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「魏志倭人伝」の国々へ 8

【12月19日 志賀島へ】

 私たち東北の人間から見ると、九州と言えばずいぶん暖かいところに思える。しかし、師走の福岡の風は冷たかった。私はホテルを出たが、部屋に引き返し、コートを着て改めて出なおした。外はどんよりとした曇り空である。ホテルのある住吉から中州を突っ切って、那珂川沿いに歩く。中州はながい夜が明け、町は眠っていたが、どういうわけか南新地だけは動いていた。神戸の福原と言い、そういう場所はなぜか朝が早い。

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 博多中学校を右に見て川沿いに進むと、福岡都市高速の高架橋が見えてきた。ここを過ぎると間もなく博多埠頭である。ここまでおよそ40分、すっかり身体は冷え切った。何か温かいものが飲みたい。博多埠頭のターミナルに入って、熱い缶コーヒーを飲む。そうしているうちに志賀島行きの船の出航時間が近づいてきた。志賀島行きの船は正確には福岡市営渡船という。観光的要素もあるが、海の中道の先端近くにある西戸崎や、志賀島の住民にとって福岡市中心部への最も早い交通手段である生活路線としての要素が強い航路である。船は胴体下部が2つにわかれている双胴船になっていて、なかなかかっこいい。

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 船は出航するとすぐにスピードを上げる。右側に見える国際ターミナルには韓国のプサン行きの大きなフェリーが停泊している。博多は古くから朝鮮半島、中国との窓口であったが、現在でもその機能は失われていない。西戸崎、大岳でお客を下し、最後は私ともうひとりのおじさん2人だけになって志賀島に着いた。ここまで33分、JR香椎線を使っても、西鉄バスを使っても倍くらいの時間がかかるだろう。
 さっそく、住宅地をあるき、金印公園を目指す。途中の志賀島小学校前で帰りのバス乗り場と時刻を確認する。ここを過ぎると、道路の向こうはすぐ海になる。後ろから高速船がやってきて、猛スピードで私を追い抜いて行った。プサン行きの高速船である。この船は博多とプサンをわずか3時間で結ぶ。新幹線で東京まで行くより早いのだ。このあたりのことは、福岡を理解するうえで押さえておかなければいけない点であろう。金印公園について金印のモニュメントを見て小休止する。ここでは、江戸時代の天明4年(1784年)に、ある農民が「漢委奴国王印」と刻まれた金印を発見した。印文の解釈には諸説あるようだが、いずれにせよ、この地域の王と中国の王朝とのつながりが古くからあったことは間違いないとみてよいだろう。

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