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シビック快走か

 いろいろな世界にビッグネームがある。野球の世界なら、王、長嶋、そしてこの度野球殿堂入りした星野、最近では松井秀樹などがそうであろう。車の世界にもビッグネームがあり、ホンダ・シビックもその一つであろうと思う。ホンダ・シビックは、1972年に発売された。翌年には画期的な低公害エンジン、CVCCエンジンを搭載したモデルを発売した。このエンジンは、アメリカのマスキー法という当時としては世界一厳しいと言われた排ガスの環境基準を最初にクリアーしたエンジンになった。このCVCCエンジンを武器にシビックは国内市場のみならず、世界市場に進出していった。私がシビックという車に最初に興味をもったのは、5代目のシビック、いわゆる「スポーツシビック」(1991年~1995年)だった。VTECエンジンを身にまとい、背の低いシャープなボディを身に着けて、20歳前後の私にとって「乗ってみたい車、No.1」になった。

 この後もシビックはアメリカを中心とする世界市場では快進撃を続けるが、日本市場では、ミニバンやクロスカントリー、ステーションワゴンなどのいわゆる「RV車」の人気の高まりに反比例するように売り上げを落としていく。7代目の「スマートシビック」では、思い切って背の高いデザインを採用して巻き返しを図ったが、同じホンダのフィットがあまりに出来が良すぎたのか、のっぺりとした抑揚にかけるデザインが災いしたのか、さほど売り上げは芳しくなかった。次の8代目は、セダンタイプに絞って販売されたが、折からのセダンの不人気のため2010年に販売を終了した。もっとも、ホンダはシビックというビッグネームを簡単にあきらめるわけにはいかなかった。1997年、6代目シビックにタイプRが設定されたのを皮切りに、歴代のモデルにタイプR(ハッチバックベースのタイプRユーロも含む)が設定された。これらのモデルはエンジン、サスペンション、インテリアに至るまで専用のチューニングが施された相当気合の入ったものだが、タイプRの存在が、国内のシビックの立ち位置を危うくした面は否めないだろう。タイプRは、スポーツカーが好きな層には受けるが、それ以外の層には「オタクっぽい車」としか映らない。タイプRが注目されるほど、本来の立ち位置である、ちょっとだけスポーティーな実用車を求める層はほかの車に流れていく悪循環になっていく。同様の例は3代目までのスバル・インプレッサにもみられた。

 2017年1月、10代目シビックが日本国内で発売されることが発表された。タイプRを除けば、およそ7年ぶりの復活である。しかし、シビックが売れるかと言えば、どちらかというと否定的な意見が多かった。日本市場ではかつてほどではないものの、ミニバンやトールワゴンなどの背の高い車が好まれること、かつてに比べて大型化したボディサイズは国内の狭い道や駐車場で扱いにくいこと、なにより「シビック」という名前が忘れられていることが理由として挙げられた。しかし、ふたを開けてみればハッチバック・セダン・タイプRを合わせて、1万2000台の受注を得ていることが分かった。そのうち、およそ半数がハッチバックで、のこりをセダンとタイプRで分け合う状況となった。注目すべきは、ハッチバックのうち、およそ35%がMTであることである。現在の日本国内のMT社の割合は2%と言われているから、相当意外な結果である。また、マニアックなタイプRではなく、ちょっとだけスポーティーな実用車であるハッチバックに人気が集まったのも注目すべきことだろう(タイプRの納期が長いから流れてきただけなのかもしれないが)。ユーザーはかつて子育てが終わった夫婦が多いそうで、1970~80年代にシビックに乗っていた層が戻ってきたということか。もっとも、シビックの全盛期を知らない20~30代の独身男性も2割程度いるそうだから、彼らの存在はホンダにとってもありがたいことだろう。ちょっとだスポーティーな実用車、シビックの快走、今後の行方に注目したい。

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