乗るのは両端に電気機関車がついた推拉式の自強号である。乗り換えの待ち時間があるので、駅前を歩いてみたいが、今日もまた足の具合がよくない。プラットフォームの売店で買い物をして次の列車を待つことにする。すると「べんと~、べんと~」という懐かしい声が聞こえてきた。現在の日本ではすっかり聞かれなくなった駅弁屋さんのかけ声である。さっそく購入する。

 台北行の自強号は早めにドアを開けていた。座席に座り発車を待つ。おばさんの団体が乗り車内はにぎやかになった。花蓮を過ぎると間もなく平野は終わり、目の前に壁のようにそびえる高い山々が見えてくる。先日仁愛先生や基隆氏などと一緒に見た断崖の反対側である。鉄道はトンネルで崖を抜けるが、ところどころ絶景を見ることができる。2000メートル級の山脈が海に一気に落ちるときに作る豪快な海岸線である。海岸線が一段落すると駅弁を開ける。ご飯の上に煮込んだ豚肉や野菜、煮卵などが入った弁当で、素朴ながら味は良い。やがて宜蘭県の平地に出て、羅東、宜蘭などに停車するが、あまり乗客は増えない。高速道路ができて、そちらの方が台北まで早くいけるからであろう。頭城を過ぎると、基隆河に沿ってくねくねと走る。場所によっては狭い河に沿って趣のある集落菜並んでいるところもあるが、高速道路を走る車やバスと競争している鉄道にとっては頭の痛いところであろう。やがて列車は地下の台北駅に滑り込む。

 ホテルに落ち着き、一休みした後、地下鉄に乗って士林夜市に行った。たくさんの屋台が並んでいた。色々見て歩いた後、てっっぱん焼きの店で夕食をした。
 

序の口デビュー

 序の口デビューと言っても力士になったわけではありません。日本相撲協会によると、新弟子検査を受けられる年齢は義務教育を終了して23歳未満(学生横綱、実業団横綱などを除く)なので、その年齢はとっくに過ぎています。実はこれダイエットなのです。いつも口先ばかりのいんちきダイエットばかりなので、今回新たなダイエットとして、星取表式ダイエットを考案して実施しているのです。
 方法は単純明快、毎週月曜日と木曜日の朝体重を量り、前回の計測より増えていれば負け(つまり黒星●)、減っていれば勝ち(つまり白星○)になり、月に7回計測して、その月の勝ち負けの状況により翌月の番付が変動するというものです。これは、負けず嫌いなくせに、飽きっぽく意志が弱い私でも、大好きな相撲のためならコツコツと頑張れそう。しかも頑張れば番付に反映できるという楽しみさえあるというナイスなものなのです。
 さっそく今月ですが、相撲の番付でも一番下の序の口の一番下の序の口西30枚目(実際の大相撲11月場所では玉の井部屋の大貫さんがいた番付です、ちなみに大貫さんもこの場所が序の口デビューです)。注目の成績ですが、3日(木)が先月の最終計測よりわずかに増えて負け(●)、7日(月)が引き続きわずかに増え負け(●)、2連敗にショックを受けましたが、10日(木)は7日と比べて0.4kg減少し初勝利(○)です。初勝利に気を良くし食べ過ぎてはいけないので、この週末は節制を心がけています。次の計測は明朝、果たして連続で体重が減少し2勝2敗の五分に持ち込めるか、それとも1勝3敗になり負け越しにリーチがかかるか、大事な計測になりそうです。

