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2011年6月の15件の記事

東北地方の私鉄・第三セクター鉄道の運転再開状況

○仙台市地下鉄

 通常のダイヤで運行

○仙台空港鉄道

 全線で運休中。代行バスを運転。7月23日、名取~美田園間運転再開予定

http://www.senat.co.jp/

○三陸鉄道

 南リアス線(盛~釜石)は全線運休。北リアス線(宮古~久慈)は、宮古~小本間、陸中野田~久慈間にそれぞれ列車を運転。小本~陸中野田間は運休。。

http://www.sanrikutetsudou.com/

○阿武隈急行

 全線で臨時ダイヤで運転 

http://www.abukyu.co.jp/index2.php

○ひたちなか海浜鉄道

 中根~那珂湊間のみ運転。7月3日、勝田~中根、那珂湊~平磯間運転再開予定

http://www.hitachinaka-rail.co.jp/

○鹿島臨海鉄道

 新鉾田~大洋 代行バスを運転
 7月12日、全線で運転再開予定。
http://www.rintetsu.co.jp/

東北地方のJR線の運転再開の状況

【JR東日本】

○東北・山形・秋田新幹線

 7月8日(金)までは一部区間で徐行運転をします。7月9日(土)よりダイヤが変わります。7月8日まで、および9日以降のダイヤは、以下のリンクを参照してください。

http://www.jreast.co.jp/railway/pdf/shinkansen_timetable.pdf

○在来線特急列車

 ・成田空港への特急「成田エクスプレス」…一部列車に運休があります
 ・常磐線特急「スーパーひたち」「フレッシュひたち」…いわき~仙台間運休。上野~水戸~いわき間ではダイヤの変更があります。
 ・東海道線特急「踊り子」「スーパービュー踊り子」…6月30日まで一部列車の運休があります。
 ・外房線特急「わかしお」…一部の列車に運休があります。

http://www.jreast.co.jp/railway/pdf/nex_timetable.pdf

○東北地方の在来線

 ・常磐線…久ノ浜~亘理間運休。このうち、原ノ町~亘理間は代行バスを運転
 ・仙石線…高城町~石巻間運休。代行バスを運転。矢本~石巻間は7月中旬運転再開予定。
 ・石巻線…石巻~女川間運休。代行バスを運転。
 ・気仙沼線…柳津~気仙沼間運休。志津川~気仙沼間ミヤコーバスで振替輸送を実施。
 ・大船渡線…気仙沼~盛間運休。岩手県交通バスで振替輸送を実施。
 ・山田線…宮古~釜石間運休。岩手県北バスで振替輸送を実施。
 ・八戸線…階上~久慈間運休。代行バスを運転。

http://www.jreast.co.jp/pdf/saikaijoukyou.pdf

弱気になりたくはないが

 昨日、宮城県の岩沼から常磐線の電車で南に向かった。岩沼を発車した電車は、阿武隈川の鉄橋を渡ると、わずか2駅、10分ほどで終点の亘理駅に到着する。亘理駅は、駅裏にお城のような建物があり、図書館などが入っている。学生時代、仙台に住んでいた私は、何度も帰省のたびに乗ったコースだから、車窓の景色も大体わかっている。だから、電車に乗っている間は、このまま何事もないかのようにいわきまで行けるような錯覚に陥った。

 亘理駅で電車を降りると、代行バスに乗り換える。ここからこの先の浜吉田駅や新地駅の設備や線路が津波で大きな被害を受け使用できなくなったので、原ノ町までは代行バスが、原ノ町から久ノ浜までは東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う警戒区域になっていて、代行バスさえ運転できない状態になっている。バスは、常磐線よりも山側にある国道6号線を走る。それでも何箇所か津波が到達した痕跡が残っている。地図を見るとお分かりかと思うが、宮城県亘理町から福島県相馬市にかけての国道6号線は、海から2km程度離れている。こんなところまで津波が押し寄せたことに改めて驚く。それにしても、地元のおばちゃんの明るさには驚く。私は津波の爪痕を見て暗澹たる気持ちになっていたが、おばちゃんたちの姿を見ていたらすこし勇気づけられた。

