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「魏志倭人伝」の国々へ 10

【12月29日 洞海湾と門司港レトロ】

 若松駅はかつては非常に重要な駅だった。飯塚や直方などの筑豊炭田から出炭した石炭は、筑豊本線で若松まではこばれ、ここから船積みされ全国に運ばれた。かつての日本は、蒸気機関の動力や、石炭火力発電所の燃料など、石炭が私たちの生活と産業の基盤を支えていた。今は駅も縮小され、静かな駅だが、よく見るとかつての繁栄の面影は残っている。ホームの上屋は立派だし、周辺の草むした空き地もかつては石炭を満載した運炭列車が行き来したのだろうと思われる。

 若松駅を出て、北九州市営渡船乗り場に向かう。渡船乗り場が近づくと、赤い吊り橋が見えてきた。かつて東洋一の吊り橋と言われた若戸大橋(北九州市の若松と戸畑を結ぶことからこの名がついた)が見えてきた。その下に、小さな渡船乗り場の建物があった。

Photo

 券売機で100円の乗船券を買う。対岸の戸畑はすぐ近くに見える。この海は洞海湾という名前であるが、工場の建設による埋め立てで、すっかり狭くなっており、まるで川のようになっている。待つほどもなく小さな船がやってきた。船はくるりと向きをかけて出航した。すると2分ほどで洞海湾を横断して戸畑についた。短いながらも風邪を浴びながら舟に乗るのは気持ちよかった。

 戸畑駅から鹿児島本線の電車で北九州市の中心部の小倉に出て、更に門司港行きの電車に乗り換えた。関門海峡の向こうに下関市が見える。門司港駅は九州の鉄道史を語る上で欠かせない駅である。この駅は1891年に九州鉄道の起点の駅として作られた。間もなく下関駅とを結ぶ関門連絡船が就航し、九州の玄関口として機能した。しかし、1942年に関門トンネルが開通すると、九州の玄関口の地位は明け渡してしまった。それでも、1914年に建設され、重要文化財に指定されている門司港駅の風格ある駅舎は健在である。この駅は2階がとくにいいので、時間がある方は2階に上がってほしい。この駅舎が現在まで生き残ったのは、この駅がメインルートから外れた怪我の功名的な部分もあるが、それにしても嬉しい。

 その後、駅に隣接した九州鉄道記念館で懐かしい車両たちと再開した。
Photo_2

 夕暮れの門司港駅から大牟田行きの快速電車に乗った。門司、小倉、戸畑、八幡と飛ぶように走り、しばらくうとうととするうちに香椎に着いた。もうすぐ博多である。寝起きの目に福岡の町明りはまぶしかった。


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