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2013年12月の10件の記事

さらば2013年

間もなく2013年が終わります。私にとっては、転勤、引っ越しなど私生活に大きな変化がありました。世界を見渡せば、1月のアルジェリアでの人質拘束事件、南スーダンの内戦など平和に程遠い状況が続いている。国内では福島第一原発事故の収束の見通しは立たず、福島県内を中心に大規模な健康被害の発生の兆候が現れている。そんな中でも、東北楽天の日本一は嬉しいニュースだったし、私の周りの人々からたくさんの勇気や元気をもらった。現実は厳しいけれど、ひとまず今年が無事終わりそうなのでホッとしています。

今年1年、このブログをご覧になった全ての方に感謝を申し上げるとともに、良い年を迎えられることを願っております。

言論・表現の自由の自殺

先日の安倍首相の靖国神社参拝を批判したタレントのブログが炎上状態になった。炎上状態とは、コメント欄が批判的な意見や個人攻撃などでいっぱいになることで、一種のいじめである。炎上させたのは、安倍首相や自民党を支持する人のうち、排外的な考えや人種差別を支持するするネット右翼という人達だと思うが、彼らは自分のしたことの意味を理解していないのだと思う。日本では、言論の自由、表現の自由などが憲法で保障されている。これは大変素晴らしいことだと思う。ただし、ルールはあるし、何をやっても許されるわけではない。彼らネット右翼は自分の気に入らない意見があると寄ってたかって批判をして、相手を沈黙させることがある。このような行為は、いくら言論の自由や表現の自由があっても絶対にやってはいけない行為である。しかも今回の対象になったタレントはまだ21歳の若い方である。どれほどの恐怖であっただろうか。

インターネットは、素晴らしい道具である。色々な人が意見を表明し、議論をし、コミュニケーションを取ることができる。しかし、今回のネット右翼のような行為は、インターネットへの規制を強め、言論の自由や表現の自由を縛る結果をもたらす危険な行為である。そうなったら彼らが思う主に活動しているインターネット上での活動も出来なくなる。主義・主張を越えてお互いの人格を尊重し、インターネット上での言論の自由や表現の自由を守っていきたい。

餅つき

 サラリーマンにとってまとまった休みというと、年末年始か夏休みしかない。その貴重な休みを自分の最も好きなことに充てるのは自然なことだと思う。そのようなわけで、毎年この時期は旅行に行っていた。しかし、震災後は旅行に行くよりも、ひたすら疲れをとるために静養するようになった。去年までは郡山市でひとり暮らしだったが、今年は家族が住むいわき市に引っ越してきたので、家族と餅つきをすることになった。もち米を羽釜で蒸かして、もちつき機に投入、もちつき機の中でもち米が餅に代わる様子は面白い。そしてつきたての餅をあんこ餅と納豆餅にしていただく。「うまい!」ここしばらく餅つきの時に実家にいなかった私が味わうつきたての餅だ。近くに住む兄弟もやってきてみんなでにぎやかに餅をいただく。なかなかいいものである。

人は歴史に学ぶもの

 今日、安倍総理大臣が靖国神社を参拝した。これに対し国内のメディアはおおむね好意的な報道をしたが、中国政府や韓国政府、在日アメリカ大使館からは非難や失望の声が上がっている。国内と海外で大きな意識の差があるが、これを私なりに考えてみたい。

 まずは靖国神社のなりたちを考えてみよう。この神社は、戊辰戦争の官軍側の犠牲者の戦死者を祀るために作られた。あくまでも官軍側、言い換えれば薩長側だけである。言い換えれば、旧幕府側や奥羽越列藩同盟側の戦死者は含まれない(西南戦争の薩摩側も同様の扱い)。敵味方に分かれたとはいえ、同じ日本人をこのように分けたことは私は問題だと考える。その後、陸軍省と海軍省によって祭事が統括され、国家神道の中心的な存在になった。西南戦争、日清戦争、日露戦争、満州事変、日中戦争、太平洋戦争などの戦没者が祀られるようになる。これらの戦争で戦没し、靖国神社に祀られている方はおよそ250万人である。戦後は国家の管理から1宗教法人になり、他の神社との扱いの差はなくなった。戦後も東条英機らA級戦犯は靖国神社に祀られることはなかったが、1978年、当時の宮司によって合祀された。これ以降先帝陛下(昭和天皇)は靖国神社を参拝していない。これは、戦争を引き起こし、国の内外の多くの人の命を奪い、多くの人の身体と精神を傷つけた戦争を引き起こした責任を感じられ手のことだと思う。現在の天皇陛下もこの方針を引き継いでいる。そして、A級戦犯の合祀以降、総理大臣や閣僚の靖国神社参拝が外交問題に発展するようになった。