 代行バスは相馬まで乗った。相馬市内はおもったよりも建物の被害は少なかったが、やはり町は活気が無かった。今回の大震災以降閉店を決めた店も数多くあった。それでも駅は開いていて、乗車券の販売などがあったから、列車は走っていないが、なんとか町が生きていることは確認できた。亘理~相馬~原ノ町間は、津波の被害を受けないルートにつけかえられ、いずれ運転を再開するのだろうが、原ノ町~久ノ浜間は、原発事故が終息し、放射線量が下がるまでは被害状況の調査さえ着手できない状況である。このまま廃線と言うことはないだろうが、一体何年かかるのだろうか。ひょっとすると私が生きている間に復旧するのは無理かもしれない、そんな考えが頭をよぎった。弱気にはなりたくないが、今の私にはどうしても明るい展望が描けない。私は重い足取りで帰りの代行バスに乗り込んだ。
 

これはまずいでしょう

 まずは以下の福島民報の記事をご覧ください

http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4107&blockId=9859615&newsMode=article

 福島市の阿武隈川以東の地域は放射線量が高いといわれてきましたが、あらためてそれが確認された形となりました。学校の校庭や公園の表土除去もいいですが、それだけでは抜本的な対策にはなりません。まさか、住民がいる地域全ての表土除去をするわけにはいきませんし、そうして削った表土の捨て場所がかくほできるわけがありません。抜本的な対策は、乳幼児、未成年者、妊婦を最優先とした安全な地域への避難しかありません。私がこれまで散々言ったように、福島県全てが危険なわけではありませし、県外でも、比較的近いところに放射線量が低い地域があります。どうか何よりも住民の健康最優先の判断をお願いします。

「魏志倭人伝」の国々へ 9

 JR香椎線は2つの点で面白い路線である。ひとつは、福岡近郊を走る路線でありながら、博多にも天神にも、言い換えれば人の集まる繁華街をまるっきり無視したルートを選んだ点、もうひとつは、西戸崎駅、宇美駅と両端尾の駅が他の路線との乗り換えができない行き止まりの駅である点である。これは、この路線の歴史を紐解けば謎は解決するのである。この路線は、沿線で採れる石炭を西戸崎港まで運ぶ運炭路線として開業した。はじめは私鉄であったが、後に国有化された。福岡県の鉄道には、運炭を目的として建設された鉄道路線が多い。その多くは国鉄末期に廃止されたが、香椎線は福岡近郊であることが幸いし廃止を免れた。

 志賀島小学校前から西鉄バスに乗った私は、西戸崎駅前でバスを降りた。20分ほど何もない西戸崎駅前で時間をつぶした。香椎線の列車は国鉄時代に製造された古いディーゼルカーである。こいつは性能は非常に低いが、国鉄らしく質実剛健、丈夫で長持ちするように作られていて、製造から30年ほどたっているが、まだまだ走りそうだ。しかし、加速は非常に鈍い。のんびりと松林の間を走る。車窓がにぎやかになると香椎、鹿児島本線の乗り換え駅である。現在、西戸崎~博多間は香椎で乗り換えが原則であるが、列車本数が多く、特急、快速と速度の速い列車が多い鹿児島本線に香椎線の低性能な車両をもぐりこませるのは不可能だろう。
 香椎を過ぎると住宅地になる。アップダウンが多少でてくるから、低性能な車両はますますゆっくり走る。でも、こういうのんびり嫌いではない、嫌いではないがさすがに眠くなる。どれくらい眠っただろうか、目が覚めると駅名の看板が見えた。「長者原」しまった、乗り換える駅だ。のんびりとした列車からあわてて飛び降りる。
 長者原から篠栗線の快速列車に乗る。長者原駅でしばらく待つと、シルバーのボディのスタイリッシュな電車である。車内も凝っていて、向きを前後に転換することのできるシートは、木製のフレームに黒い本革が貼ってある。特急料金不要の列車としては全国有数の豪華な列車といっていいだろう。走りも、鋭い加速で全然違う。路線名にもなった篠栗を過ぎると山間部に入る。桂川から筑豊本線に入ると間もなく飯塚に着く。飯塚は直方と並んで筑豊炭田の中心的な町である。私も福島県いわき市出身なので、同じ旧産炭地の現状が気になっていた。そんな思いがあったが、飯塚の駅周辺の風景は、思ったよりも活気がありそうでほっとした。まぁあくまでも車窓から見た範囲であるが。飯塚を過ぎると、快速も停車駅が増える。この列車は折尾から鹿児島線に入るが、私はこのまま筑豊本線をたどって若松に向かう。そのため乗り換えるのだが、その乗り換えがけっこう面倒である。筑豊本線と鹿児島本線を乗り入れする列車は本来の折尾駅から少し離れた場所にある第二の折尾駅に停車する。ここから本来の折尾駅まで3分ほど歩いて乗り換える。ここで名物の駅弁であるかしわめしを買う。

