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2015年8月の15件の記事

衝撃

 今日行われた福島県県民健康調査検討委員会で、福島県内の小児甲状腺がんおよびその疑いのある方が137名に達した。このうち、96名の方が福島県立医科大学で手術をした。このうち23名がリンパ節に転移があり、さらにこのうちの2名が肺への転移があった。

 これまでの医学的知見では、小児甲状腺がんの有病率は10~20万人に1名程度。人口200万人、このうち未成年者は30万人少々。比率から言えば1.5~3名の小児甲状腺がんの患者がいるはずなのだが、137名(疑いの方を含む)の患者がいる。相当異常な数字だと考えた方がいい。原因は何か、これは東京電力福島第一原子力発電所事故の際大量に放出された放射性ヨウ素以外に考えにくい。しかも、甲状腺以外の臓器に転移している患者がいるということは、命の危機にさらされている子どもが大勢いるということである。

 しかも、これだけにとどまらない。子どもが新陳代謝が活発だから放射性物質の影響を受けやすいのは確かだが、大人だって影響がある。そして、甲状腺がんだけではない、福島県はすでに急性心筋梗塞が増加している。今後は脳血管疾患、白血病、その他のがんなど福島県民、いや福島県だけに留まらないと思うが多くの人の健康が脅かされる事態になるだろうと思う。そうなってほしくはないが、残念ながら子どもたちの甲状腺がんはすでに悲惨な事態の始まりをはっきりと示しているのかもしれない。

 こんな事態に、目をつぶって現実を直視しないことは罪だと思います。自分の身を守るために、子どもたちを守るために、未来の世代を守るためにこの原発事故のことはうやむやにしてはいけないと思う。

 くわしい資料は下記のリンクより
   http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21045b/kenkocyosa-kentoiinkai-20.html

訃報

 「出会いは別れの始まり」という言葉がある。そんなことはよくわかっているが、突然の別れはやはり衝撃を受けるものである。今日、私たちの学校に月に2度ほど来る方の訃報に接した。その方はとても優しい笑顔をしていた。私も相談に乗ってもらったことがある。そんな時にも一生懸命に考えてくれた方であった。機会があればゆっくり仕事以外の話をしたかった。心よりお悔やみを申し上げます。

8月30日は国会議事堂前でお会いしましょう

 安倍内閣は多くの国民の反対を押し切って、集団的自衛権を認める憲法解釈の変更を行い、九州電力川内原子力発電所の再起動を強行し(さっそくタービンの異常を起こしました)、保守系の憲法学者である小林節氏ですら憲法に違反していると発言した安全保障法案を成立させようとしている。

 誤解しないでほしいが、私は憲法の一言一句変えべきてはいけないと考えてたり、非武装中立を述べたりするようながちがちの左翼的思考を持っているわけではない。むしろ、憲法の一部を改正して、自衛隊を憲法上位置づけるべきであると考えている。しかし、自民党が進めようとしている改憲案は、日本国憲法の原則である基本的人権の尊重や平和主義にまで手をつけようとするものであり、到底認めることはできない。日本が最低限の武力を持つことは当然だが、あくまでも専守防衛の範囲にとどめるべきであり、アメリカの世界戦略とやらに付き合って地球の裏側まで戦争をしに行くようなことは絶対に許してはならない。

 根本的にはアメリカという国は巨大な軍事産業を抱え、戦争が起きてくれないことには兵器が売れず経済が回らない、そんな厄介な性質を持った国である。かつてはタリバンやアルカイダを支援していた可能性も指摘されている。アメリカは自国の貧しい若者を兵士にして、世界戦略=戦争を進めてきた国である。近年、アメリカは自国の若者が血を流し続けることに耐えられなくなってきて、日本にアジア・太平洋地域で自国の代わりをやってほしいと思っている。そのための準備が安全保障法案である。

