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日の丸ジェット、空へ

 昨日、2015年11月11日は記念すべき日となった。三菱航空機をはじめといする企業グループが開発しているリージョナルジェット旅客機(短距離の路線で使用される小型のジェット旅客機)であるMRJが初飛行に成功した。

 日本は、太平洋戦争までは航空機の開発、製造に関して世界水準に近い実力を持っていた。しかし、太平洋戦争の敗戦にともない、航空機の開発、製造は連合国によって禁止された。その後徐々に開発、製造が認められるようになり、1956年には国の音頭で三菱重工業、川崎航空機(現川崎重工)、富士重工業を中心とした企業が旅客機製造の研究を始めた。その中にはゼロ戦を開発した三菱重工の堀越二郎もいた。後に、官民の出資で日本航空機製造という特殊法人が作られた。こうして出来上がった機体はターボプロップ(ジェットエンジンでプロペラを回す)旅客機であるYS-11である。1964年にはこの飛行機が日本の各地に東京オリンピックの聖火を輸送し、復活した日本の航空機産業をアピールした。YS-11は、全日空のほか東亜国内航空(現日本航空)、南西航空(現日本トランスオーシャン航空)で使用されたほか、アメリカやフィリピン、ギリシャなどにも輸出された。YS-11は1973年に生産が終了したが、180機生産された、頑丈な期待で、日本の航空会社では21世紀の初頭まで使用された。しかし、後継の飛行機が開発されることはなく、国産旅客機の歴史はいったん途絶えることになった。

 21世紀になり、三菱重工から旅客機の開発の話が出たときに、期待の中にも一抹の不安があった。YS-11の開発から半世紀近く、その間旅客機は安全面でも、経済性でも、環境対応でも大きく進歩した。その間、アメリカのボーイング機の開発に協力はしても、中心になって開発をしてこなかった日本の企業がどこまで通用するのだろうか。そして、リージョナルジェット旅客の分野では、エンブラエル(ブラジル)のE-JETやボンバルディア(カナダ)のCRJががっちり市場を固めているほか、ロシアのスホーイが開発した飛行機も活躍を始めている。そして中国でもこのクラスほ飛行機の開発が進んでいる。その中に割って入る日の丸ジェット、MRJ。ぜひ、安全で地球にやさしい飛行機として多くの人に素敵な旅と夢を与える存在になってほしい。

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