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2012年8月の7件の記事

各県のセシウム汚染の状況

 文部科学省および各都道府県の調査による各都道府県の詳細なセシウムによる汚染状況


【福島県】

 浜通り、中通は全般的に高い。楢葉町、南相馬市小高は警戒区域解除は時期尚早か。伊達市、福島市、二本松市、本宮市、郡山市は極めて高い。川俣町、田村市、いわき市も心配な状況。

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【茨城県】

 北茨城市、高萩市、阿見町、牛久市、取手市、守谷市が心配な状況。

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【栃木県】

 県の北部の那須町、那須塩原市、大田原市、矢板市、日光市は福島県中通りに次ぐ深刻な汚染。

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【群馬県】

 県の北部のみどり市、桐生市、沼田市、川場村、みなまみ町、中之条町が心配な状況

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【埼玉県】

 秩父市と三郷市に局所的ながら汚染がひどい地域がある。

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【千葉県】

 常磐線沿線とつくばエクスプレスの沿線(我孫子市、柏市、流山市、松戸市)が心配な状況

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【東京都】

 葛飾区の一部と奥多摩町の一部は要注意

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【宮城県】

 マップが見当たりませんが、他の汚染地図の情報からも、丸森町、角田市、白石市は心配な状況だと思われる。

 

もうひとつのオリンピック

ロンドンオリンピックが終わりましたが、今度はもうひとつのオリンピックであるパラリンピックが始まりました。私の知っている人が代表の一人として参加します。どうか皆さんも、テレビでパラリンピックをご覧になって下さい。ぜひ応援をよろしくお願いします。まだ2012年の夏は終わっていない。

フェリー

青森から函館までのフェリーに乗って北海道に渡った。これまで、北海道には数度行ったことがあるが、列車で青函トンネルを超えたり新千歳空港まで飛行機で言ったりしていた。青森からフェリーに乗り下北半島や津軽半島を横目に平舘海峡を過ぎ、やがて函館山が見えてくると、「ああ、北海道に来たんだな」と実感した。列車は飛行機では経験できない船ならではの経験である。乗り物が好きで、鉄道自動車、飛行機に加え、船マニアになりそうである

いわきの海は…

 東京電力福島第一原発事故後、福島県で初めて再開されたいわき市の勿来(なこそ)海水浴場が12日、今季の営業を終えた。
 7月16日の海開きから今月11日までの来場者は7970人で、震災前の2010年(7月14日~8月18日)の18万1726人を大きく下回り、市の担当者は「原発事故の風評被害が大きい」と残念そうだった。
 昨年は県内全ての海水浴場が営業を休止。今年は勿来海水浴場が県内で唯一、海開きした。県と市は砂浜の空間放射線量や海水の放射性物質濃度を調査して安全をPR。その一方、例年はお盆休み明けまで営業していたが、市内で424人が震災の犠牲になったことから、今年は海のレジャーを自粛する意味を込めて12日で営業を終えることにした。(以上、読売新聞より転載)

 私の故郷、福島県いわき市には「いわき七浜」と呼ばれる美しい砂浜海岸があります。とくに、勿来海水浴場は、最も関東に近い海水浴場として、福島県内はもとより、茨城県、栃木県などからも多くの人が訪れていた。去年の夏は、夏休みの日曜の昼下がりにも関わらず、勿来海水浴場には誰一人いなかった。焼けつく日差しの下、茫然と立ち尽くしていた。私の子供のころの勿来海水浴場は、色とりどりの水着を着た男女で海の中に花が咲いたようににぎやかだった。あの頃のにぎやかな海はもう戻ってこないのか、暗澹たる思いである。
 福島の人にお願いしたい、風評被害なんて言葉は安易に使わないでほしい。現実に、福島の海も山も、田畑も汚染されている。風評浮被害なんて言っていたらいつまでも福島の人々は救われない。みんなで国と東京電力の責任を追及して、正当な補償を求めていきましょう。


「炎のランナー」

 まずは、以下のリンクをご覧ください。

 http://www.youtube.com/watch?v=L-7Vu7cqB20&feature=related

 現在行われているロンドンオリンピックの表彰式で流れる曲です。元々は1981年に発表された同名のイギリス映画で使われた曲です。この映画の舞台になったのが1924年のパリオリンピック。どこまでもオリンピックと縁のある曲です。