夢のデュエット

 近年の映像、音響に関する技術の進歩は偉大なもので、不可能なことが可能になってしまう。平井堅の「Ken`s Bar」というCDに、坂本九の代表曲の1つ「見上げてごらん夜の星を」が収録されている。これは、坂本九が生前に録音した音源と、平井堅の歌を合わせたもので、時代を超え2人がデュエットしているように聞こえるというものであった。坂本九が日航ジャンボ機事故で亡くなったのが1985年、当時平井堅は三重県名張市に住む「彫り深夫」と呼ばれた中学生で、まだ歌手活動はしていなかった。出会うはずの無い2人が時を越えて1つの歌を歌う。現代の技術は何と素晴らしいのだと思った。
 私はニュージーランド出身のHayley Westenra(ヘイリー・ウェステンラ)のCDを数枚持っているが、その中の「HAYLEY sings JAPANESE SONGS」というCD(日本の歌を英訳して歌ったもの「千の風になって」や「ハナミズキ」、「涙そうそう」、「時代」などが収録されている)があるが、その中に「アメイジング・グレイス」がある。ヘイリーの「アメイジング・グレイス」といえば、フジテレビのテレビドラマ「白い巨塔」の主題歌として使われたのでご存知の方も多いと思う。このCDでは、ヘイリーの独唱ではなく、本田美奈子が生前に残した音源と組み合わせて、デュエットになっている。本田美奈子の歌声も、ヘイリーの歌声もどちらも非常に魅力的なもので、こんな夢のデゥデュエットが実現したのも現在の技術の賜物だろう。
 

台湾紀行~東部編 6

【12月29日 台東県を歩く】

 目覚めたばかりのぼんやりとした頭で、「あれ、俺今どこにいるんだろう」と考えた。ベランダに出て暖かい風と眼下に広がる熱帯植物の森林、少し遠くにある中国風のお寺を見て、今台湾にいることを思い出す。足の調子は相変わらず今ひとつだが、温泉の効能が出たのか、少々楽になった。さっそく朝風呂に行く。誰もいない浴槽を独り占めするのは何と贅沢な気分なのだろう。
 朝食を済ませホテルを出る。今日はバスでこの辺で最も大きな町である台東に出て、そこからタクシーで三仙台、小野柳など台東県内の海岸を巡る予定である。タクシーで観光とは贅沢だが、為替相場が円高になっていて、1台湾元=3.3円くらいで予算を立てていたのが、実際には1台湾元=2.8円ですべての物価がおよそ15%ディスカウント状態で、予算がかなり余りそうになっている。それに、足の状態が悪く、あまり長い距離を歩けそうにないので、そのようになった。
 道端で、台東行のバスを待つ。昨日知本駅から降りたところにはバス停のポールがあったが、こちらには無い。おじいさんに英語で「台東行のバス乗り場はここですか」と聞いてみる。しかし、おじいさんは英語がわからないのか、あるいは私の英語の発音がわからないのかわからないが、当惑した顔つきでこちらを見ている。そこで思い切って「台東行のバスはこちらですか」と日本語で聞いてみた。幸いにもおじいさんは日本語で教育を受けた世代だったようで、日本語がわかり、私は無事にバスに乗ることができた。

 バスは知本温泉がある渓谷を下り、台東市がある卑南平野に出る。バスはだんだん混みあう。日本だと地方のバスは、がらがらのまま走ることが多いが、台湾のバスはまだまだ元気で、通路にも人が立っている。混んできたところで私は席を立った。もっとも、乗客はおじいさん、おばあさんと高校生くらいまでの子どもが多く、大人は車やバイクに乗るのであろう。先行きは厳しそうだ。
 バスは台東の市街地に入る。台東は台湾南東部最大の都市で、人口は11万ほど、さほど大きい都市ではないが他には無い特徴として、マレー・ポリネシア系の人が多く住んでいることが上げられる。バスターミナルでバスを折り、駅に向かって歩く。今日の午前中自分の身体を託すべきタクシーを物色する。日本なら、通りかかったタクシーでまずはずれは無いのだが、世界的にはそれは例外だろう。まずはクルマを見る。ぶつけたりこすったりした痕跡のあるものは避ける。次に運転手の人相を見る。台湾の主な都市には、それこそたくさんのタクシーがあるから、よく選んで乗った方がいい。何台か見送った後、これだと思った運転手に声をかけた。これから言って欲しいコースをメモ帳に書き、見せる。そうすると運転手は料金を書いてくる。高いと思ったら当然値切っていい。私も運転手の提示した金額を2割ほどまけさせた。
 タクシーは台東の町を抜けると、中華大橋と言う長い橋を渡る。すると間もなく海岸沿いの道に出る。交通量はさすがに少なく、すれ違うのは若干の乗用車と、日本でいう軽トラックのようなトラック、それとスクーターぐらいのものである。タクシーは時に100km/h近い速度を出す。右側にはマリンブルーの太平洋、左側には緑濃い海岸山脈の山々、時々現れるのどかな漁村、空には冬でもなお力強く照りつける太陽。運転手さんからハンドルを取り上げて自分で運転したくなるくらいの気持ちのよいドライブだ。