 自民党を先日離党した武藤貴也は、戦争に行きたくないという若者を「利己的だ」と批判したが、冗談ではない、誰だって人を殺したくはないし殺されたくはない。たしかに日本の周辺は不安定要素がある。勢力拡大を続ける中国、危険な瀬戸際外交を続ける北朝鮮。それでも、人々の心の交流が増え、冷静な話し合いをすれば戦争を回避することはできると思っている。安全保障法案を作り、むやみに緊張を高めることこそ戦争の危険を高める行為だと私は思う。

 8月30日、日曜日。私は国会議事堂前に行って安全保障法案に反対の意思を示してきます。

 くわしくは下のリンクを参照してください。
  http://sogakari.com/?p=633

秋の訪れ

 今年の夏はとても暑かったですが、ここ数日急に涼しくなりました。それと同時に秋の訪れを感じる出来事がたくさんありました。スーパーマーケットでは秋の果物の代表格である梨が売っているのを見かけるようになりました。秋刀魚もしばらく前から見るようになりました。ケーキ屋さんではモンブランが目立つ所に置いてあります。夜自転車に乗ると、腕に当たる数がすっかり涼しくなりました。田圃の稲は頭を垂れ始めました。そして今日は熱い紅茶が美味しく感じるほど涼しくなりました。まだ8月ですが季節は急速に夏から秋へ進んでいます。秋は私の最も好きな季節、いまからどんなことをしようか考えています。皆様にも、美味しく、そして素敵な秋になりますように。

道栄えて国滅ぶ

 かつて、「我田引鉄」という言葉があった。ここでいう田とは「票田」つまり政治家によって命の次に大切な選挙区のことである。大正時代平民宰相とよばれた原敬(身分制度があった戦前においてはじめて平民で総理大臣になった)は、国会で、自分の地元である国鉄山田線(盛岡~宮古~釜石 とくに盛岡~宮古間はほとんどが人口の希薄な北上山地を通る)の建設について野党議員から「総理はこんな山の中に鉄道を引いて、山猿でも乗せるつもりですか」という指摘を受けたことがある。戦前から1960年代くらいまで、鉄道が陸上交通の主役であったころは、政治家は鉄道建設に一生懸命になった。中には北海道にあった国鉄白糠線のように、10年少々で廃線になった路線もあった。

 1950年代から急速にモータリゼーションが進んだ日本は、1963年(昭和38年)の名神高速道路の栗東~尼崎間の開通を皮切りに急速に道路の整備が進んでいく。1995年(平成7年)九州自動車道人吉~えびの間の開通で、青森から鹿児島まで高速道路で結ばれ、いまや、高速道路の建設は幹線の建設から支線的な路線の建設に移っている。

 各地を旅していると、「こんな場所に」というような場所で高速道路や自動車専用道路の建設が進んでいることがある。具体的な場所は差し控えるが、国道があり、立派な国道のバイパスがあり、どちらもクルマがスムーズに流れていることろでも新しい道路の建設が進んでいる場所がある。政治家にしてみれば、無駄とは知りつつも道路を建設することは、選挙区の有権者に「仕事をしています」というアピールができるし、選挙区の有権者にしてみても新しい道路ができて嫌がる人は少ないだろう。あわよくば道路用地が自分の所有地に重なれば用地買収で新しい家が建つと考えている人もいるだろう。

 私が住む福島県いわき市でも、東日本大震災の後、小名浜道路(仮称)という道路の建設計画が持ち上がった。全長8.3km、常磐自動車道といわき市東部の工業地帯であり、アクアマリンふくしま(水族館)などの観光資源に恵まれた小名浜地区を結ぶための道路である。私はこの計画には反対である。お金をかける割には効果がさほど見込めないからである。計画ではいわき市山田町に常磐自動車道と小名浜道路を結ぶインターチェンジが設けられることになっている。東京・水戸方面から小名浜を目指す場合には、現状ではいわき勿来インターチェンジから国道289号線勿来バイパス、国道6号線常磐バイパスを経由することになるが、このうち国道6号線常磐バイパスは信号がほとんどなく、片側2車線化の工事が進んでいる現状では、新しい道路の必要性は低い。仙台・郡山方面から小名浜を目指す場合は、いわき湯本インターチェンジから福島県道14号線、国道6号線を経由して小名浜に向かうことになるが、県道14号線は既に片側2車線で整備され、国道6号線も片側2車線化が進展している。このような状況下では、小名浜道路の建設による所要時間の短縮、」渋滞の削減の効果は非常に限定的で、多額の税金を投入する意味はないと思う。もし、どうしても小名浜道路を建設するというなら、国道6号線や常磐バイパスの片側2車線化の工事は即刻中止すべきだとお思う。

