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山桜の舞う頃

 はやいもので、母が65歳で死去して10日が過ぎた。3月に体調を崩して入院し、4月にはすい臓がんの診断が確定した。転院のため一時帰宅した4月半ば、母が私に「桜が見たい」と言った。春の遅い東北とはいえ、今年は4月上旬にソメイヨシノは満開になって既にこのころは葉桜になっていた、阿武隈山地に小野町というところがあり、そこの桜は見事だが、この時期はまだ咲いていない。しばらく思案した結果、自宅と同じいわき市に勿来の関があり、そこの山桜なら見れるだろうと思った。勿来の関なら自宅からクルマで30分ほどだから、母への負担もさほど多くない。

 さっそく母と二人でクルマに乗り勿来の関に向かった。途中渋滞もなく勿来の関についた。勿来の関の近くには母の母校である高校があり、高校時代の思い出をたくさん聞いた。名のその席の山桜はちょうど見ごろできれいだった。少しだけ花びらも舞い始めていた。母も私も言葉はあまり多くはなかった。私はいろんなことを考えていた。「母にとってこれが最後の桜だろうか」、「いや、絶対に来年もこの桜を母と見に行きたい」。写真を何枚かとって勿来の関を後にした。そして、これが母にっとって最期の外出になり、最後の桜になった。もっといろんなところに連れて行きたかったし、いろんな話を聞きたかった。それがかなうのは、何十年か後、私がこの世を去る時までかなわないことになってしまった。

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コメント

私も同じ出来事がありました。
覚悟していても、いざ現実になるとショックや悲しみがこみ上げて涙があふれてしまいました。
私も今は悲しみでいっぱいです。

今はたくさん悲しんでください、涙を流して下さい。でもいずれ立ち上がってください。きっとどこかからあなたのことを見守ってくれると思います。

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