 1時間少々で三仙台に着く。運転手さんに戻る時刻の目安を告げ、三仙台を見に行く。ここは、沖合いに珊瑚礁の島があり、そこまで太鼓橋のような橋が架かっている。橋は何度も上り下りをして歩きにくかったが、島に渡ると、海岸ぎりぎりまでそびえる海岸山脈と漁村がとても美しい風景になっていた。島をしばらく歩き、岩山の麓まで行って引き返した。帰りに振り返ると、島まで続く橋と島が溶け合ってなんともいえず美しかった。タクシーに戻り、今度は台東に向かって引き返す。途中、私が指定しなかったところだが、面白いところに連れて行ってくれた。そこは、はじめは単なる椰子の生えた芝生のある公園だと思っていたが、その公園にある水路が妙なのである。普通水は高いところから低いところへと流れるものだが、ここでは低いところから高いところへと流れる。嘘だろうと思って、木の葉を流したが、本当に坂の上へと流れる。足の痛さを忘れてしばらく子どもに還って謎解きをしていた。あとで調べてみたところ目の錯覚だそうだが。
 次はだいぶ台東に戻って、小野柳を見る。ここは宮崎県の鬼の洗濯岩や、高知県の竜串の様な奇岩が続く海岸である。駐車場から距離があったが、奇岩の上に上ったりしながら愉しんだ。12月とはいえさすがは熱帯、歩き回ると半袖のシャツしか着ていないのに汗をかいた。売店で椰子ジュースを買って飲んだ。少しミルクのような味がした。台東戻ると市内に戻り、旧台東駅の近くでタクシーを降りた。旧台東駅は市街地の中にあるが、駅が郊外に移転してしまい、もう列車が走ることは無い。しかし、駅はそのまま残されており、今にも列車が走りそうだった。
 すでに午後2時近くでさすがに空腹である。近くに牛肉麺の」店があったので昼食にする。牛肉麺とは、牛肉の角切りの入ったラーメンである。コクのあるスープと大きめに切られた牛肉がうまかった。本当は台北の町を色々見て回りたいが、足の状態が悪く剃れど頃ではなくなった、情けない気持ちでバスターミナルに向かって歩いていると、さっきのタクシーの運転手が手を振っていた。それはちょっと嬉しかった。

 バスターミナルには、一人旅の日本人男性がいた。しばらくた旅の話をした。彼は別の温泉に向かうそうだ、私は知本温泉に戻る。私の乗るバスが先に出発した、手を振り合ってお互いの旅の無事を願った。小さな出会いだけど、こんな出会いがあるのが旅の醍醐味だと思う。ホテルに戻るとベットに横になり本を読んだ、いつの間にか眠ってしまった。夕方目が覚めるとまた温泉に入った。星を見ながら温泉に入った。足の具合はよくなかったが、まずますの1日だった。

調理実習

 今日は学級の畑で栽培したホウレンソウを使って調理実習をした。作る料理は生徒とレシピ集を見て、それぞれの好みや学級費の残高を勘案し、「ホウレンソウとちくわの炒め物」にした。私の学級の調理実習では、毎回お世話になっている方を招いて一緒に会食することになっている。今回はちょうど授業参観週間なので(1週間の期間を設けて、その中で保護者の方の都合の良い時間に授業を参観していただくようになっています)保護者の方を招いて一緒に会食をすることにしました。
 まず、畑に行ってホウレンソウを収穫するところからはじめました。大きく育ったホウレンソウを鎌を使って刈り取りました。それをきれいに洗い、鍋でゆで、最後にごま油でちくわとともに炒めました。生徒も包丁をふるい、無事料理が完成しました。結果は・・・大好評でした。会食では会話も弾み、学級懇談では聞けない話も色々聞くことができました。今回の調理実習は大成功!今後も色々な人を招いて調理実習を計画します。以上食い意地のはったやえもん学級でした。

