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30年後の…

 30年ぶりにの場所に行ってみた。しばらく前から行ってみたいと思っていた場所だが、ようやくその機会がやってきた。30年前13歳の私が立ったあの場所に。

 30年前の私は、あの場所で胸をときめかせていた。科学が私たちに豊かで便利な未来を実現してくれる、そう信じていた、無邪気にも。早くも次の年の4月に起きた事件で、私の科学への絶対的な期待は破られてしまうが。そう、1985年、科学万博が行われた茨城県つくば市にある万博記念公園である。会場の大部分は工業団地になっている。土曜日の昼間の工業団地は静かだった。その中に、万博記念公園はあった。広い工業団地にしばしばあるように、この公園にも池があり、植え込みがあり、芝生があり、由来を知らない人には平凡な公園しか見えないだろうし、実際科学万博の名残をとどめるものはほとんどなかった。

 万博記念公園を歩きながら考えた。この30年、私たちの生活は大きく変わった。ちょうど1985年にはNTTからショルダーホンという、現在の携帯電話のご先祖様のような物が販売開始されたが、大きく重く(なんと3kgもあった)、まだまだ普及には程遠かった。それが、いつの間にか普及し、今では小学生が持っている時代になった。私が子供のころ、時刻表や地図ののデーターや、通信でニュースや天気予報をどこでも入手できたらどんなに便利だろうと思っていたら、今のスマートホンでは当たり前の機能になった。クルマは危険があると自動でブレーキがかかるようになったし、科学万博に日本航空が出店していたHSST(磁気浮上式の高速列車)は愛知県のリニモで実用化された。まったく驚くことばかりである。

 一方で、恐れていたことも現実になってしまった。科学万博の翌年、1986年4月にソ連でチェルノブイリ原えで子力発電所で事故があった。同じように原子力発電所を持つ福島県に住む私にとって、原子力発電所の存在は、科学の成果を持つ誇りから恐怖の対象になってしまった、そしてその恐れの通り事故が起きてしまった。万博記念公園を歩きながら、「科学って厄介だな、便利だけど」そうつぶやいた。

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コメント

万博公園はいかがでしたでしょうか?
私は最初、万博公園と聞いて大阪の万博公園が頭に浮かびました。

思っていたよりも普通の公園でした。でも、ここで30年前に科学が拓く未来に心躍らせたことを思い出すと感慨深いですね。

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