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「魏志倭人伝」の国々へ 6

【嵐の中で見たものは 12月28日】

 唐津発呼子経由波子岬行きの昭和バスの路線バスは、さっき列車を降りた西唐津駅を右に見ながら国道204号線を進む。ちょうど席は埋まっているが、地方のバス路線の常で、平均年齢が非常に高い、30人くらいのっているが、私は、おじいちゃんに連れられた5歳くらいの男の子と、部活帰りの女子中学生2名に次いで若い。唐津の市街地をでると、海沿いに走る国道ではなく、山間部をショートカットする県道に入る。さっき菜畑遺跡に行く時にも土砂降りの雨と突風に悩まされたが、再び風雨が強くなってきた。
 バス停ごとに少しずつお客を下し、再び海が見えると深い入り江の奥にある港町、呼子に着く。ここで客の入れ変わりがある。呼子を発車したバスは、坂を駆け上がり高い橋を渡る。川かと思って見てみたら波が立っている。深い湾である。橋を渡るとすぐに名護屋城であるが、バスは湾の入り口近くの集落に寄ってから名護屋城に向かう。まだるっこしいが景色がいいのでそのままバスに乗る。

 名護屋城でバスを降りる。ここには博物館があり、日本と朝鮮半島の文化交流を中心にさまざまな文物が収蔵されている。面白かったのは、朝鮮のトーテムポールのような人形や安宅船とよばれる当時の軍船だった。名護屋城は1592年、豊臣秀吉によって朝鮮遠征の基地として建てられた城である。かなり大きな城だったようで、5重7層の天守のほか、各大名の陣屋があり、当時の城としては、大阪城に次ぐ規模だったそうである。金箔を貼った屋根瓦も見つかっており、豊臣家のけた外れの経済力を物語っているといっていいだろう。私はいよいよ城内を散策し、豊臣秀吉の夢の跡をたどろうと思ったら、チケット売り場の女性から嬉しくない知らせを聞いた。「どちらからいらっしゃいましたか?」「福島からです」と答えた。女性はしばらく考え込んで「竜巻注意報がでているそうですから早めに戻ってきてください、無理だと思ったらすぐに引き返してください」と注意を受けた。おそらく、近県からの人だったら引きとめるつもりだったのであろう。

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 歩きだして間もなく、強い風の直撃を受ける。この風は福島のへろへろ台風よりよほど強い。立ち止まって両足で踏ん張っていないと吹き飛ばされそうである。そのうち、風が強くなるタイミングがわかるようになるった。なんとか天守跡までたどり着いたが、あまりの強風に秀吉の野望に思いをはせるどこどころではない。ほうほうの体で名護屋城を後にする。呼子までは歩いていこうと思っていたが、それどころではない。釣り餌のアオメエソの匂いのするタクシーを見つけてそれに乗って呼子まで行った。

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