台湾紀行~東部編 5

【12月28日 台湾新旧鉄道の旅】

 今日は台湾の北西にある台北市から西部の平野を台湾高鉄(新幹線)で左営(台湾第二の都市高雄市の郊外)まで行き、在来線を乗り継いで台湾南東の卑南郷にある知本温泉までの鉄道の旅である。

 ホテルで朝食を済ませ、早々とホテルを出る。台北駅には8時前に着いた。乗車券売り場で左営までの高鉄の乗車券を買う。カードサイズのオレンジ色の切符は、鉄道の切符と言うより飛行機の搭乗券に似ている。早めにプラットフォームに入って列車を眺めようと思ったら、自動改札で止められた。係員に切符を見せて英語で「プラットフォームに行きたい」と言ったら、「発車10分前まで待合室で待っていてください」とのこと、ますます飛行機のようである。しばらく待ち、いよいよ列車へ。日本の新幹線700系車両を基本としたものだが、白いボディにオレンジとダークグレーのラインが入り、イメージはずいぶん変わった。車内も、渋めの日本の車両とは違い、明るいマリンブルーのシートである。8時30分台北を発車、しばらくの間地下を走る。台北の南の郊外の板橋で乗客が増え、間もなく地上に出る。しばらくはビルと住宅が混じる台北の郊外を走るが、間もなく低い山の中を走る。再び平野が広がると桃園駅を通過する。
 台湾高鉄は台北から左営の間に、板橋、桃園、新竹、台中、嘉義、台南の4つの駅が設けられているが、板橋以外の途中駅はいずれも既存の市街地から離れたところに駅が設けられている。東海道新幹線で言えば新横浜や岐阜羽島のような駅ばかりといったらわかりやすいだろうか。新横浜はいまでこそ横浜の副都心化しているが、かつては雑木林の広がるところであったそうだ。台湾高鉄の各駅もそのような副都心開発を目的として沿うなたのかもしれない。
 しばらく畑の混じる住宅地を走ると新竹を通過する。はるか遠くに新竹の市街地が見えるが、高鉄駅の周辺にもビルが建ち並んでいた。市街地とこの駅を結ぶ鉄道の工事も進んでいるようで、真新しい高架橋が立っていた。大変活気のある光景である。
 私の乗った列車は次の台湾第三の都市である台中に止まる。ここで半分近いお客を下ろし、身軽になった列車は水田の広がる平野を走る。徐々に家や小さな工場が増えると終点の左営業に着く。ここまでわずか1時間30分。かつて台北~高雄間にはかなりの頻度で飛行機が飛んでいたが、高鉄の開業によりお客を取られ、ほぼ壊滅状態になってしまった。ここから在来線の電車に乗り換え、北に2駅離れた頭橋駅まで行き、3月に開業したばかりの地下鉄に乗った。頭橋駅は古い駅舎があったが、真新しい2階建ての駅舎に押しつぶされるように寂しく佇んでいた。駅の周囲にはサトウキビ畑も見えるが、後しばらくしてここを再訪したらまったく違った風景に出会えるかもしれない、そんな勢いを感じられた。
 高雄からは坊寮行の区間車(各駅停車)に乗る。リクライニングシートの復興号(座席指定の快速列車)用の車両で座り心地が良い。高雄市街を抜け、高塀渓にかかるな長い橋を渡ると屏東に着く。ここからだんだん車内は空いてくる。私は高雄駅のコンビニで買ったサンドイッチで昼食にする。潮州、南州と走るうちにすっかりのどかな風景になり、椰子の林とエビか魚の養殖池が目立つようになる。列車はゆっくり走る。ここで各駅停車を選んだのは意図してのことだったが、思った以上に面白い。終点の坊寮駅にはエスカレーターやエレベータは無かった。重い荷物を持って階段を歩く。昨日まで好調だった足首が今日はかなり調子が悪い。列車を降りたときには先頭近くだったが、おじいさんやおばあさんにも抜かれながら最後尾で改札口にたどり着いた。
 ここでは40分ほど時間があるが、この先の切符を買ったら待合室のベンチに座っていた。足の調子さえよければ駅の周囲を散歩するのだがとてもそんな状態ではない。
 坊寮発台東行の普通列車は青い古びた客車の3両編成である。さっきまで乗っていた区間車も各駅停車であるが、設備の違いで料金が違う。最も大きな違いは冷房の有無である。12月末ながら熱帯に属する台湾南部は暑い。窓を大きく開ける。列車は間もなく南から東へ向きを変え険しい山に分け入っていく。 駅はあるが人家はほとんど見えない。それでも乗り降りをするから見えないところに人家があるのかもしれない。12月なのにひたすら緑が濃い。やがて山を越えると列車は速度を上げる。しばらく走ると海が見えてくる。坊寮は台湾海峡に面した町だが、今度見える海は太平洋である。相変わらず人家は少なくなんとなく寂しい海である。子ども達が乗ってきた、おやとおもう。なんだか台北や高雄で見る子どもと顔つきが違うのである。台北や高雄にいる人は、日本人とあまり見分けがつかない、福建省や広東省から渡ってきた人の子孫である。一方、台湾東部には中国系の人が渡ってくる前から住んでいた、マレー・ポリネシア系の人が今でも多く住んでいる。顔の彫が深く、浅黒い肌をしているので、私でもなんとなくわかる。
 知本駅で列車を降り、バスで知本温泉に向かう。温泉に浸かり手足を伸ばす。足の痛いところをもみながら那賀風呂をした。やがて星が出てきた。熱帯の異国ではいる温泉はなんだか不思議な気がしたが最高に気持ちが良かった。