 日本は2008年から人口減少が始まり、団塊ジュニアの出産もほど終了した現在、今後数十年は人口が増加に転じることはないと思う。そうなれば自動車の所有台数も減少に向かうことが明らかである。何もしなくても渋滞は解消する状況にある。そのような状況で地方に新しい道路を作る理由はない。また、日本政府はギリシャを上回る財政赤字を抱え、近い将来国債の償還と高齢者の年金のために極度に財政が硬直化することは避けられない状況になっている。それがわかっているからこそ、税金は本当に必要な所に使ってほしいと思う。どうか、道路栄えて国滅ぶという状況にだけはなってほしくない。私たちは自分が生きている間が良ければそれでいいではない、未来にも責任があると思う。

さようなら、武藤貴也君

 現在参議院で安全保障関連法案にかんする審議が行われているが。この法案に対してマスメディアや国民の間にも賛否が分かれて活発な議論が行われているが、とりわけ反対の立場の動きが活発である。今回の安全保障関連法案に対しての市民の動きの中で特徴的なのが、これから戦争に巻き込まれた場合、戦場に立つことがあり得る若い人たちの動きが積極的なことである。世論調査でもこの法案に反対の人が過半数を占め、また大多数の人が安倍内閣のこの法案に関する説明は不十分だと考えている。このような状況に、法案を推進している与党議員はよほど危機感を持ったのであろう。衆議院滋賀県第4区選出の武藤貴也議員(自民党)はブログの中でこのように述べている。「この法案に反対する学生集団が自由と民主主義のために行動すると言って、国会前でマイクを持ち演説をしてるが、彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」。

 これが利己的な考えかな、私は首を捻る。「戦争に行きたくない」、これは人を殺したくないし、自分も殺されたくないと考える人ならごくまっとうな考え方だと思うし、安全保障関連法案で徴兵制は想定されていないことを丁寧に説明すべきだ出会ったと思う。それを「利己的個人主義」と切り捨てるのは乱暴で議論にならない。この人、本当に国会議員なのだろうか?

 そして、今日、武藤議員が知人に未公開株の購入を誘い、金を集めたにもかかわらず、実際には株を購入せず、金も返していないことが発覚した。こちらこそ「利己的個人主義」というか詐欺そのものだし、問題ではないのですか。さすがに鈍感な彼でもまずいと思ったのか、自民党に離党届を出し、受理された模様である。しかし、所属政党に対して責任を取るなど本来どうでもいいことで、国民に対して責任を取ってもらいたいと思う。何だかわかります、武藤君。そう、議員辞職それしかないのではないかと私は思います。

終戦の日に

 1945年8月15日、日本政府はアメリカ、イギリス、ソビエト連邦、中華民国の首脳による共同宣言、いわゆるポツダム宣言を受け入れ、これらの国に無条件降伏することを国民に向けてラジオで放送した。この放送は、昭和天皇の音声を吹きこんだレコードにより行われたので、この音声を玉音放送と呼んでいる。これにより、満州や樺太では依然として戦闘が続いていたものの、太平洋戦争(大東亜戦争)、そして、1939年9月1日、ナチスドイツとスロバキアがポーランドに侵攻して始まった第二次世界大戦は終わりを告げた。この戦争により、全世界で、軍人・民間人合わせて5000万人から8000万人の方が亡くなったとされ、その何倍もの数の方が心身に傷を負った。わが国では、軍人200万人、民間人50~100万人が亡くなったと言われている。