 もし、ドイツのメルケル首相がヒトラーの墓にお参りしたらどうだろうか。第二次世界大戦の交戦国であるポーランドやロシア、フランス、イギリスばかりでなく、多くの国から非難を浴びるだろう。戦争の悲惨な記憶は長く語り継がれるものだし、そのような人々の気持ちに配慮するのは国の指導者として当然のことだと思う。たとえば、アメリカの小浜大統領が、広島や長崎への原子爆弾の投下を正当化するような発言をしたらあなたはどう思うか。私は、日本人の一人として、発言の撤回と謝罪を求める。それは、原爆で大きな被害を受けた日本国民のひとりとして当然のことだと思う。太平洋戦争や日中戦争の原因は日本だけではないかもしれない、しかし、先に手を出したのは間違いなく日本だ、そしてその戦争の結果、日本国内のみならず、アジア・太平洋地区の広い範囲に惨禍があったのは間違いない事実である。その戦争を起こした人が戦犯に問われるのは、残念ながらやむをえないと思っている。

 最近、これまでの歴史認識や歴史教育を「自虐史観」だとして否定しようとする人が一般の国民だけでなく政治家にも増えてきた。やれ、大東亜戦争はアジア解放のための戦いだとか、大日本帝国軍は正義の軍隊だとか。もちろん、大東亜会議を行ったりして、形の上だけそうしようとした事はあるだろうが、やはり侵略戦争、しかも、弱小な列強であった日本が追い詰められて行ったみっともない戦争だと思っている。そして、日本国民に、アジア太平洋地区の人々に迷惑をかけた戦争であることは間違いないし、今でもそういう記憶を持った人やそういう記憶を受け継いでいる人がいる。安倍首相が行ったことは、配慮がなく、必要以上に対外関係を損ねて、結果的に国益を損ねる結果になったと思う。安倍首相はもっと歴史を謙虚に学んで行動をしてほしい。

冬休みの教室で

 昨日は私たちの学校の終業式で、今日から冬休みになった。とはいえ、私はいつもどおりに家を出て学校に行った。午前中は教室の大掃除、不用品の処分、これが結構あります。燃えるゴミとプラスチック類、その他のごみに分別して、それぞれ指定された置き場に持って行って、棚の上から窓ガラス、床まできれいに磨き上げると、教室はだいぶさっぱりした。もっとも新学期が始まって2週間もすればまた教室は元通りになってしまうのでしょうが。午後からは、児童生徒後援会の係をしているので、保護者から預かった原稿をパソコンに入力して、文書校正をしました。その合間に、服務倫理に関する校長との面談などが入りました。生徒が登校しているときには、このような仕事に取り掛かれるのは午後3時以降ですが、今日は時間に余裕があると思うと意外と進まないものです。今年度は仕事納めの27日にも出勤します。でも、やっぱり忙しいけれど生徒がいるほうがいいかも、そんな感想を持ちました。

私の第二の故郷

 私の第二の故郷は仙台市です。高校を卒業してすぐの1991年4月から大学を卒業した1996年までの5年間、年齢でいえば19歳から23歳までこの町で生活しました。初めての親元を離れての生活、初めての大都市での生活、それはそれは刺激の多いものでした。
 初めてすんだのは広瀬川に近いところの下宿。広瀬川にかかる橋から流れる水や夕方の色の変わる空を眺めていることが好きでした。当時地元のいわき市に付き合っていた女性がいて、テレフォンカードを片手に橋のそばにある公衆電話に通ったのは今では甘酸っぱい青春の思い出です。もちろん下宿にピンクの電話がありましたが、その電話でいちゃつくわけにはいかないですから。
 次ぎに住んだのは、市街地の北西にある平地と山が接する場所にあるアパート。ちかくに輪王寺や青葉神社、大崎八幡宮などのいい社寺があり、知る人ぞ知る夜景の名所があった。地元の友人を呼んで私のアパートに泊めたときにはこの夜景を見せた。この4年間は、最初に入った人形劇のサークル、次に入ったボランティアのサークル、大学のゼミでとてもいい出会いがあった。バカなこともたくさんしたし、一緒に馬鹿なことをできる友人もたくさんできた。それなりに恋愛もした。
 大学を卒業して、就職が決まり、仙台を離れる時には後ろ髪を引かれる思いであった。それでも、仙台で出会った人たちとは様々な形で交流が続いているし、たとえ会えなくとも、心のどこかではいつまでもつながっていると思う。私は卒業してからも平均して年に2~3度は仙台を訪れていた。私にとって人生の中で最も充実していた青春時代の残像を追いかけていたのかもしれない。
 そして、今度の3連休、およそ1年ぶりに仙台に行ってみようと思う。どんな青春の残像を見つけることができるか楽しみである。行ってみたいところもたくさんある。牛越橋から広瀬橋まで広瀬川をたどってみるのも面白そうだし、河原町や長町など渋い魅力の町も好きだ。地下鉄東西線開業が迫り急成長が予想される卸町や荒井も面白そうだ。一番町や中央通りなどのアーケードをぶらぶらするのもいい。八乙女から七北田、山の寺の旧陸羽街道の名残を探すのもいい。片平から五橋の学生がいも面白いし、北仙台から北山、八幡町にかけてのお寺もいい。仙台に5年間住んでいながら最後まで位置関係などが理解できなかった駅の東側から小田原を歩きまわるのもいい。今から楽しみである。