Photo

 折尾駅から若松行きの列車に乗る。政令指定都市である北九州市だが、沿線は何となくさびしく殺風景である。列車も空いていてあまり活気がない。しかしかしわめしは抜群に美味かった。よく煮込まれた鶏肉と鶏肉のスープがしみ込んだご飯、ふんわりとした錦糸卵、そして海苔が絶妙なハーモニーを奏でている。弁当を食べ終えるころ、列車はゆっくりと若松駅のホームに滑り込んだ。

福島県民はこれしかないでしょう

ブログネタ: 絶対に信用できない言葉はどれ?参加数

 今回の原発事故に際して語られた、東京電力や原子力安全保安院、原子力安全委員会、原子力発電推進の国会議員の言葉。あんたらが言った方と逆の方に向かっているんじゃないの?

放射能マップ

 群馬大学教育学部、早川由紀夫教授が制作した放射能マップへのリンクを貼ります。こちらをご覧になり、今後の対策の参考にしてください。

http://gunma.zamurai.jp/pub/2011/18juneJG.jpg

このマップにより読み取れること。

・福島第一原子力発電所の周囲と、北西方向には、4マイクロシーベルト以上の高い放射線量を記録している。市町村でいうと、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、南相馬市、葛尾村、飯舘村など。これらの地域ではほとんどが住民が避難しているが、川俣町、二本松市、福島市、伊達市にも放射線量の高い地域があり、今後避難範囲の拡大を検討しなければならないのではないか。(4ミリシーベルト/時)の場合、単純計算で年間35ミリシーベルトになる)

・福島県中通りの伊達市、福島市、二本松市、大玉村、本宮氏、郡山市、須賀川市には2マイクロシーベルト以上の地域が帯状に広がっている。

・福島県の中通り、浜通りは阿武隈山地の一部を除いて0.5マイクロシーベルト以上ある。

・福島県会津地方にも喜多方市塩川地区周辺に0.5マイクロシーベルト以上のやや線量の高い地域がある。

・岩手県一関市周辺が0.5マイクロシーベルト以上の地域があり、周囲より高くなっている。

・宮城県丸森町、白石市、角田市に0.5マイクロシーベルト以上の地域がある。

・栃木県は県北部の那須町、那須塩原市、大田原市、矢板市、塩谷町、日光市に0.5マイクロシーベルト以上の地域がある。また、那須塩原市から大田原市にかけては1マイクロシーベルト以上の地域がある。

・茨城県は土浦市、阿見町に0.5マイクロシーベルト以上の地域がある。

・茨城県、埼玉県、千葉県、東京都の守谷市、我孫子市、柏市、流山市、三郷市、八潮市、松戸市、葛飾区(常磐線、つくばエクスプレスの沿線)には0.5マイクロシーベルト以上の地域がある。

・群馬県沼田市、みなかみ町には0.5マイクロシーベルト以上の地域がある。

 ※これらの市町村名は、早川教授作成のマップから私が割り出した市町村名です。読み間違いや抜けがあるかもしれません。該当する市町村の方や、周辺の市町村の方は、念のため、情報収集に努めてください。

ハマナスの花

 今日、福島県いわき市に行った。そのついでに、かつて住んでいた海沿いの地域がどうなっているのか気になったので行ってみた。この地域は、3月11日の東日本大震災で大きな被害を受けた。

 いわき市の中心部であるいわき駅周辺は表向き何事もなかったように見えるが、よく見ると歩道や建物に亀裂があり、地震の揺れが強かったことを物語っている。いわき市の中心部をはなれ、海岸に向かう。海岸部の中には、集落が丸ごと一つ津波に流されてしまったところもあった。私は覚悟はしていたが、そこを通りかかった時には胸が潰れるような深い悲しみに包まれた。家が流されてコンクリートの土台だけが残った家、ひしゃげてつぶれたクルマ、私はこのあたりの風景が好きで、中校生のころから何度もこのあたりに来たから、かつての風景は今でもよく覚えている。海と山の間の狭い平地に木造の家屋や民宿、水産物加工工場が肩を寄せ合うように並んでいた。集落の狭い道には、クルマとバスと自転車と歩行者がお互いに譲り合いながらゆっくりと通行していた。海のそばだから、夏でも涼しく、いわき市に住んでいた頃は、おにぎりと本を持ってこの集落近くの駐車場にクルマをとめて、本を読んだり、集落や海辺を散歩したり、昼寝をしたりしたものだ。しかし、ひとたび牙をむいた海は、平和な集落を地獄に変えてしまった。今日は東日本大震災からちょうど100日、流された自宅の前で茫然としている人たちが多くいた。私もクルマをとめて黙祷をする。