 人は歴史に学ばねばならない、この戦争のような悲劇は2度と繰り返してはならない、そうすることが、この戦争で亡くなった多くの方々へ私たちができることであろう。そのためには、私たちがしなければならないことがある。
 1つは、戦争の実態について知ること。戦後70年、戦争体験者の高齢化は進んでいるが、まだいなくなったわけではない、戦争を体験した人の話は、私たちが戦争について考えるときに何よりも大事な資料になるだろう。もちろん、映像や書籍、アニメーションや漫画だっていい。日本に生きる人にとって8月は戦争について考える何よりの機会だと思う。
 2つめは、人と人の心の壁を少しでも低くすること、とくに、機会があれば海外の人と話したり、海外を訪れることである。最近、近隣の国への憎悪をあおったり、戦争を説く輩がいるが、このような輩の言うことに耳を貸してはいけない。残念ながらどんな国にもどんな民族にもおかしな輩はいるものである。腹を割って話し合ってみれば、どんな国の人だっていいところはあるし、仲良くなれるものである。国民同士が理解しあいつながりを持つことは、大きな戦争の抑止力になると思う。
 3つ目は、強い意志を持つこと。日本に生きる人は、人前で自分の意見を述べることを好まない人が多い、しかし、本当に平和が脅かされている時、私たちの命が脅かされている時、そんな時には立ち上がり、世の中の流れを変えるのが大人としての務めだと思う。残念ながら、その当時日本にいたひとは、満州事変、日中戦争、太平洋戦争と戦争が拡大することを止めることができなかった。しかし、私は平和を愛する人々の力を信じています。次に日本の政治家や財界が戦争へと突き進もうとしたときには、必ず市民の手でそれを止めたいと思うし、私は命をかけて平和を訴えたいと思う。

 第二次世界大戦で亡くなった人、戦場でたおれた兵士、爆撃や原子爆弾、病気や飢えで亡くなった市民、ナチスのホロコーストなど、戦争に伴う残虐行為で亡くなった人たち、そんな5000万から8000万人の人たちの冥福を心より祈るとともに、地球上には今も戦火が絶えない、そんな状況が一刻も早く終わることを祈りたい。

旅の終わり

 8月11日、今回の旅の最終日になった。今日は鳥取駅9時45分の列車に乗ればいいから、ホテルで朝食を済ませた後、鳥取駅周辺を散歩した。

 9時45分の列車は因美線を郡家まで走り、郡家から若桜鉄道に入る。だんだん平野が狭くなり、山が迫ると終点若桜に着く。若桜は姫路と鳥取を結ぶ街道(現在の国道29号線)にあり、峠越えの直前で人でにぎわったのであろう、蔵が立ち並んであり雰囲気のいい街だった。再び若桜鉄道に乗った。郡家の一つ手前の八頭高校前駅で高校生が乗ってきて列車が満員になった。この駅は若桜鉄道が増収のため作った駅である。八頭高校から郡家駅まで歩いても大したことはないが、学校の目の前に駅ができ、料金も格安に抑えた(鉄道で100円というのは、大阪の北大阪急行の80円に次いで安い)ので、この小さな鉄道会社にとって無視できない収入源になっているようだ。

 郡家からは因美線でさらに山奥に分け入っていく。郡家から智頭までは2両編成、智頭からは1両になる。中国山地は地質的に古く、山はよなだらかだから、小さな集落が点在し、駅がある。峠を越え、岡山県に入るとぜひ見ておきたい駅がある。美作滝尾駅である。渥美清主演の「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の冒頭の舞台となった美作滝尾駅である。しかし、岡山県に入って間もなくうとうとしてしまった。目が覚めたのは「まもなく美作滝尾です」という放送だった。危ないところだったが、美作滝尾駅を見ることができた。映画と同じ雰囲気のいい駅だった。