小高の今

 福島県の浜通りに小高という町がある。東に太平洋、西に阿武隈山地があり、その間の平野部に小ぢんまりとした市街地がある。東北の中では冬でも温暖で、農業が盛んな町である。と、大きな特徴がない町であるが、戦国時代には相馬氏が城を構え、このあたりの中心部であった。また、地味にラーメンの激戦区であった。平成の大合併により、2006年に原町市、鹿島町と合併して南相馬市になった。

 この町と私は縁が深い。私がいわき市にある中学校に入学し、1年の担任になったのがこの町出身の先生であった。初任の先生で、ちょっと頼りなさそうなひょろっとした男性の先生であった。先生は「小高町」のナンバーが付いたボロボロの原付で通勤していたので、私たちはその原付に「小高町スペシャル」という名前を付けた。休みの日には友達を誘って先生のこれまた絵にかいたようなボロアパートに遊びに行った。私は頼りないながら一生懸命な先生のことを尊敬していたし、兄貴のように思っていた。残念ながら先生は身体を壊して1年たたずに教師を辞めたが、その後も長い間年賀状のやり取りを続けた。後に私が仙台の大学に進学すると、帰省のたびに電車の窓から目を凝らして小高の町を見た。もしかしたら先生を見かけることができるかもしれないという淡い期待を抱きながら。

 そんな小高も、2011年の3月11日には、東日本大震災による強い揺れと津波に襲われた。南相馬市(原町、鹿島、小高)で、1500名近い方が亡くなった。その後、東京電力福島第一原子力発電所事故の発生によって、小高は半径20kmの警戒区域になり、立ち入り禁止になった。その後、放射線量の低下もあり、2012年4月16日からは立ち入りはできるが、宿泊や生活はできない避難解除準備区域になった。私の縁のあるこの町の現在を見ようと思って、小高に行ってきた。

 郡山の自宅を車で出発し、二本松から阿武隈山地の横断にかかる。川俣で小休止をして、飯館を超え、南相馬市の中心部である原町につく。ここでしばらく休んだ後小高に向かう。小高に行くには海沿いの国道6号線と山側の剣道があるが、今回は走ったことのない山側を選択する。原町から小高に入ると、はっきりと景色の変化がある。生活の痕跡が見えないのだ。家の庭も、住む人があれば踏み固められて雑草の発生も抑えられるが、立ち入りはできても、生活はできない小高では、雑草は伸び放題になっている。小高川に架かる橋を渡り小高の市街地に入ると、景色は一層凄惨なものに代わった。地震で崩れた家は片づけられることもなく、無残な姿をさらしていた。歩道のレンガの隙間からは勢いよく雑草が伸びていた。電車の走ることのない小高駅に車をとめ、駅の周辺を歩いた。駐輪場に停めた自転車のチェーンは赤く錆びつき、家の門扉も錆だらけになっている。駅近くに、小高商業高校と小高高校があるが、校庭は雑草に覆われていた。まるで、錆と雑草に支配された町である。人気のない街がこんなに不気味なものだとは思わなかった。カメラは持ってきたが、とても写真を撮る気にはなれなかった。そんな静寂に包まれた町に突然オルゴールが鳴り響いた。電気は通じているようなので、どこかの店で時間を告げるオルゴールが鳴ったのであろう。私が来たころは風が弱かったが、徐々に南風が強くなってきた。この町の南には今なお事故収束の見通しのない東京電力福島第一原子力発電所がある。私は、これを区切りに引き上げることにした。次は、この町に人が住めるようになったら訪れたい。それが1日でも早いことを願っている。

今、福島で起きていること

 まずは、以下のリンクのPDFファイルをご覧ください。

http://1am.sakura.ne.jp/Nuclear/kou131Matsuzaki-opinion.pdf

 北海道深川市の医師が、福島県の子供たちの健康調査の結果を、チェルノブイリ原発事故後に起きたことと比較しながら考察したものである。この中で、最も気になったのが、調査した3万人以上の福島の子供たちのおよそ36%以上に甲状腺の異常が発見されたことである。現状では、即甲状腺がんなどの病気につながるものではないが、長崎の子供たちや、チェルノブイリの子供たちと比較しても明らかに異常な数字を示している。また、チェルノブイリでセシウムの汚染が多かった地域に住んでいた子供は、呼吸機能(肺活量)の低下が見られること。同様に、汚染の多かった地区の子供は、骨髄の造血機能が低下し、病気への抵抗力が低下したり、貧血になる可能性を指摘している。

 私たち福島県民は「復興」を叫ぶのもいいが、今の子供たち、これから生まれる子どもたちの長期的な健康を守るための対策を国や東京電力に訴えることも大切だと思う。

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