台湾紀行~東部編 4

【12月27日 伝統文化中心を歩く】

 レストランを出たところで、蘇墺氏と握手をして別れる。わざわざ私のために休日に時間をとって来てくださったことは本当に頭の下がる思いである。基隆氏のフォードは海沿いに北に進む。基隆氏によると、かつて台北から蘇墺までは、山越え、あるいは海沿いに遠回りして3時間半くらいかかったそうだ。それが今では1時間ちょっと、劇的に便利になったと言う。そして、カーステレオから流れる都はるみのの演歌について色々聞かれた。私は演歌に詳しいわけではないが、曲の舞台や出てくる言葉の意味について知っている限り答えた。
 クルマは伝統文化中心という施設に行く。ここはテーマパークであり博物館でもある。基隆氏夫妻はクルマの中で休んだので、仁愛先生とお孫さん、私の3人で見て回ることにした。台湾の伝統工芸、伝統的な生活様式、伝統的な芸術が展示・販売されている。中央部の広場では日本でいう蛇踊りのような踊りが披露されていた。もともと長崎の蛇踊りは中国発祥と聞いている。台湾も中国の福建省や広東省から来た人が多い。距離が離れているが、文化の共通性というものはあるものだ。激しく動く蛇の動きにしばらく見とれていた。
 工芸品では、文の国中国の伝統を引き継いで、書道の筆や硯などが販売されていた。他に陶磁器などもあった。私が惹かれたのは竹細工である。竹細工は、それがあるだけで周りの雰囲気をアジア的にしてしまう不思議な力を持っている。ここでは小さなものから大きなものまでそろっている。私は竹細工の小物を数点購入した。その後、紙細工の展示を見に行った。孔雀や蓮の花、龍などをかたどった紙細工の内側に電球が入っていて、幻想的な光を発している。仁愛先生のお孫さんに、「美しいですね」と言ったら、じぶんのことを褒められたように喜んでいた。
 最後に、台湾の伝統的な民家を見に行った。上から見るとコの字型をして、真ん中に庭のあるレンガ造りの平屋である。仁愛先生は子供の頃このような家に住んでいたそうで、展示されている生活用具について詳しく説明してくれた。外観は木造の日本の民家とレンガ造りの台湾の民家はだいぶ違うが、家の中に入るとなんとなく似ている。かまどなど台所の道具は日本の民家と共通するところが多かった。