 終点の津山で乗り換えのため40分弱の時間がある。津山駅は鳥取駅からの因美線、姫路から津山を経て新見に至る姫新線、津山と岡山を結ぶ津山線と、4方向に鉄道が伸びる鉄道の要衝であった、しかし、因美線は沿線の過疎化が進み、姫新線は中国自動車道の高速バスとの競争に敗れ、かろうじて岡山都市圏の路線として活気がある津山線を除けば1両編成の列車が主体となる寂しい状態である。プラットフォームは10両編成の列車が止まれそうなほど長いから一層わびしい。

 津山線の列車は、岡山に近づくにつれて満員になり、ついさっきのわびしい津山駅の風景が嘘のようである。非常に活気のある岡山駅から新幹線のぞみ号に乗る、あっという間に新神戸、新大阪に着く。新大阪からは見事に満席になったのぞみ号は猛スピードで東へ走る。名古屋から浜名湖までは記憶があやふやになっている。東に走っているから、日が沈むのも猛スピードである。掛川を過ぎると間もなく外は真っ暗になった。まぶしいくらいの光があふれると新横浜、次は品川、さて、そろそろ下車の準備をしよう。私の旅は終わりに近づいた。

鳥取より

8月の鳥取は午前8時前から強い日差しが降り注いでいた。駅前のレンタカー営業所でレンタカーを借りた。一昨日の舞鶴はホンダ・フィット(ガソリン車)、そして今日はマツダ・デミオ。いずれもコンパクトカーの中では売れ筋だが、パッケージングに着いての考え方はずいぶん異なる。レンタカーで色々な車を乗り比べるとなんとなくだがそれぞれのクルマの長所、短所が分かるようになってくる。それがクルマ好きとしての幸せなことではある。

鳥取の市街地を抜け、岩美から海岸線に出る。この海岸を富浦海岸という。日本海の波に削られて、断崖や小島がたくさんあり景色がいい。港から遊覧船に乗り、海から眺める。豪快にして繊細な景色である。海の庭園と言ってもいいかもしれない。

次いで、鳥取砂丘に行く。砂丘と砂漠の違いを押さえておきたい。砂漠は雨が少ないことにより(もう少し厳密に言うと降水量が乾燥限界以下になると…福島県郡山市の場合、現在の降水量の3割以下になると)樹林が育たないで砂漠になる。一方砂丘は、山や海岸線から削られた砂が、海流や風によって集められたのが砂丘である。暑いが、ここまで来たからには砂丘を歩いてみたい。靴が砂に埋まって歩きにくいがそれでも前に進む。大きな砂丘だが、中央部にはオアシスがあり、湧き水の周りは草原になっている。自然は本当に面白いものを作ったものだと思う。

その後、国道9号線をにしに進み、白兎神社に行く。因幡の白兎の神話の舞台である。神社を参拝し、すぐ目の前の海を見る。こちらは穏やかな砂浜で、海水浴をじている人もいる。そのご、鳥取県立博物館に行き、それでもレンタカーの返却時間に余裕があったので、鳥取市の郊外にある湖山池の周りをクルマで一周した。夜は、この時期の味覚である白イカの刺身を肴にビールを飲んだ。甘味のあるイカで、ビールが大いに進んだ。

岸壁のやえもん

舞鶴市には田辺城という城がある。築城したのは、織田信長や足利義昭に仕えた細川藤孝である。別名は舞鶴城。この別名が明治の初めに正式名称になった。大手門と櫓が再建されている。また、庭園が残されている。私は日本庭園を見るのが好きなので、汗をかきながらあるいた。西舞鶴駅に戻り、市内循環のバスに乗る。山を越えるトンネルを抜けると自衛艦が見えてきた。舞鶴は横須賀、呉、佐世保、大湊と並ぶ海上自衛隊の拠点になっている。戦争は嫌いだが、無駄をそぎ落とした自衛艦はかっこいい。

