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生活すること、生きること

 7月に起きた京都アニメーション放火殺人事件は今でも記憶に新しい。この事件は、京都市伏見区にある京都アニメーション第1スタジオに男が押し入り、ガソリンをまいた上火をつけ、同社の社員36名が死亡、33名が重軽傷を負う痛ましい事件であった。犯人の男も思い火傷を負い一時重体と伝えられていたが、現在は快方に向かい会話もできるようになっているという。犯人は病院を転院する際、医療スタッフに「人からこんなに優しくしてもらったことは今まで一度もなかった」と話しているという。

 私はこれから犯人の男をかばうわけではないことは最初に言っておきたい。この事件はまれに見る凶悪事件であり、被害者や家族の心情を考えると、裁判で真実を明らかにしたうえで犯人は重い刑罰を受けるべきだと思う。それにしても犯人の意っていうことが本当なら、彼の人生はなんと悲しい人生だろうと思う。報道などで伝えられるところによると、彼は両親の離婚によって幼少期以来母親に会っていない。父親は彼が21歳の時に死去し、兄弟ともずっと連絡を取っていないようだ。小学校の時からいじめにあって、中学校は不登校、定時制の高校に入学したものの卒業はしていないようだ。職場も転々として、彼と親しい人は誰ひとりいない孤独な人生だったようだ。

 家電製品などが発達したり、コンビニエンスストアなどが登場したことで、人間はひとりでも生活していくことが容易になった。しかし、ひとりで生活することができるからと言ってひとりで行くることができるわけではない。人は誰かと繋がっていることで生きがいを見いだしたり、喜びや悲しみを分かち合うことができる。もし彼が誰かと繋がって生きることができたもう少し違った人生もあったのかもしれない。どうか皆さん、ひとりぼっちで生きている人、あるいはそうなりそうな人がいたら、ちょっとだけ気持ちと言葉をかけてあげてください。それで救われる人生があるのかもしれません。

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