 そこをしばらく過ぎると私がかつて住んでいた住宅地に着く。このあたりは津波の直接の被害はなかった。しかしこの近くの海岸沿いの道路はひどい有様だった。歩道は波打ち、路肩は崩れ、海岸近くの駐車場はあちこちに地割れができ、50cm位の段差ができていた。私はその駐車場にクルマをとめて、海を見た。子どものころから海を見ることが大好きだったが、今日ほど海を恨めしく思ったことはない。海よ、どうして私の故郷をこんなにしてしまったのですか。風も波も答えてはくれない。しかし、足元にピンクのハマナスの花だけが咲いていた。私は膝を曲げてそのハマナスの花を見た、海岸の砂丘によく咲くこの花をこんなに愛おしく思ったのは初めてだ。そう、希望は潰えたわけじゃない。また頑張ろう。小さな花にそう誓った。ハマナスの花に救われた、そんな思いがした。

いろんな力をありがとう

まずは、こちらの映像をご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=3CQJuAN2BEY

 こちらは、福島県出身の4人のミュージシャンによるバンド「猪苗代湖ズ」の「I love you & I need you ふくしま」という曲です。この曲は福島県内ではすっかりおなじみになり、福島県民を勇気づけている曲です。今回の映像は、福島を含む47都道府県出身者が代わる代わる登場しています。
 ご存知の通り、福島県は東日本大震災により、新地町からいわき市までの沿岸部に津波で大きな被害を受けました。また、東京電力福島第一原子力発電所の事故により、原発周辺の市町村では住みなれた家を追われ、避難生活を強いられている人、農業や畜産業、水産業、観光などの産業は壊滅的な打撃を受けています。そして、福島県の浜通り(相馬市、南相馬市、いわき市等)、中通り(伊達市、福島市、二本松市、郡山市)は、放射線量が高く、長期的には健康被害の発生が心配されています。私自身、最大で4μSV程度の放射線量を浴びた時期がありますし、水道水に放射性ヨウ素やセシウムが入っていることを承知の上飲んだこともあります(ミネラルウオーターは購入可能でしたが、子どもがいない私が購入することは気が引けたので買うのをやめました)。大人はまだいい、私にも2歳の甥と、間もなく生まれてくる姪がいます。彼らの健康被害は心配しています。
 それでも、この映像を見ると、政府や電力会社には期待できなくても、日本人の心意気は信用してもいいかなと思えるようになりました。こういう形での応援、本当にうれしいです。


 一方こちらは、私の故郷、福島県いわき市に住んでいる方と、出身者が作った「応援すっぺ、いわき」というサイトです。こちらも、草の根で動いている人たちからの発信やイベント等の情報が満載です。こういう人たちがいれば、どんな苦難が待っていても乗り越えられる、そんな気がします。

http://yell-iwaki.com/index.html

 頑張っぺ、日本。がんばっぺ、東北。がんばっぺ、福島。そして、がんばっぺ、いわき。

「魏志倭人伝」の国々へ 8

【12月19日 志賀島へ】

 私たち東北の人間から見ると、九州と言えばずいぶん暖かいところに思える。しかし、師走の福岡の風は冷たかった。私はホテルを出たが、部屋に引き返し、コートを着て改めて出なおした。外はどんよりとした曇り空である。ホテルのある住吉から中州を突っ切って、那珂川沿いに歩く。中州はながい夜が明け、町は眠っていたが、どういうわけか南新地だけは動いていた。神戸の福原と言い、そういう場所はなぜか朝が早い。

