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東日本大震災~3月13日

 目が覚めて、まわりを見渡す。あたりまえのように布団があり、あたりまえのようにたんすがある。しかし、顔を洗おうとして洗面台の水道の蛇口をひねったが水はでない。そうだった、これまでのような日常ではないのだ。あらためて実感した。浴槽から水を少しだけ汲んでタオルを濡らす。それで顔を拭く。今日も午後から避難所になっている体育館に行くつもりだが、午前中は少しだけ身体を休めることにする。テレビからは相変わらず津波で壊滅した町の様子が流れてくる。私は自宅も無事であるが、自宅を流された人はどうやって生活を再建するのだろうと心配になる。そして、福島第一原発の情報。1号機は既に爆発したが、他の原子炉も危険な状態が続いているそうだ。「冗談じゃないよ、これ以上爆発したら福島、終わるぞ」とテレビに向かって悪態をつく。

 昨日炊いたご飯の残りと、野菜の浅漬けの残りで朝食にして、買い出しと町の様子を把握するために出かける。昨日までの情報で、スーパーマーケットはほとんど閉店、コンビニエンスストアも商品が売り切れたら今後の入荷の見込みが立たないと聞いていたので、その前に少しでも買っておきたかった。
 
 私が走った道路は、あまり被害が無かった、しかし、街中の建物の中にはほとんど崩壊状態のところもあった。コンビニエンスストアは残念ながら酒くらいしか残っていなかった。駅近くの駐車場にクルマを止めた。駅前はほとんど開いている店はなかったが、コンビニエンスストアが1軒だけ開いていた。駄目もとで入ったら、案に相違して商品があった。自家用車が中心の地方では、駅前こそ穴場と言えるのか もしれない。カップラーメンとカップ入りのスープ、カロリーメイトなどを購入する。駐車場に戻る途中、自動販売機で飲み物を買う。ミネラルウオーターやお茶は売り切れていたが、炭酸飲料や果汁飲料は残っていたあので購入した。

 午後学校に入ると、体育館はがらがらだった。地元の人はほとんどが帰宅し、これからは原発の避難区域の方や、津波で被災した方を受け入れることになったと説明があった。私たちは食事の準備や会場の準備、避難物資の受け入れのために走り回った。夕方から避難者が押し寄せ、体育館はたちまちいっぱいになった。津波がきてから50時間以上、原発周辺に避難指示が出てから40時間以上が経過していた。避難してきた方は一様に疲労困憊していた。とくに、老人保健施設の方が施設ごと避難してきたときには、めを疑うような惨状であった。
 

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