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東京で松子の足跡をたどる その3 赤羽

 川尻松子は8年間の刑期を終え、1982年東京に戻った。松子は34歳になっていた。松子は北区の赤羽にアパートを借りた。美容師を一生の仕事として再出発を図ろうとした。本当は賢治と一緒に店を持ちたいと思っていた。しかし、賢治は待ってはくれなかった。それはそうだろう。たった2カ月同棲しただけ、それのみならず殺人を犯したことを隠していた女を8年間も待つことはどう考えたって無理だろう。松子もわかっていただろうが、かすかな希望にすがりたかったのだろう。
 松子は銀座の美容室で働くことになった。強引に押し掛けて採用をせまったが、美容室のオーナーも松子の腕と、再出発を図ろうとする覚悟をかったのだ。松子の再出発は順調に進むかに見えた。しかし、松子は孤独だった。クリスマスイブも年末年始も一人で過ごした。そのころ、刑務所で知り合った友人に再会した、新しい仕事と夫を得て輝いている友人の姿を見て、引け目を感じ、友人に背を向けるようになった。そんな孤独な松子の心の隙間を埋めるように、松子は運命の再会をする。かつての教え子龍洋一である。松子が学校を追われる原因となった盗難事件を起こし、現在はヤクザになり、覚せい剤の密売をしている男である。この再会によって、松子は転落人生のペースに拍車をかけることになるのだが、松子はわかっていながら孤独に耐えきれなかったのだろう。そんな赤羽時代の松子の足跡をたどってみた。

 赤羽周辺の地図を穴があくほ眺めながら、どこに行こうか考えた。この時代、赤羽でのエピソードはあまり多くない、あってもアパートの中での出来事だから、私がたどりようがない。銀座を歩いてもしょうがないし。そう考えるうちに、荒川に行ってみようと思った。松子は福岡県大川市の大野島に生まれた。大野島は筑後川とその分流の早津江側に囲まれた中州にある。ゆったり流れる荒川は、ずっとかえっていない故郷の風景に似ているだろう。孤独な松子は荒川を見て、かろうじてつながっている故郷や故郷の人々のことを思い出したに違いない。私はそう思った。11月3日朝、地下鉄赤羽岩淵駅に降り立った。階段を登ると東京都豊島区と日光市を結ぶ国道122号線の太い道路である。太い道路を避け、細い路地をたどって荒川を目指す。松子が最後に住んだ北千住よりはややゆったりとした住宅地である。少し向こうには銭湯の煙突も見える。

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 そんなところをしばらく歩くと新河岸川にかかる橋を渡る。新河岸川と荒川に挟まれた堤防を歩く。天気が良く気持ちのいい散歩である。しばらく歩くと中州にかかる橋があり、遠くには水門が見える。ちょうど、荒川と隅田川が分流するところである。正確にいえば、かつては現在の隅田川が荒川本流であったが、水害を防ぐために荒川放水路が作られた。この放水路は1930年に完成した。松子が晩年に故郷を思い出して涙を流した北千住の荒川は、この荒川放水路である。中州に渡り、太陽と風を思いっきり受ける。気持ちがいい。遠くには川口市、高層マンションが立ち並んでいる。それもずいぶん向こうである。東京でこんなに空が広い場所はそうそうないだろう。荒川の堤防近くに河川事務所があり、そこに資料館もあった。荒川に住む生物、防災などの資料があってなかなかおもしろかった。

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 帰りは赤羽駅に向かう。再び細い路地をたどり、国道122号線を渡り、赤羽駅に続くアーケードのある商店街を歩く。商店街は地方にあるようなシャッター街なっておらず、まだまだ活気があったが、閉校になった学校があったところはわびしかった。

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 松子は、洋一に覚せい剤の密売と使用をやめるように迫る。松子の言葉に動かされ、洋一はヤクザから足を洗う決意をするが、組織からの制裁を受ける。追い詰められた松子と洋一は渋谷の円山町のラブホテルで覚せい剤を使用し、わざと逮捕される。さすがのヤクザも警察に逮捕された人間に手出しはできない。こうして松子は懲役1年、洋一は懲役4年の判決を受け、再び刑務所暮らしに戻ってしまった。


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