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ろくでもない時代を生きる。

かつて、沖縄や九州、東北の学校で「方言札」というものが使用されていた。かまぼこ板くらいの板に穴を開けて、紐を通して首から下げられるようにしたもので、学校で方言を使用した児童生徒に見せしめのために使用された。方言を使って何が悪い、私ならそう言うけれど、テレビやラジオが普及していない時代は今よりも方言と標準語の差が大きかったと思われる。方言札は非常に馬鹿げたことだと思うが、確かに、標準語を普及させなければならない理由はあった。例えば、軍隊では、士官や兵士がそれぞれバラバラの言葉を話していれば指揮命令に支障が出る。産業界も、現代よりも人手が頼りだった時代、標準語の普及が必要だったのだろう。

とはいえ、方言はその地域の文化そのものだし、方言を否定することはその地域の文化や、その人の生きてきた歩みを否定することに等しい。みんながみんな強制的に同じ方向を向かせられることは、私はいいことだとは思えない。考えてみれば、日本は広い、しょうゆや味噌だって地域ごとに違いがあるように、人の生き方だって自由であっていいし、方言だって認められていい。みんながみんな同じ方向を強制的に向かせられる時代は息苦しくて非常に嫌だ。「国家総動員法」の太平洋戦争の直前の時期は非常にろくでもない時代だったし、昨今の「1億総活躍社会」も同じ匂いがする。多少無秩序でも自由な社会、私はそれをのぞんでいる。

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