伯父バカ

  今日は幼稚園に通う甥のお遊戯会があった。叔父である私は見に行かなかったが、夕方弟一家がやってきて、ビデオを見せてくれた。たくさんいる園児の中で自分の甥が一番賢くかわいく見えるのは、やっぱり親バカならぬ伯父バカなのだろうと思う。前に会った時にはしきりに立とうとしていた姪は、すっかり歩くのが上手になり、ビデオを見ながらお遊戯の真似ごとをしている。こちらもたまらなくかわいいし、子どもの成長の速さには驚かされる。たまにはどっぷり伯父バカにひたるのもいいのかもしれない。

東京モーターショー② ホンダブース「枠にはまるな」

 ホンダブースの壁面上部には大きく「枠にはまるな」という言葉が書いてあった。そう、この会社の創業者は、枠にはまらない発想ができる人だった。その人の名は本田宗一郎(1906~1991)、戦後、短期間の間に、本田技研工業を小さな町工場から、世界的なオートバイ、自動車のメーカーにした人物である。彼は、技術者として失敗もあったが、独創的な商品を数多く送り出した。その代表が現在も新聞配達や郵便配達などでおなじみの50cc~110ccクラスのビジネスバイクであるスーパーカブであろう。蕎麦屋の出前が片手でも運転でき、スカートを穿いた女性でも乗りやすい、そんなバイクを彼は作ってしまった。そして、スーパーカブはメカニズムの点では進歩したが、基本的なデザインでは1958年の登場時から大きく変わらずいまでも活躍している。その後も、日本にミニバンと言うジャンルを定着させたオデッセイ。コンパクトカーながら合理的なパッケージングで多用途に使えるフィットなど、ホンダはたくさんの新しい分野を開拓してきた。

 今回のモーターショーでは、ホンダのこの2車種に注目してきた。

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 ホンダ・ヴェぜル

 フィットベースのSUV(スポーツ用多目的車)。ホンダにとってSUVは鬼門である。最近元気なジャンルであるが、ホンダはながいことSUVでヒット商品を出していない。しかし、このクルマはなかなかよさそうな気がする。ベースがフィットなので、走りと居住性については問題がないだろう。スタイルもなかなかうまくまとまっていると思う。あとは、今回見れなかったインテリアをどうまとめるかだろう。このクルマは販売を前提としたモデルなので、ホンダカーズの店頭に並ぶのを心待ちにしている。

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 ホンダ・S660コンセプト

 ホンダの原点は小さなスポーツカー。1963年に発売されたS500が乗用車市場に投入された最初の商品だった。その後、プレリュード、CR-Xなどで成功をおさめ、1991年に発売された軽自動車のオープンカーであるビートは今でも根強いファンがいる。今回出品されたS660コンセプトは、ビートをより進化させたクルマである。

コンビニコーヒー

 ここ1年少々ですっかりあたりまえの存在になったのがコンビニコーヒーです。私が主にコンビニコーヒーを利用するのが仕事帰り、学校から自宅までクルマでおよそ35分、緊張が緩んだ時間、何か飲み物がほしくなる。夏の間は無糖の炭酸水か冷たいお茶を飲むことが多いが、冬はやっぱりアイスコーヒーがいい。しかし、これまでの缶コーヒーは冷やして飲む分にはさほど不満がなかったが、ホットでは香りも味もやや物足りなかった。だから、コンビニコーヒーが出たときには、やっぱり嬉しかった。初めて飲んだのはファミリーマートでした。その後、ローソン、セブンイレブン、ミニストップのコーヒーも味わいました。コンビニで淹れたてのコーヒーが飲めることのインパクトは大きく、それまであまりコンビニに関心がなかった父がミニストップのコーヒーにはまって、父をドライブに連れていくときには必ずミニストップに寄るように言われるほどになりました。さて、私なりのコンビニコーヒーのレビューですが…