 その後、淡水魚の養魚場にトイレ休憩を兼ねて立ち寄り、日も暮れると宜蘭市の中華料理の店に入った。次から次へと仁愛先生の家族がやってきて、なんだか一族の食事会に乱入してしまったような格好になった。にぎやかに中国語が飛び交う楽しい食事会になった。基隆氏は私の取り皿が空になると次々と料理を勧めてくれた。仁愛先生は、私にビールを勧めてくれた。台湾では外で食事をするときにお酒を飲んでいる人をあまり見かけない。たまに見かけたら日本語を話している人だったりする。だから、美味しい料理をいただいたので、ビールも飲みたくなったがそれを口にできなかった。仁愛先生は戦中から戦後にかけて東京で仕事をしていたし、その後も何度も日本を訪ねているから日本人の習慣に詳しいのからだろう。これはとても嬉しかった。デザートのフルーツはとくにパイナップルが美味しかった。柔らかくて香りがいい。「おいしい」というと基隆氏は丸い顔をますます恵比須顔にしてパイナップルを勧めてくれた。

 食事を終えると再び国道5号線に乗り雪山トンネルを越えて台北に向かう。高齢の仁愛先生はやや疲れている様子である。私にしても台湾に来るには時間もお金もかかる。90歳近い仁愛先生と再会できる機会があるかどうかわからない。これが本当の一期一会なのだろうなと思った。それにしても、バス停で少し話しただけの異邦人にこれだけ手厚いもてなしをしてくださったことは、本当に頭の下がる思いだ。仁愛先生の家の前で止まったとき、しっかり握手をしてから感謝の言葉を述べた。少し走ると私の泊まっているホテルの前に着く。基隆氏とも固い握手をする。この人たちとの出会いのおかげで、私はすっかりこの国が大好きになった。初めて訪れた外国でこんなにいい出会いがあるとは、私は何と幸せな旅人なのだろうと思った。

仙台モーターショー

 仙台市の夢メッセみやぎ(みやぎ産業交流センター)で行われた仙台モーターショーに行ってきました。今回はクルマが好きな従甥と一緒に行った。9月に開通したばかりの常磐自動車道山元IC~亘理IC間をはじめて利用した。
 会場の夢メッセは駐車場も一杯で、20分ほど駐車場待ちした。クルマ離れが言われているが、いったいどこの世界なんだろうとおもうくらいの盛況だった。

Photo

 はじめに、国内各メーカーと輸入車のディーラーのブースを回る。国内のメーカーは日産とマツダを除く各社が出展した。環境を意識したモデルを出展したメーカー、スポーツカーを出展したメーカー、大胆なコンセプトカーを出展したメーカーとそれぞれカラーは違うが、いずれもクルマ好きをうならせる内容であった。輸入車はヤナセ(メルセデスベンツ、GM、アウディ)、DUO(フォルクスワーゲン)、東北三菱(ポルシェ、ランドローバー、MINI)、カメイ(フォード、ボルボ、ジャガー)が出展した。フォルクスワーゲンやMINIはともかく、私にはとても手が出ないモデルも多いので、この機会にシートの植わり心地を確かめ、それぞれのメーカーのインテリアやコクピットのポリシーの違いを味わった。
 次は屋外で、従甥がスポーツランド菅生が出展したレーシングカートに乗った。現在高校1年生の従甥はあと2年で免許が取れる年齢になる。ぜひ自分の手でクルマを操る楽しさを氏って欲しいと思った。最後は試乗。トヨタ・プリウス、ホンダ・インサイト、レクサスHS250hのハイブリッドカーの他、三菱・iMiEV(アイミーブ)の電気自動車、フォルクスワーゲン・ゴルフGTIの中から選べる。できることならすべて乗りたいが、スポーツモデルの誘惑は絶ちがたく、ゴルフGTIを選んだ。このクルマだけはステアリングを握るのはDUOの営業マンだったが、狭いコースながらゴルフGTIの性能の一端を味わうことをできたので満足した。
 次の開催は2年後、次回はどんなクルマとの出会いがあるか楽しみにしながら会場を後にした。

R

 ホンダ・シビックタイプRユーロ…欧州のハッチバイクタイプのシビックのスポーツモデル。ミラノレッドという色ですがなかなかいい色です。

Imiev

 三菱・iMiEV…ついにクルマが排気ガスを出さずに走る時代がやってきた。

Ft86

 トヨタ・FT86コンセプト…スポーツカーの復権はなるか。鍵はこれからクルマに乗る人の心をひきつけることができるかだと思う。

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