« 日本の宿題 | トップページ | イソ/BMWイセッタ »

墓誌から見える人生、社会

 彼岸だから墓参に行くという人も多いだろう。私も盆と彼岸にはほぼ欠かさず墓参に行くようにしている。最近墓参に行くたびに、通りながら墓誌を見るようにしている。墓誌は墓石の横にあり、墓に入っている故人の俗名(生前の氏名)、戒名(本来は仏弟子としての名前、今は亡くなった後につけられることが多い)、亡くなった年月日、享年などが石に彫られており、要するに誰のお墓か判るようになっている。家で言えば表札のようなものと言えば少し近いのかもしれない。

 墓参をしながら墓誌を見ているうちにいろいろな人生や社会の変化が見えてきた。まず気づいたのが1955年(昭和30年)頃を境に急激に子どもが死ななくなったことに気付いた。童謡に「通りゃんせ」があるが、歌詞に「この子の7つのお祝いに、お札を納めに参ります」というくだりがあるが、かつての7歳は現在の6歳、つまり小学校入学までの年齢になる前に亡くなる子どものなんと多いことか。それが1955年をすぎると目に見えて減った。栄養状態や衛生状態の改善が見られたのでしょうか。また、多くの墓は○○家の人だけが入っていることが多いが、複数の名字の人が一緒に入っている墓が案外多いことに気づく。そこには様々な人生があったのだろうと思う。私が住む福島県いわき市にはかつて炭鉱があり、全国各地から炭鉱で働くために人が集まっていた。もしかしたら炭鉱で働いていわきで亡くなって身寄りがない人を一緒に埋葬したのかもしれない。

 現在、日本では急激な少子高齢化の進展とともに家族の形が急激に変わってきている。これまで多数だった○○家の先祖代々の墓という形だけにとどまらず、生涯未婚の人が増えるに従い、個人単位の墓や血縁がない人が一緒の墓に入ることも増えるるだろう。日本では火葬が一般的だが、ムスリムの人は教義上土葬を好むから、ムスリム人口が増えつつある現在、対応が必要になるだろうう。これからも墓誌から見える人生や社会の変化に注目したい。

« 日本の宿題 | トップページ | イソ/BMWイセッタ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 日本の宿題 | トップページ | イソ/BMWイセッタ »

フォト
無料ブログはココログ

ウェブページ