市役所前のバス停でバスを降り、赤煉瓦倉庫が立ち並ぶ地区に行く。赤煉瓦は、明治以降多くの建物に使われ、文明開化の象徴のような存在である。舞鶴には全国で珍しい、レンガをテーマとした博物館がある。レンガを作る工程や世界各地のレンガを使った建物が紹介されており、面白かった。その後は引揚記念館に行った。1945、日本は太平洋戦争に敗れた。朝鮮半島、満州、中国各地にいた日本人は引揚を余儀無くされたが、舞鶴には66万人の日本人が引き上げのため上陸した。命からがら逃げてきた人にとって、舞鶴の山河やはそれは優しく見えたことだろう。そして、舞鶴の人は、心身共に傷ついた避難者を献身的に支えた。しかし、生きて帰れればまだ幸せで、舞鶴を舞台とする「岸壁の母」という歌がある。戦争から帰ってこない息子を待ち続ける母親の心情を歌った歌である。この歌のモデルとなった女性の息子は、満州で戦死して、二度と帰ってくることはなかった。

バスで西舞鶴駅に戻り、鳥取に向けて旅を続ける。まずは普通列車で天橋立まで出る。西舞鶴駅で買った焼き鯖寿司を食べながら海を眺めた。天橋立からの列車は特急用の車両で快適であった。豊岡からの山陰本線では豪快な海岸線を見ながら旅をした。かつて山陰線の名所であった餘部鉄橋はコンクリート橋になったが、やはり景色は良かった。日が傾く少し前に鳥取に着いた。

丹後の宝石

8月8日、舞鶴は朝から暑かった。西舞鶴駅前でレンタカーを借りた。今日の目的地は、天橋立、伊根、与謝野である。舞鶴市街地を出て、国道を大江インターに向かって車を走らせる。高速道路は途中から無料区間になる。高速道路の法的な区分は案外難しく、無料区間の法的な位置づけがどうなっているのか私には理解不能である。終点のインターチェンジを降りると、間も無く天橋立の西側に着く。

天橋立を見下ろす傘松公園に行く。リフトとケーブルカーがあるが、係員の女性の勧めに従って、登りはケーブルカーにする。傘松からの天橋立は絶景だった。股覗きと言って、後ろを向いて股間から天橋立を眺めるのも面白い。それ以上に面白いのは股覗きをしている人を見るのは面白い。帰りはリフトにしたが、下りでリフトを使うのは新鮮な経験だった。その後、船から天橋立を見て、文殊に参拝をした。天橋立は観光だけでなく、キャンプや海水浴も人気のスポットのようで、水着姿の人がウロウロしている中を観光した。

半島をさらに北に進む。海と山が接近し、平地がほとんど見えなくなる。伊根はそんな地形にできた。伊根は船屋といい、1階が船を入れるガレージになっている独特な家屋が立ち並んでいる。歳者の船から見た。道路から見ればただの漁村だが、船からは船屋の構造をよく見ることができた。昼食にはこの時期は旬の岩牡蠣を食べた。レモンをたらした岩牡蠣はプリップリの食感で美味かった。