Photo_2

 博多中学校を右に見て川沿いに進むと、福岡都市高速の高架橋が見えてきた。ここを過ぎると間もなく博多埠頭である。ここまでおよそ40分、すっかり身体は冷え切った。何か温かいものが飲みたい。博多埠頭のターミナルに入って、熱い缶コーヒーを飲む。そうしているうちに志賀島行きの船の出航時間が近づいてきた。志賀島行きの船は正確には福岡市営渡船という。観光的要素もあるが、海の中道の先端近くにある西戸崎や、志賀島の住民にとって福岡市中心部への最も早い交通手段である生活路線としての要素が強い航路である。船は胴体下部が2つにわかれている双胴船になっていて、なかなかかっこいい。

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 船は出航するとすぐにスピードを上げる。右側に見える国際ターミナルには韓国のプサン行きの大きなフェリーが停泊している。博多は古くから朝鮮半島、中国との窓口であったが、現在でもその機能は失われていない。西戸崎、大岳でお客を下し、最後は私ともうひとりのおじさん2人だけになって志賀島に着いた。ここまで33分、JR香椎線を使っても、西鉄バスを使っても倍くらいの時間がかかるだろう。
 さっそく、住宅地をあるき、金印公園を目指す。途中の志賀島小学校前で帰りのバス乗り場と時刻を確認する。ここを過ぎると、道路の向こうはすぐ海になる。後ろから高速船がやってきて、猛スピードで私を追い抜いて行った。プサン行きの高速船である。この船は博多とプサンをわずか3時間で結ぶ。新幹線で東京まで行くより早いのだ。このあたりのことは、福岡を理解するうえで押さえておかなければいけない点であろう。金印公園について金印のモニュメントを見て小休止する。ここでは、江戸時代の天明4年(1784年)に、ある農民が「漢委奴国王印」と刻まれた金印を発見した。印文の解釈には諸説あるようだが、いずれにせよ、この地域の王と中国の王朝とのつながりが古くからあったことは間違いないとみてよいだろう。

 Photo_3

奇妙な鮮魚売り場

 私は魚が好き。魚料理を食べるのも好きだし、水族館で魚を見るのも好き、海に近い町に住んでいた時には、釣竿をかついで岸壁に行って釣りをするのも好きだった。そんな私は鮮魚売り場や魚市場を覗くのも好きである。旅行のときには魚市場や漁港はできるだけ行くようにしているし、そんな時間が無い時には、デパ地下やスーパーマーケットの鮮魚売り場に行く。今は冷凍や冷蔵の技術が発達しているから、産地を遠く離れて売られている魚も増えでえたが、それでも地域の魚というものはしっかり残っている。

 福島県は県の東側(浜通り)が太平洋に面していて、全国第8位の漁獲量をほこる漁業の盛んな県である。福島県の沖合で暖流である黒潮と寒流である親潮がぶつかるため、多くの種類の魚が獲れる。

 ここで、私が選ぶ福島の魚

○メヒカリ(標準和名、マルアオメエソ)
  ちょっと目つきの悪い深海魚。見た目はアレだが、味はばつぐん。たっぷり脂の乗ったメヒカリをから揚げにすると絶品!福島の魚が安全になったらみなさんに味わってほしい魚です。

○カツオ
  いわずとしれた太平洋側を代表する魚。ほどほどに脂の乗った新鮮な刺身はやっぱりうまい。

○サンマ
  これも珍しくはない魚ですが、福島では刺身で食べます。青魚特有のうまみがたっぷり。これは本当にうまい、秋はやっぱりいい季節だなぁ。

○ナメタガレイ(標準和名、ババガレイ)
  見た目はよろしくないが煮つけがおいしい。とくに子持ちの煮つけがいい。

○ドンコ(標準和名、エゾイソアイナメ)
  こいつは見た目はけっこうグロいです。しかし煮つけにした肝はうまい。

 これがすべてではありませんが、どうです、福島の魚、侮りがたいでしょう。と言いたいところですが、3月11日の東日本大震災で漁港や漁船が大きな被害を受け、追い打ちをかけるように、福島第一原子力発電所の事故で、原子力発電所周辺の地域が立ち入り禁止になったのみならず、大量の汚染水が海に放出された。これにより、福島県産の魚は店頭から消えた。漁業が盛んな県でありながら、遠方で獲れた魚ばかりが並ぶ鮮魚売り場は奇妙であり、悲しい光景であった。漁港や漁船の復旧が進み、原発の事故も収束し、魚が安全になったら、みなさんにぜひ味わってほしいし、私もたくさん食べたい。そんな日はいったいどれだけ先のことになるのだろうか。

