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2020年9月の2件の記事

墓誌から見える人生、社会

 彼岸だから墓参に行くという人も多いだろう。私も盆と彼岸にはほぼ欠かさず墓参に行くようにしている。最近墓参に行くたびに、通りながら墓誌を見るようにしている。墓誌は墓石の横にあり、墓に入っている故人の俗名(生前の氏名)、戒名(本来は仏弟子としての名前、今は亡くなった後につけられることが多い)、亡くなった年月日、享年などが石に彫られており、要するに誰のお墓か判るようになっている。家で言えば表札のようなものと言えば少し近いのかもしれない。

 墓参をしながら墓誌を見ているうちにいろいろな人生や社会の変化が見えてきた。まず気づいたのが1955年(昭和30年)頃を境に急激に子どもが死ななくなったことに気付いた。童謡に「通りゃんせ」があるが、歌詞に「この子の7つのお祝いに、お札を納めに参ります」というくだりがあるが、かつての7歳は現在の6歳、つまり小学校入学までの年齢になる前に亡くなる子どものなんと多いことか。それが1955年をすぎると目に見えて減った。栄養状態や衛生状態の改善が見られたのでしょうか。また、多くの墓は○○家の人だけが入っていることが多いが、複数の名字の人が一緒に入っている墓が案外多いことに気づく。そこには様々な人生があったのだろうと思う。私が住む福島県いわき市にはかつて炭鉱があり、全国各地から炭鉱で働くために人が集まっていた。もしかしたら炭鉱で働いていわきで亡くなって身寄りがない人を一緒に埋葬したのかもしれない。

 現在、日本では急激な少子高齢化の進展とともに家族の形が急激に変わってきている。これまで多数だった○○家の先祖代々の墓という形だけにとどまらず、生涯未婚の人が増えるに従い、個人単位の墓や血縁がない人が一緒の墓に入ることも増えるるだろう。日本では火葬が一般的だが、ムスリムの人は教義上土葬を好むから、ムスリム人口が増えつつある現在、対応が必要になるだろうう。これからも墓誌から見える人生や社会の変化に注目したい。

日本の宿題

 先日仕事帰りにガソリンスタンドに行ったらすでに閉まっていた。新型コロナウイルスが蔓延する前はまだやっている時間である。そして、JR東日本が来年春より首都圏の終電を30分程度早めることを決めた。職場の人から聞いた話では、コンビニエンスストアのチェーンによっては24時間営業をやめる動きも出てきている。

 なんだ、不便になるな。確かにそうだと思う。ガソリンスタンドも電車もコンビニエンスストアも生活に欠かせないものだし、開いていたり、使えたりするのが当たり前のものだと思う。しかし、現在の日本は人口が年間50 万人強減少する時代に入った。人口が減少すれば当然労働力人口も減少する。ガソリンスタンドも、JRも、コンビニエンスストアも当然労働力の確保には相当苦労しているのだろうと思う。もちろん、これらの会社が全く手をこまねいているわけではなく、ガソリンスタンドならセルフ化、鉄道ならメンテナンスの容易な車両や設備の導入、コンビニエンスストアはセルフレジの導入などがある。

 日本の人口減少はまだまだ続きそうだ。そうなればひょっとして様々な社会的なサービスが縮小を余儀なくされる時代が来るかもしれない。そうなった時に、何を削減して、何を残すか、どこをサービス提供者に委ねてどこを自分たちでするか、そしてどこをAIに任せるか、出来るだけ今の便利さを維持しながら働く人に過剰な負担をかけないようにするか、そこが日本の重い宿題なのだろう。

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