その後は、1985年に廃線になった加悦(かや)鉄道の車両が展示された公園を見て、夕方舞鶴に戻った。

舞鶴より

毎年恒例の夏休みの旅行、今年の行き先は日本海です。今朝湯本駅(福島県)を特急列車で出発しました。3月に「上野東京ライン」が開通し、常磐線の列車も東京駅、品川駅まで乗り入れるようになったので、上野駅での乗り換えがなくなり、これまでよりも1、2本早い東海道新幹線に乗れるようになった。
私の隣は、仕事の資料を熱心に読んでいるじょせいが座った。こちらは100%遊びだから申し訳ない気になるが、こればかりはしょうがない。新幹線が小田原、三島と通過しているうちに隣の女性も疲れたのか眠ってしまった。残念ながら富士山は雲がかかって見えなかったが、東海道新幹線は意外と景色が良い。
京都で新幹線を降り、京都駅を少し見て回った後、湖西線の新快速電車で敦賀に向かう。私の乗った車両はエアコン不調であったが、それでちょうどだった、最近の電車は寒いほどエアコンが効いていることが多い。電車の中で京都駅で買った弁当を広げる。西日本味めぐりという弁当で、大阪のかやくご飯、神戸のすき焼き、山口のフグの天ぷら、京都の漬物などが入っていた。湖西線は高架なのでながめがいいq。
敦賀からは小浜線に乗り換えて小浜に行く。小浜は国宝や重要文化財に指定されたお寺が多い。自転車で回ろうと思ったが、この暑さではとても無理だ。お金はかかるがタクシーで回った。優しいお顔の阿弥陀如来がある万徳寺、本堂と三重塔が国宝に指定されている明通寺、室町時代に建てられた本堂が残る神宮寺を見た。小浜から再び小浜戦に乗り、日が暮れかかる頃舞鶴に着いた。

クルマから見える現在・過去・未来 5

 これまでは、クルマの過去について触れてみましたが、今回はクルマの現在について触れてみたいとお見ます

○2011年1~6月 日本自動車販売協会連合会の集計による販売状況

 1 アクア(トヨタ)  12万1000台
 2 プリウス(トヨタ)  7万1000台
 3 フィット(ホンダ)  6万7000台
 4 ノート(日産)    5万4000台
 5 カローラ(トヨタ)   5万4000台
 6 ヴォクシー(トヨタ) 4万5000台
 7 デミオ(マツダ)   4万4000台

 ハイブリッドのコンパクトカーであるアクアがぶっちぎりの1位、スタイリッシュでありながら燃費がいいので、全ての年齢の人に好かれているクルマという印象である。2位のプリウスは、モデル末期ながら好調な販売、さすが元祖ハイブリッドです。3位のフィットは、ハイブリッドのリコールを乗り越えてまずまず好調な販売を上げている。4位のノートはすっかり定番と手着した。現行モデルはノートより若干上級であったティーダの代替需要も担う。5位のカローラは、セダン受難の時代においても検討。6位のヴォクシー、7位のデミオともに、現行型にチェンジしてからこのくらいの位置が定位置になってきた。ヴォクシーはファミリーミニバンでありながら、アグレッシブなデザインは、デミオはスカイアクティブテクノロジーが評価されたか。ここまでは10位以内当確だろう。

 8 ヴィッツ(トヨタ)    4万台
 9 ヴェゼル(ホンダ)  3万8000台
10 エスクァイア(トヨタ) 3万7000台
11 セレナ(日産)      3万5000台
12 ハリアー(トヨタ)     3万2000台
13 ヴェルファイア(トヨタ) 2万9000台
14 エクストレイル(日産) 2万9000台

 8位から14位までは競り合い圏内と言ってだろう。12月までの間に順位にどのような変動があるか注目したい。なお、17位のステップワゴン(ホンダ)、30位圏外のシエンタ(トヨタ)も、モデルチェンジ後孝行な販売で、注目すべきクルマである。

ブドウは甘いか、すっぱいか

 イソップ童話にこんな話があります。キツネは高い木になっているブドウを見つけました。キツネはブドウを食べようと思ってジャンプしますが、なかなかブドウに届きません。何度やってもキツネはブドウを食べることができません。ついにはキツネは怒りと悔しさで、「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を残して去っていく。これは、心理学では防衛機制の合理化と言います。同じような例に、入試に失敗した受験生が、「どうせあの大学は俺には合っていないよ」というのがあります。

