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一周忌

 今日は母方の祖父の一周忌であった。祖父は去年の大晦日旅立っていった。今、祖父に教えてもらったたくさんのことを思い出して、改めてかみしめているところである。祖父にとって、私は初めての孫だった。だからとてもかわいがってもらった。いろいろな所に連れて行ってくれたし、たくさんの話をしてくれた。私も祖父の人柄が好きで、夏休みや冬休みには何日も祖父の家に泊まりに行った。

 祖父はいい意味で趣味人であった。クルマやバイクが好きで、これらが高嶺の花であった戦後間もないころからオート三輪やメグロの250ccのバイクに乗っていた。オート三輪は、福島県に自動車のディーラーがほとんどなかった時代なので、東京のディーラーまで買いに行って、そのまま乗って帰ったそうだから、豪快な話である。
近所から、「うちの息子も車やバイクを欲しがるから、あまり乗りまわさないでくれ」と苦情が来るくらいであったから、よほど気に入って乗りまわしていたのだろう。また、面倒見のいい親分肌で、人を集めて酒を飲むのが好きであった。小さい頃の私も、ジュースを飲みながら夜遅くまでほろ酔いの祖父に付き合ったことを覚えている。ただ、いくら飲んでも人に絡んだり、だらしない酔い方をしないのは子供心にえらいと思った。私が成人すると、一緒に酒を飲むようになり、気がつけば私と祖父の2人で10本以上のビール瓶を空にしたこともあった。晩年は身体が弱くなり、あれだけ好きだった酒もやめざるを得なかったが、また一緒に酒を飲める日が来ると信じていたので、残念である。

 今日の法事のときに、祖父の若いころの話を色々聴いたが、最も印象に残ったが、太平洋戦争中の話である。祖父は少年航空兵に志願していた、別に軍国主義的な考え方を持っている人ではなく、むしろその逆だった、これは時代の空気と言うほかないものであろうと思う。祖父の外出中に少年航空兵の合格通知が来た。祖父の母親(つまり私の曾祖母)は、戦争に行かせたくなかったので、その通知を祖父に見つからないように隠してしまった。そのおかげで祖父は航空兵にならずに済んだ。少年航空兵の中には特攻隊員になり戦死した人も多いと聞く、もし戦死していれば昭和25年に生まれるはずの母は生まれることはなく、当然私も生まれることはなかった。人間のめぐりあわせの不思議さを感じた。

 私もいつか曾祖母や祖父が待つあの世に行く日が来るだろう。その日までいただいた命を大事にしてたくさん土産話を用意しておこうと思う。それが私ができる唯一の恩返しなのかもしれない。
 

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