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信仰すること

 私は特定の宗教を持っていない。一応真言宗智山派のお寺の檀家になっているし、諏訪神社の氏子になっていて、死んだら真言宗智山派のお坊さんに戒名を付けてもらい、お経をあげてもらうつもりだし、諏訪神社のお祭りには何回か参加して、宮司さんや神社の関係者とも知り合いになった。そういう意味では仏教や神道が私の宗教であると言っていいのだろうが、実際の私の生活に仏教も神道もほとんどかかわってこない。いや、仏教の僧侶の中に尊敬している人はいる。宗派は違うが、良寛の生き方にはひかれているし、仏教を開いたお釈迦様はやっぱり対jした人物なのだと思う。とはいえ、どうも宗教者としてより歴史上の人物としてとらえている面が大きい。社会科の教員の性なのかもしれないが。旅した土地に神社があれば、その土地にいらっしゃる神様に挨拶するために参拝する。ひょっとしたらそれが私にとって数少ない宗教が生活に入り込んでいる行為なのかもしれない。
 世の中にはひとつの宗教を熱心に信仰している人がいる。若いころの私は、そんなめんどくさいこと、ご苦労なこったと思ったが、歳を重ね、人生の試練をくぐりぬけるうちに信仰を持っている人がうらやましく見えることが多くなってきた。

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