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東京散歩~松子と歩く北千住 上

 人には運命の出会いと言うものがあるが、場所だって運命の場所があると思う。「嫌われ松子の一生」の主人公である川尻松子が転落人生の果てにたどり着いたのが東京の北千住だった。

 1988年、40歳の松子は、すがるべき人をすべて失った。やくざの男と同棲していた松子は、覚せい剤取締法違反で逮捕され、懲役1年の判決を受け刑務所に服役する。出所後は男の服役する府中刑務所の近くで働き、出所を待った。出所の日、松子の姿を男は、逃げ出してしまう。愛情を知らないで育った男にとって、情の深い松子の愛情はあまりに重すぎたのかもしれない。男はその後松子が転落する原因を作った2人の男を社会から抹殺した。ひとりは教師時代の松子をレイプした校長を、もうひとりは松子が学校を追われる原因となった盗難事件を起こしたのみならず、覚せい剤取締法違反で逮捕される原因を作った自分自身を。すがるべき相手を失った松子に残されていた相手は、長年絶縁していた身内しかなかった。しかし、15年ぶりに帰った実家では、妹の死を知らされ、弟からは冷たく追い返される。長年会っていないとはいえ、松子は肉親の情にすがるしかなかったのであろう。その後、東北の各地を転々とした松子は安住の地を見つけることができず、常磐線の列車で東京に向かった。上野に着く直前に荒川の鉄橋を渡るが、その風景が故郷の福岡県大川市の筑後川に似ている。そう思った松子は、荒川の鉄橋を渡ってすぐの北千住で降り、そこを流転の人生の最後の地とした。ここで過ごした13年間は、誰にも心を開かず、これまで会った人を恨みながら、やがて心を病み、近所の人からは「嫌われ松子」と呼ばれながらも生き続けた。最後は虫けらのように殺され生涯を閉じた。

 前置きがだいぶ長くなってしまったが、私にとっても北千住は気になるところだった。常磐線の沿線で育った私は、東京に行くときはいつも常磐線の列車だった。利根川を渡ると千葉県、江戸川を渡ると東京都。しかし、私が本当に「東京に来たな」と思うのは荒川を渡って北千住に差し掛かるあたりからだった。そんな思い入れのある場所であるが、常磐線から東武伊勢崎線や東京メトロ日比谷線などに乗換えをしただけで駅から外に出たことはなかった。一度歩いてみたいと思い、大相撲を観戦した翌日の1月17日(日)、午前9時前、日暮里から常磐線に乗って北千住駅に着いた。

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