 ちょっと長い前置きですが、こんなデーターがあるからです。 内閣府が先月公表した「結婚・家族形成に関する意識調査」では、若者の恋愛観が浮き彫りとなった。調査は全国の20~39歳の男女7千人を対象に、昨年12月~今年1月に実施。2643人から回答を得た。それによると「恋人が欲しいか」の問いに、恋人がいない未婚男女の4割が「欲しくない」と回答している。恋人がほしくない理由として、「恋愛が面倒」「趣味にお金や時間をかけたい」「仕事や勉強に力を入れたい」「恋愛が面倒」などがあった。私は恋愛至上主義者ではないし、結婚もしたい人だけすればいいと思っているが、さすがに若い人の4割が恋愛をバッサリと否定していることには驚いた。人生、1度きりしかないのだから、若い時期に1度くらいは本気で人を好きになってもいいのではないかと思う。その結果、降られたっていいと思うし、自分に恋愛は向いていないと思ったら他の生き方を探せばいい。ブドウだって食べてみなければ甘いか酸っぱいかはわからない。恋愛という名のブドウ、一度は食べてみませんか?もちろん、人間は多様です、心の中に恋愛に関する部分が無い人もいますし、基本的に他人に興味を持たない人もいます。そうじゃなければ、最初からブドウは酸っぱいと決めつけない方がいいと思います。まぁ、おじさんのたわごとですが。

やっとスタートライン

 東京電力福島第一原発事故の刑事責任をめぐり、東京地検が二度不起訴とした東電の勝俣恒久元会長(75)ら旧経営陣三人について、東京第五検察審査会は三十一日、業務上過失致死傷罪で起訴すべきとする二回目の議決を公表した。三人は今後、裁判所が指定した検察官役の弁護士が強制的に起訴する。市民の判断により、原発事故の刑事責任が初めて裁判で問われる。選挙権のある国民から選ばれた審査員十一人による議決で、七月十七日付。他に起訴議決が出たのは、武藤栄(さかえ)元副社長(65)と、武黒(たけくろ)一郎元副社長(69)。検審は議決で、「原発事業者は『万が一にも』発生する津波、災害にも備えなければならない高度な注意義務を負う」と指摘。勝俣元会長らを「福島第一原発に高さ一五・七メートルの津波が襲う可能性があるとの試算結果の報告を、遅くとも〇九年六月までに受けたが、必要な措置を怠り、津波による浸水で重大な事故を発生させた」とした。東電は〇七年七月に柏崎刈羽原発事故などを経験し、原発が浸水すれば電源を失って重大事故が起きる危険性を把握していたとも指摘。勝俣元会長らは福島第一原発でも地震と津波による事故発生を予測でき、運転停止や防潮堤の建設などの対策を取れば、事故を避けられたと結論づけた。事故では、近隣病院の入院患者が避難を余儀なくされ、衰弱死するなどした。検審は、原発の建物が爆発した際に負傷した東電関係者や自衛官ら計十三人と、死亡した患者計四十四人を被害者と判断した。被災者らでつくる「福島原発告訴団」は一二年六月、勝俣元会長らを告訴・告発。東京地検は一三年九月、津波は予測できなかったとして、捜査対象の四十二人全員を不起訴にした。検審は昨年七月、元会長ら三人を「起訴相当」と議決。地検は今年一月に再び不起訴とし、別メンバーによる検審が再審査していた。(東京新聞ホームページより引用)

 これはやっとスタートラインだと思います。天災である地震や津波が引き金になったとはいえ、福島県を中心とする地域に深刻な放射性物質の汚染を引き起こし、福島県双葉郡を中心に11万人の人が住みなれた土地を追われ今なお不自由な避難生活を余儀なくされている。また、岩手県から東京都までの広い範囲に放射線量が高いホットスポットがあり、そこで暮らす多くの人は健康の不安を抱えている。また、この地域で収穫される農産物や水産物から国の基準(しかも劇甘の基準にかかわらず)を超えるセシウムが見つかり、その実害(断じて風評被害などではない)に多くの農家や漁民が苦しんでいる。それらのことを考えれば、今回は東京電力の責任が追及されるのはひとつの前進だと思う。今後は国や経済産業省、政治家の責任も追及されるのが当然だと思う。

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