震災に立ち向かう仙台近郊の鉄道にエールを送る
8月7日に、仙台市の近郊にある2つの鉄道を訪ねた。ひとつは仙台空港鉄道。JR名取駅から分岐して、仙台空港までの鉄道で、快速電車で仙台駅から仙台空港駅まで17分で結ぶ。また、沿線の開発も進み、途中の杜せきのした駅は、イオンモール名取エアリと高架橋で直結しており、買い物客の利用も多い。美田園駅は、まだ開発途上だが、住宅や郊外型の店舗が建ち始め、将来的には利用客の増加が予想されている。もうひとつは、仙台市地下鉄南北線、太白区の富沢駅から仙台市の南の副都心である長町地区を経て、下町情緒あふれる若林区西部を通り、仙台市都心に至る。仙台駅では、東北新幹線・東北本線・仙石線・仙山線と接続し、西北部の住宅地への結節点である北仙台駅、青葉区から泉区にかけての丘陵地帯の住宅地を縦貫し、北の副都心である泉中央駅に至る仙台市の大動脈となる鉄道である。
3月11日の東日本大震災は、これらの鉄道にも大きな被害を与えた。仙台空港鉄道では、美田園~仙台空港間のトンネルが津波のため水没するなど、大きな影響を受けた。仙台市地下鉄では、八乙女駅などに大きな損傷があり、4月末まで台原~泉中央間が運休になった。
郡山から普通列車に乗った私は、うつらうつらとしながら名取駅まで来た。真新しい橋上駅の名取駅で、仙台駅からきた仙台空港鉄道の電車に乗る。座席が8割がた埋まっている。多額の復旧費用の捻出に苦労しそうな小さな会社であるが、この好況は福音となるだろう。杜せきのしたで、イオンモールに行く買い物客を降ろし、間もなく美田園駅に着く。線路の北側には田んぼが残っているが、そこにあるのは青々とした稲ではなく、茶色く枯れた草である。ここまで津波に襲われたのだろうか。
ここから、列車代行バスに乗り換える。バスの窓からは、列車からは見えなかった町の現状が見えてくる。歩道のマンホールが20~30cmくらい持ち上がっている。このあたりは田んぼを埋め立てた土地だから、液状化が起こったのだろうか。しばらくすると、海岸線近くの道に入る、「あれ、確かここは集落があったはずなのに…」海岸沿いに集落があったところはは、一面のあれt胃になっていた。時折、家の土台が残っていたり、ひしゃげたクルマが残っていたりする。ここに住んでいた人は一体どうなってしまったのだろう。暗澹とした気持になる。
空港はきれいに整備されて、七夕飾りなどが飾られていた。国内線出発ロビーはにぎわいが戻っていたが、3階のレストラン街や屋上の展望デッキは閉鎖されたままだった。そして、国際線出発ロビーは人影が無い。
仙台空港から、岩沼市民バスで岩沼駅に出て、JR東北本線、仙山線と乗り継いで北仙台駅に着く。ここから仙台市地下鉄に乗り換える。七夕の期間だから、昼すぎの時間にもかかわらず電車は混んでいた。次の台原からは復旧した区間である。旭ヶ丘駅からは、森林公園が見える。掘割の黒松駅出ると、周囲の景色が里山になる。スピードを落として八乙女駅に入ると、ここからは泉区の中心部に入る。終点の泉中央駅から、写真を撮影しながら八乙女駅まで歩こうと思ったが、空に黒い雲が出て、雷鳴さえ聞こえてきた。こんな歳になっても雷は嫌いなので、泉中央駅近くのユアテックスタジアムをバックに走る電車の写真を撮ると、逃げるように泉中央駅に引き返した。
その後は、仙台駅まで地下鉄で出て、久しぶりに七夕を見物した。中央通りや東一番町は、すごいにぎわいだった。私は、勾当台公園の屋台で石巻焼きそばなど、宮城の味を堪能した。
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