長期戦

 私の学校では、毎朝校舎内と中庭の放射線量を測定して、校内に掲示している。5月の連休明けから中庭も校舎内もほとんど下がっていない。一度雨が降った時に大幅に下がったことがあったが、雨がやむとまた元通りに戻ってしまった。いまのところ、校庭での活動や校外学習は現在見合わせている。しかし、プールは屋内にあるので、周辺の学校と違ってまだめぐまれているか。いずれにせよ、原発の事故が終息して放射線量が下がるまでは生徒の生活も制約を受けそう。まだまだ先は長そうだ。

対処するのは人間だけど

 さきほど放送されたNHKテレビの原発事故のドキュメンタリー番組を見ました。総理や原子力安全委員会の斑目氏、東京電力の関係者、福島第一原発の作業員の動きを時系列で追ったものである。この番組で浮き彫りにされた問題は、非常時の備えが甘かったこと、官邸、原子力安全委員会、東京電力の情報伝達が不十分で、機能不全に陥っていたことである。地震の直後、電源を喪失し核燃料を冷却する機能を失ったので、電源を回復させるために電源車を福島第一原発に向かわせたが、到着が大幅に遅くなったうえに、すでに原子炉内の電気系統が壊れていたために冷却機能を回復させることができなかった。また、原子力建屋内で水素爆発を起こす危険性が分かっていながら、電源喪失時にベント(換気)をするための手順が明確にされていなかったため、手をこまねいているうちに水素爆発を起こしてしまった。さらに、風向きなどから、放射性物質の飛散方向が分かっていながら、住民の避難には生かされず、多くの人が危険な北西方向(浪江町から福島市に向かう国道114号線)に多くの避難syが向かうことになってしまった。

 私は政府や東京電力を糾弾したいわけではない。むしろ、私たち一人一人の問題だと思っている。私たちはそれぞれの職場や家庭などの場で、十分な危機管理ができているだろうか。人口密度が高く、国土が狭いこの国では、災害は非常に多い。今回の教訓を今後に生かすことは非常に重要である。この事態がひと段落したら、関係者にって、今回の事態の対応の検証が重要であると思う。

「魏志倭人伝」の国々へ 7

【12月28日 呼子でイカを味わう】

 私は港町が好きだ。海のある町で育ったから、潮の香りが好きだし、港の風景は懐かしく好ましく見えるし、うまい魚が食べられるのもいい。私の旅行の日程の中に、何らかの形で港町を入れるようにしている。そういう意味では、今回の旅行のハイライトはここ、呼子なのかもしれない。

Photo

 港町を歩きながら、店を物色する。ここ呼子は近海の魚介類がおいしいが、とりわけイカ刺しが有名である。私は客がたくさん入っている店に狙いをつけ、イカ刺しを注文した。出てきたのは、ヤリイカの活け造りとミズイカの刺身であった。まず、まだ動いているヤリイカのゲソをいただく。口の中でイカの足が動くのはおもしろい感覚である。ついで、イカの胴体。「これはうまい!」歯ごたえ、甘み、そして旨味、文句のつけようのない美味さだ。これはビールも進む進む。最後に残ったゲソのてんぷらとご飯、味噌汁、おかずが出てくる。

Photo_2


 ほろよいになり、バスターミナルにもどる。今度は、海沿いに唐津に戻るバスに乗るが、旅の疲れとビールのアルコールが身体の中で混じり合い、たちまち眠ってしまう。目が覚めたらすでに唐津の市街地に入っていた。その後、唐津くんちの大きな曳山展示場にいき、今の私のような真っ赤な顔をした魚の形の曳山と対面した。唐津から博多までは高速バスで戻る。唐津市街地を出たころから再び風雨が強くなる。有料道路は朝乗った筑肥線よりも山側を走っていたから車窓は今一つだったが、快適さでは通勤型電車の筑肥線よりはバスの方が上だった。有料道路から福岡都市高速道路に入り、終点の博多駅まで乗った。その後、博多駅の駅ビルや駅に発着する電車を見て過ごした。

Photo_3


根が怠け者なので

ブログネタ: 究極の選択! 暇な毎日と忙しい毎日、どっちがいい?参加数

 私は根が相当重症の怠け者なので、暇な毎日の方が嬉しいです。暇なら暇で、過ごし方を考えるし。

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