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地下鉄サリン事件から20年

 1995年3月20日、月曜日。大学生だった私は、午前中の講義を終え、学生食堂で友人と昼食をとっていた。学生食堂はにぎやかなのが当たり前なのだが、その日はいつもに増してざわついていた。友人と聞き耳を立てていると「東京でオウム真理教が何か大きな事件をやったらしいぞ」という話だった。午後の講義を上の空で聞いてアパートに戻ると、ショッキングな映像がテレビから流れていた。地下鉄築地駅の回りに倒れているたくさんの人、忙しく動き回る救急隊員、現実味のない光景だった。それからしばらくの間はテレビのニュース番組はオウム真理教事件一色だった。この事件で帝都高速度交通営団(営団地下鉄・現在の東京メトロ)丸ノ内線、日比谷線、千代田線の5本の電車にサリンガスがまかれ、13名が死亡、6300名が被害を受けた。日本の歴史上空前の規模の無差別テロ事件であった。動機は、前年の松本サリン事件、1989年の坂本弁護士一家失踪事件(後に家族全員の死亡が確認される)のほか、数件の殺人を含む凶悪事件で強制捜査が間近だと思われていた。その捜査をかく乱することが目的だった。

 あれから20年、逃亡を続けていた容疑者も逮捕され、主な被告の裁判も終わりつつある。オウム真理教も解散命令を受け、表面上は消滅した。しかし、人的な関係のある団体は現在も存続しているし、教祖の麻原は真実を語らないまま時間だけが過ぎてしまった。家族や友人を失った人、後遺症に苦しむ人にとってはこの事件はまだ終わっていないというのが本当のところであろうと思う。

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