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熊野・南紀~神々の棲む森、神々の棲む海 6

【12月28日 本州最南端、串本】

 私が運転するトヨタ・ヴィッツは、太平洋を左に見ながら走る。目の前に串本の市街地が見えたころ、海の中に対岸の紀伊大島までまっすぐに橋脚が並んでいるのが見える。それは実は橋脚ではなく、岩なのだ。この岩を橋杭岩という。波の浸食で硬い部分が残ったのだと思うが、地球は時としてお茶目なことをするものだと感心する。橋杭岩がよく見える駐車場に車を止め、しばらく歩きながら眺めた後、クルマに戻り30分ほどクルマの中で昼寝をする。福島の冬では考えられない力強い太陽の光はクルマの中を程よく温めてくれた。そういえば、ここの海はごく浅かった、泳いでいる魚の種類までわかるほどきれいな海だった。中年の夫婦が「この魚を持って帰って夕御飯のおかずにしましょう」などと話していた。あの魚はクサフグ、ほぼ全身に毒があります。本当に持って帰ったらこの夫婦にとって今生の別れになるところです…などとは言いませんでしたが。

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 目が覚めると再びクルマを走らせ、串本の市街地を過ぎると、紀伊大島へと渡る橋を渡る。串本側は低いが、紀伊大島側は高いところに橋がかけられているので、海の上でループを描いて登っていく。串本の町が見えたり、太平洋が見えたり景色の変化が面白い。冬なのに緑が鮮やかな照葉樹林の中を走り、島の東端の樫野崎を目指す。ここにはトルコ記念館がある。串本町とトルコがどんな関係があるのかというと、1890年、オスマン帝国(現在はトルコ共和国)の軍艦エルトゥールルが、日本訪問の帰途台風による強風のためここで沈没した。その時、紀伊大島の島民が危険を顧みず生存者の救助に当たったことが縁で、串本町とトルコの友好関係が続いている。2008年にはトルコ共和国大統領アブドゥラー・ギュルが串本町を訪問した。外国の元首が串本クラスの地方都市を訪問するのはかなり異例のことだろう。樫野崎に、この事故の慰霊碑がある。500名以上の方が亡くなった痛ましい事故ではあったが、言語が違っても、宗教が違っても、串本の人々とトルコの人々の友好関係がいつまでも続いてほしい。そう願いながら手を合わせた。
 同じ敷地内にトルコ記念館がある。エルトゥールル号の模型や事故を紹介する資料、そしてトルコの食器や織物などが展示されていた。トルコの織物やタイルの美しいこと、感心して見とれていた。樫野崎灯台の周りはスイセンや菜の花が咲いていてすっかり春の気配が漂っていた。

 再びループしながら海を越え、本州最南端の潮岬を目指す。潮岬灯台の駐車場についてのが15時55分ごろ、駐車場に入るやいなや管理人のおじさんから「潮岬灯台は16時までしか開いていないから急いで」とせかされる。大急ぎで急な階段を登ると、青く澄んだ美しい海と生気に満ちた緑の森、あまりにも神々しい眺めだった。もっとも、もう16時を過ぎている。切符売りのおばさんに嫌な顔をされそうなので早々と下に降りることにする。

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