【ファミリーマート】
 なにより香りがよい。苦み、酸味のバランスが良くすっきりとした味わい。これまで飲んだコンビニコーヒーの中では最も自分好みの味だと思います。

【セブンイレブン】
 マイルドなコーヒー。ちょっと苦みが強めですが、香りや酸味はほどほど。コンビニ最大手だけあってもっとも万人うけするスタイルのコーヒーではないでしょうか。私の中では2番目の評価です。

【ローソン】
 やや苦みが強いが、バランスは良い。他社に比べるとやや価格が高いのがネックか。

【ミニストップ】
 酸味がきいたコーヒー。他社と比べると香りが弱い。自分の好きな量を入れることができる点は良い。

 他にサークルKサンクスでもコンビニコーヒーをやっているようですが、近くに店舗がないのでまだ飲んでいません。

フォレスターと行く道南かもめ旅

 2012年夏、北海道の道南地区に行ってきました。今回の目的は、北海道を自分のクルマで走ること、それに伴って、フェリーでの船旅を楽しむことだった。

 2012年8月18日午前3時30分、郡山を出発、未明の東北自動車道を北上する。休憩をとりながら7時間かけて青森に着く。青森港からは津軽海峡フェリーのナッチャンworeldに乗る。鳴り物入りで導入された高速フェリーであるが、経済性の悪さが仇となり、夏休み時期だけの運行であった。座席中心の船内はきれいで快適だった。函館港で降りると、ホテルにチェックインした。夕方函館の町を歩き、暗くなるのを待って函館山に登った。3度目の函館で、初めて夜景がきれいに見えた。

 8月19日からいよいよ北海道のドライブが始まる。五稜郭を見た後、国道238線を松前に向かう。洞爺丸が座礁した七重浜で海に向かって手を合わせた。福島では、元横綱の千代の富士と青函トンネルの資料館を見た。松前の手前の海沿いを走っているときに、私のクルマのすぐ横を1羽のカモメが寄り添うように飛んでいた。私は後ろにクルマがいないことを確認して、減速し、しばらくカモメとのランデブーを楽しんだ。松前城を楽しんで夕方江差に着いた。日本海に沈む夕日を眺め、寿司屋で新鮮な魚を味わった。

 8月20日は、廃止が発表されたJR江差線の江差~木古内間を往復した後、さらに北に進む。原生林の中の道を走り、太平洋側に出て、八雲港で一休みした。その後、長万部、洞爺と太平洋側の町を走り、伊達紋別で泊った。この日は北海道としては異常に暑かった。ホテルにはエアコンがなく、窓を開けて外出した。コインランドリーで洗濯をし、イオンの閉店まで時間をつぶすとようやく寝られる程度に涼しくなった。
おらんで
 8月21日は洞爺湖、昭和新山、有珠山を歩いた。その後室蘭に向かった。どのようなきっかけは知らないが、室蘭の焼き鳥は豚肉なのだ。市街地を見降ろす山に登り展望を楽しむ。思っていたよりも眺めの良い街だった。地球岬は残念ながら霧が濃く何も見えなかった。登別では知里幸恵記念館に行った。小さな記念館だが展示は充実していて、長話をさせていただき、お茶までいただいて恐縮しながら出発した。この日は登別温泉に泊り、様々な泉質を楽しんだ。

 8月22日ははじめに白老のポロトコタンに行った。アイヌ料理をいただいたり、歌や踊りを楽しんだ。その後は、道央自動車道、道東自動車道を経て夕張に行った。市の南部の新夕張駅付近は交通の拠点としてそこその活気があったが、かつての市の中心部である夕張駅や市役所付近は言葉にならなかった。市役所すらまともにメンテナンスできずボロボロの状態、胸が痛む。公用車のパジェロミニが贅沢品に見えるほどであるが、雪の多いこの地では必需品であろう。由仁町のヤリキレナイ川をやり切れない思いで見て、北海道の旅を切り上げ、tま駒以降に向かう。ここから新日本海フェリーのフェリーあざれあで新潟に向かう。私は個室を選んだ。狭いながらもテレビやテーブルなどが備えられて快適である。私は津軽海峡に差し掛かるまで船室とデッキを行ったり来たりした。

 8月23日の朝は秋田港で迎えた。のんびりとした船旅ながら、ミニコンサートなどがあり飽きることはなかった。新潟からは磐越道で郡山に戻った。夕方日が暮れる頃郡山に着いた。なお、写真は右側の一番上にあるのでそちらもご覧ください。まことに簡単ですが私の旅の紹介です。

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