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江戸っ子とオープンカー

 江戸時代の日本は、世界の歴史の中でも稀な天下泰平の時代だった。およそ260年間続いた江戸時代は、島原の乱の終結から幕末まで国内も国外でも大きな戦争に巻き込まれることがほとんどなかった。このような時代のもと、日本の文化は史上空前の発達をした。寿司はもともと発酵食品で作るのに長い時間がかかったが、江戸時代にいわゆる握り寿司が誕生し、さっと店に入ってすぐに食べることができるようになった。そういう意味では本来のすし屋の姿に近いのは高級寿司店ではなく、回転寿司なのだと思う。その他、浮世絵、歌舞伎、相撲、いろいろな日本文化が江戸時代に誕生した。このような中で、「粋」という意識が発達した。「粋」とは、江戸時代の美意識で、洗練されてあかぬけた身なりや振る舞いを指す。しかし、この身なりや振る舞いの中には少なからずやせ我慢という要素も入っていると考えてよいだろう。昔聞いた落語で、自他共に粋であることを認めた男が、もりそばを食べる時に、そばを少しだけつゆにつけて食っていたが、死ぬときに、一度でいいからそばをつゆにたっぷりつけて食ってみかたっかと公開した話を聞いたことがある。昔のそばつゆは今のものよりはるかに塩からかったそうだったから、そばをつゆにたっぷりつけて食うのは野暮な行為とされていたのだろう。そこまでして粋を通すことには感心するというか呆れると言うか。

 世界最初の自動車は、18世紀の後半、フランス革命の少し前のフランスで生まれた。キュニョーという人物が大砲をけん引する目的で作ったので、動力源は蒸気機関、蒸気機関の往復運動を回転運動に変えて進んだので、原理的には現在の自動車に近いものである。この自動車は発明者の名前からキュニョーの砲車と呼ばれている。その後、1885年にはドイツのカール・ベンツがガソリンエンジンを搭載した実用的な三輪自動車を開発した。キュニョーの砲車にも、カール・ベンツの自動車にも屋根が付いていなかった。しかし、その後1908年に誕生したフォードのT型には屋根が付いていたし、現在の自動車には屋根が付いているのが当たり前になった。屋根があることのメリットは大きい。雨の日でも快適に運転することができるし、冷暖房を利かせることができる。自動車の走行によって発生する風や風切り音を遮ることができるし、横転した時の安全性を確保することも多い。逆にいえば実用性を考えればオープンカーが存在する理由は皆無に近い。

 先日、オープンカーの代表格である、マツダ・ロードスターに乗る機会があった。なかなかよくできたクルマで、一般道の速度であれば風の巻き込みも最小限だし、幌を閉めれば雨でも問題なく走ることができた。とはいえ、室内は相当狭いし、乗り降りは不便、快適さでいえばミライースに乾杯するレベルだと言っていいだろう。とはいえ、やっぱり楽しい。この楽しさは、江戸時代の「粋」に通じるものがある、つまり、適度な不便を受けいることとトレードオフのものなのかもしれない。

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コメント

アイポイントの低さも、慣れると普通の感覚になるんですよね。

 江戸文化にも通じるオープンカー、どうせ楽しむならカッコ良く楽しみたいですね。

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