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失われた47年

 1966年6月、静岡県清水市(現静岡市)の味噌製造会社の専務一家が強盗、殺害された上に放火される事件が発生した。警察は従業員で元プロボクサーのの袴田巌さんを強盗殺人、放火の罪で逮捕した。1968年に静岡地裁で死刑判決が出て、1980年には最高裁で死刑判決が確定した。しかし、この事件はかねてから物証が乏しく、自白に頼った強引な捜査が指摘されてきた。袴田さんは逮捕から47年、死刑確定から33年以上拘置所に拘留されたままになっていた。2011年に証拠となった衣類の再鑑定が行われ、付着していた血液が袴田さんのものではないことが分かり、ついに今日再審開始が決定され、東京拘置所から釈放された。これにより、再審では袴田さんの有罪を決定づける証拠は無くなり、無罪判決が出る可能性が非常に高まった。

 「疑わしきは罰せず」という言葉がある。どんなに疑わしいものでも、それを立証する証拠がそろわない限り被疑者に有利な判決を出すのは当然のことである。過去我が国では数々の冤罪事件があった。最近では足利事件の菅家利和さん、東電OL殺人事件のネパール人男性、さらにさかのぼると松川事件、財田川事件、徳島ラジオ商殺人事件、島田事件などで被疑者が死刑(松川事件は一部の被告人が)判決を受けたが後に無罪が確定した。また、帝銀事件では被告の平沢貞通さんは無実が強く疑われながら獄中で死去した。また、和歌山毒カレー事件の林眞須美さんについても最大の物証であるヒ素についてカレーに入っていたものと林さんが持っていたものが成分が一致しないという鑑定結果が出たので、今後再審が行われ無罪になる可能性がある。

 このような冤罪の結末は悲惨である。袴田さんの場合は47年以上、平沢さんは1948年8月から1987年5月までの実に18年にわたって獄中で過ごしその結果獄死した。いずれも平均寿命の半分を軽く超える長期である。たとえ無事に釈放されたとしても、その間に失った時間を取り戻すことは決してない。そして、被害者の遺族にしても、真犯人が分からないまま事件の幕引きがされることは無念である。その背景には警察や検察の強引なそうさがある。どうか無実の人を長期間拘束するような事態は再び繰り返してほしくない。

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